第3話 戦力分析
「暗い雰囲気はこの部屋だけで十分です。さあ、前向きな話を。ここからは一緒に推理していきましょう。プロジェクターをご覧ください。あわせて、机の上のマップもご参照ください」
再び如月さんがにこやかに、ゆっくりと話を始める。
「先週の土曜日、19時頃に北米のシアトルS1ダンジョンで、とある異常信号がキャッチされています」
プロジェクターが切り替わり、白い壁にアメリカの地図と日本の地図がそれぞれ映し出される。
地図上にアメリカの地図には赤い光、日本の地図には青い光がそれぞれポイントされていた。
「異常信号の内容は『神獣ケートス』の出現です」
如月さんが赤い点のほうを指し示す。
背筋がぞわっとし、全身鳥肌が立つのを感じた。
神獣ケートス。
もえきゅん☆の敵だ……。
「19:14から19:15の間に、もえきゅん☆さんの位置情報の記録が、日本から北米へと一瞬で移動しているのがわかります」
1分ごとのコマ送りで青い点が移動していく。もえきゅん☆の位置情報だ。
19:14までは東京付近にポイントがあり、19:15に突然アメリカに移動していた。
「おそらくこのタイミングで長距離転移を実行されたのだと考えられます」
「おそらく? 使用魔法は協会に記録されているのではないのですか?」
犯罪防止のために全冒険者がダンジョン内で使用したスキル、魔法その他の行動はすべて記録され、冒険者協会が管理している、はずだ。
「はい、Aランク冒険者まではすべての行動を協会が管理しております。しかし、Sランク冒険者はその範囲に含まれない。ダンジョン外でのスキル・魔法の自由使用に加えて、それの報告義務の免除も特権として認められているのです」
Sランクの特権。
それが今回あだとなったわけか……。
「続けます。19:15にもえきゅん☆さんの位置情報が移動した先は、神獣ケートスの出現が確認されたポイントと一致します。19:16、17、18と位置の動きはなく、19:19、ここでもえきゅん☆さんの位置情報が消失。以降捕捉できなくなっている」
19:19に青い点が消えた。
もえきゅん☆の存在を示す位置情報が消えてしまった。
「そして、これが非常に重要なことなのですが、この19:19、同時に神獣ケートスの反応も消失しているのです」
赤い点、ケートスも消えた。
「空間移動……」
もえきゅん☆が追い込み、また空間移動で逃げた、ということなのかもしれない。
「はい。我々もそのように推測しております。そして、もえきゅん☆さんは神獣ケートスの空間移動に巻き込まれた可能性が高いのではないか、とも推測しております」
もえきゅん☆はケートスの空間移動に巻き込まれた……。
戦闘の最中に空間移動された、ということなのかもしれない。
「ケートスの移動先は、わかっていないんですか⁉」
「それについてはデータが少なく……」
如月さんが悔しそうにつぶやく。
「神獣ケートスの出現は過去に4度報告されているのみなのです。1度目はノルウェーのオスロA5ダンジョン。2度目は千島・カムチャツカ海溝の海底ダンジョン。3度目は先日の群馬未探索ダンジョン。そして今回4度目としてシアトルS1ダンジョンです」
もえきゅん☆はそのうち3回ケートスと相対していることになるわけか。
「1度目のオスロA5ダンジョンの記録は8年前になります。当時の記録はあまり多く残っていない。クジラ型の巨大モンスターがダンジョン内に突如出現し、そのフロアすべてを破壊。その場に居合わせたすべての冒険者の死亡が確認された、と記録されています」
すべての冒険者が死んだ……。
「その後7年もの間、神獣ケートスの出現情報はなかった。2度目の出現は1年ほど前の千島・カムチャツカ海溝の海底ダンジョンです。神獣ケートスが再び現れたのです。ここでは前回の出現情報をもとに、暫定ランクをSSとして、世界合同で大規模な討伐隊が編成されました」
「その中にもえきゅん☆がいた」
「はい。当時の日本のSランク冒険者は、もえきゅん☆さん、ニシゴーリさん、マックスさんと3人いらっしゃいまして、全員討伐隊に参加されています。Aランク冒険者の方も日本から多数討伐隊に参加されました」
マックス……。
当時はSランクか。たしかに実力だけは噓じゃない……。
「その時の精神汚染の影響でニシゴーリさんは冒険者を引退し、現在も治療中です。先日マックスさんは収監され、もえきゅん☆さんが所在不明。日本所属で健在なSランク冒険者は、今年Sランクに認定されたばかりのタローさんだけとなってしまいました」
「次の討伐隊には……」
「タローさんは討伐隊参加を表明されています。ニシゴーリさん、マックスさんは当然ながら不参加です。さらに広げてみれば、海外所属のSランク冒険者は3人。当然ながら各国の協会を通じて参加要請を送っていますが、どれほど集まるかは不明です。Aランク冒険者も入れると最終的に50人ほどの規模になるかと。前回の反省を生かし、今回の討伐隊は後衛のメンバー集めに力を入れています」
なにより精神汚染を避けなければ、二次災害どころの騒ぎではない。
実際に対峙してみてわかったけれど、あれは存在がおかしい。異質だ。モンスターとして他のものと一括りにするのは間違っているのかもしれない。
「前々回、千島・カムチャツカ海溝の海底ダンジョンの出現の際に参加したSランク冒険者は8人いたのですが、今回は最大でも4人。単純に戦力が当時の半分です。しかも4人中3人が前衛のアタッカー。残る1人も攻撃魔法主体なので防御面が極端に弱すぎる。もえきゅん☆さんの抜けた穴はあまりにも大きい……」
「Aランク冒険者ではカバーできないのですか? レジストが得意なメンバーもいるでしょう?」
「はい。なんとか各国の協会を通じて戦力集めに奔走していますが、そもそもSランクとAランクには力量に大きな差がありすぎるのです。ステータスからして倍以上の差がある。実績・スキルの差がそれ以上に大きく、Sランク1人が抜けた穴は、たとえAランク100人いたとしても到底埋めることはできない。それがもえきゅん☆さんともなれば推して知るべし……」
そんなにも大きな差があるものなんだ……。
わたしたちは、それでも、その戦力でもえきゅん☆を救わないといけないのだ。
その中で、わたしにできることは何か――。
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