第17話 夕食、そして

「こ、これは……」


 露天風呂から出てしばらくして、夕食が部屋に運ばれてきた。


 見たことのない料理の数々。

 おさしみ、てんぷら、なんかの鍋、小さい小鉢がたくさん……あ、ステーキ♡

 タイやヒラメが舞い踊りって……ここは竜宮城なの⁉


「キョロキョロして~子どもね♡」


「だって子どもだもん! こんな料理初めて見たんだもん!」


「楽しんでもらえてるみたいで、連れてきてよかった♡」


 もえきゅん☆がニコニコしながら、徳利からおちょこへ……日本酒⁉


「もももももえきゅん☆お酒を⁉」


「そうなの~、ここの地酒が好きなのよ♡ それでいつも通っちゃってるところがあるかも♡」


 もえきゅん☆の肌が、頬から首筋までほんのり赤く染まっている。

 飲んでいらっしゃる……。


「お酒……飲める年齢なの?」


「あ~レディに年齢を聞くのは失礼なんだぞ♡」


 と言いながらグイグイおちょこが進んでいらっしゃる。

 もえきゅん☆って未成年じゃないんだ。わたしと同じ高校生か、行ってても大学生かと思ってたのに。


「えっと、お酒飲んで、この後の配信大丈夫なの?」


 もしかして、酔っ払ったアクア様が登場してしまうのかしら……。


「大丈夫大丈夫♡ 週の半分くらいはお酒飲んで配信してるんだぞ♡」


「ええ……全然気づかなかった!」


「酔っ払うほど飲まないからへーきへーき♡」


 そう言いながらすでに空の徳利が1、2、3……やっぱりペース早くない⁉

 まあ、本人が大丈夫って言ってるから大丈夫なのかなあ。

 と、するとわたしは――。

 

「お料理いただいてもいいかなあ」


「もちろん! 好きなものを好きなだけ食べましょ♡ ほしいのがあったらモエのも分けてあげるから遠慮なく言うんだぞ♡」


 わーいわーい!

 何から食べようかな♡


 このカボスの中にイクラとエビか何かが入ってるのきれい……うわっ、おいしい!

 こっちのお魚のすり身が入ってるお吸い物はなんだろ……良い香りで、おいしい!

 こっちのおさしみは、タイとブリ、あとマグロかな、おいしい!

 この茶碗蒸し、マツタケが入ってる、おいしい!


 あっちもこっちも、料理名も材料もわからないけど全部おいしい!


「麻衣華のことを見てると飽きないわ♡ さっきから一口食べては、びっくりとおいしいを繰り返しててホントかわいいわ♡」


「なによー。食べたことない料理ばっかりでおいしいんだからいいじゃない!」


 わたし、そんなに顔に出てたかな。はずかしっ! もっとおしとやかに食べましょう……。


「てんぷらってこのお汁で食べるのがいいのか、こっちのお塩で食べるのがいいのか……」


 悩む。通の人はお塩?


「好きなほうで良いんだぞ♡」


 え、あ、口に出てた?


「料理はおいしく食べるのが一番なんだぞ♡ もちろん最低限のマナーはあるけど、何をつけて食べるとか何から食べるとか、そういうのは好みでいいの。へんにマナー講師みたいな人に教わると一辺倒のマナーになっちゃうから気をつけるんだぞ♡」


「うーん、好きなようにかあ。逆に難しいなあ」


 えーい、もう、わかんない! 汁にジャブジャブつけちゃう!

 やっぱりエビのてんぷらはおいしい♡



* * *


 わたしはお腹がはち切れるほど料理を堪能した。

 もえきゅん☆がどんどん食べろって自分の分まで勧めてくるから、結局ほとんど2人分食べたんじゃ……。


「くるしいよぉ」


「たくさん食べて大きくなるんだぞ♡」


「こんなに食べたら太っちゃう……」


「お野菜とお魚中心だから大丈夫大丈夫♡」


 そういうものかなあ。


「ねえ、もえきゅん☆も昔はいっぱい食べてた?」


「ん~そうね~。お肉しか食べない子だったかな♡」


「肉食女子!」


「やっぱりお肉が一番ね! でもお酒を覚えてからは少食になっちゃったかも?」


 そう言いながら、もえきゅん☆はまだおちょこから手を離さない。

 そろそろ配信の予約時間じゃないのかな?


