優作の物語 -6

「新入社員の日置ひおききよしさん、高島昇さん、谷原順さんです。他でも同種の仕事をして来たので3人ともベテランです。今日からよろしくお願いします」

 上司の飯島リーダーがみんなに新人を紹介した。地味で結構大変な仕事だ、ベテランは歓迎された。

 17の優作はあまり残業をしない。学校があるからだ。それは公然のことで誰もなんとも思っていない。けれど2ヶ月近く経ってそれが始まった。

「おい、お前!」

 トイレでそう怒鳴られたが自分のこととは思っていない。そばに日置が来る。

「お前だっての! 呼ばれたら返事しろよ!」

「お前って誰のことか分かんないよ」

 言った途端に殴られた。

「何すんだよ!」

「敬語、使え!」

 後ろから高島と谷原が入ってきて挟まれた格好になる。

「なんか用?」

「敬語使えって言ってんだよ!」

「無理無理、こいつバカだから」

 谷原が日置に手を振る。

「人にバカって言うヤツは自分がバカなんだよ」

「なんだとっ」

「まあまあ」

 高島が取りなすように割って入った。

「お前さ、麻雀出来る?」

「出来ないよ、遊び方知らない」

 3人が目配せをする。

「お前ってさ、いつも真面目だよな。働いて学校行って。でもそれじゃ詰まんなくないか?」

「別に。楽しいよ」

「たまには遊ぼうって気にならないか?」

「遊ぶって、俺そんな相手いるわけじゃないし」

「そうか!」

 高島が人の好さそうな顔を浮かべる。

 優作は他の二人は苦手だが、高島とは時々休憩中に喋っていた。貯金しているのか? と聞かれて、使い途無いから僅かな金額しか使わず貯金していると答えた。

「麻雀ってさ、ゲームなんだよ。聞いたこと無いか?」

「聞いたことくらいあるよ。四角い小さいのを並べてくんだろ?」

「そうそう! あれ、教えてやるからやってみないか?」

「暇、無いんだよ。学校行くし」

「なんで学校に行きたいんだ?」

 高島になら気軽に話が出来る。

「俺はバカだから人より勉強しないと普通になれないんだ」

 谷原がニヤッと笑う。

「麻雀はバカじゃやれないんだぜ。つまり、遊びながら頭が良くなるんだよ」

「ホント!?」

「ホントさ。頭の中で計算したり組み合わせ考えたり」

 優作は数学が特に苦手だ。特に今勉強している順列と組み合わせはちんぷんかんぷんだ。

「組み合わせが分かるようになる!?」

「なるよ! むしろそれが中心の遊びだ。教えてやるよ、俺たち三人で」

「ありがとう! やるよ!」

「学校に行くより分かるようになる。学校休めるか?」

「んんー、時々なら。ほとんど休んだこと無いけど」

「よし! 今日はどうだ? 初歩から教えてやるから」

 優作は学校を休んだ。そして日置のアパートに連れて行かれる。


 優作は麻雀にのめり込みはしなかった。のめり込んだのは別のこと。『負けっ放し』と『いかさま』に腹が立った。

 そういう意味でのバカじゃない優作は、3人が自分の金を狙っているのだとそう時間をおかずに感づいた。本質を読み取るのは早いのだ、思考がシンプルだから。

 一度でいい、いかさまを見破ってすっぱり麻雀をやめたい。煙草をふかしながらあれこれと愚痴やら溜息やらぼそぼそと喋って、じゃらじゃらパイをかき回す遊びは自分に向いていない。だいたい煙草が嫌いだ。


 そんな時に飯島リーダーに呼ばれた。

「帰り、俺につき合わないか? 飯奢るから」

 リーダーは気さくで頼りがいがある。

「はい!」

 優作はその誘いに飛びついた。久しぶりにちゃんとした話をしたい。

 連れて行かれたのは焼肉屋だった。食べ放題だから遠慮せずいくらでも食える。次々と肉を平らげて行った。

「よく食うな! 飯はいいから野菜も食え」

 リーダーは肉しか並べない優作に野菜ばかり焼いてやる。

 食べるのが一段落してのんびりと飲み物を飲んでいる優作をリーダーは優しい顔で見た。

「日置たちと一緒にいるのはお前のためにならないぞ。あまり近づかない方がいい」

「麻雀のこと?」

「それも、だ。いいことなんて一つも無い。あいつらは人を食い物にすることしか考えてない。お前を可愛がってるわけじゃないんだぞ。あいつらは」

「俺の金を狙ってる。でしょ?」

「分かってんのか」

「もう14万取られた。汚いんだ、いかさまってのをやって」

「分かってんならもうやめろ。どうしても麻雀したいなら俺が教えてやるから」

「リーダー、麻雀出来んの?」

 一度も聞いたことが無かった。

「もうやめたからな。かなりのめり込んでたよ。麻雀で食ってた時もあったくらいだ」

 優作の目が輝いた。

「俺さ、麻雀がしたいわけじゃないんだ。だいたい、好きじゃない、ああいうの」

「ならなんでやってるんだ?」

「負けっ放しが気にくわねぇ。いかさまされっ放しも気にくわねぇ。一度でいいからやり返したい。そしたらすっぱりやめる」

 飯島はちょっとほっとした。いいカモにされているだけだと思っていたから。

「だがな、減った金を取り返すなんて無理だぞ。深みに嵌るだけだ」

「それはいいんだ。自分が悪いんだから。その分は働いて貯める。でも勝負に負けっ放しはいやだ」

「勝負なんて思わなきゃいい。たいしたヤツラじゃない、正面切ってやり合う価値なんてないぞ」

 優作は手を合わせた。

「お願い! 俺に麻雀教えて」

「いかさまをやりたいのか?」

「違うよ! そんなの覚えたかねぇよ。一つでいい、いかさまを見破りたい。そこで麻雀と手を切る」

(こいつはちゃんと分かってるんだな。相手の目的も。そうか、自分なりのケリをつけたいのか)

 飯島は頷いた。

「分かった。今度の土日、俺んとこに来い。学校も休みだろ? 教えてやる」


 来週まで無理だと言って、優作は日置たちの誘いを断った。学校もちゃんと行きたい。ここのところ休みが多かったから自分に後ろめたい。

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