タメ口後輩ギャルが懐いたら、世界一可愛くなった

緒二葉@書籍4シリーズ

第1話 後輩ギャルを助ける

 生徒会長の朝は、ゴミ拾いから始まる。

 俺、辻堂つじどうちかはつい最近、高校二年生の十一月某日に生徒会長になったばかりだ。誰も立候補しないので信任投票で決まった。

 むしろ、押し付け合うような雰囲気すらあった。


 無論、俺にだって学校を良くしたいという崇高な志などなく、大学進学を推薦で終わらせるための内申点稼ぎだ。

 このゴミ拾いも、その一環である。教師の好感度は上げるに越したことはない。


「ゴミありすぎだろ……」


 火ばさみをカチカチと鳴らしながら、校内を練り歩く。


 ただの好感度稼ぎなので、使う時間はせいぜい十分と決めている。

 適当に拾ったら戻るつもりだ。


「ん? あれは……」


 少し先。校舎裏の角に無造作に置かれた廃棄待ちのボロ机に、気になるものを見つけた。


 ――タバコの箱だ。


 まだ距離があるけど、はっきりと見えた。

 学校というロケーションには不釣り合いの、白い箱。親が吸っているから見間違えることもない。


「ったく、どこの馬鹿だ。吸うならちゃんと隠せよ」


 未成年の喫煙は当然ダメだ。だが、他人の善悪にわざわざ口を出すほど、俺も暇じゃない。

 でも学校ではやめろ。生徒会長の俺に迷惑がかかるだろうが。


 仕方ないから俺が証拠隠滅を……。

 そう思って近づこうとすると、反対方向から女子生徒が歩いてくるのが見えた。


 ちょうど木の陰にいるからか、相手は俺に気づいていないようだった。

 代わりに、彼女の視線は机の上に向かう。


 そう、タバコの箱だ。


 彼女はぴたりと足を止めると、驚いたように手を口に当てた。


「おい! そこでなにしてんだ!」


 男の怒声が響き、女子生徒の肩が跳ねる。

 体育教師であり、生徒指導担当の白旗しらはた先生だ。


 白旗先生はずかずかと女子生徒に歩み寄り、そして、机にあったタバコを手に取る。


「これ、お前のか?」

「ちがっ……」

「なにが違う! 現行犯だ!」

「私じゃない! たまたま落ちてたのを見ただけじゃん!」

「言い訳するな。だいたい、早朝にこんなところにいる時点でおかしいだろうが!」


 白旗先生は、完全に彼女のタバコだと思っているようだ。

 状況だけ見たら、そう判断するのも無理ない。


 彼女も説得を試みているようだが……白旗先生には響いていない。


「ふんっ、いっちょ前に髪なんて染めやがって。お前みたいな奴は、すぐタバコに手を出す。前から、いつかやらかすと思ってたよ!」

「いや、ほんとに違うんだけど……」

「お前みたいな不良の言うことなんて、信じると思うか? 停学は確実、退学も覚悟しろよ」

「そ、それは困る!」


 視線の先で、二人が押し問答をしている。


 顔がはっきり見えたことで、彼女が誰だかわかった。

 大庭おおば萌仲もなか。一年二組の生徒だ。


 全校生徒の名前は大方記憶しているが、彼女は特に目立っている。いい意味でも、悪い意味でも。


 いわゆるギャルというやつで、整った容姿と派手な装いをしている。

 あいにく交友関係までは知らないが、可愛い、綺麗という噂は二年生男子の会話にも上がるくらいだ。


 だが、教師からはすこぶる嫌われている。


「ほら! 生徒指導室行くぞ!」

「やだ……っ。離して……」


 白旗先生に腕を掴まれ、大庭が抵抗している。

 タバコ所持の現行犯……それは、冤罪だ。この目で見ていたからわかる。


 かといって、俺が助ける義理もない。


 生徒会長を全うし推薦を勝ち取るためには、ここで白旗先生の心象を悪くするのは悪手だ。

 関わりのない、それも素行の悪い生徒のために、俺が身を切るのは愚かである。


 見なかったことにして踵を返す。それが正解だ。

 ……と、理性では思うんだけど。


「ま、一応は生徒会長だしな」


 なんか白旗の高圧的な態度もムカつくし……。


 それに、教師が絶対的な権力を持っている高校という環境が、あまり好きではないのだ。

 教師の匙加減で、生徒の人生が左右される。俺はそれを飲み込んだうえで利用する気満々だが、被害にあっている生徒を見逃すのは俺のポリシーに反する。


 俺は火ばさみで肩をとんとん叩きながら、二人の前に歩み出る。


「あー、そのタバコ、大庭が来る前からありましたよ」

「……辻堂か。それは本当か?」

「はい。俺がこの目で見てたんで。大庭は、たまたま通りかかっただけです。触ってすらいません」


 白旗先生は、目を細めて俺を睨んだ。


「そうか。生徒会長のお前が言うならそうなんだろうな」

「ええ。でも、先生がそう勘違いするのも無理ないかと思います。俺も最初から見てなければそう思ったでしょうね。学校の風紀のために、いつもありがとうございます」


 否定するだけでなく、白旗先生の顔を立てることも忘れない。

 ああ、今は鏡を見たくない。相当気持ち悪い愛想笑いを浮かべているだろうから。


「……状況だけで判断してしまったな。おい、大庭。辻堂に感謝しろよ」


 そう言って、白旗先生は大庭の腕を離した。


「このタバコは俺が処分しておく。いくら辻堂でも、生徒に任せるわけにはいかないからな」

「ええ、当然です」


 タバコの箱をポケットに入れて、白旗先生は去っていった。


 えらく簡単に引き下がったな……。これも、日ごろの行動のおかげか。

 口では納得していたけど、目は恨むように俺を睨んでいた。まあ、厄介な生徒の処分を邪魔されたような気分なんだろうな。


「えっと、あの」

「大庭萌仲。次からは気を付けろよ。吸うなら家で吸え」

「いや、吸ってないし! 吸ったこともないから!」

「知ってる」


 少なくとも、あれが大庭のものじゃないことは知ってる。


 俺にからかわれたのだと気付いたのか、大庭がむくれたように口を尖らせる。


「冗談だ。これに懲りたら、少しは素行を見直すんだな」

「……うん」


 大庭は案外素直に頷くと、まっすぐ俺を見た。


「ありがと」

「おう」


 ガラじゃないことをしてしまったな。

 変に恩を着せるのもダサいので、短く応えてその場を去った。


 ……大庭もそうだが、白旗先生はなんでこんなところにいたんだろうな。

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