第5話 わたしの覚悟
わたしは大規模討伐隊に参加する。
でもそれはきっとすぐにではない、はず。
これまでの経緯から推測すれば、ケートス出現までに幾ばくかの猶予があるはずだ。何日か、何カ月か、もしかしたら何年か……。
その間に、わたしは1日でも早くSランク冒険者に認定されるような存在にならなければいけない。
「わたしが先頭に立ってもえきゅん☆を救う!」
待ってて、もえきゅん☆。
わたしがSランク相当の力をつけるために最も大事なことは、ダンジョンに潜ることだ。それもできるだけ長く、強いモンスターと対峙することで少しでもステータスを上げていく。
≪Order change≫の効果は12時間。インターバルは不要だけど、12時間に1回はアバターが解除されることになるから、その間は戦闘不能な状態になる。これは十分に気をつけなければいけない。
そしてもう1つ、ステータスを上げるのと同じくらい大切なことは、わたしの知名度・影響力を大きくしていく必要があるということだ。
ただ1人ダンジョンに籠ってもその目的は達成できない。
つまり、強くなる様子を配信して、できるだけ多くの人に見てもらわなければいけない。
幸いにも『モエアクチャンネル』のアカウントは共有されているので、機材さえ用意すればわたしにも配信が可能だ。
ペア配信ではないことを登録者の人たちにも謝ってから配信を再開しないといけない。
だけど、問題はある。
もえきゅん☆が行方不明であることについては、協会から絶対に公表してはいけないときつく言われているのだ。Sランク冒険者の不在は国内だけでなく、世界中で大きなマイナス影響を及ぼすことになるからだそうだ。SランクとAランクの戦力分析を聞いた後だから、それは十分に納得できる話だ。
今回の大規模討伐隊にもえきゅん☆が参加しないことは、海外の冒険者協会には秘匿されている。日本の協会はそれをギリギリまで隠すつもりらしい。
「早期にもえきゅん☆さんの不在が明らかになれば、混乱に乗じて日本という国自体が危うくなる可能性すらある」
如月さんの言ったこの言葉が、わたしの背中に大きくのしかかる。
現在、世界にSランク認定された冒険者は5人しか存在していない。
そのうちの2人が日本所属であることは大きな意味を持っている。つまりSランク冒険者が1人欠けるということは、その優位性が失われ、戦力的な意味で、また経済的な意味で、そして心理的な意味で大きな影響があるということだ。日本にはもう1人のSランク冒険者タローさんがいるからといって、それは埋まるものではない。
でも、いつまで隠し通せるものなのだろう。
神獣ケートス以外に強いモンスターが現れたとしたら?
もう1人のSランク冒険者のタローさんはアタッカーと聞いている。タローさんとパーティーを組んでいるのはAランク冒険者だろうか。それで防御面は申し分ないのか。
仮に同時多発的に強いモンスターが現れたとしたら?
タローさんだけで対処しきれるものではない。その場合、海外に応援を要請することになるかもしれない。でもその場合、もえきゅん☆はなぜ登場しないのか、ということに言及されてもおかしくない。
「わたしが早く強くならなければ……」
解決方法はそれしかないように思えてくる。
ここはわたしががんばるしかない。
あれこれ最悪のことを想定していても仕方ない。
何はともあれ、まず最初にやるべきことは『モエアクチャンネル』で視聴者への説明だ。
わたしは「重要なお知らせ」というタイトルで今日の夜20時に生配信の予約を行った。
そこでVTuberとしての活動休止も発表しなければいけない。
気が重い。
VTuber配信用のアカウントは共有されていないので、すでに事前予約してある動画が残り何本か、わたしにはわからない。アカウントに入れたとしても、わたしが神聖なVTuber・柊アクアとしての活動をすることは絶対にできない。だから結局休止のお知らせを出すしかない……。
Vの配信を一番楽しみにしているわたしが休止を宣言しなければいけない……本当につらい。
* * *
夕方、お父さん、お母さんに事情を説明してから、配信機材を一式購入した。
もえきゅん☆が使用していたものは非常に高価で、わたしのこれまでの稼ぎをすべてつぎ込んでギリギリ足りる金額だった。なんとか金銭的には迷惑をかけずに済んで良かった……。
如月さんから、両親にはもえきゅん☆のことを話してもいいと、特例で許可をもらっていたので、洗いざらいすべて話した。
「学校を休んでSランク冒険者を目指したい」
そのうえで今後の活動方針についても許可を求めたのだけど、なかなか理解してもらえなかった。もえきゅん☆と面識があって、よくお茶をしながら話をしていたお母さんに強く反対されたのはすごくショックだった。
わたしは命を懸けてもえきゅん☆を救いたい。
もえきゅん☆を救えるのはわたしだけ。
次に神獣ケートスが現れた時、わたしが弱いままだったら……。
ずっと黙って話を聞いていたお父さんが口を開いた。
「麻衣華がこんなにも強く何かを主張することはこれまでなかったね。もえきゅん☆さんが大切な人なのだということはよくわかった。でも母さんが言っていることもよくわかるんだ。麻衣華を危険な目に合わせたくないという親としての気持ち、それはわかるね?」
「うん……でも」
「でも、危険な目にあったとしてもそれが必要なことだと麻衣華は言っているわけだ」
「うん。多少無理をしてでも今強くならないと、わたしは一生後悔することになる……」
「それじゃあ、娘としてではなく、Aランク冒険者柊アクアさんに尋ねるよ。それは今、必要なことなんだね?」
お父さんの問いに、わたしは背筋を正した。
「はい。今しかできないことです。もえきゅん☆を救い、世界を救う。今、わたしにしかできないことなんです」
わたしは深く頭を下げた。
お父さんはしばらく黙ったまま何かを考えているようだった。
「わかった。それなら麻衣華の思うとおりにやってみなさい」
その言葉を聞いた時、わたしは顔を上げられなくなった。涙が止まらなかった。
「これだけは約束してほしい。無理はしてもいい。でも無謀なことだけはしないでくれ。父さんたちを悲しませるようなことだけはしないでほしい」
「はい」と、わたしは顔を伏せたまま何度もうなずいた。
「私たちの子がやれると言ったんだ。できないわけないじゃないか。なあ、母さん」
お父さんはわたしの背中をさすりながら、お母さんに問いかける。
「まったく……こんなに頑固で……誰に似たんでしょうね……」
お母さんはもう、反対しなかった。
「配信はできるだけ確認させてもらうよ」
「ありがとう。でもわたしが柊アクアだってことは……」
「もちろん言わない。会社で『うちの娘がAランク冒険者だぞ』と触れ回りたい気持ちを抑えてこっそり1人で見るよ」
お父さんは冗談交じりに言う。
わたしは顔を上げ、2人の顔を見た。
お父さんはにこやかに笑い、お母さんは泣いていた。
ごめんなさい。ありがとう。
わたし、行ってきます。
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