第18話 世界に2人きりだとしたら
そのあとの配信内容は正直何も覚えていない。
気づけば、ずっと、もえきゅん☆の横顔を眺めていた。
アクア様として、楽しそうにしゃべるもえきゅん☆。
アクア様として、ゲラゲラ大声で笑うもえきゅん☆。
アクア様として、オーバーアクションをしながら何かを伝えているもえきゅん☆
だんだんと、アクア様ともえきゅん☆が重なって見えてくる。
わたしはアクア様が好き。
でもそれはアクア様が好きということであって、中の人がどうとか、誰が演じてるとか、そういうことを考えたことはなかった。
でも、わたしは知ってしまった。
こうして、アクア様というキャラクターの中にはもえきゅん☆がいて、もえきゅん☆がアクア様に命を吹き込んでいるのだということを知ってしまったんだ。
わたしはアクア様が好き。
わたしはもえきゅん☆のことも好きになっているんだと思う。
もえきゅん☆がアクア様を演じていて、アクア様の魂はもえきゅん☆で、もえきゅん☆がいるからアクア様がいて……。
わたしはVTuberのアクア様がキャラクターとして好きなのか、その中の人まで含めて好きなのか、もうよくわからなくなってきてしまった。
しかもリアルで冒険者のアクア様として活動するのはわたし……。
もう複雑すぎて意味がわからないよ。
わたしはどうしたらいいんだろう。
なんかもう、もえきゅん☆の顔がまともに見られる気がしない。
* * *
「麻衣華? 途中から全然配信見てくれてなかったでしょ。どうしたの? 食べ過ぎた? お腹痛い?」
もえきゅん☆がやさしく声をかけてくれる。
あ、もう、配信終わっちゃってた。
「えっと、その、なんでもなくて……」
わたしは反射的に顔をそむけてしまう。
耳まで熱い。今、たぶん顔赤いと思う。
「何でもないって顔じゃないわね。う~ん、熱……はなさそう」
もえきゅん☆がわたしのおでこに手を当てて、覗き込んでくる。
ひんやりした手。細い指。ああ、もえきゅん☆の手! ペロペロしたい!
「何その顔~。舌を見てほしいの? 腫れてないから、たぶん手足口病にはなってなさそうよ?」
もえきゅん☆がわたしの舌を引っ張って確認してくれる。
「そうれすふぁ」
「あんなに楽しみにしてくれてたのに。コメントもスパチャも勢いは最初だけだし。どうしたのかと思ったら、ずっと難しい顔したままこっち見てるし」
「ちょっといろいろ……複雑な……」
「複雑なことは人に話すと整理できて楽になることもあるわよ」
もえきゅん☆が微笑みかけてくる。
それー! その顔しないでー! 今ちょっと好きになりすぎてて悩んでるの!
「何? どしたの? 顔が赤くなったり白くなったり、ホント調子悪いならお医者さん呼ぶわよ」
「いえ! これは病気では……」
「そう? それならいいんだけど。じゃあ、もう1回露天風呂に入ってすっきりしてから寝ましょ!」
「え、あ、はい」
もえきゅん☆が立ち上がり、浴衣の帯をほどき始める。
反射的にわたしは後ろを向く。と、背後からシュルシュルと布擦れの音が聞こえてくる。ああ、今、もえきゅん☆が浴衣を脱いでるよぉ!
「麻衣華? 何してるの? 早く脱がないとモエが脱がしちゃうんだぞ♡」
背後から抱きつかれて、あっという間に帯を引っこ抜かれてしまった。
あーれー!
