第2話 お礼になんでもしてあげるよ、センパイ

 終業を知らせるチャイムが鳴ってすぐに、俺は生徒会室に来ていた。


 この前までは副会長、今は生徒会長として、毎日のように通っている。


「今日もやることが多いな」


 生徒会執行部という組織は、存外に仕事が多い。

 一般にイメージされるような華々しい活躍はごく一部。仕事の大半は雑用だ。

 およそ、生徒にやらせる内容じゃない。


 誰かがやらないといけないが、教師の手が回らない。

 そんな作業が生徒会に回ってくる。


 しかも……。


「……今日も俺一人か」


 生徒会選挙があったのはつい先日。


 大きな行事はまだ先のため、本格的な始動はもう少し先で考えている。

 冬休み明けからで十分だろう。


 それまでも雑用は多々あるのだが、幸い一人でも不可能ではない内容だ。俺が片付ければいい。


 効率の問題だ。

 人にやらせるより、俺が一人でさっさと終わらせた方が早い。


 生徒会予算にものを言わせて購入した薄型ノートパソコンを起動する。

 今日の作業は各クラスに配布する資料の作成だ。


「先生がやれよ……」


 思わずぼやく。

 雑用の約半分は生徒会顧問のせいである。


 去年からやっているから、書類作成も慣れたものだ。

 コーヒーを飲みながらひたすら文章を入力していく。


 ポットや冷蔵庫など、備品が充実しているのは生徒会室の利点だ。


「六時には帰りたい」


 目指せ定時帰り。……社畜かな?


 普段であれば、このまま一人で過ごして、日が落ちた頃に帰る。それが日常だ。


 しかし、今日は少し違った。


「おっじゃましまーす」


 軽い口調で生徒会室に入ってきたのは、朝一悶着あった少女……大庭萌仲だ。


 十一月末だというのに限界まで短くしたスカートに、ストラップとしては大きすぎるぬいぐるみをつけたスクールバッグ。


 髪はしっかり金髪で、ナチュラルメイクをしているのが見て取れた。


 うん、改めて見てもギャルだ。


「お、いたいた」


 大庭は俺の顔を見て、嬉しそうに顔を綻ばせる。


 ずかずかと生徒会室に入ると、中央の長机にスクールバッグを置いた。


「ほんとに生徒会長だったんだね、センパイ」

「いきなり失礼だな。就任挨拶しただろ」

「覚えてるわけないじゃん」


 体育館で全校生徒を前に挨拶をしたというのに、まったく覚えていないらしい。

 まあ、大多数にとっては興味のないことだろうし、仕方ないか。


 それでも俺を生徒会長だとわかったのは、白旗先生が言っていたからだろう。


「それで、なんの用だ?」

「そんな邪魔そうにしないでよー」


 ケラケラと笑って、俺の前に座る。


「さっきはありがと! じゃなくて、ありがとうございます!」

「……わざわざお礼を言いにきたのか」

「うん! 危うく退学になるところだったし、マジ助かった~」


 ぺこりと頭を下げて、大庭が礼を言う。


 まあ、俺が助けなければ少なくとも停学にはなっていただろうな。

 うちの高校は染髪やアクセサリー程度ならとやかく言われないが、喫煙はさすがに見逃されない。

 所持しているだけでアウトだ。去年も、一人それで退学になっているはず。


 かといって、助けたことを鼻にかけるつもりはない。


「別に、俺が許せなかっただけだから、気にすることはない」

「えー、優しい」

「そんなんじゃない。嫌いなんだよ、権力を笠に着て偉そうにする奴」

「なのに生徒会長やってるの?」

「俺はいいんだよ」

「うける」


 白旗先生は、いくら大庭が疑わしいとはいえ言い訳を聞きもしなかった。

 彼女の普段の素行はあまり知らないが、あまりに横暴だ。


「でも、助けてくれて嬉しかったのは本当だから」

「……そうか」

「うん。私ってこんな見た目だからさ。昔から勘違いされたり、敵視されたり、真面目にやっても舐めてると思われたり……そんなことばっかりだったからさ。まあ、いつからか自分からそういう風な振舞いとか格好をするようになっちゃったけど」


 大庭が悲しそうに目を伏せる。


 近くで見ると、恐ろしいほど顔立ちが整っているのがわかる。

 美しいが、同時に近寄りがたい雰囲気もあった。


「でも、センパイは見た目で判断せず、助けてくれた。なんの得もない、むしろ損しかないのにね」

「得ならあったぞ。こうして可愛い後輩と話せてる」

「思ってないくせに。……そういうところも優しいね。恩を着せないようにしてる」


 割と本心なんだけどな。


「だから、本当に感謝してるんですー。大人しく受け取って!」

「ああ、わかったよ。どういたしまして。これでいいか? 俺は忙しいんだ」

「うわ、可愛い後輩を邪険にするなんてさいてー」

「自分でいいやがった」


 ふふふっ、と大庭は機嫌良さそうに笑う。

 いつもツンと不機嫌そうな顔をしているイメージだったが、可愛らしい一面もあるらしい。


「でも、ありがとうだけじゃ私の気が済まないな~」

「十分だ。お礼をちゃんと言える人は、案外少ない」


 ましてや、彼女は貴重な放課後の時間を使って、わざわざ礼をするためだけに来てくれたのだ。

 ただの気まぐれで助けただけだし、それだけで十分だった。


 しかし、それを伝えても大庭は納得していない様子だ。


「ううん、それじゃあ私が納得できないから。ママにもいつも、お礼はちゃんとしなさいって言われてるもん。でも……私ができることなんて……」


 むむ、と大庭が眉を寄せる。

 そして何か思いついたのか「そうだ!」と勢いよく立ち上がった。


「お礼になんでもしてあげるよ、センパイ」

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