第26話 わたしの大切な家族

 夕方になり、「お夕飯をご一緒に」というお母さんの申し出を断り、もえきゅん☆は帰っていった。

 晩酌してからアクア様のV配信という日課がありますもんね。


 わたしはというと、どうしても試したいことがあって、1人ダンジョンに向かっていた。


「そう、ラッキーガールへと華麗に進化したわたしが、オークロードを討伐するとどうなっちゃうのか⁉」


 ふふふふふふふふふ。

 絶対落ちちゃうでしょ、これは! 念願のスキルストーン♡

 エルダーリッチからも1発だったわけだし、オークロードだって!

 いやん。これでわたしもホントにアクア様ムーブができちゃうわ♡

 楽しみー!


 スキップしながらいつものダンジョンへ向かう姿は、決して他人に見せられたものではなかったと思う。



 さってさてー、ダンジョン前の転移ポータルからダンジョン10階へ。

 楽しいなー楽しいなー♡


「あ、オークロード湧いてるぅ♡」


 さっそく行くわよ、フェニックスちゃんたち!


「あ……フェニックスちゃんたち……」


 浮かれていて、大切なことをすっかり忘れていた。

 フェニックスちゃんたちは、先のエルダーリッチ戦でもえきゅん☆を守るために爆散してしまっていたんだ……。


 フェニックスちゃん……わたしのかわいい仲間たち。もえきゅん☆からもらった大切な鳳凰の双剣が……。

 何度覗いてみても、アイテムスロットに鳳凰の双剣は存在しなかった。

 この間まで使っていた鉄の双剣があるだけ。


 アクア様の赤のマーチングバンド衣装にイメージぴったりの不死鳥たち。そうだった……もう会えないのね……。


「もえきゅん☆を守るために殉死したの。くよくよしてても仕方ないじゃない。前を向きなさいアクア!」


 わたしは自分を無理やり鼓舞し、元の鉄の双剣を装備する。

 今のステータスならこの装備だってちゃんと倒せる!


