優作の物語 -10
優作、22歳、初夏。少年院で一緒だった2歳上の村野という男のところに転がり込んでいた。村野に世話になって日雇いの仕事をしては何となく日を過ごす。
甘いマスクだから女の子に言い寄られはしたが、4ヶ月ほど付き合った年上の彼女が会社の上司と腕を組んで歩いているのを見てそれきり会うのをやめた。それ以来、女を信じていない。
そんな日々の中で今日はデカい声を張り上げていた。
「ガキにたかるんじゃねぇよ!」
幼い顔の高校生3人に、明らかに先輩と思える男子たちが何かを出せと言っているところに出くわしたのだ。大嫌いな弱い者いじめ。だからその間に割って入った。
「お前たち、行け! こいつらは俺が相手してやらぁ!」
これ幸いと逃げ出す3人。
「あんた、関係無いだろう!」
「うるせぇ、年下に寄ってたかってみっともねぇ! カツアゲなんぞ男のするこっちゃねぇ!」
一人の気の弱そうな子がちょっと甲高い声で優作に抗議した。
「あの中の一人の兄さんがチンピラなんだ。俺が取られた時計を返せって友だちが言ってくれてたんだ」
途端に優作は冷めた。頭を深く下げる。
「そいつは……申し訳なかった! 取り返して来てやる、どっち行った? さっきの連中は!」
「あっちの角を右に曲がって」
「待ってろっ」
そのまま駆け出していく。右に曲がって笑って歩いている3人を追いかけた。
「笑っちゃうよな、あのイカレたヤツ」
「『こいつらは俺が相手してやらぁ!』、お前はピエロかって」
大笑いしている男子の首根っこを引っ掴んだ。
「コケにしてくれたな! 時計を出せ!」
「ちょ、ちょっと、」
「どいつだ! チンピラの兄貴を笠に着て時計を取ったのは!」
掴んでいる男子がビクリとした。後の二人が「俺たちじゃない」と言って逃げ出す。
「時計はどこだ?」
「兄ちゃんが」
「兄貴んとこ、連れてけ」
案内されたのはどこかの事務所みたいなところ。その子の襟元を引きずってそこに入って行く。
「このガキの兄貴はどいつだ!」
「俊、どうした!」
「兄ちゃん! こいつが時計返せって」
どう見てもガラの悪そうな男とその仲間たち2人。優作は高校生を放してその男の真ん前に立った。
「真面目に勉強してる先輩の時計を脅し取るってのは感心しねぇな」
「なんだ、お前」
「いきがったあんちゃんだな、悪いこと言わねぇからとっとと出てけ」
他の突っ張った男が優作の胸を突いた。
「俺は取り返してやるって言ったんだ、返せよ、時計」
「バカか、お前」
そう言って手首にはめた腕時計を見せた。
3人に囲まれて、それでも優作はその男から目を離さない。後ろの二人が素早く優作の腕を押さえた。躊躇わず頭を後ろに突き出して一人に頭突きをくらわせる。その勢いでもう一人を振りほどいて殴り倒した。
「ほら、どうした。残りはお前だ」
そこで殴り合い。相手は強い。その内さっき倒した男たちが起き上がって優作が袋叩きになり始めた。
「これに懲りて二度と面見せるな!」
唾をかけられて、そいつの足にしがみつく。
「とけいを、かえせ」
また蹴られる。それでも足から手を放さない。
「この野郎っ!」
優作を引きずり上げて怒声が飛ぶ中に、知らない男が入って来た。
「お前ら、3人がかりかよ! 卑怯だろ!」
知らない男が叫ぶ。
「なんだ? またお節介なのが来たぞ」
喧嘩の勢いがある、今度はその男に突っかかっていった。3人対2人。そこにもう一人来た。
「源、何やってんだ!」
「のんのさん! こいつら寄ってたかって弱い者いじめしてて」
その言葉に優作が噛みついた。
「俺ぁ、弱かねぇ!」
そうは言っても、唇が切れて鼻血も出て顔は血だらけ。3人に殴られ蹴られ、足元もよろけている。
「おい、三途川んとこだ」
一人が小さな声で囁く。優作からすぐに手が離れた。
「すみません、言いがかりつけられて俺たち」
「とけい、かえせって、言ってんだろ……」
さっきの男が慌てて時計を外して優作に突き出した。それを掴み取ると元来た道をびっこを引いて引き返す。もう用は終わった。
「待てよ、どこ行くんだ? ほら、肩貸すから」
最初に来た源と言う若い男だ。
「あんたに関係ねぇ、放っておいてくれ」
「やだよ、これ黙って行かせたら俺が気持ち悪い」
そう聞いて優作は肩を借りた。
さっきの場所に帰ったが、高校生たちはいなかった。巻き込まれるのがイヤで逃げたのだろう。
「取り返してやったのに。探さなくちゃ」
そう呟いて優作は気を失った。
「夕飯出来ました!」
そんな声が聞こえた。
「おい、拾ってきたヤツんとこ、持ってってやれ」
「はい!」
襖を開けて入って来たのはさっきの若い男。
「起きてたか、飯持って来た。座れるか?」
優作は意地で布団の上に起き上がる。
「なんか、迷惑かけたみたいで」
「そんなことないよ。食えそう?」
「いいのか?」
「構わないよ、お代わり要るなら言ってくれ」
「悪いな」
熱いのを物ともせずに掻き込むように食べた。腹が減っている。
「いて」
時折唇を押さえた。
「食い終わったらもう一度手当てしてやるから」
お代わりを平らげてやっと人心地のついた優作は周りを見回した。
「ここは?」
「俺が居候してるとこ。三途川ってウチだ。聞いたことあるか?」
「無い」
そのきっぱりした言い方が可笑しかったのだろう、男が笑う。
「俺は源って言うんだ」
「さっき助けてもらったんだよな。助かったよ。俺は優作。もう一人いただろ?」
「ああ、のんのさんね。あの人はあんまり荒事はやらないんだ、頭使う人だから」
「挨拶、しときたい。世話になったし。ここの家の人にも」
「みんな気にしないよ」
「そういうわけにはいかねぇ! そういう恩知らずじゃねぇんだ、俺は」
「分かったよ、叫ぶなよ。じゃ、みんなのとこに行くか?」
しっかり頷くから源はまた肩を貸そうとした。
「いや、自分で歩ける。みっともねぇし」
その口調に源は腕を引っ込めた。
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