「大人になって味覚って変わったりした?」


「ぜんぜ~ん♡ 食べる量が減ったのと、良いものをちょこっと食べるのを覚えただけかな~?」


「そういうものですかあ」


 それならわたしは、きっと大人になってもハンバーグやステーキが好きなままなのだろう。急にピーマンやセロリが食べられるようにはならなそうなので、逆に安心したかも。


「よ~し、そろそろ配信の時間なんだぞ♡ 準備しないとね~」


 もえきゅん☆が座椅子から立ち上がる。

 若干ふらふらしてる⁉ やっぱり飲みすぎなんじゃ……。


「大丈夫? 気分悪かったら無理には……」


 と、言いかけたところで、もえきゅん☆がわたしのほうに向きなおった。


 あ、目つきが――。


「あなた、私のことを誰だと思っているのかしら? このアクア様が生配信の時間を違えたことがあって?」


 さっきまでのもえきゅん☆とは雰囲気がまるで違った。

 目がランランと輝き、腰に手を当てて堂々と宣言するその姿は――。


 あ、あ、あ、あ、アクア様だああああああ!


 わたしは反射的に平身低頭、その場で土下座をしていた。


 今のもえきゅん☆は、完全にもうアクア様だった。

 立ち上がって一瞬の間に、さっきまでの酔いどれもえきゅん☆はどこかへ行ってしまった。


「さあ、立ちなさい! 生配信の時間よ! このアクアのかわいい≪ドル箱ちゃん≫たちが待っているわ。麻衣華は声が入らないように静かに参加してちょうだいね」


 わたしはすぐさま立ち上がり、『かしこまりました!』の最敬礼をサイレントで行う。親フラならぬファンフラは、V配信の空気を壊してしまうから絶対にダメだ。


 というか、この状況ホントにいいのかな? アクア様の生配信をホントの生で見ちゃうなんて。ファンサし過ぎじゃない? 公私混同? ……この場合の公私ってなんだっけ?

 あーもうよくわからないけど、楽しみすぎる!



* * *


「は~い、≪ドル箱ちゃん≫たち~今夜も元気~? みんなのアイドル、柊アクア様の登場だぞ~!」


 は、はじまった! ホントにはじまってしまったああああああ!


“アクア様愛してます! ¥10000”

“うぉー初っ端ミッカがいったー”

“とばしてくるぅ”

“今日も徹夜で稼いできたか、関心関心”


「≪ミッカ≫スパチャありがとね~。ちゃんと稼いできてえらいぞ!」


 うへへへへへへ。今日もがんばって稼いできましたよぉ。

 今日は何と救出要請にこたえてパーティーを救ってきちゃいましたよーって、もえきゅん☆と一緒に行ったから知ってるか……。


 わたしは画面に映るアクア様から目を離し、頭を起こした。


 もえきゅん☆がこっちを見ていた。

 静かにやさしく……わたしだけに微笑んでくれていた。


 あ、やばい。

 

 どうしよう。

 急に心臓がバグバグ、沸騰しそう……。

 何この気持ち……。


 アクア様……もえきゅん☆……違うようで同じ人。


 わたしはアクア様が好き。


 顔も性格も行動も全部全部すべてが好き。すぐ笑うところも、すぐ怒るところも、声がかわいいところも、歌がうまいところも、ゲームが好きなのに下手なところも全部全部好き。一生アクア様についていきたい。命だってささげたいって思ってる。


 もえきゅん☆には感謝してる。


 やさしいし、かわいいし、きれいだし、なんて言ったって強いし、憧れのお姉さんって感じだ。ペアで一緒にダンジョンを回ってとっても楽しかった……はずなのに、何なのこの気持ちは。


 わたし、もえきゅん☆のことも好きになっちゃったかも……。


 どうしようどうしようどうしよう!

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