第47話 完全なオフの日、そして
「ねえ、もえきゅん☆」
わたしが立ち止まると、半歩前を歩くもえきゅん☆も立ち止まって振り返ってくる。
と、少し強めの風が吹いて、もえきゅん☆の髪がパタパタとはためいた。
彼岸も過ぎ、すっかり夏の暑さも抜けた過ごしやすい陽気。
でも、風が吹くと少し肌寒く感じる。外を歩くなら羽織るものが必要かもしれない。
もうすっかり秋だなあ。
「ん、どうしたの♡」
「わたしね、もっと強くなりたい!」
もえきゅん☆の手、細くて長い指を強く握りしめた。
わたし、守られてばかりは嫌なの。
「な~に♡ 今の映画に影響されちゃったの?」
もえきゅん☆はからかうように笑う。
「なによ! かっこよかったんだから影響されてもいいじゃない!」
図星を指されて、わたしはちょっと声が大きくなる。
もえきゅん☆は「ふ~ん」と言いながら、流し目で意味ありげにこちらを見る。でもそのまま何も言わずに前を向きなおって、わたしの手を引き歩きだした。
今日は配信もダンジョン探索もなしにして、わたしともえきゅん☆は2人で映画を見に来ていた。完全オフというやつだ。
そう、これは俗に言うデートというやつなのでは⁉
映画を見て、カフェでお茶をして、適当にお店を見て回って、早めのディナーを食べる(予定)。
これをデートと呼ばずして何と呼ぶ!
そのことに気づいてしまったら、意識して……手汗が。
もえきゅん☆はそもそも忙しい上にダンジョンに潜るのが好きなので、あまりこうしたオフはとりたがらない。街に出る用事だと言われてついていくと、たいてい協会絡みの何かのついでみたいなことが多いのだ。
「もしかして、麻衣華はモエのことを守ってくれるヒーローなのかにゃ?」
もえきゅん☆が急に立ち止まってこちらを見てくる。その顔はニマニマ笑っていた。
ヒーロー。
もえきゅん☆はさっき見た映画のことを言っているのだろう。
さっきの映画はアクションヒーロー物のシリーズ最新作だ。
超人的な力を持つ主人公たちがいろいろなピンチから世界を救う。わかりやすいヒロインは出てこないけれど、さりげなく仲間のピンチを救っている姿に惹かれていき、メンバーの一人と恋仲になっていく。強さと気高さと愛がテーマの映画。
わたしはこのシリーズが大好きで、もえきゅん☆に「何の映画が見たい?」と聞かれたときに即答したくらいだ。
「もえきゅん☆はわたしよりも強いけど……わたしだって守ってもらってばっかりじゃ嫌なの!」
もえきゅん☆のピンチを救って、「麻衣華ってステキ」って思ってもらえるようなかっこよさを手に入れたい。
一つ問題なのは、もえきゅん☆がピンチになるところを想像できないことなんだけどね。
「いっつも守ってもらってる♡」
「見守って、の間違いでしょ……」
後ろからね。
「同じようなものじゃない♡」
「全然違うよー。アタッカーとしていつももえきゅん☆よりも前に出たいの!『ここは俺に任せて先に行け』みたいなやつをやりたいの!」
「麻衣華ってば、おもしろいんだ~♡」
もえきゅん☆がケラケラ笑う。
わたし、真剣で全然ふざけてないんだけどなあ。
「あ、そうだ! それだったら良いことを思いついた♡」
「良いこと?」
わたしは首をかしげる。
その姿を見て、またニマニマと笑う。
「新しいアバター作ってみたらどうかな♡」
「新しいアバター?」
「そう。麻衣華が好きなかっこいいヒーローのアバターだぞ♡」
もえきゅん☆がわたしの背後に回って肩を揉んでくる。
おお、なんと。
その手がある、のかあ。
わたしって、≪Order change≫をうまく使いこなせれば、どんな人物にでも変身し放題⁉
「配信の時にアクア様以外のアバターで出てこられると困っちゃうから、プライベートの時だけね?」
「う、うん。さすがにそれはわかってるよぉ」
でもそれはなかなか魅力的な提案。
あれ、でも?
