優作の物語 -11
わいわい賑やかに食事をしているところに優作は連れて行かれた。みんな自然と言葉が止まる。
「厄介かけました。飯まで食わせてもらって。あ!」
のんのの顔を見つけた。
「ありがとうございました! 迷惑かけました」
「いや、いいんだけど。ゆっくりしてったら? まだケガしてるし」
「いや、帰んないと」
「そうか。近くか? 家は」
「ちょっと離れてて」
いろんな男が次々と聞いてくる。
(ずい分世話焼きが多いんだな、ここは)
一番奥に座っている年配が声をかけてきた。
「俺は三途川勝蔵だ」
「この家の人ってこと?」
源が脇から言う。
「
「ここにいる人たち、家族じゃないのか?」
「うん、親父っさんに拾ってもらった連中だよ、全部」
(へえ、ボランティアやってるおっさんか)
日頃、ボランティアには敬意を払っている。損得勘定無しで人のために動く。それが優作の心にグッとくる。久保木先生を思い出してしまう。
「お世話になりました! 今度お礼に来ます!」
「いいんだ、手土産持たずにまた遊びに来い」
親父っさんという人が笑って言ってくれた。
「飯代、俺あんまり金持ってなくて」
「いいんだ、そんなの」
のんのがあわてて手を振った。
「帰れるのか?」
「大丈夫。ただ、ここってどこなんだか」
のんのが立ち上がった。
「送ってく。道も分かんないんだろ?」
「俺も行く!」
源も立ち上がる。
「源!」
別の大男が太い声を出した。
「お前は当番だろ、残れ」
「でも、のんのさんが」
「帰んないわけじゃあるまいし。風呂の時間までには帰るんだろ? のんの」
「あ、ああ。あんまり源を苛めないでやってくんないかな」
「はいはい」
呑気な返事をしたのはちょっと頭の薄い人。
「じゃ、行こうか」
優作はもう一度みんなに頭を下げた。
「どこに住んでる?」
「住んでるって言うか、知り合いの家に居候で」
「お前も居候か」
穏やかにのんのが笑う。
「最初に会ったところに連れてってくれれば後は自分で帰れます」
「まだ足、痛そうだし」
「こんなの。ケンカは慣れてるから」
「あそこ、良くない連中の溜り場だ。バックに桜華組っていうヤクザがついてる」
「そうなんですか。でもあんたたちの顔見てすぐ時計返してくれたけど」
「俺たちはここらじゃちょっと有名だからな」
のんのが小さく笑った。
「いい」というのを、のんのはとうとう家まで送った。優作も久しぶりにまともな会話をした。
あれからずっと殺伐とした中に自分を置いている。振り返れば浮かぶのは久保木の顔ばかりだ。久保木のいない今、勉強することにほとんど意味を感じられない。つまり久保木の期待にこれからも応えられないだろう。
だから心が荒む。虚しさしかない。自分に気を留めてくれる者もいない。園長の情けに縋って生きていくのもイヤだった。
アパートに着いた時にはすっかり遅くなっていた。もう11時も近い。チャイムを鳴らした。返事が無いからドン、ドン! と叩いた。
「困ったな、どっか行っちまったのかな」
ボヤいた時カチャッと鍵が開いた。
「うるせぇな……なんだよ、帰って来たのかよ」
「お前、ずい分飲んでるな。ちょっとケンカでケガしたもんだからこの人が送ってくれたんだ」
村野はどよんとした目で興味無さそうにのんのを見る。
「しばらくどっか行ってくれ」
「どういう意味だよ」
「ずっとお前が転がり込んで来てから我慢してたんだ、しばらくは邪魔しないでくれ」
優作の顔付が変わる。中から声がした。
「どうしたのぉ? ねぇ、てっちゃん、まだぁ?」
「女が来てんのか?」
「そうだよ。俺のアパートだ、なんか文句あるか? あ、それとこの際だから言っとく。早めにどっかに引っ越してくんないか? もうそろそろいいだろ、面倒見んのもさ。取り敢えず5千円やるから今日はもう来んな」
「……要らねぇ」
「ん?」
「要らねぇよ、そんな金! 引っ越せ? ああ、荷物まとめて出てってやらぁ!」
のんのが優作の胸に手を当ててその勢いを押しとどめた。
「分かった。荷物は改めて引き取りに来るよ。金は要らねぇ。行こう、優作」
歩きながら優作は呟くようにのんのに話した。
「文句言えた義理じゃないんだ、本当は。行く当ての無い俺にアパートで一緒に暮らそうって寝床くれたんだし。日雇いの稼ぎの無い時も食わせてくれた。年少で一緒だったってだけで。俺が甘ったれてたんだよな」
のんのは、そんな話をする優作を好ましく思った。
「お前、いいヤツだな。文句は言ったが自分のこともちゃんと分かってる」
優作は懐を計算した。
(2,300円はある。取り敢えず漫画喫茶にでも潜り込むか)
通りに出て曲がり角で優作は立ち止まった。
「ここでいいよ。ありがとう、のんのさん。源さんにも礼言っといてくんねぇかな」
「構わないが……行く当て、あんのか?」
「とりあえずちょっと考えるわ。いろいろ助かった。改めて礼を言いに行くから」
「俺んとこに来いよ」
「のんのさんのとこって……さっきの」
「そう、さっきの三途川の家」
「そんないきなり」
「要らぬ心配だ。行き先が決まるまででもいいんだ、これも何かの縁だろ?」
そこまで世話になる気は、と渋る優作を説得して、のんのは優作を連れ帰った。
「お帰んなさい! って、優作?」
「面倒見たいんだ、部屋用意してやってくれ」
「さっきの部屋でいいかな」
「いいだろ」
源は優作が寝せられていた部屋に連れて行った。
「ここ。あんたの部屋ってことで。朝は7時に起きりゃ一緒に飯が食える。出来ればその方が有難い。片付けがいっぺんに済むからな。明日親父っさんと女将さんに挨拶だけしてくれよ。それで終わりだから。いたいだけいればいいし、やりたいようにやってればいいんだ」
「やりたいように、って」
「今日はもう遅いから話は明日な」
頷くしかない。源は押入れを指差した。
「あそこ、好きに使ってくれよ。ここ、テレビが無いんだ。今日は我慢してくれ」
宿として提供してくれるのならさっきの持ち金じゃとても足りない。
「俺、ホントに金無いんだ。とても宿代は払えねぇよ」
「要らねぇって。気にすんな。とにかく寝ろ。全部明日だ」
一人になって押入れを開けた。
「なんだ? 新品じゃねぇか!」
広げて見ると日向の匂いがする。
「違うのか……でもお日さまの匂いだ……」
施設を思い出す。よく先生たちが布団を干してくれた。
疲れもあったし、今日は目まぐるしかった。優作が眠りにつくのは早かった。
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