タメ口後輩ギャルが懐いたら、世界一可愛くなった
緒二葉@書籍4シリーズ
第1話 後輩ギャルを助ける
生徒会長の朝は、ゴミ拾いから始まる。
俺、
むしろ、押し付け合うような雰囲気すらあった。
無論、俺にだって学校を良くしたいという崇高な志などなく、大学進学を推薦で終わらせるための内申点稼ぎだ。
このゴミ拾いも、その一環である。教師の好感度は上げるに越したことはない。
「ゴミありすぎだろ……」
火ばさみをカチカチと鳴らしながら、校内を練り歩く。
ただの好感度稼ぎなので、使う時間はせいぜい十分と決めている。
適当に拾ったら戻るつもりだ。
「ん? あれは……」
少し先。校舎裏の角に無造作に置かれた廃棄待ちのボロ机に、気になるものを見つけた。
――タバコの箱だ。
まだ距離があるけど、はっきりと見えた。
学校というロケーションには不釣り合いの、白い箱。親が吸っているから見間違えることもない。
「ったく、どこの馬鹿だ。吸うならちゃんと隠せよ」
未成年の喫煙は当然ダメだ。だが、他人の善悪にわざわざ口を出すほど、俺も暇じゃない。
でも学校ではやめろ。生徒会長の俺に迷惑がかかるだろうが。
仕方ないから俺が証拠隠滅を……。
そう思って近づこうとすると、反対方向から女子生徒が歩いてくるのが見えた。
ちょうど木の陰にいるからか、相手は俺に気づいていないようだった。
代わりに、彼女の視線は机の上に向かう。
そう、タバコの箱だ。
彼女はぴたりと足を止めると、驚いたように手を口に当てた。
「おい! そこでなにしてんだ!」
男の怒声が響き、女子生徒の肩が跳ねる。
体育教師であり、生徒指導担当の
白旗先生はずかずかと女子生徒に歩み寄り、そして、机にあったタバコを手に取る。
「これ、お前のか?」
「ちがっ……」
「なにが違う! 現行犯だ!」
「私じゃない! たまたま落ちてたのを見ただけじゃん!」
「言い訳するな。だいたい、早朝にこんなところにいる時点でおかしいだろうが!」
白旗先生は、完全に彼女のタバコだと思っているようだ。
状況だけ見たら、そう判断するのも無理ない。
彼女も説得を試みているようだが……白旗先生には響いていない。
「ふんっ、いっちょ前に髪なんて染めやがって。お前みたいな奴は、すぐタバコに手を出す。前から、いつかやらかすと思ってたよ!」
「いや、ほんとに違うんだけど……」
「お前みたいな不良の言うことなんて、信じると思うか? 停学は確実、退学も覚悟しろよ」
「そ、それは困る!」
視線の先で、二人が押し問答をしている。
顔がはっきり見えたことで、彼女が誰だかわかった。
全校生徒の名前は大方記憶しているが、彼女は特に目立っている。いい意味でも、悪い意味でも。
いわゆるギャルというやつで、整った容姿と派手な装いをしている。
あいにく交友関係までは知らないが、可愛い、綺麗という噂は二年生男子の会話にも上がるくらいだ。
だが、教師からはすこぶる嫌われている。
「ほら! 生徒指導室行くぞ!」
「やだ……っ。離して……」
白旗先生に腕を掴まれ、大庭が抵抗している。
タバコ所持の現行犯……それは、冤罪だ。この目で見ていたからわかる。
かといって、俺が助ける義理もない。
生徒会長を全うし推薦を勝ち取るためには、ここで白旗先生の心象を悪くするのは悪手だ。
関わりのない、それも素行の悪い生徒のために、俺が身を切るのは愚かである。
見なかったことにして踵を返す。それが正解だ。
……と、理性では思うんだけど。
「ま、一応は生徒会長だしな」
なんか白旗の高圧的な態度もムカつくし……。
それに、教師が絶対的な権力を持っている高校という環境が、あまり好きではないのだ。
教師の匙加減で、生徒の人生が左右される。俺はそれを飲み込んだうえで利用する気満々だが、被害にあっている生徒を見逃すのは俺のポリシーに反する。
俺は火ばさみで肩をとんとん叩きながら、二人の前に歩み出る。
「あー、そのタバコ、大庭が来る前からありましたよ」
「……辻堂か。それは本当か?」
「はい。俺がこの目で見てたんで。大庭は、たまたま通りかかっただけです。触ってすらいません」
白旗先生は、目を細めて俺を睨んだ。
「そうか。生徒会長のお前が言うならそうなんだろうな」
「ええ。でも、先生がそう勘違いするのも無理ないかと思います。俺も最初から見てなければそう思ったでしょうね。学校の風紀のために、いつもありがとうございます」
否定するだけでなく、白旗先生の顔を立てることも忘れない。
ああ、今は鏡を見たくない。相当気持ち悪い愛想笑いを浮かべているだろうから。
「……状況だけで判断してしまったな。おい、大庭。辻堂に感謝しろよ」
そう言って、白旗先生は大庭の腕を離した。
「このタバコは俺が処分しておく。いくら辻堂でも、生徒に任せるわけにはいかないからな」
「ええ、当然です」
タバコの箱をポケットに入れて、白旗先生は去っていった。
えらく簡単に引き下がったな……。これも、日ごろの行動のおかげか。
口では納得していたけど、目は恨むように俺を睨んでいた。まあ、厄介な生徒の処分を邪魔されたような気分なんだろうな。
「えっと、あの」
「大庭萌仲。次からは気を付けろよ。吸うなら家で吸え」
「いや、吸ってないし! 吸ったこともないから!」
「知ってる」
少なくとも、あれが大庭のものじゃないことは知ってる。
俺にからかわれたのだと気付いたのか、大庭がむくれたように口を尖らせる。
「冗談だ。これに懲りたら、少しは素行を見直すんだな」
「……うん」
大庭は案外素直に頷くと、まっすぐ俺を見た。
「ありがと」
「おう」
ガラじゃないことをしてしまったな。
変に恩を着せるのもダサいので、短く応えてその場を去った。
……大庭もそうだが、白旗先生はなんでこんなところにいたんだろうな。
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