第30話 もえきゅん☆ちょっとだけ本気を出す
5階に到着し、辺りを見回す。
「さっきまでとはずいぶん違うわね。やはりここはボス部屋かしら」
広い空間だった。空間全体が半円形のドーム状になっていた。
4階までの土のごつごつした洞窟とは違って、床や壁の材質は滑らかな石でできている。ピカピカに磨き上げられていて、まるで人工物のように見える。
「ん~これは、またなのかにゃ~」
もえきゅん☆はしゃがみ、床を触っている。
「またって言うと?」
「罠っぽい♡」
なぜかうれしそうなもえきゅん☆
罠……もしかして新潟の時のあれ⁉
「バラの花事件の時と同じ、罠ってことなの⁉」
「空間の作りに癖があるから同じだなあって♡」
“バラの花事件?”
“前回配信見てないのか?”
“階段の出入り口を他の空間に捻じ曲げてつながれて閉じ込められたんだよ”
“オークとゴブリンの軍隊が転移してきてやばかったな”
“結局あれの原因はわかってないんだろ?”
“まだ調査中のはず”
「また閉じ込められたということかしら……」
「たぶんそうかにゃ~」
「もえきゅん☆は、ずいぶん冷静なのね」
短期間で2回も罠を仕掛けられた。どっちも生配信中の出来事だ。
わたしたちは、どこのダンジョンに入るかは配信前には発表していない。
もし事前にその情報を知っているとしたらそれは……指名依頼をしてきた相手、なの? 協会関係者、しかも指名依頼ができるほどの権限を持った……。
「う~ん、たぶんたいしたことはないかな~って♡」
「こんなことを仕掛けてきている相手に心当たりがあるのかしら?」
「たぶんね♡」
もえきゅん☆が両手を広げて飛行機のように走り回っている。
「はじまりそ~♡」
転移ポータルが10、20、30……一斉に現れる。
前回と同じだ。
“これやばくね?”
“前もこんな流れでオークの軍隊出てきたぞ”
“こんなマップ聞いたことないが”
“誰かの罠なんだろ?”
“通報した”
“結局前回は協会仕事できてねーからな”
“アクア様がんばって!”
「何が出るかな♪ 何が出るかな♪」
もえきゅん☆が楽しそうに歌いだす。
この状況を楽しめる精神力にはホント尊敬するよ。前回と同じオークとゴブリンだったら何とかなるけど、もっと上位のモンスターだったら……怖い。
「アクア様と燃ちゃんと焔ちゃんとモエちゃんがいれば大丈夫だぞ♡」
サラッと自分を含めた。
でも、そういうところが好き♡
「無理はしない。まずは状況把握と敵(?)の目的を探る」
「モエもがんばるよ~♡」
“落ち着いてやがる”
“Aランクダンジョンの完全攻略ペアは伊達じゃない”
“やっぱもえきゅん☆はぱねーっす”
“かわいい結婚して!”
“結納金1000兆ドルになります”
“ドル草”
“おい、敵が出てくるぞ”
転移ポータルを通って現れたのはゴーストとアンデッドの集団だった。
「ええーやだー!」
「なるほど♡ アンデッド~♡」
「何がなるほどなの⁉ ゴーストとアンデッドってことは、リッチもいて、きっとエルダーリッチもいるのよ⁉」
あんなに苦戦したエルダーリッチがまた……。
もし前回のオークロードとゴブリンキングみたいにエルダーリッチが複数体出てきたとしたら……。
「そんなリソース確保できるわけないから、たぶん大丈夫だぞ♡」
もえきゅん☆は何かを確信したかのように強くうなずいた。
リソース確保。この召喚に対するリソースのことなのだろうか。裏に召喚術者がいて、転移ポータルを通じてこれらのモンスターを召喚しているのだとしたら、Aランクモンスターを複数体はさすがに無理だということを言っているのかもしれない。
「エルダーリッチは出てこない?」
「出てきても1体か、それも不完全な状態だと思うんだぞ♡」
やはりそういうことなのかな。
仮にSランクの召喚術者がかかわっているとしても、精神抵抗の高いエルダーリッチの調教はかなり厳しいと思われる。複数体なんていったら、逆にひっくり返されて魂を持っていかれる可能性も出てくるかもしれない。
「不死のモンスターはモエの領分だから、アクア様はそこに座ってお茶でも飲んでくつろいでいてね♡」
もえきゅん☆がわたしとドローンに向かって小さく手を振った。
「さ~て♡ ちょっとだけ本気出しちゃおっかな♡」
ゴーストの群れに正対し、もえきゅん☆が楽しそうに言う。
「ソロモンの杖を使っちゃうぞ♡」
もえきゅん☆が取り出したのは、神器……の中でももっとも有名な武器の1つ『ソロモンの杖』だった。
“もえきゅん☆が本気を出した”
“ありがたやありがたや”
“ソロモン? 聖書に出てくるソロモン王?”
“知恵の王ソロモンの杖だよ”
“指輪じゃなくて?”
“ソロモンの指輪はまだ発見されていないらしい”
“ソロモンの指輪が杖に変化した説もある”
“どっちしてもユニーク武器か”
ソロモンの杖。
もえきゅん☆の身長ほどもある長い木製の杖に2匹の蛇が絡み合っている。そのてっぺんには巨大な水晶球が1つついていて、水晶球を中心に10個の宝石が自転するように浮遊していた。
「みんな~、いっくよ~♡ ターンアンデッド・ワイドレンジ♡」
もえきゅん☆はソロモンの杖を地面に突き立てたまま、ターンアンデッド……のおそらく強化版の呪文を唱えた。
杖の水晶球まばゆい光を放つ。
目を開けていられないほどの聖なる光が辺り一面を照らす。
“やべえ画面が真っ白で何も見えん”
“配信映えしない杖w”
“自主規制中”
“エロの光じゃねーよ?”
“あの光の中でもえきゅん☆が今全裸かもしれない”
“シュレディンガーのもえきゅん☆”
「キミたちに恨みはないけど、みんな成仏してね♡」
光の中、もえきゅん☆の声だけが聞こえてくる。
しばらくして光が収束していき、水晶球に吸い込まれていった。
まぶしかった。
「あれ? もえきゅん☆……サングラスしてるの?」
「だって~、ワイドレンジだとまぶしいもん♡」
もえきゅん☆は真っ黒で大きなサングラスを外しながらしれっと言った。
術者がまぶしく感じる魔法っていったい。
でも効果は絶大だった。
100以上はいたと思われるゴーストとアンデッドの群れの姿は一切なかった。完全に消滅していた。
「次はリッチかな? それともエルダーリッチかな? 攻撃がワンパターンだと女の子に嫌われちゃうぞ♡」
もえきゅん☆が好戦的にシャドーボクシングを始める。
あ、ソロモンの杖って自立型なんだ? もえきゅん☆が歩くたびに、後ろをひょこひょこついていく。
めっちゃごつい見た目なのになんだかかわいいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます