第15話 へいパイセン、デートしようぜ

『へいパイセン、デートしようぜ』


 朝起きると、そんなラインが入っていた。


 土曜日の朝十時。

 平日は早起きするが、休日は予定がない限り、自然に起きるまで起きない。目覚ましのアラームで起きない朝というのは、非常に気持ちのいいものだ。

 消音モードにしているので、通知音にも気が付かなかった。


 ちなみに、ラインはそれだけではない。


『せんぱーい』

『おーい、おきろー』

『チカパイ、就寝中?』

『起きるまでスタ連しまーす』

『かわいい後輩からデートのお誘いですよ~」


 ……文字だけでもやかましいな、こいつ。


「デート、ねえ」


 送信日時を見ると、朝六時半ごろだった。萌仲は休日でも早起きだな……。


 さて、どう返したものか……。

 悩む暇もなく、萌仲から電話がかかってきた。


「……もしもし」

『あ! 私、私!』

「あ、はい。口座番号を教えていただければすぐにでも……」

『や、オレオレ詐欺じゃないし、なんで振り込もうとしてるの!?』


 わたしわたし詐欺かと思った。


 まあ、ライン通話だから誰からかかってきたかはわかるんだけど。


「で、なんの電話?」

『既読ついたから! 早く返事知りたくて電話しちゃった』

「……もしかしてずっと既読つくか待ってたのか?」

『うん!』


 電話越しにも、萌仲のテンションが高いのが伝わってくる。

 きっと、あの人懐っこい笑顔を浮かべているのだろう。


 ラインを送ったあと、既読がつかないかとそわそわ待っていたのだと思うと……可愛いかよ。


『あ、ごめん、電話やだった……?』

「いや、大丈夫」

『よかった~』


 不安そうに言ってきたので、すぐに否定する。

 実のところ、電話はそんなに好きではない。文字でやり取りしたほうが早いし、間違いもないから確実だ。あとから見返すこともできる。


 電話では顔が見えないから、会話のテンポも掴みづらい。

 経験が少ないからだろうけど、電話はどちらかと言えば苦手だった。


 だが、萌仲は電話越しでもはっきり聞こえるし、感情もわかりやすい。

 短いやり取りしかしてないが、支障は感じなかった。


『ねね、センパイ今日空いてる?』

「あー……、まあ、忙しいかな」

『ぜったい暇な時の間だったじゃん!』

「土曜日は惰眠を貪るって決めてるんだ」

『ちなみに明日は?』

「日曜日は翌日の学校に備えて精神集中だ」

『暇じゃん』


 まるで引きこもりのような予定だけど、実際そうだ。

 だいたい、せっかくの休みなのに無駄に活動する意味がわからない。


 週の五日は意欲的に活動しているのだ。休日はなにもしないに限る。


『でも……そっか。せっかくの休みに電話してごめんなさい。ただ、私がデートしたかっただけだから……』


 黙っていると、泣きそうな声でそんなことを言ってきた。

 鼻をすする音まで聞こえる。


「あっ、いや、今日はちょうど外に出たいと思ってたんだ。いい天気だからな」

『ほんと……? デートしてくれる?』

「ああ。デートと呼ぶかはわからないが、萌仲と出かけるのは問題ない」


 慌てて、言葉を覆す。

 まあ、せっかく誘ってくれてるんだ。特に予定もないし、断るのも忍びない。


 なにより、後輩を泣かせるのは胸が痛む。


『ふふっ、センパイ、ちょろすぎー』

「……は?」


 けろっとした声で、萌仲が笑った。


『センパイの弱点、発見! 女の涙!』

「やっぱ行くのやめようかな」

『嘘です! ガチ泣きです! えーん』

「今度まじで泣かすぞ」

「こわっ。でも、デートしたいのはほんとだから! 今さら取り消しは無効ですー。じゃあ、集合場所はラインで送るから! ばいばい!」


 嘘泣きだったのか……。まんまと騙された。


 萌仲は反論を許さず、そのまま電話を切った。

 ラインの通知音が響き、集合場所と時間が送られてくる。


「はあ、まあ仕方ないか」


 デート……。女の子と出かけたら、それはデートなのだろうか。

 なぜ誘ってきたかもわからないし、どう振舞えばいいのかも、経験がないからわからない。


 とりあえず、目下の悩みとしては。


「なにを着ていこうかな」


 ちょっとだけ、楽しみにしている自分がいた。

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