優作の物語 -8

 警察署の中はごった返していた。連れて行かれたのは奥の個室だ。そんなに待たずに刑事が来た。

「すみませんね、お待たせしました」

 刑事は50過ぎくらい。染谷と名乗った。

「優作はどうして捕まったんですか? あいつは純粋なヤツです、間違ったことをするような子じゃないです」

「みなさん、そう言うもんですよ。蓋を開けたら、みたいにね」

 染谷にムカッときた。

「えっと」

 手帳を捲りながら顔も見ずに話し始めた。

「昨夜10時53分、付近の住民から表で喧嘩している声がうるさいと連絡がありました。通報があってすぐに警官が言ったところ、男3人、女1人が現場にいました。その時には佐野はずい分殴られてましてね、相手は男2人。これが桜華組っていう暴力団の構成員でしてね」

「暴力団……」

「本人たちはヤクザとうそぶいてますがね、中身は暴力団とほぼ変わりません」

「で、何があったんですか!」

「佐野はほとんど喋らないので、分かっているのは後の3人から聞いた話だけです。だからどこまでホントだか。女24歳が歩いていたら突然後ろから話しかけられた。それが佐野だった。どこかで一緒に食事しないかと誘われたから断ったら、これを買わないか? と粉末の入った小さい袋を渡された。断ると態度が一変したので『助けて』と叫んだら、チンピラ二人が助けてくれた」

「そんなバカな…… 夕べは私の家で勉強して帰ったんです。あいつは根っからの真面目なヤツです!」

「勉強ねぇ…… まあ、言ってるヤツがまともじゃないから全部が本当だとは思ってませんがね、持っているバッグの中から覚せい剤が見つかってます。本人もそれは自分のものだと自供しました。真面目に見えてもこっそり小遣い稼ぎに売人をしてたりするもんですよ、プラプラしてる若い連中は」

「そんなわけ無い、あいつは!」

「まあ、落ち着いて。よくあるんですよ、こういうの。一応こちらの見解としては、覚せい剤を売ろうとした場所が悪かった。桜華組の縄張りの中ですから痛い目に遭ったんですよ。覚せい剤のルートをきちんと話してくれればそんなに重い罪にしないと言ったんですが頑として言わなくてね。先生からも説得していただけませんか?」

「あいつはまだ19、未成年です!」

「未成年? 誕生日も言わないんですよ。参ったね……」

「このこと、他には」

「言いようが無いです。言ったのは先生の名前だけですから」


 取り敢えず会わせてもらえることになった。待っているとドアが開いて優作が手錠のまま入って来た。ついて来た男性はすぐに出て行った。

「優作…… 何があったんだ? いろいろ聞いたがどれも本当だと思っていない。教えてくれ」

「先生……ごめん、先生しか思いつかなくて。園の名前を出したらみんなに迷惑かかるし、やっぱり施設の子はって言われる。職場にも迷惑かけたくない。だから」

「いいよ、そんなことは」

「……女の人が……助けてくれって。わけ分かんなかったけど男が二人追っかけてきたんだ。だから殴った」

「お前……」

「覚せい剤を女の人が盗んだって、男たちが言ったんだ。でも俺、そいつら殴っちゃったから女の人の仲間だろうってぶちのめされて…… パトカーが見えた時、女の人が必死に言ったんだ、これ預かってくれって。捕まったら子どもと離れ離れにされる、まだ3歳なのに…… 小さなサイフみたいなのに入ってるのが覚せい剤だなんて知らなかった。でも俺はその子が可哀そうだから俺のだって……言っちまったんだ」

「お前な……」

 涙が溢れてきた。その3歳の子が自分に重なったのだろう、そう思う。

「聞け、優作。その女はお前が自分に売りつけようとしたって言ってるんだぞ。ホントのことを言うんだ」

「それ、多分子どもを守りたいんだよ、一生懸命だったよ、泣いてたんだ」

「このままじゃお前、少年院に入ることになるんだ……頼む、俺の頼みだ、全部話すんだ」

「……その子、どうなっちまう? 俺、だめだ、喋れねぇよ」

「じゃ、俺が今聞いた話を言う。ならいいだろ?」

「やめて! 俺、助けるって言ったんだ、心配要らないって。だから……」

「優作…… お前はどうなる? ここまで一生懸命やってきたじゃないか、全部手離すことになるんだぞ」

 涙の止まらない久保木の手を優作はがっしり掴んだ。

「先生が知っていてくれる。それでいいよ。会社には退職願書くからそれ、渡してくんないかな。園長先生、泣くだろうけど……ごめんって伝えて」


 何度も説得した。だが分かってもいた、優作は言わないだろう。そして自分がそれを言えば優作には他人しか残らないだろう。

「先生、俺は先生を信じていたいんだ……お願い」

 久保木は苦しんだ末に歯を食いしばって答えた。

「俺はお前を待ってる。いいか、無茶はするな。自分を大事にしてくれ。面会も何度も行く。出てきたら俺のところに真っ直ぐに来るんだ。忘れるな、俺がいるんだってことを」

「うん」

 優作に浮かんだのは笑顔だった。

「ありがとう、先生! 俺、助かるよ!」

「ばか、やろう……」


 久保木は刑事に聞いてみた。本当に女に3歳の子どもがいるのかと。それは事実だった。久保木は何度、喉元まで言葉が出かかったことか。例え優作の心を失っても、無実にするべきだ。選択肢の少ない優作からこれ以上何も失わせたくない…… 自分が恨まれるだけのことなら躊躇わなかった。けれど優作の縋りつくような思いは……

『先生、俺は先生を信じていたいんだ……お願い』

『ありがとう、先生! 俺、助かるよ!』

(裏切れない……済まん、俺の意志が弱くて)

 とうとう久保木が口に出せないまま家庭裁判所の少年審判を受けた。検査で覚せい剤を使用していないことが分かり、初犯で再犯の恐れが無いことから少年院に収容された。

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