第14話 一緒に登校

 朝のピーク時には満員となるこの電車も、時間が早すぎると逆に空いている。


 いつも七時には学校の最寄駅に着いているので、気楽に座って登校することができている。

 これが始業ギリギリとなると、吊り革を掴むのもギリギリだから大変だ。


 朝は弱いタイプではないので、なるべく早く来るようにしている。


 亡霊のように虚に歩くサラリーマンとすれ違いながら、電車を降りる。


「せーんぱいっ」


 ホームを歩いていると、背中をとん、と軽く叩かれた。

 聞き覚えのある声に振り返ると、大庭萌仲がいた。


「よっ、おはよ!」

「……おはよう。朝からテンション高いな」

「えへへ、今テンション上がったの」


 いえーい、と手を出してきたので、しぶしぶ応じる。


「今?」

「センパイに会えたから」


 そう言って、白い歯を見せて笑う。


 ……可愛い。

 率直にそう思ってしまい、慌てて脳内からその感情を追い出す。


 萌仲は後輩だ。

 出会って数日。今はたまたま俺を面白がって絡んでいるだけだ。元々、住む世界が違うタイプなんだから、過度に期待してはいけない。


「……ていうか、なんでこんな早いんだ? そもそもホーム逆だろ」

「センパイを待ってた!」

「なぜ?」

「いっしょに登校したかったから?」


 ……どう解釈したらいいのだろう。


 ずいぶんと懐かれているが、萌仲にそんな大それたことをした覚えはない。


 少し頭を冷やすために、歩行を速めて改札を通る。

 すると、後ろから萌仲が小走りで駆け寄って、隣に並んだ。


「なんか犬みたいだな」

「犬系JKです。わんわん」

「よし、じゃあその辺走ってきていいぞ」


 両手を犬の耳に見立てて、萌仲が走り出す。

 ちょっと走って、すぐ戻ってきた。


「はい、走ったよ。次は?」

「朝から元気すぎる……」

「そんなことないよ。すっごい眠いもん」


 萌仲が大きく口を開けて欠伸をする。

 その姿は本当に眠そうで、目じりには大粒の涙が浮かんでいた。


「センパイに会うために早起きしたからね! なんと五時起き」

「はっや」

「女の子には色々あるんですー。なに着るか悩んだり」

「制服じゃん……」

「制服の下に着てるよ?」


 萌仲が指先で、少しだけブラウスの襟元を広げた。ボタンが空いているから、鎖骨が覗き見える。

 思わず視線を向けてしまい、慌てて逸らす。


 萌仲はそのまま手をブラウスの胸元に差し入れた。


「ほら、シャツ」


 そして、白いシャツを軽く引っ張って俺に見せる。


「そうだな。うん。シャツは大切だ」

「あれあれ? もしかして期待しちゃった?」

「期待? なにを?」

「あー、しらばっくれるんだ~。変態センパイだ。略してヘンパイ」

「略すな」


 迂闊にも想像してしまったのは事実なので、強く言い返せない。


 だって、仕方ないだろう。

 俺だって男だ。萌仲のような可愛らしい女子を前にして、まったく感情が浮かばなかったらそれこそおかしい。

 贔屓目抜きにしても、萌仲は上級生の間で話題になるほど可愛いんだから。


「ふふふ」


 言い淀んだ俺を、萌仲はにやにやと見る。


「まあ、悩んだのは下着だけど」

「おい! あけすけ・・・・すぎるだろ」

「えっ、透けてないよ? ちょっとどんな妄想してんの」

「包み隠すって意味だよ!」

「そりゃ隠すよ! 当たり前じゃん!」


 萌仲は言いながら、俺の肩を軽く小突く。

 全然力なんて入ってないのに、肩にじんわりと彼女の感覚が残った。


 からかうように笑う彼女を見るに、おそらく意味がわかっていてボケているのだろう。

 朝から疲れるわ……。


「ていうか、一昨日も結構早くなかったか? 今日ほどじゃないにしても、あんな早朝に校舎裏にいたんだし」

「あー、うん。教室にいてもすることないからさ。ちょっと散歩してたんだ」

「そうなのか。それで白旗に目をつけられて、災難だったな」

「ほんとにね」


 教室ですることない、ね。

 萌仲みたいなタイプなら、てっきり友達とわいわい話しているイメージだったけど。


 朝からすることないのは俺も同意だ。

 ただ登校してちょっとした雑務やゴミ拾いをするだけだったので、こうして登校中の話し相手がいるのは嬉しい。


 それを言うと明日からも求めているみたいになってしまうから、絶対に口に出さないけど。


「一緒に登校するの楽しいね」


 ……と思ったら、萌仲が口に出していた。


「そうだな」

「あれ!? センパイが素直だ! いつもは、きなこねじり並みに捻くれてるのに」

「うざ……」

「うざかわいいでしょ」

「はいはい」






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