第2話 冒険者協会日本本部・国際連携支援課

 冒険者協会に着く。

 受付で名前を告げると、すぐに小さな会議室に通された。


 入口のドアから奥に向かって長方形に広がった空間に、長いテーブルが向かい合うように2つ並べてある。イスは3脚ずつの計6脚。壁にはホワイトボードが1つとプロジェクターが設置されていた。


 誰もいない部屋で1人、すぐに手持無沙汰になる。

 大規模討伐の説明会は明日の予定になっていたから仕方ないかな。


 でも、もえきゅん☆のことで、わたしに事前に話しておくことがあるということなのだから、きっと非常に需要なことに違いない。

 もえきゅん☆に何かあった、というのだけは間違いないんだと思う。


 怖い。

 もし大きなトラブルに見舞われて、連絡もできないでいるとしたら……。

 わたしが無駄に過ごした1週間のせいで、取り返しのつかない状態になっていたとしたら……。

 ただ不貞腐れてベッドに横になって……わたしは何をやっていたんだ。


 会議室の扉が開き、スーツ姿の男女2人が入ってくる。


「柊アクアさん、すみません、お待たせしておりまして」


 会議室に入ってくるなり、30代前半くらいの男性が軽く頭を下げてくる。

 表情はにこやか。物腰が柔らかく好印象だ。協会のスタッフの人だろうか。


「課長、柊さんが困っています。まずは自己紹介を」


 若い女性のほうが咎めるように言う。

 シャツのボタンをきっちりと一番上まで止めていて、髪もほつれ髪なく後ろできつく束ねている。第一印象を100人に聞いたら100人ともまじめそうな人、と答えると思う。

 あ、黒縁メガネの奥にすっごいクマ。


「失礼いたしました。私は冒険者協会日本本部・国際連携支援課・課長の如月新(きさらぎあらた)と申します。よろしくお願いいたします」


「同じく冒険者協会日本本部・国際連携支援課の北見洋子(きたみようこ)と申します」


「えっと、……柊アクアです」


 一応わたしも名乗り返してみる。

 この場合冒険者としてのキャラクター名の名乗るのが正しかったのか、本名を名乗るべきだったのか、常識がよくわかっていない。


「そちらにおかけください。お飲み物は、勝手に用意してしまったのですが、こちらのお茶で大丈夫でしょうか」


 如月さんを見ると、小さなペットボトルのお茶を3本抱えていた。


「はい、ありがとうございます」


 お礼を言ってから、お茶のペットボトルを受け取った。


「そちらおかけください。大丈夫ですよ。楽にしていただいて」


 そう言って如月さんが微笑む。

 わたしは小さく会釈してから席に着いた。


 北見さんはそのやり取りの間も、終始無言でわたしの前のテーブルに紙の束を広げていた。



「早速ですが説明を始めさせていただきます。不明点や気になる点ございましたら、話の途中でとめていただいてけっこうですので遠慮なくおっしゃってください」


 如月さんが会議室のプロジェクターに電源を入れながら話始めた。

 ブオーンという電子音が鳴ってから少し遅れてプロジェクターが起動。北見さんが入り口側、プロジェクターの設置されているほうの部屋の電気を消した。

 部屋なの明かりが半分消え、若干薄暗くなる。


「まず今回お呼びしてお話をしたかったことが2つ」


 如月さんの説明に合わせて、北見さんがわたしの前に資料をめくっていく。


「1つはもえきゅん☆さんのことについて。もう1つは大規模討伐の依頼について」


 それはわたしの端末に送られてきたメッセージにも書かれていた。

 わたしが知りたいのはもえきゅん☆のことだけだ。


「結論から申し上げますと、現在、もえきゅん☆さんの所在は不明です。協会のほうで所在を探知できていない」


「なっ!」


 いきなり先制パンチを食らって、一瞬目の前が真っ白になる。


 もえきゅん☆が所在不明……。

 協会でも把握できていないなんて……。


「でも、冒険者スーツで、スーツには世界中どんな場所にいても1cm単位の誤差で位置を特定できる機能が備わっているじゃなかったですか⁉」


 トラブル時に冒険者を救助するのがスムーズにできるのはそのためだ、と聞かされていた。

 そのための機能なのに、居場所を探知できていないってどういうこと⁉


「はい、柊さんのおっしゃる通りです。冒険者スーツにはご認識通りの機能がある。とくにもえきゅん☆さんに使用していただいている試作改良版にはダンジョン外でも常に位置情報を送信したり、体に受けたダメージ状況に応じて自動救難信号を発信する仕組みも備わっています」


「あ、わたしもその改良版を持っています。でも、どんな場所にいても、というのは、たとえばダンジョンの深層にいたら電波が届かないなんてことは……」


「我々の探知方法はですね、おそらく柊さんが想像されているようなGPS衛星による位置情報の特定ではなくてですね、血中の魔素と発生する魔力を検知し、それを探知する仕組みで――これは長くなりますね。詳しい説明は省略しましょう。ざっくり言うと、地球上どこにいても、冒険者の位置は特定できるようになっています。一応無人実験の段階ではあるので、有人での実験は行われていませんが、月にいても位置は特定できるようになっています」


「たとえばスーツを脱いでいたとしたら……」


「さきほど説明いたしました通り、血中の魔素と発生する魔力を検知している仕組みです。冒険者スーツはそれを増幅させる効果はありますが、位置特定の仕組みには影響はしない」


 スーツを着ていても脱いでいても、その人の魔力を検知して位置がわかる。ということを言っているんだと思う。


「課長、説明がわかりにくいです」


 北見さんが指摘を入れる。


「すみません、つい。研究畑の出身なもので。はい、わかりやすく、端的に申し上げますと、もえきゅん☆さんは、地球、または月も含みますが、冒険者協会が捕捉できる範囲内に存在していないということが推測されます」


「もえきゅん☆が地球にいない……?」


「事実としてお伝えできるのは、冒険者協会の検知方法では補足できてないことだけ。地球上に存在していないのではないかというのは、観測できていないのでそうではないか、という推測にすぎません」


 如月さんはそこまでしゃべると、ペットボトルのお茶を一気に半分ほど飲み干した。


 もえきゅん☆がいなくなった。

 しかも地球から。

 つまり……。


「もえきゅん☆は……死んでしまった、ということでしょうか」


 考えたくはない。

 でも、この人たちが伝えたいことはそう言うこと……。


「いいえ、いいえ! そうではありません! 短絡的に結論を急がないでください!」


 北見さんが机を激しく叩く。


「北見くん、落ち着いて」


 如月さんがやさしい声で指摘する。

 北見さんはハッとした様子で、机から手を放し、背中に隠してしまった。


「すみません……取り乱しました。もえきゅん☆さんは地球上にいないのではないか、とお伝えしたまでです。ちなみに、冒険者がダンジョンで亡くなった場合も、血中の魔素は検出できますし、たとえそれが体が残らないほどの損傷を受けた結果だったとしても、それまでに錬成された魔力の検知ができますから、存在が捕捉できなくなるほど消滅することはありえません」


「それじゃあ、もえきゅん☆は無事……?」


「それについて自信をもってお答えできる情報が手元にございません。申し訳ございません……」


 北見さんはばつが悪そうに下を向いてしまう。


「そう、ですか……」


 わたしも下を向く。

 わかっていることは、地球上にはいなくて、でもダンジョンで死んでしまったわけでもない、ということ。


 もえきゅん☆……いったいどこへ行ってしまったの。

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