第45話 ついでに日本を救う♡

 CM明けのことは、正直あまりよく覚えていない。

 よくわからないまま出演コーナーが終わり、なんとなくふわふわしながら控室に帰ってきた。


 何もしてないのにめちゃくちゃ疲れたなあ。


 後半の展開で覚えているのは、何とか教授というモンスター研究のえらい先生が出てきて、もえきゅん☆と新種の生まれ方や最近のダンジョン事情について熱く語っていた、ような気がする……。

 もえきゅん☆と教授は初対面ではない様子で、お互いリスペクトしあう関係のようだった。


 名誉教授っていうくらいだから、おじいさんが出てくるのかと思ったけど、30代くらいのかっこいいイケオジって感じの人だった。冒険者登録もしていて、自分でもダンジョンに潜ってモンスターの研究をしているのだとか。


 もえきゅん☆楽しそうに話してたなあ。

 やっぱりああいう頭の良い人が好きなのかな。

 もえきゅん☆が誰かと楽しそうに話をしているのを見ると、仄暗い感情がふつふつと湧いてくるのを感じる。わたし、どんどん嫌な子になってる……。


「どうしたの? 泣きそうな顔して。嫌なことあった?」


 もえきゅん☆が声をかけてくれる。

 ずっとしゃべり通しで疲れているはずなのに、すごくやさしい声……。


「ううん、何にもないよ! 放送の時、あんまりしゃべれなかったなあって」


「そんなこと気にしてたの? アクア様はニコニコしていれば大丈夫♡ 麻衣華は初めての経験なんだから、テレビってこんなものか~って見てるだけでいいのよ♡」


「うん……わかってはいるんだけどね」


 もえきゅん☆と一緒にいればいるほど焦りの気持ちが強くなる。

 自分の弱さ、経験のなさを感じてしまう。


 もえきゅん☆がいかに素晴らしい人間で、周り人からも好かれて、頼りにされているかがどんどん見えてくる。


「麻衣華、そんな顔しないの」


「……わたし、今どんな顔してた?」


 今何を考えてどんな顔をしていたのか、自分でもわからない。

 どんな顔をしているのが正しい大人なんだろう。


「ひみつ♡」


「なんでー⁉」


「他の人には見せたくないもん♡」


 もえきゅん☆はそう言って微笑んだ。


 ホントどんな顔なの……絶対良くないほうの見せたくない、だよね……。


「な~に♡ 橋本教授のことが気になったの?」


「え、あ、うん……」


「橋本さんかっこいいから、冒険者女子から人気あるのよね~」


「そ、そうなの⁉」


 やっぱり……もえきゅん☆もかっこいいって思ってるんだ……。


「橋本さんご自身もBランク冒険者だったかな。モンスター研究グループのパーティーを運営しているのよ。高難易度ダンジョンの探索の時にはヘルプで声をかけられることがあって、それで前から顔見知りなの」


「そうなんだ……。一緒に冒険を……」


 わたしよりも前から、ずっと2人は一緒に……。


 トントントン。

 控室の扉をノックされる。


「は~い、どうぞ~♡」


 もえきゅん☆が返事をすると、ドアがゆっくりと開き、件の橋本教授が姿を現した。

 

