第6話 冬の日
「で、そんなこんなで入学式をサボったと」
勇音はどこか怒っている様子でそう言った。
勇音の部屋には、ゴードンと類が1日遊び倒したトランプだのお菓子だのがごちゃっとしていた。
「うむ、学校の先生たちには悪いことをしたな」
「でも、入学式からサボりってかっこよくない?」
落ち込むゴードンに対し、類はどこふく風である。
「かっこよくないぞ、類殿、サボりはよくないことだ」
「はーい、きをつきまーす」
類は小さな手を小学生のように挙手した。
「それで、ゴードンのことはどこまで?」
勇音は真面目なトーンで類を見つめる。
類は顎に指をあて、思案した後、
「んー、大好きになった、かな」
「は?」
「なぬっ!!!????」
それは勇音が求めていた答えと少々違った。
「なんかぁ、変な人に絡まれてるみたいだけど、障害があるほど恋は燃えるっていうし?」
「いや、そういうことじゃなくて、空飛んだだの、光速で動く女とか」
「あーーー、非日常って結構生活において大事だよね」
勇音はこいつマジか、と口をあんぐりとさせる。
珍しい表情だ。
「ほほう、類殿は器が大きいな」
「でしょー、並みの人間と比べたらね、潜り抜けてきた修羅場が違う」
勇音はゆらゆらとリビングの方に立ち、ガーっとコーヒー豆を挽く。その音が勇音の混乱した頭をそのまま表しているようだった。
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「桜坂類って、体売ってるらしよ」
「だって親も水商売でしょう?」
「それにあの腕見た?やばぁ」
「えー、わたしたちの進学とかに影響したらどうする気なんだろう?」
そんな言葉は日常茶飯事だった。
学校でも1人、家でも1人だった。
「類ちゃんね、わたしのためにご飯作ってくれるのは嬉しいけど、ほらここ、汚れてる、掃除まできちんとね」
「きちんと勉強して、将来は稼げる職業に就きなさい、お父さんみたいになりなさい」
「ほんと、あんたは何もできないわね」
「なんでそうやってすぐ泣くの?泣けばいいと思っているの?」
親は、わたしを無視しているわけではない。
入学式に出ようとしてくれるぐらいには関心がある。
それだけで幸せと思うべきなのだろう。
でも、何を努力しても、頑張っても、1つ2つの難癖がつく。
もっとこうしなさい、これをしていれば完璧だった。
その最後の一言が、いつも恐ろしかった。
わたしは、できない子だった。
姉は完璧な子どもだった。
勉強も運動もなんでもできた。
姉の父は、医者だった。
わたしの父は、なんの仕事をしてるかも分からない浮浪者だったらしい。
母は姉の父のみを、「お父さん」と呼ぶ。
わたしは、できそこないの、その子ども。
大晦日の夜、何を思ったか、帰りの遅い母のために唐揚げを作った。
喜んでくれると、そう呑気に思っていた。
あるいは内部進学ではなく、外部に出ることになった謝罪の意もあったのかもしれない。
正月くらいは、楽しく家族で過ごしたいと考えたのかもしれない。
だけど帰ってくるなり、母は食卓のからあげを見た後、きっちんに早歩きで行き、
「油、ちゃんと掃除してよね」
と言った。
その言葉を聞いた瞬間、家を飛び出したのだ。
行く当てもなく、近所の講演でココアを飲みながら、ただ過行く時間を身に感じていたときだった。
「××●△◇◇●、、、?」
謎の言語で背後から話しかけられ、振り向くと、そこには巨体を裸にした大男が立っていた。
わたしは声も出せずに、ただ缶のココアを地面に落とした。
外国人?
きっとそうだ、、、なんか言わないと。
「、、、、ぐっどもーにん?」
言ったあとに、今は夜だと気づいた。
「●●△××◇◇?」
男は理解したのかしてないのか、なぜかわたしの前でその巨体を小さくし、しゃがんだ。しゃがんでも、ベンチに座っているわたしの顔の前にその男の顔があった。
褐色で、彫りが深く、深い色の瞳。
その瞳に射抜かれて、わたしはなお動けず、見つめあった。
「、、、、、めいあいへるぷゆー?」
知っている英語で、使えそうなものが、ようやく口に出たときだった。
男の腕がのそっと、わたしの顔に伸びてきた。
とっさに感じたのは、「殺される」だった。
ばっと、腕を交差して顔を塞いだとき、感じたのは思っていたよりも優しく、なめらかな指の感触だった。
男は交差した腕の隙間から、わたしの目の下あたりを拭った。
わたし、泣いていたの?
泣いてたんだ、ずっと。
気づかなかった。
思い起こせば、男の声音はずっと心配したような声だった。
裸で、大きくて、怖いのに、なぜか心が落ち着いていくのを感じた。
「あの、、、、、、、ありがとうございます」
わたしは頭を下げると、男も何かを理解したのか、ぎこちなく頭を下げた。
なんで裸なの?
どこから来たの?
いくところがないの?
そんな質問をしたかったが、翻訳するだけの能力はなかった。
そうやって見つめ合っていると、「類?、類?」という母の声が遠くから聞こえてきた。
これも、確かに心配する声だった。
でも、わたしの心はまた速い鼓動を聞かせてくる。
「わ、、、、わたし、、、、もう行かないと、、、、」
そう言って涙をコートの袖で拭って、走った。
若干の未練を公園に残して。
次の日、早朝にその公園に向かうと、消防車が1台泊っていて、昨晩の男が滑り台に嵌っていた。
あの優しい指の感触をもう1度味わいたい。
そんな思いを抱きながら、類はてかてかになったその大男を遠くから見ていた。
異世界バーサーカーと地雷系女子高生 屋代湊 @karakkaze
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