おためしくまたろう

@pande-lion

第0話

登場人物

蒼月……人ではない存在。髪や衣装が青い色

くまたろう……たつきに手習い処の師匠をする若者。懐の眼鏡は

何でも屋……カブキ町で一番強い


幕、開く。       

 

 ぱんぱん(張扇の音)ここは両国。江戸時代は御府内で一か二と呼ばれる盛り場で御座いました。

 天来人の降臨でカガクとやらが急速に発達いたしました現在に於いても、人の営みは早々変化は、いたしませぬ。お日さんの良い日はちょっと出かけたくなるってぇのが人の常。時代が変わっても人が集まる場所は相変わらずのようで。

 両国にありまする幾つかの芝居小屋。

 くまたろう手習い処の童たちが紙細工の納品に訪れておりまする。

 この童たちは日ごとに手先が器用になってまいりまして、芝居小屋の裏方の大道具や小道具さんが細かな注文を致しても、手習いの反古紙なんかにしっかと記しまして、次回きちんと仕上げてまいります。この界隈では、ここの童たちは立派な職人扱いされております。

 童たちにとっても、江戸で大人気の華やかな役者たちが立つ舞台の小道具を作れる誇らしさがございます。たまに、文字通りの舞台裏を役得で覗かせて頂いたりもします。時には「手習いを卒したらうちで働きねぇ」なんて声をかける大道具小道具かしらが居たりするもんですから、いっそう張り合いも出ようってもんでサ。

 まるで、月ごとに「文化祭の前日」感があるもんですから手習い処の童一同が協力し、教え合ってそりゃあもう和気藹々の日々をおくっております。

 手習いの方は、まだ若輩なれど頭脳明晰な、くまたろう師匠がしっかと手綱を握っておりまする。はい、きちんと学ばぬ童は「紙細工」作業に参加させませぬ。

 この手習い処を卒した童たちは、身についた教えのおかげで大店や有名大工の元に就いておりまする。変革しきりの御江戸を生きる力。それを身につけてもらいたいというのが、くまたろう師匠の願いでござんす。

 そんなこんなで、かぶき町からちょいと離れた辺りでも「童を通わせるなら、くまたろう手習い処が一番サね」と評判がちらほら。うれしい悲鳴でサねえ。

 さて。今日も納品を終え、繁華街の見物に散策に土産買いを終えた一行は、早めの御飯にいたします。あ~。江戸時代は一日二食だったてぇ説と、御江戸の府内では三食だったという説がございますが、そこは長くなるのでテキトーに。

「ほう。ここが話題の『廻転寿司』であるか」

 生き馬の眼を抜く江戸でも通行人が目を見張る、青い髪に薄蒼の狩衣姿。

 その人は春風駘蕩の顔で看板を見上げて居りまする。初めての来店のよう。

「おいっ。くま公なんでコイツが居んだよ。こいつが来るときは剣呑な場面か酒場放浪記だろうに。昼日中に、童たちの前に出しちゃ良くねえよ」

 木刀を腰に落とし差しの人物。頑丈そうな革長靴で狩衣姿の尻辺りを蹴ろうといたします。が、ひょいと躱されまする。苦虫を噛む何でも屋。微笑む狩衣、名は蒼月。

「まぁまぁ。蒼月殿に遠足の話をしたところ、是非相伴したいとおっしゃって」

「おあし(御足・御銭)は、きちんと持ってきたぞ」

「けっ、おあし?そんな女房言葉使うなんざ、やっぱテメエ平安貴族の端くれか?」

「ははは、さすがさすが。野生の本能は見縊れないものだなぁ」

「このやろう、誰が野生だっ!!」

「童たちよ、店内ではこんな大声をけして出さぬように。では、定めていた四人ずつで行儀良く座りましょう」

 お師匠様に誘導されて、童たちはしっかと静かに並んで入店いたす。師匠が予め店に連絡してましたおかげで、全員が一度に着席いたしまする。

「ふむ、皿が回っておる。ホンに曲水流觴か流し雛のようだのぅ。楽しいのぅ」

「くま公、コイツの話しているのは日本語か?」

「きょくすい-りゅうしょう、とは川の流れに杯を浮かべて自分の前を流れ過ぎてしまわないうちに詩歌を作り、杯の酒を飲むという風雅な遊びだったはずです。晋の国の王義之が初めて行ったとされていて、日本でも平安貴族が致したとか」 

