優作の物語 -16

 柴山が一人の傷だらけの男を親父っさんの前に引きずり出した。

「こいつ、杉野んとこの豊野ってヤツです。さっきのこと、親父っさんに言え!」

「わか、は、東井の、とこです、優作さんが、追ってます」

「一人でか! 柴山、カジ! 東井のところに行け、穂高を連れ戻すんだ! 優作を見つけろっ!」

 ふらりとイチも立ち上がる。

「おれも、行く」

 腕は女将さんが手早く血止めをしてくれている。

「お前はだめだ、医者が来る、腕を見てもらえ」

「親父っさん、若も守れねぇで跡目なんざ継げねぇです…… 柴山! カジ! 行くぞ」

 外からはパトカーのサイレンも聞こえてくる。柴山は何人も引き連れて、イチ、カジと共に外に逃れた。


 優作は東井の事務所への最短のルートを走っていた。途中で追い越しているなら事務所を張っていればいい。シンプルに物事を考える優作はこういう時にその力を発揮する。迷わない、躊躇わない。

 東井の事務所に近い暗がりの路地に車を止めて様子を窺った。

(いねぇ)

念のため、近くにある東井の駐車場、ちょっとした倉庫を走って覗く。

(やっぱりまだか)

 他の場所を探しに行こうは考えなかった。杉野は汚い、そして傲慢だ。だから逆に豊野の言葉を信じられる。大事なことは腹にしまうより口に出して自慢するようなヤツ。


 中から二人の男が出てきた。

「それにしても子どもを掻っ攫うなんてな」

「あれは逆恨みってヤツじゃねぇか? 三途川のお嬢に横恋慕してたからな、他の男の子どもだってだけで許せねぇんだろうよ。お嬢と一緒になってりゃ今頃は三途川組の跡目だ。それが堅気との間に出来たガキが跡目だってんだからな、我慢なんねぇのさ」

「だがサツにバレんだろ」

「そんなもん。どうとでもなる」

 普段の優作ならとっくに飛び出して殴りかかっているだろう。だが今の目的は穂高の確保だ。

 そうは待たずに車が来た。二人の男に挟まれた穂高が見えた。運転してきた男もいる。

(3人か。事務所ん中は何人だ?)

さっき2人出て行ったのだからそうはいないだろうと思う。

(他の事務所もきっと襲撃されてる。なら出払ってんじゃねぇか?)

穂高の命がかかっていることで優作は冷静になっていた。助け出さなきゃ意味が無い。

「太々しいガキだな、泣きも騒ぎもしねぇ」

「さすが三途川の孫か?」

(事務所に入られちゃ相手が増える)

 男たちが入り口に差し掛かる前に優作は背を低くして突っ走った。突然の男の出現に男たちの反応が遅れた。無言で穂高を引っ抱えて走り抜けた。穂高は優作を見上げると首に両手をかけた。

(これなら走りやすい!)

 暗がり、暗がりへと走る。後ろから怒号が聞こえる、ばらばらと足音も響く。自分の車には戻れない、逆方向に向かっている。

(真っ直ぐ行けば防波堤だ、逃げ場が無くなる)

 乱れる息の中で穂高を見ずに喋った。

「若、俺が、引きつける。明るい通りを、目指してください。タクシーで」

 三途川の本宅はまずい。穂高の自宅にも誰か張りついているかもしれない。

(信用出来て東井たちの分かんねぇところ)

すぐに決まった。日頃犬猿の仲でもいざとなれば誰よりも信用できる相手。

「どこも、危ないんだ、花んち、分かりますか?」

「分かる」

「タクシーで、そこに。いいですか?」

「優作は?」

「俺は、大丈夫。ほら、バカって、丈夫が、取り柄だから」

 穂高がしがみつく。

「優作、帰って来るよね?」

「もちろん! 若にまだ、分数ってヤツ、教えてもらって、ないですからね、あれの方が、よっぽど厄介だ」

 優作の胸で穂高が笑顔になる。優作は嘘をつかない。だから帰って来る。

「あそこ! 分かりますか!? 右っ側に草が、ぼうぼう生えてる。痛いだろうけど、あの中に、若と財布と、携帯を投げます。だから花んとこへ! 俺は突っ走る。誰も、来なくなったら、そのままずっと右に。大通りに、出ますから!」

「分かった」

 穂高はしっかり頷いた。もたつけば優作の身を危なくする。

「行くぞ!」

 街灯と街灯の合間。優作は一瞬で穂高を藪の中に投げ込んだ。尻のポケットから抜いたサイフも携帯も投げた。そのまま走って行く。穂高は痛む体を動かさず、じっと待った。

 走り去る男たちを追いかけるように車が走る。あっという間に車が男たちを追い抜き優作を追って行った。

(優作……)

 今頃恐怖が湧き上がって来た。体が震える。動けない。優作が自分のために命を懸けているのが分かる。

『財布と携帯を……花んとこへ!』

「うん、財布、携帯」

 やっと頭が優作の言葉を再生した。暗い中、草の間を探し回る。静かに探していたが、もう誰も自分を追って来ない。必死に探した。離れたところで携帯が手に当たる。その先の方に財布も落ちていた。それを掴んで穂高は走り出した。

(爺じのところも家も危ないって言ってた)

いったん立ち止まってアスファルトの上に寝転がった。

(花おじちゃんの番号)

ぐちゃぐちゃで整理されていないアドレス帳の中を探す。『花』その一文字が目に飛び込んできた。

(早く、早く!)

すぐに花が出た。

『優作? 何の用だよ』

 剣呑な花の声が救いの声に聞こえる。

「花おじちゃん!」

 そこで初めて泣き声になった。

『穂高? どうした?』

「ヤクザたちが、爺じんとこに来た、さらわれて、逃げた」

『お前がか!?』

「うん、優作が助けてくれた、でも優作が……俺の、代わりに、追っかけられ、て」

 泣くまいとしても喉の塊が上手く喋らせてくれない。

『どこだ、どこにいる!』

「分かんない、でも、お金渡されて、タクシーで花おじちゃんとこ、逃げろって、どこも危ないって」

『分かった! じゃ、高野台駅のデカい交番の前で下ろしてもらえ! すぐに行く!』

 穂高は泣きながら走った。心の中で(優作、優作)と叫んでいた。

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