第19話 スパチャは何のため?

「せっかく新潟まできたんだから、北陸支部の依頼も受けてから帰りましょ♡」


 次の日、朝食の焼き鮭を食べながら、もえきゅん☆が言った。

 

「あ、はい!」


 わたしはてっきりそのまま東京へ帰るのだと思っていたのだけど、もえきゅん☆は違ったらしい。

 あーこのおみそ汁、お麩が入ってておいしい♡


「配信なしで訓練も兼ねてね♡」


「それで、どんな依頼を受けるんですか?」


「そうね……こっちの支部で長く放置されてそうで楽しそ……やっかいそうな依頼を受けておくと喜ばれるかな♡」


 今楽しそうな依頼って言いかけましたね……。

 高難易度ジャンキー。これだからトップギルドの人は怖いんだ。


「あ、これなんかいいんじゃないかな♡」


 ニコニコ顔のもえきゅん☆が見せてきた依頼内容は、『A2890ダンジョン(通称新潟北A1ダンジョン)の完全攻略』だった。


「えっと、完全攻略って……」


「そ、完全攻略♡ 最下層のダンジョン主を倒して、ダンジョンの鎮静化を目的としたクエストよ♡」


 ですよね……。


「しかもAランクダンジョン……ですか」


 数字の前につくアルファベットは、ダンジョンのランクを表している。

 A2890ダンジョン、つまりAランク。超高難易度のダンジョンということだ。


 ちなみに、昨日救出依頼があった162ダンジョン(通称新潟北3ダンジョン)にはアルファベットがついていない。通常Dランク以下のダンジョンにはアルファベットが振られない。つまり冒険者ランクによる入場制限がないという意味になる。


「わたし、Dランク冒険者だからAランクのダンジョンには入れませんよ?」


 いくらSランク冒険者のもえきゅん☆が一緒でも、入場できるのは自分のランクよりも2ランク上まで。つまりわたしならBランクダンジョンまでと決められているのだ。


「それなら大丈夫よ♡ 昨日の救出要請の結果と一緒に、協会にランクアップの申請もしておいたの♡ さっき結果が返ってきたから、麻衣華はもうCランク冒険者になったんだぞ♡」


 もえきゅん☆が海苔をパリパリ食べていた。


「え……わたしCランクになったんですか⁉ なんで勝手に申請できてるんです?」


「高ランク冒険者の推薦状があると申請はすぐに通るんだぞ♡」


「でもそれでもランクアップには本人の承諾が必要なんじゃ」


「麻衣華が全然起きないから、代わりに指紋照合しておいたぞ♡」


 ええー、それって偽造じゃないの……。協会の審査も適当だなあ。


「『しておいたぞ♡』じゃないですよ!」


「ダメ……だった? ごめんね、勝手なことして……」


 もえきゅん☆が目に涙を浮かべてこっちを見てくる……。


「そ、そんな別にダメってわけじゃなくて……ちゃんと先に言ってほしかったなーってだけで、全然全然! えっと、推薦してくれてありがとう!」


「よかった~♡ もしかして迷惑だったかなって思って……」


「ううん、全然! むしろ早くランクアップしてもえきゅん☆に追いつきたいな~って!」


「そうだよね~♡ 麻衣華とモエはずっと一緒だからランクも一緒がいいよね♡」


 もえきゅん☆は笑顔で冷ややっこを口に運んでいた。

 なんとか機嫌を取り戻してくれたようで良かったよ。


 それにしてもわたしがCランクねえ。

 Cランクと言えば中級冒険者として認められたという意味にもなる。

 冒険者登録しただけの状態がEランク。1つ依頼をこなすと自動的にDランクになる。そこからは地道に依頼をこなしていくしかランクアップの道はない。

 全冒険者の約50%がEランク、そして約40%がDランクという現実。

 中級冒険者の証、Cランク冒険者となれる人は非常に限られているということがわかるだろう。

 まあ、わたしはコネもギルドもない一般ソロ冒険者なので、万年Dランクの予定だったわけで。


「ランクアップすると、受けられる依頼も増えるし、報酬もアップするんだぞ♡」


 報酬アップやった!