なんて町娘の真似をするほど帯は長くないので、あっという間に浴衣は開けてパンツだけの姿にさせられてしまう。
「ちょっと!」
「なによ~。それも脱がしてほしいのかにゃ」
もえきゅん☆の目が怪しく光り、指が無数の触手のように蠢く……。
いや、これはさすがに……自分で脱がさせてください……。
「夜の露天風呂も気持ちい~♡」
日はとっくに沈み、外の風景は何も見えない。
お風呂の中から見上げる星空だけが唯一の明かりだ。
「顔が見えないからもっと近くに寄ろ♡」
もえきゅん☆がにじり寄ってきて、肌が触れ合うほどぴったりと横に座ってきた。
「それはもえきゅん☆が足元の照明を消しちゃうから……」
「このほうが星がきれいに見えるでしょ? 文明なんて何もない。モエたちだけがこの世界にいるんだ~って感じで♡」
「なんですかそれ?」
「世界に2人きりになったとしたらどうしよっか♡」
世界にもえきゅん☆とわたししかいなかったら。
もえきゅん☆の横顔を見つめてしまう。
暗くてはっきりと表情は覗えないけれど、もえきゅん☆は天を仰ぎ星を見ていた。きっと、おだやかな表情をしている、のだと思う。
ずっと隣にいたいな。
まだ出会ってから間もないのに、なんでこんな気持ちになるんだろう。
わたしはもえきゅん☆が好き。
もえきゅん☆の隣にいたい。
でも、それは叶わない夢だってこともわかってる。
きっと今、何らかの事情でもえきゅん☆はわたしと組んでいる。
それはきっと決して長くない期間のはず。
その期間が終われば、もえきゅん☆は元の場所に戻っていってしまうのだと思う。
そんなのいやだ。
ペアとしてふさわしい存在になれれば、ずっと一緒にいることを許されるのかな。
もしこの気持ちを伝えたら、もえきゅん☆は今すぐにわたしの前から消えてしまうのかな……。
「ん? どうしたの♡」
もえきゅん☆がわたしの顔を覗き込んでくる。
「配信の途中から、ずっとそんな顔して考え事してるね。それって、モエには話せないこと?」
「えっとそういうわけでは……わたし……」
何を言えばいいんだろう。
わからない。
「わたし……もっと強くなったらずっと一緒にいてくれますか?」
違う違う。聞きたいのはそう言うことじゃないのに。
「な~に~? 今日の戦いで不安になっちゃった? 大丈夫よ、いきなりの実戦だったのに、ちゃんとできてたぞ♡ 麻衣華はこれからも強くなれるから、焦らずゆっくりいきましょ♡」
「ゆっくり……それまで待っ……なんでもないです。がんばります!」
わたしがゆっくり成長するのを待っていてくれる時間はあるのか。急にいなくなったりしないか。
そんなこと聞いて困らせたくない……。
「ねえ、麻衣華。モエが軽い気持ちであなたと組んだと思ってる?」
「えっと……はい。アクア様のアバターが作れるからおもしろがって」
「それはもちろんきっかけ。でも、モエはあなたのことをずっと前から知ってる」
「それはどういう……」
「もう1年以上も前から、毎日一緒にいるじゃない?」
「あ……」
そうか、アクア様の配信を通じて、わたしたちは毎日一緒にいたんだ。
「麻衣華がどんな人なのか、モエはモエなりに知っているつもり。実際に会って、会話して、一緒に戦って、スキル調整という名目であなたの魂にも触れた」
もえきゅん☆とわたしはずっと一緒にいて、言葉を交わしていたんだ。
「そしてモエが麻衣華を選んで、麻衣華がモエを選んでくれた」
アクア様はもえきゅん☆だった。
わたし、ずっともえきゅん☆のことを見ていて、ずっともえきゅん☆のことが好きだったんだ。
「まだ不安?」
もえきゅん☆がわたしの頬に触れる。
「不安なんて微塵もありません! わたし、もえきゅん☆のことずっと大好きでした!」
「ありがと~。だったらこれからもずっと一緒ね♡」
もえきゅん☆は静かにほほ笑んで、わたしのほっぺたを引っ張った。
勇気を出して告白したのに流されちゃったなあ。
でもちゃんと口に出して言えた! 大丈夫!
「これからもずっとずっとよろしくお願いします!」
わたしも、もえきゅん☆のほっぺたをそっと引っ張ってみた。
やわらかい。
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