優作の物語 -19
チャイムが鳴って河野はすぐに玄関に出た。
「すみません、こんな時間に」
「いいんだ。穂高、疲れただろう? ジェイが一緒に寝るって張り切ってるぞ。行ってごらん」
こんな時のジェイは子どもたちにとっても癒しの存在だ。穂高は奥に走って行った。
「何があった?」
リビングのソファに落ち着いた花に冷たいお茶を出して河野が聞く。
「親父っさんのところ、襲われたらしいんだ。三途さんがよく言ってた『カチコミ』ってやつ」
「なんだって!? 池沢と三途は? 双葉はどうなってる?」
「分かんないんです、穂高は攫われたんだけど優作が助けてくれたんだって言ってました。俺のところに行けって言われて逃げてきたんです」
「それで?」
「様子は全く分かんないんですけど、池沢さんの方への連絡は哲平さんが任せろって」
「なら大丈夫だな」
「優作が…… どうなったのか分かんなくて。穂高を逃がすために追手を引きつけたって。数人の男が追って行ったらしいです」
「そうか……」
「花さん、いらっしゃい!」
「ジェイ! 今日大変なことがあって」
「みたいだね、穂高くんが少し話してくれたよ。だいじょぶだよ、みんな」
「……お前が言うと大丈夫なような気がしてくる」
「ホント? 大丈夫、大丈夫!」
「緊張感、無いなぁ」
「緊張感あっても無くても何も変わんないし」
河野が笑う。
「こいつ、緊張感ってのをどっかに捨てたらしいんだ。最近は緩みっ放しだよ」
「それだけ幸せってことでしょ?」
「うん! そうなんだ。穂高くんは俺がしっかり預かるから安心して。えっと、こっちからは連絡取らずに待ってればいい。だよね?」
「頼むな。河野さん、迷惑かけるけどお願いします! それから言いにくいんだけど」
「なんだ? 言えよ」
「場合によっちゃ大人数で転がり込むかも」
「分かった。連絡を待ってる」
「はい、よろしくです!」
勝蔵は柴山、イチ、テル、洋一、他に数人を連れて東井の事務所に向かっていた。警察の相手は千津子と柴山のところの者たちが引き受けている。大掛かりな抗争となれば警察も黙ってはいない。千津子はのらりくらりと、血の気の多いもんが暴れこんできただけだと説明していることだろう。
傷の深い者は他の事務所に向かわせている。板倉たちや豊野も引き摺って行った。大したケガをしていない者だけが残っている。
豊野の話で穂高も優作も東井のところだと分かった。そこにカジから電話が入った。
『親父っさん、若は無事です!』
「本当か! 優作が助け出したんだな!?」
『そうなんですが。優作はどうやら若を逃がすために囮になったようです。海の方と言ってましたからあの近くの防波堤だと思います。俺もそっちに向かってます!』
「ありさたちは?」
『大丈夫です』
「そうか…… ありがとよ」
『優作が無事だといいんですが』
「穂高の命の恩人だ、何がなんでも助け出す!」
優作の体は、とぷりとぷりと波の間を漂っていた。明かりの下、夜釣りに来ていた年配の男たちがその姿を見つけた。
「おい、あれ」
「さっき銃の音がしたよな?」
「やっぱりあれ、銃声だったのか?」
「警察に連絡するか?」
「まず引き上げて見よう、生きてるかもしれない」
男たちは近くまで下りて行った。波の吹き溜まり。それが幸いした。
柴山たちは勝蔵たちと途中で別れた。東井の事務所に向かったのだ。今、叩き潰しておかなければこれから先厄介なことになる。東井組長、またはその父親を拉致するつもりだ。
勝蔵たちは防波堤に向かった。その手前、ライトに赤い線がミミズのようにのたくっているのが浮かんだ。イチはすぐに車を止めた。
「血……」
洋一が蒼褪める。勝蔵とテルが優作の姿が無いかと必死に見回した。
「優作を探せっ!! 死なせるんじゃねぇっ!」
「はいっ!」
血の跡を辿ってイチもテルも洋一も走り出す。その血は防波堤の端で途切れた。
「優作ぅっ! 優作ぅっ!!」
みんなが叫ぶ、だが応えは無い。勝蔵はその場所にしゃがみ込んだ。
「死なせやしねぇ…… 死なせるもんか! 洋一、下に降りて探せっ! イチっ、テルっ! お前たちはこの先に行くんだ、どこかに流れ着いてるかもしれねぇ!」
上がって来た洋一は首を横に振った。カジが着いた。絶望的な洋一の顔を見てギリっと歯ぎしりが出る。その時、遠くに救急車のサイレンが聞こえた。ハッとして勝蔵が顔を上げた。
「カジっ!」
「行きます! でも親父っさんは移動してください、サツが来ると思います。分かり次第連絡しますから。洋一、頼む!」
「おぅ!」
心残りを吹っ切って、勝蔵は車に乗った。それを見送って、カジはさっき聞こえたサイレンの方に車を走らせた。
「何かあったんですか?」
テルは好奇心満載の見物人に声をかけた。テルは印象に残りにくいしその手の人間には見えない。イチは尖がっているからこういうことには不向きだ。
「
「海の中ってこと?」
「そうそう! 浮かんでたんだ、すぐそこに。仲間と3人で抱えたんだけど真っ白な顔だから死体だと思ってたら少し水吐いてさ。あそこにいる古谷ってのが救命士の資格持っててな、もう辞めちまって勿体ねぇったら。それで救急車呼べって怒鳴られて電話したんだ」
古谷という男を見るとごく普通の男だ。ちょっとなで肩でいかにも頼り無いサラリーマンに見える。けれどテルは心の中で何度も頭を下げた。
テルに喋っている男はよほど興奮しているのだろう、状況を事細かに教えてくれた。
「途中で息が止まって古谷が『マズい!』って叫んで、それから、なんだ、救命措置とかって言うの? それ始めて、救急車来るまでずっと胸を押してたよ。まるでドラマみたいでアイツ、あんなに出来るヤツだったとは思わなかった。救急車から下りてきたのが中に運び込んだんだが、すぐになんか口に突っ込んでさ、マイクみたいなのに『出血多量』『心拍が弱い』とかなんとか言ってたよ。あの男もし助かれば、古谷のお蔭だよな」
「そうですか。古谷さんってすごいんですね!」
「人命救助ってヤツだよ、ほんとに。助かってほしいよ。まだ若い男だったな」
「この辺りで救急車の行く大きな病院ってあるんですか? 俺んとこも年食った親がいるから遠い病院じゃ困ると思って」
「ああ、こっから運ばれるなら多分川北総合病院だよ。他のは遠いしね。交通事故でもなんでもたいがいそこに運ばれるんだ。あそこ、面倒見のいい病院だから上手いこといってほしいね!」
テルは頭を下げてその場を離れた。刑事が事情聴取をしている。それに引っかかりたくない。いずれ優作の正体は分かるだろうが、今はそれより優作が無事であることを確かめたい。
テルはイチに厳しい顔を向けた。
「イチさん、優作は危ないらしい。行きそうな病院も分かったがどうしたもんか……」
「意識はあるのか?」
「いや、話の様子だとかなり……」
歩き出したところにカジの車が来た。飛び降りるなり叫ぶ。
「優作はっ!?」
「しっ! サツも来てる。優作は近くの病院に運ばれたよ。……危ないらしい。途中で蘇生させてたって言ってたがそこからどうなったのかも分からない」
「……乗れ」
カジは車を走らせた。
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