第8話 ねー、ギャル好きー?

「ねね、センパイってギャル嫌い?」

「……突然なんの話だ」


 机越しに大庭萌仲が身を乗り出して、俺の顔を覗き込んだ。

 上目遣いに小首を傾げる仕草が可愛らしい。


 俺はパソコンから顔を上げて、大庭を睨みつける。


「というか、大庭」

「もなか!」

「……萌仲。なんで当たり前のようにここにいるんだ?」

「え、今さら!? もう十分くらい経ってるから、受け入れてくれたのかと思ったよ」

「あまりにも自然に入ってくるから反応が遅れた」

「にしても遅れすぎじゃね」


 仕方ない、書類作成に集中してたんだ。


 放課後、いつものように生徒会室で作業していると、大庭……萌仲が入ってきたのだ。

 こっそり扉を開けて静かに入ってきたので、とりあえず無視しといた。彼女は正面に座ってしばらくモジモジとした後、十分経ってようやく話しかけてきたという流れだ。


「そうか。対応が遅くて申し訳ないが、帰ってもらえるか?」

「ひどっ。もうすっかり腰を落ち着かせちゃったよ!?」

「そもそも来ているのがおかしいんだけど……」


 昨日、もう来なくていいと言ったはずなのに。


 俺が冷たくあしらうと、萌仲が身を縮こませて、少し潤んだ瞳で俺を見た。


「やっぱり、来ちゃだめだった……?」

「いや、ちょうど人手がほしかったところだ」

「やったっ。手伝う!」

「……じゃあ、これ。読んで意見くれ」


 ……ずるいだろ、その目は。

 そんな風に見られたら、邪険にするわけにもいかない。


 でも、俺なんかに構っていていいんだろうか。

 友達も多いだろうに、貴重な放課後にここにいる理由がわからない。


 本来、俺と萌仲は積極的に関わるような間柄じゃない。


 俺は対外的には真面目な生徒会長、大庭は明るいギャル。対極的な存在だ。


 昨日はたまたま縁があっただけで、お礼とやらが終われば、元の他人に戻るはずだった。

 なのに、萌仲は俺と関わることを選んだ。


「って、はぐらかされた~。ねー、ギャル好きー?」

「はぐらかすというか、質問の意味がわからないな……。まあ、俺も男だし短いスカートは好きだぞ」

「いや真顔でなに言ってるの」

「一般常識だが?」


 可愛い子はギャルであろうとなかろうと可愛い。

 その上でギャルに限定して聞いてきたということは、そういう意味かと思ったんだけど。


「……私のことそういう目で見てたんだ」


 萌仲がさっとスカートの裾を押さえたのが、身体の動きでわかった。元々、机で見えちゃいないが。


「むう、こういうの苦手だから直球で聞いたのに……」

「直球?」

「こっちの話!」


 まずい、萌仲が怒ってしまった。

 傍から見れば、後輩の女の子に個室でセクハラしている図である。いや、半分くらい事実だけど。


「違うんだ。あくまで短いスカートがファッションとして好きなだけであって、その下に興味があるわけじゃない! それに萌仲のことは一切そういう目で見ていない!」

「過去一必死な早口でキモい! あと少しは見ろ!」


 どうしろと。


 たしかに萌仲は一年生にして目線を惹き寄せる魅力があるし、ギャルの正装としてスカートは短い。

 ボタンが二つ空いた胸元も、気にならないと言えば嘘になる。


 だが、俺は外面だけは完璧な生徒会長。

 下心をオープンにするなど、この俺がするはずがない!


「見てもいいのか?」


 だめでした。これからはオープンに生きます。


「え、えと、今のは違う! 違うから」


 萌仲はなにを口走ったのか気が付いたのか、顔をほんのり赤く染めて、髪を手でくるくると回した。


「……ギャルじゃなかったら、清楚系のが好き? 黒髪がいいなら、考えなくはないけど!」

「いや、どっちでもいい」

「……そか」


 萌仲は手を止めて、少しだけ俯いた。


「その人に似合ってればどっちでもいいだろ。いや似合ってなくても、本人がそれが好きなら別に。属性で判断することはない」

「じゃ、じゃあ私は?」

「ギャルでいいんじゃないか? 似合ってると思う」

「可愛い?」

「ああ、可愛い可愛い」

「えへへ、だよね~。私もそう思ってた!」


 一転、両手で頬杖をついてニコニコと笑った。


 ギャルかどうかより、この表情のほうがよっぽど可愛いと思う。


 迂闊にも見惚れていたからか、生徒会室の扉がいつの間にか開いていたことに、気が付かなかった。


「あー、ごほん」


 わざとらしい咳払いで、俺と萌仲は同時に気が付いて視線を入口に向けた。


「スカートなら先生も履いているよ、辻堂」


 なにを馬鹿なことを言っているんだろう、この人……。

 扉を開けたまま立っていたのは、生徒会顧問の鵠沼くげぬま先生だった。

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