 今、一番会いたくない人……。


「先ほどはどうもありがとうございました」


 ドアを開けて抑えたまま、橋本教授が頭を下げる。

 部屋の中には入ってこない。


「いいえ、こちらこそありがとうございました」


「今日のコーナーでもえきゅん☆さんが出演されると聞いて、半ば無理やり僕も出演させてもらったんですよ。アクアゴーレムについて話がしたくてね」


「そうだったんですか♡ たまたま協会からの依頼があっただけなので、新種の発見は偶然でしたよ♡」


「アクアさんが発見されたんでしたよね。お若いのに世紀の大発見だ!」


 橋本教授がこちらに視線を向けてきた。


「え、あ、はい。ありがとうございます」


 急に話を振られて、そっけない態度を取ってしまった。嫌な子だ。


「アクア様はまだテレビに慣れていなくて。でも冒険者としての力は目を見張るものがあるので、これからモエが一流の冒険者になるように鍛えていこうかなと♡」


 もえきゅん☆は、橋本教授の視線からわたしを隠すようにして間に立った。


「それはすばらしい! 今、大規模調査を企画していまして、ぜひお2人もご参加いただけると心強いのですが」


「ええ、日程があえばぜひ。アクア様は学生なので、学業に支障が出ないスケジュールだと参加を検討できるかと思います♡」


「そうですか。長期休みに重ねられるといいのかな……。もし難しい場合はもえきゅん☆さんだけでもご参加いただけると」


「申し訳ございません。モエたちは今ペアを組んでいるのでそれはできかねます♡」


 もえきゅん☆は、笑顔のままはっきりと断った。


「そう、ですか……」


 橋本教授は当てが外れてがっかりした、という表情を隠すことができずにいた。


 おそらく橋本教授がここにきたのは、もえきゅん☆を大規模調査に誘うためだ。テレビ出演自体もその目的のためなのかもしれない。


 もえきゅん☆もわかっていて、それでもソロでは参加しない、と断ったんだと思う。

 やっぱりわたしはもえきゅん☆の足を引っ張ってしまっているのではないのかな……。


「わ、わたしは……学業優先なので……調査に参加できなくても、配信で応援してますから大丈夫ですよ!」


 そう言うのが精一杯だった。


 もえきゅん☆のことを不当に独り占めしている。「急に出てきたアイツは何だ。弱いくせにペアだって」今もきっとそう思われているに違いない。


「アクア様、モエはアクア様のために断っているわけじゃないのよ。モエがアクア様と一緒じゃないならどこのダンジョンにも行きたくないって思ってるからお断りしているのよ」


 もうやめて。

 それ以上わたしのことをかばわないで……。みじめでつらいの。


「橋本さん、ごめんなさい。また今度お話ししましょう。慣れないテレビでアクア様が疲れてしまったみたいなので、今日はこれで」


「ああっ、すみません、長居してしまって。また詳しいお話については連絡させていただきます。今日はありがとうございました」


 橋本教授は慌てたように頭を下げながら扉を閉めた。


「もえきゅん☆……ごめんなさい……」


 わたしは素直に謝った。


「どうしたの? 麻衣華は何か謝らないといけないことをしたの?」


 もえきゅん☆はキョトンとしていた。

 何について謝られているのか見当もつかない、という顔をしている。


「わたしがペアじゃなければ、もっと活動の幅も広がるし、教授のお話も断らなくて済むし……」


「そんなこと言わないで。さっき橋本さんに言ったことはホントのことだぞ♡ モエがアクア様以外と組みたくないって思ってるから、1人なら行きたくないって断っただけだぞ♡」


「でも……」


「麻衣華はモエと一緒は嫌?」


「ちがっ! ずっと一緒がいい!」


「おんなじ気持ちね♡」


 もえきゅん☆が近寄ってきて、わたしの隣に腰かけた。

 隣に座るだけで、もえきゅん☆は何も言ってこない。


 同じ気持ちかあ。


「もえきゅん☆がそう思ってくれているのはうれしいよ。でも、マックスのことも片付いたし、本当は≪エンタープライズ≫に戻って活動したほうがいいんじゃないの? ギルドのみんなも、ううん、日本中のみんながそれを望んでいるんじゃないの⁉」


 ずっと気になっていたことをぶちまけてしまった。


 もう、モラトリアムは終わりなのでは?

 もえきゅん☆が走り出さないと、困る人がたくさんいるんじゃないの?


「そんなふうに考えていたのね。自分の気持ちよりも日本のために、か。麻衣華は大人なのね」


 もえきゅん☆がじっと見つめてくる。すごくやさしい目……。


 わたしが何も答えられずにいると、もえきゅん☆は頭の上に右手を乗せてきた。


「モエはそんなに大人じゃないかな♡」


「えっ?」


「モエは自分がやりたいように生きるの♡ 麻衣華と一緒にいたいからいる♡ そのついでに日本が救えればそれでいいかな~って♡」


「ええ……」


 日本はついでなの……。


「難しいことばっかり考えてると、つまんない大人になっちゃうんだぞ♡ もっと人間らしく、欲望に忠実に♡ え~い♡」


 急にもえきゅん☆に突き飛ばされて、わたしはソファーに寝ころんでしまう。


「モエは子供なので好きなことしかしたくないのです♡ はむむ♡」


 驚いて固まっていると、もえきゅん☆が覆いかぶさってくる。

 そして、また耳をハムハムされてしまった。


「もうっ、そこ弱いんだからやめっ♡」


「だ~め♡ モエがしたいことは麻衣華の弱いところを全部チェックすることなの♡」


 ちょっと、ここテレビ局の控室だから!

 もうっ♡

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