優作の物語 -15

 そして、3年後。勝蔵は娘のありさ一家にも家に近寄ることを禁じた。柴山のところからも何人かの人間が住み込み、その身内の女たちが千津子の下で賄や世話働きをする。東井たちが公然と袂を分かったのだ。

 板倉のところには何度かカジが足を運んだ。昔のよしみがある。

「板倉さん、杉野への借りがあるというなら、親父っさんへの恩義はもっとデカいはずだろう」

「カジ……俺にもいろいろあるんだよ。親父っさんには申し訳ないと思っている。出来ればやり合いたくない。だが東井たちの言うことにも一理はあるんだ。ヤクザが綺麗ごとでやって行けるわけがない、組員の面倒見るのは結局は金だ」

「それは違う! それを親父っさんは体で見せてくれただろう!」

「もうな、そんな時代じゃねぇんだよ。カジ、今は任侠じゃない、組織としてどう生き残っていくか。つまり経営手腕が必要なんだ」

「確かに今時じゃない、親父っさんは。だがそれで救われたもんがどれだけいる? あんただってそうだろう」

「……時代は……変わるんだ。カジ。済まねぇな、次に会う時には互いに敵味方だ」


 そしてとうとう対立が表面化した。桜華組が後ろ盾として東井たちの動きを押したのだ。

 

 その日は運悪く、ありさ一家が三途川家にいた。ありさの夫池沢隆生の父の七回忌で是非に、と来たのだ。その情報が杉野に流れた。三途川の一家は突然の門を叩き破る音に立ち上がった。急襲だ。

「隆生さん! お嬢たちを連れて2階へ!」

 イチの叫びでありさは娘の双葉を抱え上げ、池沢は息子の穂高を連れに走った。風呂に入っていたはずの穂高の姿が見えない……

「親父っさん! 穂高がいない!」

 その池沢の叫びでありさが駆け下りようとする階段をテルが塞いだ。

「お嬢! 来るんじゃねぇっ!」

「穂高が、隆生ちゃんがっ」

「任せろっ、俺が行くっ!」

 優作が叫ぶ。

 すでに庭には6人ほどの人数が見えた。さらに増えてくるだろう。玄関にカジが立ちはだかる。正面から来た板倉と睨み合う。

 池沢は狂ったように穂高の姿を探した。途中で飛びかかられもしたが息子を追う父は傷を負っても立ち止まらない。

「隆生さんっ! あんたはお嬢と双葉ちゃんを守ってくれっ、若は俺が探す!」

 普段甘いマスクの優作の目が据わっている。

「優作さん……」

「素人が出るんじゃねぇ! 2階にすっこんでろ!」

 池沢は優作に頷くと、人を弾き飛ばしながらテルの守る階段へと向かった。洋一が階段に近づく連中を僅かに押し返した隙を縫ってその後ろに回ると、テルの後ろに控えていた女将さんを無理矢理2階に追いやった。

「ありさっ! 女将さんを頼む! ここはテルさんと俺が守る!」


 拳銃の持ち込みに強固に反対したのは板倉だった。その板倉と対峙するのは、ここに来たばかりの時に板倉に世話されたカジ。互いに一歩も引かない。


 杉野は勝蔵に向かっていったが、その間にイチが立つ。杉野は隠し持っていた拳銃を懐から抜いたが、素早かったのはイチだった。胸から銃を取り出す前に杉野を抑え揉み合いになる。銃声が鳴ってイチの体が揺らいだが、杉野もイチに腕を折られ戦意は喪失状態だった。

「イチっ!」

「だいじょ、ぶです、掠り傷です」

 腕からぽたぽたと落ちる血をものともせず、親父っさんと背中合わせで4人に囲まれてる。家に泊まり込んでいた柴山の組の者の声があちこちから聞こえる。数十人が家の中で暴れているのだ。


 そこに雪崩れ込んできたのは柴山本隊だった。

「親父っさんっ! どこだ!」

「柴山さん、ここだ!」

 出血が止まらずそれでも親父っさんを守るために動きを止めないイチが叫んだ。横からデカいナイフを繰り出してきた男を止めるのが一瞬遅れ、イチは勝蔵を真正面から抱え込んで畳に伏した。振り下ろされるナイフがイチの背中に突き刺さる前に柴山がその男に襲い掛かった。


 ある程度鎮圧し、池沢が走り寄って来た。

「イチさん! 穂高は!? 優作さんは!?」

「え!?」


 優作は池沢を戻した後、穂高を探している時に見知った男と対峙した。先週も冗談を交わした豊野という年下の男。優作に助けられたこともあって仲が良かった。

「豊野、俺を止めようってのか?」

「優作さん…… 仕方ねぇよ、大将が右向けって言ったら向くしか無いんだ」

「お前の大将、杉野ってのが碌なヤツじゃないってのは承知してるよな?」

「分かってる…… 分かってるけど」

「若をどこにやった? お前、知ってんじゃねぇのか?」

「……裏切るわけには」

「裏切る? 若は堅気だ、組とはなんの関係もねぇ。9つの子ども相手に何する気だ?」

「だが跡目を継ぐ者は排除」

「跡目? ふざけんなっ! 堅気だと言っただろう! 跡目はイチさんが継ぐんだ、誰もが知ってんじゃねぇか!」

「それは表向きだって……」

「だから子どもを掻っ攫うのか? まだ10にもなってないんだぞ、お前女房の腹には子どもがいんだろ! その子を血濡れの手で抱くのかよっ!」

 豊野の体から力が抜けた。

「若は……東井の事務所に連れて行かれてると思う……」

 その肩をポンと叩いた。

「ありがとよ」

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