04 欲しいもの

 AIの誤作動原因は無事に突き止められ、ナリシスは自動運転に戻った。アルバートは、機関室に呼ばれていた。


「よう、アル」

「なんだ? ジェイク」

「お前さんもバカやったな。昨夜、船長とお前の部屋の前ですれ違ったんだよ」


 アルバートの顔から血の気が引いた。ジェイクは続けた。


「アルが船長のことが好きだってことはおれも知ってる。とうとうやっちまったんだろう? そういう匂いがした」

「お前は犬かよ……」


 観念したアルバートは、薬を盛ってクローディアを犯したことを打ち明けた。


「本当にバカだな、お前」

「何とでも言え」

「それで……話は変わるけどよ。今回の誤作動。船長には言ってないけど、おそらく人為的なものだ」

「何?」

「外部からのアクセスの痕跡があった。危うく見逃すところだったけどな」


 アルバートはジェイクの肩を揺さぶった。


「なぜ船長に言わなかった?」

「ただでさえ色々トラブル起きてるだろ。今回は船長の最後の仕事だ。花持たせてやりたいじゃねぇか」


 ジェイクは秘密裏にアクセス元を辿ってみると言い、アルバートは機関室を出た。彼の脳裏に浮かんだのは、昨夜のクローディアの肢体だった。

――本当にバカだな。

 あの後クローディアは、いつも通りの「船長」に戻った。まるで今回のことは何でも無かったかのように。しかし、アルバートが彼女を傷付けたのは事実だった。

 アルバートは死を考えた。毎夜、拳銃を自分の頭に突き付け、目を閉じた。しかし、引き金を引けなかった。生に対する執着心がしぶとく残っていた。

 そうして、クローディアがアルバートの部屋を再び訪れたのは、あの夜から十日が経ってからだった。彼らは前と同じようにダイニングテーブルに座った。


「アル。最近、ぼうっとしてるよ」

「態度に出てたか。悪い」


 アルバートは飲み物を出さなかった。クローディアが警戒すると思ったからである。しかし彼女は辺りを見回して言った。


「何か飲むものないの?」

「……水でよければ」


 固く封をされた水のボトルはクローディアが開けた。そして、彼女がグラスに注いだ。


「あたし、考えてたの」


 クローディアは、真っ直ぐにアルバートの瞳を射ぬいた。


「アルの気持ちは嬉しかった。あたしも、アルのことを大事に思ってる。だから、子供が欲しいんだ」

「……子供?」

「ヒューゴの子供として育てる。彼には打ち明けない」

「でも、そんな」


 クローディアは立ち上がり、座っているアルバートを後ろから抱きすくめた。そして、彼女は涙をこぼし始めた。


「ねえ、抱いてよ。あたし、どちらかだけ愛するのは無理だよ……」


 アルバートはそれに応えた。全ての情欲をクローディアに注ぎ込んだ。それは、幾夜も続いた。




 長い航海を終えたナリシスは、ソルダンへと到着した。といっても、すぐにクローディアの仕事が無くなるわけではない。ナリシスは一週間程度ここに停泊し、また戻っていく。地球へと。


「船長さん! 本当に、お世話になりました」


 小さなクローディアを抱えた女性が、深々と頭を下げた。クローディアはその小さな手を握った。


「お互い、ソルダンに居るんです。また会えるでしょう」

「そのときはぜひ、よろしくお願いします!」


 亡くなった男性を墓地に収用する手続きも必要だった。せめて自分だけは、命日に花を手向けてやる必要があるだろう、とクローディアは思った。

 それから、いくつかの事務手続きを経て、クローディアは晴れて民間人となった。ヒューゴと一緒に、ナリシスを見送りに行った。


「さよなら、アル。ナリシスのこと、任せたよ」

「うん。さよなら、クローディア」


 クローディアは確信していた。新たな命がこの身に宿っていることを。ナリシスが行ってしまった後、ヒューゴと手を取り合い、雪道を歩きながら、彼らの新居へと向かった。

 妊娠が確実なものになったのはそれから一ヶ月後だった。ヒューゴは喜び、早速名前を考え始めた。


「もう、ヒューゴったら。性別だってまだまだ判らないのに」

「男だったらルークがいいかな? どう思う?」

「いいと思うよ」


 それから三ヶ月後。ナリシスで動力炉の火災が起き、地球に帰還しようとしていた乗員は全員亡くなった。オリバー、ナコ、ジェイク、そしてアルバートも。

――天罰かもしれない。

 クローディアはそう思い、お腹をさすった。この子は幾人もの犠牲を経て産まれる子だ。そう彼女は考えた。

 夜に長い間戸口に立っているクローディアを見て、ヒューゴは彼女の手を引いた。


「冷えるよ。お腹の子にさわる」

「そうだね……」


 満天の星が輝いていた。その一つ一つが、彼らなのかもしれないと思うと、クローディアはやりきれなかった。

 そして、クローディアは無事に赤子を産んだ。男の子だった。

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