優作の物語 -18

 お握りを食べさせながら真理恵が傷の手当てをしている。

(どうしよう、連絡)

 池沢に電話をしていいものか迷う。今三途川家は修羅場だろう。

(哲平さん!)

すぐに電話をした。

『どうした?』

「大変なことになった」

 花は手短に話した。穂高を預かっていること、それを池沢たちに伝える手段が無いこと。

『お前のとこ、安全だと思うか?』

「どういう意味?」

『様子分かんないけど、万一池沢さんの電話の履歴を見られたら俺とお前んとこにかけてる頻度が高いと思う。嗅ぎつけられるかもしれない』

「……だてに刑事ものやヤクザもの、見てないね。そこまで考えなかった」

『万一ってことさ』

「どうしたらいい?」

『……河野さんのとこ、預けろよ。それが一番いい』

「あ、そうか!」

『それから池沢さんたちへの連絡だけど、俺がとぼけて掛けてみる』

「大丈夫なの!?」

『任せろって。様子によっちゃ俺たちも河野さんのとこから出社だな。楽でいいけどさ。取り敢えず穂高を連れて行け』


 花は穂高に何も言わず、車に乗せた。

「どこに行くの? 爺じんとこ? パパやママのところ?」

「穂高、パパたちのこと、哲平おじちゃんが今調べてる。お前は心配の無い所に連れてってやるからな。そこで大人しく待ってるんだ」

「それ、どこ?」

 答えずに携帯のナンバーを押して脇に置いた。スピーカーで音が車内に響く。

『花か? こんな時間にどうした?』

「すみません、今穂高を連れてそっちに向かってます。1日2日、預かってもらえませんか?」

『構わないが』

「訳は着いてから話します。池沢さんたちとは連絡取らないでください」

『……分かった。気をつけて来いよ』

 河野の声に緊張が走っていた。


「ぶちょーさんのところ?」

「ジェイくんもいるよ。今夜はぶちょーさんのところに泊まるんだ。意味は分かるよな?」

「姿をくらますってヤツだね」

「そう」

「優作のこと」

「分かればすぐ教えるから。分かってるだろうけど、誰にも電話しちゃだめだぞ」

「うん」


「こんばんはー、池ちゃん。俺、哲平」

『哲平!』

 こんな喋り方を哲平はしない。池沢はピンときた。哲平が一方的に喋る。

「預かりものあるんだけど、相変わらずどたばたと忙しいんだろ? しばらくこっちで保管しとくよ。そう言えば兄ちゃんの具合が良くないんだ。海の近くに静養に行ったらしいけどどうも厳しいみたいなんだ。そっちでも話しといてくれる? 急いだ方がいいかもしんない。よくなったら電話くれよ。じゃな」

(分かるかな…… 分かってくれるよな、三途さんもいるんだし。優作……無事でいろよ!)

祈るだけなのがもどかしい。万一の場合に備えて哲平も最小限の荷造りを始めた。

「誰?」

 ありさが池沢に聞く。

「哲平だ。預かりもの、保管しといてくれるそうだ」

「それ…… 良かった……」

 池沢とありさはしっかりと抱き合った。ありさの頬が濡れる。


 間を置かず親父っさんの指示がカジに飛んでいた。

 パトカーのサイレンが聞こえた時点で親父っさんは「カジ!」と叫んで、2階に視線をやった。ありさたちの移動だ。

「お嬢、隆生さん、これからお連れするのは堅気の家です。女将さんの縁のあるところだから気兼ねなくゆっくり出来ます。若はすぐに探しますから」

「穂高は安全なところにいるわ。さっき連絡があったの」

「ホントですか!? じゃ、優作も無事で?」

 池沢が後を引き取った。

「いや、一緒じゃないらしい。海の近く、具合が悪い、厳しい、急いだ方がいい、哲平がそう言っていた」

「哲平さんが…… 分かりました、後はこっちでやります。連中はまだ若を狙ってるかもしれない。しばらく一緒にいない方がいい」

「穂高のことは心配しないで、大丈夫だから。しばらく哲平に任せておこうと思うの」

「じゃ、聞きません。何があるか分かんないですからね。親父っさんには無事だとだけ伝えます。組のもんとも連絡、取らないでください」

 乱入者はあらかた押さえたが、抜け出た者もいる。まだどうなるか分からない。カジは三人を連れてすぐに裏口から外の駐車場に向かった。

「乗ってください!」

 双葉は池沢が抱いてありさと一緒に後ろに乗った。5分ほどぐるぐるとあちこちの路地を入って、ある自動車修理工場に車を突っ込んだ。

 ドンドン! と裏口を叩く。少し待つと、明かりは点かずにドアが開いた。

「頼む!」

「こっちだ」

 こんな時のためにと、この工場の主はいつも予備の車を置いている。すぐにキーを渡された。

「もしかしてパトカーは?」

「そうだ」

「車、すぐに解体するから。気をつけて」

「頼んだ」

 カジが向かった家の40前後の女性だ。

「連絡するまでこの人たちを預かってほしい」

「はい。アパー」

「任せる。行き先を知りたくないんだ。じゃ」

 車の音が遠ざかるのを待って、女性は3人を案内した。

「カジさん…… 三途川さんにはとてもお世話になったんです。お話は聞かずにおきますね。お連れするのはこんな時のためのアパートの空き部屋です。すぐ使えますからゆっくりなさってください。部屋に電話番号が書いてありますが、それは私の携帯に繋がります。必要なものがあったら言ってくださればご用意しますから。お食事はお済みですか?」

 食欲どころじゃない。

「大丈夫です。世話になります」

 話は全部池沢が受け持った。穂高のことがある。まだありさは動揺が残っていた。

「冷蔵庫には飲み物が入っていますがたいしたものはありません。いいでしょうか」

「ありがとう、充分です」


 カギを渡されて中に入った。質素だがよく手入れされているのが分かる。カーテン、エアコン、布団、電子レンジ。必要な日用品も置いてあった。ホテルにあるような使い捨ての歯ブラシやブラシ。

「当分いても困らないな」

「隆生ちゃん……」

 ありさはそこに座り込んでしまった。一気に力が抜けたのだ。

「穂高が無事だと分かったんだ、それだけでも良かった」

「そうね、まさか哲平のところに行ってるなんて思わなかった!」

「花、じゃないのか? 優作さんが連絡取るとしたら」

「優作…… どうしよう、隆生ちゃん、優作に何かあったら……」

「大丈夫だ、優作さんならきっと大丈夫だよ」

 車の中で寝入ってしまった双葉を抱き締めながらありさは声を出さずに泣いていた。

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