第3話 なんでもしてくれるというのでやってもらった
「今なら、私がなんでもしてあげまーす。いえい」
思い出したように敬語を使い、大庭はピースして挑発する。
──なんでも。
素敵な響きだ。
今の俺にとって、それは天啓にも等しい言葉だった。
「……そうか」
「えっ、もしかしてえっちな想像しちゃった? 生徒会長なのに後輩に? でもでも、センパイならそれでもいっかなー。結構カッコいいし」
一転、にやにやと揶揄うように頬を歪める。
「じゃあ頼もうかな。ちょうど溜まっていたところなんだ」
「ふぇ!? え、あっ、待って待って、たしかになんでもって言ったけど」
大庭のニヤケ顔が凍りついた。
俺は意気揚々と立ち上がり、彼女と視線を合わせる。
「やっ……もしかして結構ガチなやつ? ですか? 私そういう経験まったくなくて、ちょっといきなりすぎるっていうか」
大庭が両手を小刻みに振りながら後ずさる。
彼女の腰が机にぶつかり、がちゃんと音を立てた。それでも下がろうとして、体をのけ反る。
「ま、まあセンパイは助けてくれたし……ちょ、ちょっとならいいよ?」
覚悟を決めたように口をきゅっと結び、上目遣いをする。
よく見ると少し震えていて、目じりには涙を浮かべていた。
「いや、ちょっとだけじゃ足りないな」
「ひっ」
「仕事が死ぬほど溜まってるんだ」
「……え?」
プリンター横に積んであった束を手にとり、大庭の横にどん、と置く。
ぽかんとする大庭に、俺は続けて言った。
「二枚まとめてホチキス止め。各クラスの人数分まとめて封筒へ。お願いできるか?」
一秒、二秒、三秒。
たっぷり思考停止したあと、大庭は顔を真っ赤に染め上げた。
「ばかーーーっっ!!」
かち、かちとホチキスの音が生徒会室に響く。
「ううっ……。悪い先輩に乙女の純情を弄ばれた」
わざとらしく啜り泣くのは、大庭萌仲だ。
大声で叫んだあと、諦めたように作業を開始したのだ。
なんでもすると自分で言った手前、引っ込みがつかなかったのだろう。
口ではやいのやいの言いつつも、手はしっかり動いている。
角もぴったり揃っているし、彼女は意外と単純作業に適性があるのかもしれない。
ああいう効率化に限界のある作業は嫌いなので、非常に助かる。
「悪かったって。これに懲りたら、なんでもするなんて軽率に言うなよ」
「ふーんだ。信頼してる人にしかそんなこと言わないもん」
「俺のどこに信頼できる要素があったんだ」
どっちかといえば胡散臭い奴だと自負しているのだが。
「だって助けてくれたし」
「チョロいな。下心満載で助けてくる男なんていくらでもいるだろ」
可愛いんだし、と言いかけてやめた。なんか調子乗りそう。
実際、男なんてそんなもんだ。
俺は恋愛や女性関係に積極的なタイプではないが、それでも人並みにそう思う。
大庭ほど可愛く愛想のいい子であれば尚更のこと。
「そんなことないよ。ううん、いつもはそうかもだけど、あの状況で助けてくれる人なんていない。見て見ぬフリする人が大半だと思う」
「そういうもんか」
「うん。だからセンパイは、特別なの」
そう言われて悪い気はしない。
これ以上反論するのも違う気がして、俺は頬をかいた。
「ぜったい、白旗イライラしてるよ」
「だろうな」
「授業でも自分の思い通りにいかなかったらすぐ怒るもん」
俺に真っ向から邪魔された形だ。いい気はしてないだろう。
厳格な教師で融通の効かない部分もあるが、学校という組織においては必要悪だ。だが、当然のように生徒からは嫌われている。
「自分が嫌われるリスクを冒してでも、私を助けるほうを選んだんだね」
「……もういいよ、俺を持ち上げるのは」
「まだ言い足りないくらいだよ! それくらい感謝してるの。退学になんてなったら、お母さんに顔向けできない」
白旗先生の心象は多少悪くなっただろうけど、大きな影響はないと判断して行動に移したのだ。
これがもっと重大なリスクを抱えていれば、俺は見過ごしたはずだ。だから、褒められるようなことじゃない。
ただの損得勘定だ。
「……ていうか、感謝してるって割にはさっきからタメ口だよな。一応先輩だぞ、俺」
「え、やだった? ごめん」
「いや、割と嬉しい。先輩というのは、後輩から親しげに接してもらえると喜んじゃう生き物なんだ」
「よかった〜。敬語って、なんか壁作るみたいで好きくない」
生意気だけど、嫌な感じはない。懐に入るのが上手いのかな。
ほぼ初対面に近いのに、普通に盛り上がる。
「よし、終わったー!」
「おつかれ」
「センパイも終わった?」
「タスクの5%くらいはな」
「わお、激務だ」
時折雑談しながら作業を進め、気づけば五時半を回っていた。
「けど今日は終わりだ。手伝ってくれてありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。やだ、私めっちゃ真面目じゃん」
「そうだな」
実際、お礼という名目とはいえ真面目に作業してくれた。
おかげで想定よりずいぶん進んだ。
軽く片付けてから、二人で生徒会室を出る。
「じゃあ帰ろっか」
「おう。俺は職員室に鍵返してくるから」
「はーい。……って、いやいや、なんでここでバイバイみたいな感じなの? 一緒に帰ろー」
「いや、さすがにそれは……」
むしろ、大庭は嫌じゃないんだろうか。
ただのお礼で会いにきた先輩が帰り道までついてくるとか軽くホラーだ。
そう思い、気を使って別れようとしたんだけど。
「女の子をこの時間に一人で帰らせるの?」
「いやまだ六時前……」
「いいから! 私が一緒に帰りたいの!」
「……わかったよ」
諦めてそう言うと、大庭はぴょんと跳ねて笑った。
「やったっ。早く早く!」
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