「王義之って筆の名人だっけ?」

 何でも屋の一言に蒼月が膝を打ちます。

「ほう、そなた無頼一辺倒に見えて意外なり」

「ちっちっち。『眠狂四郎無頼控』で読んだ」

 ちなみにこの三人は四人客卓の流れる寿司側に蒼月・何でも屋。くまたろうはしばし悩みましたが蒼月に

「隣に腰掛けさせて頂きます」

「おぉ座れ座れ」

 くまたろう、ふと遠くを見る目。

「『この国では、座るとは正坐か胡坐のことで、椅子のときは腰を下ろすか腰掛けるだ』と叱られたときがございました。宮仕えは細かいことに五月蠅いものだと帰路で苦笑した憶えがございます」

「…………ほぅ」

「……くま公、チョいと記憶が戻ったのか」

 その言葉にくまたろう、眉をひそませます。

「たしかに。私はいつ宮仕えなんぞ、したのでしょう?」

「ほれ、お手拭きと箸だ。湯飲みはあるが」

 態とでしょう。悩み始めたくまたろうに蒼月がお手拭きなどの『回転寿司すたーとせっと』を渡します。

「お茶っ葉の入った筒缶はいずこ?それと急須がないな奉公人を呼ぶか」

「やんごとなき御方はお茶の入れ方もしらねぇのか。その丸くて黒いとこを押すとお湯が出るから。あ、まずはその湯でしっかり手を洗うんだゾ」

「ほう。この御時世、手洗いは大切だな」

 くまたろう、慌てて蒼月の袂を掴んで止めまする。

「出てくるのは熱湯でございます。蒼月どのがヤケドされたら如何しますか」

「これまでコイツには、た~っぷり煮え湯を飲まされてきたからお返しだよ」

 駄目な大人たちがなかなか進まない一方、童たちは仲良く食事を始めて居ります。一人につき五皿までと事前に定めていたため、回ってくる寿司皿をじっと注視したり、手触情報盤の表面を指で弾いて考えを凝らしたり、思い思いに知恵を絞って、楽しい食事を致しておりまする。

「ガキなのに自前で五皿たぁ金持ちだねぇ」

「ええ。彼らが働いた御足で十分賄えます。頑張ったら頑張った分見返りがなければ、と思いまして。そういう世の中で童たちに働いてもらいたいのです」

「ふーん。オラぁ大人だしぃ。今日も護衛の大役を果たしたしぃ。五皿縛りはねぇよ、なっ」

「うむうむ十重二十重に皿を重ねるが良い。若い頃は皿を仏塔の如く建立出来たのに、トシをとると店員が片手で運ぶ程に減って『いとあはれ』と清少納言も書いて居る。若いウチは食え。たーんと喰らうがよい」

「……くまたろう、マジか?」

「……殿上人冗句でしょうか?」

 そんなこんなで四半刻と少し、一時間手前くらいで皆がおなかを撫で始めまする。

 あ、このお腹を撫でる『ぼでーらんげーじ』をメリケンのお人の前でしますってぇと『妊娠中ですか』って驚かれるそうでござんすねぇ。男性がいたしますと『おーまいがーっと』って叫ぶとか。

 くまたろうは途中幾度か席を立って子供たちの客卓を見回ってたため、皿少なめ。

 蒼月と何でも屋の皿は、二つ並んでヤクトミラージュツインタワーでござんす。

「そろそろ〆だな。ほぅ、すいーつもあるのか」

「へんっ。甘味は甘味処てぇのが江戸っ子だ。回転寿司の〆は……蟹味噌軍艦にするか……白子ポン酢軍艦にするか……ヨシっ長考に入るぞ」

「そんなことで悩むのですか」

「あぁ。トシとるとつまらんことにこだわりが出てしまってよぅ。若いときはスパッと尿切れも良かったのに」

「歯切れですね。右顧左眄もしくは首鼠両端するということですね」

「おめぇも似非貴族さまかよ!」

 で、何でも屋は両皿を客卓に置き悩み続けまする。こういうとこが……いやいや。

「ふむ。回転寿司のちーずけーき。いと旨し。まだ悩んで居るのか。狐疑逡巡だな」

「あー四字熟語ウザっ。よし蟹味噌からだ!」

 パンパン(張扇の音)彼こそ実は実は、知る人ぞ知る『攘異戦争の白い悪魔』で御座います。一度決意するや疾風迅雷音速光速の如し。 

 幼少のみぎりから自立型とりおん兵と共に近界の国々と戦禍の中を渡り歩き、ぼーだー入隊試験ではばむすたあを0・6秒の最速記録で叩き斬った。その腕前で蟹味噌軍艦を……あれ?なんか混ざったようでござんすねぇ。

「惑うな惑うな。まずはこの世界から収めていくのだゾ」

「蒼月殿?どなたと会話をなさっておられるので」

 蟹味噌軍艦巻は回転寿司界のホームラン王で御座います。(例えが昭和くさい)栗鼠の如くに頬を膨らませた何でも屋、幸せ其のもの此の世の春で御座んスなぁ。

「あぁ。俺が子どもの頃はこんなトコなかったからなぁ」

「時代は移る。世は変わる。人は流れる。『月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也』」

「松尾芭蕉ですね。今度童たちに教えようかと……」

 蟹味噌の濃厚な風味を堪能した何でも屋。濃い目のお茶を口にして〆に向けて明鏡止水の心境で白子ポン酢軍艦巻きに相対せんと身を整えて居りまする……あれ?