「シルフウィンド!」


 何も起こらない。

 ああ、魔法がないんだった……。もうソロで戦っていた時が遠い過去のよう。

 もえきゅん☆と一緒に戦い始めてわずか数日なのに、あまりにもしっくりきすぎていて、ソロでの戦い方を忘れちゃった。


 もえきゅん☆……淋しいよ。

 今頃お酒飲んでるのかなあ。ちょっと連絡してみても……でも晩酌の邪魔しちゃ悪いかなあ。

 会いたい……。


「1人でオークロード倒してもつまらないよ……」


「じゃあ2人で倒そ♡」


 耳元でもえきゅん☆の幻聴が聞こえてる。

 いよいよわたしもイマジナリーもえきゅん☆を作り出せるまでに≪Order change≫のスキルレベルが上がったのかあ。


「無視しないで~♡ はむ♡」


 はふんっ。

 耳を甘噛みされて振り返る。


「もえきゅん☆⁉ 本物……イマジナリーもえきゅん☆じゃない⁉」


 わたしの後ろには、白雪姫モードのもえきゅん☆が立っていた。


「イマジナリー? モエはモエだよ♡」


「もえきゅん☆淋しかったよぉぉぉぉぉぉぉ」


 わたしは我慢できず、もえきゅん☆に抱きついてしまった。

 だって本物のもえきゅん☆がいるんだもん! 3時間ぶりにもえきゅん☆と会えたー! もえきゅん☆の匂いすんすんすんすんすん。


「よしよし、甘えんぼさん♡」


 もえきゅん☆は拒否することなく、わたしを抱きしめ返してくれた。

 もえきゅん☆もえきゅん☆もえきゅん☆きゅんきゅんきゅん♡


「ほ~ら、早く2人でオークロードたおそ♡ もうちょっとでV配信始まっちゃうんだぞ♡」


「そうでしたそうでした! ちゃんとお家に帰って正座して配信を見ないと!」


「良い子良い子♡ それでこそ≪ドル箱ちゃん≫の鏡なんだぞ♡」


「毎日配信楽しみにしてます!」


「ふふ♡ シルフウィンド♡」


 もえきゅん☆が微笑みながら、速度アップの加護魔法をかけてくれる。


「ところでなんで前の双剣なんて装備してるのかにゃ?」


 もえきゅん☆がわたしの手元を指さす。


「あ……」


 わたしはつらい現実を思い出して、言葉に詰まってしまった。

 フェニックスちゃんたちはもう……。


「エルダーリッチとの戦いで霧の手と相打ちに……」


 フェニックスちゃん……。わたしの目から涙が一筋こぼれてしまった。


「アクア様、フェニックスは不死鳥なんだぞ♡」


「あ、はい。そうですね……」


「だから~、死なない♡ 何度だって炎の中から蘇るから不死鳥なんだぞ♡」


「えっ……」


 不死鳥。わかっているつもりだった。でも、完全に消滅してしまっている今、どこの炎から蘇るというの……。


「フェニックスを呼び戻す時の呪文忘れちゃったかにゃ?」


「≪rebirth≫……」


 わたしの唇は、もう唱える必要のないその呪文をつぶやくように詠唱する。

 こんなことしたって……。


 その時だった。

 わたしの目の前、その地面から大きな火柱が天井まで吹きあがる。


「なに⁉」


「ほら、不死鳥の復活だぞ♡」


 火柱が割れて、2羽のフェニックスが甲高い鳴き声とともに姿を現したのだ。


「フェニックスちゃんたち!」


 わたしの叫びにフェニックスちゃんたちがさらにもう一度鳴き声を上げる。

 そしてゆっくりと双剣へ変化し、わたしの手に吸い込まれるようにして戻ってきた。


「おかえりなさい、大切なフェニックスちゃんたち……」


 わたしは双剣を1本ずつ丁寧に撫でてあげた。

 ああ、帰ってきた。わたしの大切な家族。本当にうれしい。


「そろそろ名前をつけてあげないのかにゃ?」


「え、名前⁉」


 すっかり忘れていた。

 ずっとフェニックスちゃん(左)とか呼んでた。家族なのに名前がないのは確かに変。


「うーん、うーん。名前……燃(ねん)と焔(えん)なんてどうでしょうか⁉」


 なぜか頭の中に浮かんできた漢字。


「どっちも『モエ』るだね♡」


 もえきゅん☆がうれしそうに言う。

 たしかにそうだ! 完全に無意識だったわ……。3人のモエに囲まれるなんて夢みたい!


「あ、はい! どっちも『もえる』って意味ですね!」


 燃と焔!

 うん、我ながらすごくいいネーミング!


「燃! 焔! きてー!」


 わたしは双剣を投擲する。

 フェニックスちゃん改め、燃と焔がその姿を現す。そしてうれしそうに長い鳴き声を上げた。


「燃! 焔! あのオークロードをやっちゃって!」


 わたしはあえて声に出して燃と焔に指示を出す。

 その指示を受けて2羽のフェニックスはゆっくりと羽ばたき、螺旋状に絡まるようにして飛んでいく。


「モエもモエも~♡ 燃と焔と一緒に投擲して~♡」


「それはちょっと……」


「同じモエなのにモエだけ仲間外れにしないで~♡」


 もえきゅん☆が地団太を踏む。

 もう、かわいいなあ。


 うーん、どうしよう。投げ方投げ方。

 足を持ってジャイアントスイング?

 肩車して頭の上から発射させる?

 

 どれもかわいくないから、シンプルにやり投げみたいに投擲しよう!


「わかりました。じゃあ、いけーモエー!」


 わたしはもえきゅん☆を右肩に担ぐ。オークロードに向けて目一杯の力で投擲!


「はいご主人様~♡ ウィンドミサイル♡」


 空中に投げ出されたもえきゅん☆が、まったく聞いたことのない魔法を詠唱する。と、もえきゅん☆は竜巻のような風を足元から噴出。オークロードに向かって、ホントにミサイルみたいな速さですっ飛んでいった。


 マジミサイルだ……。


「ドバーン♡」


 オークロードが防御姿勢を取る間もなく、ミサイルもえきゅん☆がオークロードの胸辺りに突き刺さる。

 

 あーあ、これ、オークロード即死だわ……。

 

 ゆっくり飛んでいた燃と焔も、びっくりしたようにその動きを止めてもえきゅん☆の様子を見ていた。


「ご主人様~やりました~♡」


 満面の笑みでこぶしを突き上げるもえきゅん☆。


「え、あ、はい。お疲れ様です……」


「ち~が~う~! リバースは~?」


「あ、はい。≪rebirth≫」


 とくに何もできなかったが、燃と焔が悲しそうにわたしの手元にもどってきた。

 お疲れ様。今回はもえきゅん☆に見せ場を取られちゃったね。


「リバースバビューン♡」


 再びミサイルもえきゅん☆が、とんでもない速さでこっちに向かって飛んでくる。


 やられる!

 わたしの胸にもオークロードみたいな大穴が開くっ!


 けれど、ミサイルもえきゅん☆は私の目の前で急停止。遅れてくる暴風のような風圧に、両足を踏ん張って耐える。


 暴風の後の凪。もえきゅん☆はふんわりとわたしの胸に飛び込んできた。


「ただいま♡」


「おかえり、わたしのモエ♡」


 この3羽目のフェニックスちゃんも超かわいいんですけどぉ! アイテムスロットに入れてお持ち帰りしたい!


「オークロードは何もドロップしなかったんだぞ♡」


「モーエー!」


 やっぱりオークロードは何も落とさない。

 悲しみ。

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