 スパチャが捗るぞー!


「麻衣華ってホントおもしろい♡ アップした報酬をスパチャしようと思ってるでしょ♡」


「え、なんでわかったの……ユニークスキル⁉」


 まさか、読心術的なユニークスキルを持っているんじゃ⁉


「そうかもね♡ 麻衣華専用で心を読んじゃうぞ~♡」


 もえきゅん☆が悪ーい顔をしながら、納豆をかき混ぜている。

 うわっ、悪魔の食べ物!


「もうわざわざスパチャしなくても、アクアは≪ミッカ≫のことは認知してるけど、これからどうする?」


 世間話をするような軽い雰囲気で、もえきゅん☆が言った。


 完全に虚を突かれた。

 わたしは……。


「あ、アクア様が好きなのでこれからもスパチャを……」


「モエは……アクアは、≪ミッカ≫がスパチャしなくても嫌いになったりしないわよ」


 スパチャをしなくても嫌いにならない……?

 スパチャって嫌われないためにするんだっけ?

 何のためにするものなんだっけ?


「モエのことを知ったからもうわかると思うけど、モエはアクアの配信で生計を立てているわけじゃないのよね。だから、≪ドル箱ちゃん≫たちから何が何でもスパチャを搾り取りたいわけじゃないの」


 もえきゅん☆は箸をおいてから、わたしの顔を見つめてきた。


「モエはVの配信が好きよ。柊アクアという別人格で≪ドル箱ちゃん≫たちとおしゃべりする時間がとても楽しいの。スパチャは、コミュニケーションの形としてわかりやすいから利用しているだけ」


 スパチャはコミュニケーション。

 アクア様はスパチャの金額が安いとわたし限定でいじってきたりはするけれど、総額を読み上げてことさら煽ってきたり、スパチャでこんなものを買いました、みたいなよくあるVTuberとしての投稿をしたりしない。

 ただのコミュニケーションだから……。


「麻衣華にはこれからも配信を見てほしいし、コメントで配信を盛り上げてほしい。でも、ネタ以上にスパチャをしたりして、無理はしてほしくないって思ってる」


「わたし……スパチャもしない人がアクア様の配信を見たり、コメントをする価値なんてないって思ってた」


「そんなこと思ってたの? アクアはいつもスパチャのコメントだけを読み上げてたりしてた?」


「そんなことない、です……。いつも白コメントもいっぱい拾ってくれていて」


「アクアは配信を見てくれる人全員が好き。スパチャを集める配信がしたいなら、最初から有料配信にでもなんでもするわよ。アクアはみんなのアイドルなの。もちろん、スパチャをしてくれる人はとても大事。お小遣いやお給料やいろいろなお金をわざわざアクアのために使ってくれてるんだもん。でもそうじゃなくても見に来てくれている人はみんな大事なの」


「わたし、アクア様のことが好きなのに、そういう気持ち、全然わかってなかった……」


 これじゃあファン失格だ。


「いろんな楽しみ方があるってことを伝えたかっただけだから。麻衣華がこれからもアクアを応援してくれたらうれしいし、スパチャしてくれるのももちろんうれしい。でもね、それは義務じゃないから無理しないでねって伝えたかったの」


「わたし、アクア様の気持ちが全然わかってないファン失格なのに、これからも配信見てもいいんですか?」


「何言ってるのよ。ファンに資格なんて存在しないのよ。アクアはたとえアンチだってすべてのファンを愛してるわ」


 アクア様……もえきゅん☆……。

 こんな浅いわたしでも許してくれる……。

 

 好きです。もっともっと好きになりました。


「ずっと応援してます! 冒険者で稼いだお金は全部スパチャします!」


「ちょっと麻衣華! そういうのをやめなさいって言ってるのに」


「ファンの在り方は自由! わたしのスパチャも自由!」


「まあそうなんだけど……困った子だわ……」


 もえきゅん☆がわたしのことで困ってる!

 困った顔もかわいい!

 もっと困らせたい!

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