 急に何やら首を傾けて思案六歩?

「たった今まで、満面の戎顔だったではないか。急に如何した。食べ過ぎで腹痛か?オレの勝ちだな」

 嗚呼、やはり競って居りましたようで。

「ちげぇよ。やっぱ最後の〆を蟹味噌軍艦にすべきだったかなーって。白子ポン酢も悪くないよ。うん。くりーみーで濃厚で。でも最後を任せられるかっていうと、チト難しかったかなって。あー『花王名人劇場』の大トリは米朝師匠か仁鶴師匠、やすきよ漫才なら納得じゃん。でもそこに中川家や笑い飯、銀しゃりを置いたら~いや、上手いんだよ彼らも。白子ポン酢軍艦も旨いんだけどね、チト役者不足というか」

 立て板に水、いやナイアガラ瀑布のようでございます。

「くまたろう、ホレ通訳をいたせ」

「土曜の八時はやはり『オレたちひょうきん族』という意味でしょうか」

「『8時だョ!全員集合』世代だよ、オレは」

 客卓の白子ポン酢を前に腕組みしたまま語り続ける何でも屋。

 するとすると―――。

 ひょい、と蒼月がその白子ポン酢の皿を取り上げ、ひょいぱくひょいぱくと口に収めて仕舞います。ゆっくり咀嚼し味わって、嚥下の感触もゆっくり楽しんだ彼は「ふう」っとお茶を一口喫します~。

「うむ。珍味嘉肴であった。善きかな善きかな」

「……て、……てっめぇ~そこに直れ。洞爺湖の錆にしてやるっ」

「そなたが『最後の〆は蟹味噌が良かった』と言うた故に叶えて進ぜたのだ。感謝して良いぞ」

「こんのぅ~人でなし野郎!!」

「この話の一行目にそう書いてあるが」

 何でも屋の背から炎の如きオーラが立ち上がって参ります。それに呼応する如く蒼月も白光のオーラを纏います。

 パンパン。パパンガパン(張り扇連打)

 どうなりますや、この頂上決戦???

 いやはや、さてさて。

 くまたろう、いつの間にやら眼鏡姿になっている。

 こちらも晴雲秋月の心で決意の一言を斬って落とす。

「最後はやはり、ほんのり甘い玉子ですね」

「「女子かっ!!」」 


柝 (拍子木の音)


数日後。居酒屋『鳥士族』にて。

「おい、くま公。あの似非貴族野郎は二度と呼ぶんじゃねーぞ」

「はいはい(棒)。それより、このあんけーと結果を御覧下され」

 くまたろうが持ってきたのは童たちが記した感想文集。

「ふ~ん。あれ、ガキどもは一人五皿縛りじゃなかったっけ?十品以上食っているやつがいる……もっと多いのも居るじゃねえか」

 くまたろう完爾と笑みを返しまする。

「回転寿司なんて初めての贅沢という子が多いんです。一品でも多く口にしたい、と思った彼らは一皿に載った二つを『半分こ』したり鉄火や河童の巻物を四人で仲良く食べたようですね。最後の甘いものも分け合える品にしたり譲り合ったりして皆が幾皿も味わった結果ですね」

「へー賢いな。くま公、助言したのか?」

「まさかまさか。彼らがその場で思い付いたことです。算数問題では思い付かないような『解』を、彼らは頭を捻って導き出したのです。……素晴らしいことですね」

「ふーん」

 興味なさげに、でも一人一人の感想を食い入るように読んでいる何でも屋。それを見つめる、くまたろうの心もじんわり温かくなる。

『どれもおいしかったです。でも父ちゃんや母ちゃんにも食べさせてあげたいと思いました。もともっとはたらいて今どはみんなで回てんずしにいきたいです』

 読み終えて、そっと丁寧にくまたろうに書き束を返す何でも屋。口角がほんのりと上がっている。

「くまたろう。いい手習い処だな」

 苺チューハイのグラスを持ち上げる何でも屋。

「はい。みなさまのおかげです」 

 くまたろうも蕃茄酎ハイの硝子器を掲げ、

「「乾杯」」

 三日月が天高く煌煌と輝く、いい夜のことで御座いました。


幕、閉じる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おためしくまたろう @pande-lion

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る