第二章 柊アクア編

第1話 もえきゅん☆失踪

 あの日。

 映画を見に行ったあの日の翌日から、もえきゅん☆と連絡が取れなくなった。

 

 それからもう1週間になる。


 メッセージも通話もオフライン。

 SNSのアカウントも沈黙を保ったまま、何も投稿されなくなった。

 VTuber・柊アクア様の生配信もずっとお休みのままで、事前収録された動画が毎日生配信予定の時間に公開されていくだけだ。


 その時点で、わたしにもえきゅん☆と連絡を取る手段はなかった。


 自宅も会社も本名さえも知らない。

 わたしはもえきゅん☆のことを何も知らないのだと思い知らされる。


 思えば、いつももえきゅん☆のほうから来てくれていた。

 最初に出会った時もそう、配信の日程調整もそう、デートに誘ってくれるのもそう、わたしの家に遊びに来てくれるのもそう、全部もえきゅん☆がしてくれることなのだ。


 わたしはなにもしていない。ただ待っていただけなのだと気づかされる。


 いつも一緒にいて、ダンジョンに潜って、配信をして、デートして、将来の話をして……好きを確かめ合えた、そう思っていた。


 だけどそれはわたしがそう思っていただけの話。


 大人なもえきゅん☆からしたら、そんなつもりなんてさらさらなくて、きまぐれの余暇かなにかだったにすぎないのだ。


 単にわたしが子供でそれがわからなかったというだけのことなのだろう。


「もえきゅん☆……」


 わたしはこの1週間、学校にも行かず、部屋からも出ず、もえきゅん☆からもらった純金のモエカー像を抱きしめて、ずっとベッドに横になっていた。


 こんな分不相応な恋が実ることなんてない。

 頭ではわかっているのに、心には穴が開いたようで何の感情も湧いてこない。


 もえきゅん☆のSNSアカウントを開いては閉じる。

 何か投稿されたら通知が来るように設定しているので、何も新しい投稿がされていないことはわかってる。

 何度見ても最新の投稿内容は変わらない。


『今日はオフ! どこに遊びに行こっかな♡』


 先週の土曜日の朝6:20の投稿だ。

 わたしの家に遊びに来てくれる前のことだろう。


 フォロワーたちからも、だんだんと心配する声が上がり始めている。

 もえきゅん☆がこんなに長い期間何も投稿せずにいたことなんてあまりないことらしい。


 それだけ仕事が忙しい?

 協会の極秘依頼?

 何かのトラブル?


 憶測で議論が飛び交っている。


 わたしだって彼らと同じ。

 もえきゅん☆が何をしているのか知りたい。


 その時だった。

 冒険者IDのほうにメッセージの着信があった。


 めずらしい。

 なんだろう。


 開いてみると、冒険者協会からわたし宛のメッセージだった。


『柊アクア様。指名依頼のご連絡をさせていただきました。なお今回のご依頼内容は、合同チームでの大規模討伐となります。詳細については、冒険者協会本部第一会議室で下記日程行わせていただく予定です。ぜひお越しください』


 わたしに指名依頼?

 しかもわりと急だ。明日集合がかかっている。

 何かの間違い……でもないか。アクア様の名前がちゃんと入っているし。

 だけどわたし一人で何かできるわけもない。もえきゅん☆がいないとわたしは何もできない。

 今回はお断りしよう。


『協会本部のご担当者様。柊アクアです。もえきゅん☆が討伐に参加できそうにないため、せっかくのご依頼ですが、今回はお断りさせていただきます』


 これでよし、と。

 しかたないよね。今回は他の人にがんばってもらうしかない。


 しばらくすると冒険者協会から返信があった。


『今回のご依頼内容には、もえきゅん☆様に関する事項が含まれております。詳細はメッセージでお伝えすることができません。別途ご説明の機会を設けたいので、お手数ですが冒険者協会本部までお越しいただけますでしょうか』


 なんだって……。もえきゅん☆に関係がある?

 依頼内容が大規模討伐?


 もえきゅん☆は何か事件に巻き込まれた、ということなのかもしれない。

 まずは話を聞かないと!


『すぐいきます』


 それだけ返信すると、わたしは慌てて、もえきゅん☆からもらった改良版の冒険者スーツに着替える。これまでの黒スーツとは違って、透明で軽量のため普段着の下にも着られる優れものだ。緊急事態に備えるために、日常的に装備していくほうがいいから、ともえきゅん☆から渡されたものだ。


 わたしは鏡の前で目を閉じる。

 ひさしぶりの変身。もう1週間も活動していなかった。


「≪Order change≫ to Avatar 01 & Voice 01.」


 ゆっくりと目を開くと、わたしは柊アクア様になっていた。

 少し自信がなさそうな顔。でもいつもの水色の縦ロール髪に、オッドアイの猫目とトレードマークの八重歯は健在。

 わたしなりのアクア様を全力で演じる!


 いくわよ、アクア!


 わたしは家を飛び出し、人目を気にすることもなく、全速力で冒険者協会本部に向けて走り出した。


 もえきゅん☆に何が起きているのか知りたい!

 わたしに何か出ることがあるなら知りたい!

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