「アバターってそんなにたくさん作れるのかな。あとアバターのストックって何種類までなのかな。蓄積できる容量がいっぱいになっちゃうとダメなんじゃなかった? いっぱいになったら消せるのかもわかってない……」
「人のキャパシティーとスキルのキャパシティーは別だけど、まだアバター2種類でしょ~。ユニークスキルなんだから、もっといろいろできるはずなんだぞ♡」
「そういうものかあ」
もえきゅん☆のユニークスキルの使い方を見ると、確かに、と思ってしまう。
きっとわたしの≪Order change≫もただ単にアバターを作ってその人になりきる、以外の可能性があるんだろうなあ。今のところは何も思いつかないけど……。
「麻衣華はどんなヒーローになりたいの? さっき見た映画みたいな人?」
最新作の主人公は筋骨隆々のパワー系だ。
筋肉で攻撃し、筋肉で防御し、筋肉で飛んで、筋肉で走る。
強いし魅力的ではある、とは思う……。でもなあ。
「うーーーーーん。なってはみたいけど……もえきゅん☆の隣に立ちたくないなあ」
もえきゅん☆の隣に男の人を立たせたくないと思ってしまう。
たとえそれが自分でも……。
もえきゅん☆が男の人に笑いかけたり、男の人と親し気に話をしたり……スキンシップしたりする姿を見たくない……。
わたしって独占欲が強くて嫌な子……。
「麻衣華。モエは外見だけで人を好きになったりしないよ」
背後からもえきゅん☆の指が、わたしの耳元から首筋をゆっくりと撫でる。
指先が少し冷たい。
「うん」
「麻衣華がどんなアバターを身に着けて、どんなロールプレイをしても、ずっと麻衣華のことを見てるからね。ずっとモエのことを守ってね♡」
もえきゅん☆はそう言って、背中からおぶさるように抱きついてきた。
わたしの首筋にもえきゅん☆のほっぺたが吸い付くように直接触れる。
温かい。
やっぱり好きだなあ。
「ねえ、気づいてる?」
もえきゅん☆が耳元で囁くように言う。
「……何を?」
「最近の麻衣華、アクア様になってる時も前みたいに無理にキャラ作りしてないよ」
気づかなかった。
あまり他人とかかわらないようにしていた時とは違って、今はもえきゅん☆とも話をするし、生配信もしている。
アクア様になっている時も、自然と自分の言葉で話をしてしまっている場面が増えている、のかもしれない。
「わたし、最近ちゃんとアクア様の神聖なキャラクターを演じきれてないなあ」
「それでいいんだぞ♡」
「それは……。アクア様はアクア様で神聖な存在で、ちょっと口は悪いけど、視聴者想いのステキな人。そのイメージを崩さないようにがんばらないと」
もえきゅん☆がわたしの背中から離れて、正面に回ってくる。
「そんなに固く考えなくていいのよ。原作のキャラクターをマルチメディア展開した時に、アニメの監督がいて、漫画家がいて、ノベル作家がいて、みんなそれぞれの解釈でキャラクターを動かしても誰も怒らないでしょ?」
「うーん」
もえきゅん☆の言っていることはわかる。
たしかにVTuberのアクア様と冒険者のアクア様は中の人が違うからそういう解釈もできる、かもしれない。
でもなあ、わたしにとってはそういうことではなくて……。
「もえきゅん☆の言っていることはわかるよ。でもわたしね、もえきゅん☆の演じるアクア様が好きなんだと思う」
「ありがと♡」
「わたし、もえきゅん☆のことが好きだから、もえきゅん☆のアクア様のことも好きなんだと思うの」
きっとそういうことなんだと思う。
「そう言ってもらえるとすごくうれしい。でも、モエも麻衣華が演じるアクア様が好きよ♡」
「え、っと……。ありがとう?」
そんなふうに言ってもらえるなんて思ってもみなかった。
「だからモエも、麻衣華のことが好きなんだぞ♡」
正面からゆっくりと、深く抱きしめられた。
そんなふうに言ってもらえるなんて思ってもみなかったよ……。
わたし、やっぱりもえきゅん☆のことが好きだなあ。
風が吹いてももう寒くない。
* * *
次の日、もえきゅん☆は、わたしの前から姿を消した。
第一章 麻衣華ともえきゅん☆編 ~完~
第二章 柊アクア編 へ続く
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