優作の物語 -7

 飯島はドラを積み込むやり方やいろんな技を見せた。理屈で考えるのは優作には不得手だ。だから手の動きを何度も見せてもらった。

「今のが積み込み。それからキャタピラーって言うのがこんな感じ」

「これを握り込みって言うんだ。片手の中にパイを隠し持ってる」

「これは要らないパイとみんなが捨てたパイとを取り換える技」

「それから…………」


「疲れたぁ!」

「あれだけ真剣に見てりゃ疲れるよな」

 飯島が笑う。確かに真剣に見た。マジシャンのように見えた手は、こうやって茶を飲んでいるとただの無骨な手だ。

「ずっとやってないの? 麻雀」

「もう何年になるかなぁ。5年以上やってないよ」

「なのにあんな風に出来んの!?」

「俺は上手い方じゃない。だから俺も日置たちみたいにやってたんだ、弱いヤツから取る」

「そんな風に見えないけど」

「昔はそんな風だったんだよ。今はもうやる気は無いんだ。俺のせいで泣いたヤツはいっぱいいたんだろうなってそう思う」

「うん……俺もリーダーにはそんなことやってほしくない」

 それからまた何度か見せてもらった。いつになるか分からないが絶対にいかさまを見つけてやる。


 2週間ほど経った。その間に5回は日置のアパートに行った。金が続かないんだと、レートを下げてもらって払う金額を少なくしてもらう。連中もすぐに優作を食いつぶすつもりはない。優作がすっかり麻雀に嵌っていると思い込んでいた。


「おはようございます!」

「おはよう。元気だな、優作」

「はい! リーダー、俺、あれ、やめたよ」

「やめた……分かったのか!」

「捨てたのと持ってるのを取り換えるのを見たんだ。だからもういい。もう行かないです」

「そうか。良かった」

 だが飯島は今度は心配になった。カモが反逆したらどうなるか……


「おはようございます!」

「おは…… どうしたんだ!」

 優作の顔は見る影もないくらい痣が残って腫れあがっていた。

「あいつらにやられたのか!」

「うん」

「こんなになるまで……3人がかりか? 警察に行くか?」

「いいって。それより仕事!」

 その日、3人は工場に現れなかった。次の日の午前中に3人揃って辞職した。3人とも優作より酷い顔。何があったのかは言わない。

(そうか。コテンパンにのしたんだな)

張り切って仕事をしている優作を眺めてはくすっと笑った。

  


 勉強は大変だった。時々、担任だった久保木に頭を下げて教わった。

「今日の分、分かったか?」

「うん…… 先生、俺やっぱり勉強向きじゃないのかな……」

「どうした、ずい分弱気だな」

 頑張っているのを知っている、なんとかしてやりたい。けれど…… それでも久保木は自分の口からやめてもいいとは言わなかった。

 施設でもその性格ゆえに可愛いがられているのは知っている。だがそれにも限度があるだろう。常に『みんなの中の一人』だ。周りが悪いのではなく、周りは公平を保つためにそうせざるを得ないのだ。

 寂しさを口や顔に出す優作じゃない。だが時々そんな雰囲気をまとわせるようになったのを知った。

「こういうこと言うといけないんだがな、でもお前は卒業生だからいいよな。今まで持った生徒の中でお前が一番可愛い。だから面倒見たいって思うんだよ、辛いんならなんでも言えよ」

 下を向いた優作が泣き出すのかと思った。

「先生……」

 黙って待った。ようやく上がった優作の顔は笑顔だった。

「俺、大丈夫だよ! ごめん、ちょっと仕事が疲れたんだ。今日は早く寝て明日頑張るよ! 遅くまでいつもありがとう!」

「優作!」

 立ち上がる姿に思わず呼びかけた。

「何?」

「……いや、気をつけて帰れ。もう外は真っ暗だからな」

「だいじょぶだって! 俺、男だぜ? なんかされる対象にもならねぇよ」

 笑い声を上げながら優作は出て行った。

(優作……心、開けよ……)


 次の日、授業をしている久保木が他の職員に呼び出された。警察から電話がかかっているから至急職員室に来てくれと。

「もしもし、久保木ですが」

『久保木先生ですね? 佐野優作をご存じですか?』

(優作?)

「はい、私の教え子です。彼が何か?」

『実は夕べ暴力団の組員と揉めましてね、原因が……ちょっと電話では言えないんですが、こちらにおいでになれますか? 本人が家族のことを頑として言わないんですよ。久保木先生の名前をさっきやっと聞き出してお電話したという次第で』

「すぐ行きます! 場所を教えてください!」

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