第4話 彼女と彼女

星崎勇音は困惑していた。


「急用ができた先に学校に行ってくれ」


という音声メッセージを受け学校に来たはいいものの、ゴードンが現れる気配が全くない。


「ゴルザレアス・ゴードン君と、桜坂類さくらざかるいさんは、まだ来てないのか」


担任となる先生、潤岬敏男うるうみさきとしおが思案している。

非常に若い先生に、勇音には見えた。


「ゴル、、、、なんだって、、、、?」

「留学生?」

「すごい名前だな、、、」

「プロレスラーみたい、、、」



クラスはゴードンの名前にざわついている。

また、一部では、


「類って、聖ルカリー中の?嘘、あそこってエスカレーターじゃないの?」

「フィロフォビアのrui?華南に住んでるって本当だったんだ」

「私、あの曲好きー、“ハクセキレイ”」

「バンド活動やっぱダメだったのか、ルカリー」

「いやいや、バンドもだろうけど、あっちでしょ、バンド活動は休止中みたいだし」

「あーー、あれ売・・・」

「まじかー、まぁ確かに地雷臭すごいもんね」

「お嬢様って欲求不満なのかなぁ」


桜坂類についても話題が盛り上がっている。


(あの子、有名人だったのか、、、)


勇音もそのあたりはあまり興味がなく、全く気が付かなった。

とりあえずゴードンと友五郎にメッセージを送っておく。


入学式についての簡単な流れを聞き、一時休憩となった。

勇音もトイレに行こうと思ったその時だった。

担任の敏男から、勇音は呼び出された。


「すまんが、ゴードン君の代わりに君が新入生代表の言葉をやってくれないか」

「え、、、、、あぁ、そうか、、、、」


そうである。

ゴードンは入試の成績がトップだったらしく、入学式の挨拶を頼まれていた。

学校への登校ルートの下見の際、ついでにその打ち合わせもしていた。


「君が次席だ」


ニカっと敏男は笑う。

この先生は女子に人気が出そうだなと勇音は冷静に思った。


「でも、原稿とか、、、」

「原稿ならコピーがある、これでお願いな」


断るタイミングもなく、原稿を渡された。


「最悪だ、、、」


勇音は目立つのがもっぱら嫌いなのである。


「早く来てくれ、ゴードン」


その願いはいつまでも届きそうになかった。



☆☆


「はあああああああああああくじょーーーーーーーーーーわああああああああああ」


相変わらず大きいくしゃみである。

ゴードンと類は一度濡れた服を乾かすために、類の部屋へといそいそ戻ってきた。

入学式に送れるのは残念だ。

ゴードンはびしょ濡れのまま学校に向かおうとしたが、どうやら類いわくそれは大変非常識なのだと言う。

勇音に連絡をしようとしたが、スマホも壊れたのか、起動しなくなっていた。


服は新品の学校ジャージをアパートから持ってきた。

一方、類は可愛らしい猫を模したパジャマを着ていた。耳やら尻尾やらが服から生えている。


類に頭を乾かされながら、ゴードンは室内を見回す。

あるものと言えば、ベットと机、衣類用のカラーボックス、それだけだ。

ゴードンにはそれが高校入学する女の子にしては簡素であることが分からない。

ただ一つ、


「あれはなんだ、楽器に見えるが」

「ギターだよ。ギター」

「ギターとはなんだ」

「楽器、楽器」

「ほう、楽器をたしなむのか、類殿は」

「うん、結構ゆーめーなんだよ」


ゴードンはすごいな、器用だな、と感心している。

音楽はいい。

戦いの前には士気が高揚するし、戦いの後には疲れを癒す。


類は大きな体のゴードンの周りをせかせか動きまわっていた

ゴードンの髪型と言えば、きっちりとしたオールバックである。しかしながら今は濡れて、べしゃりと顔に張り付いていた。

前髪を乾かそうと類が前に回り腕を上げたところで、


「むむ、類殿は戦をするのか?」


と唐突にゴードンは聞いた。


「戦?」

「両の腕に刀傷がある」


そう指摘されて、しかし類はそれを隠そうとしなかった。


「ちがうよー。これはね、自分で切ったの」

「ほうそうか、それは何故だ」


そう質問すると、類の大きな丸い瞳が陰った。

まるでその瞬間に目の前の男が知らぬ他人に変わってしまったかのように。


「うーん、頭がごちゃごちゃしたとき、ぴって切ると落ち着くんだよね」


まるで取扱説明書を読み上げるような声だった。

ゴードンといえば、そんなことなどさして気にしないように、


「おお、その気持ちは分かるぞ」


と言った。

類はなお興味を失ったかのように、


「いや、分かるわけないじゃん」


と吐き捨てた。

どことなく、ゴードンの髪を乾かす手も動きが緩慢になったようだった。

それでもゴードンは続ける。


「分かるぞ。私も腹にエイレーネーの神速の槍を受けたときにな、頭がすっと落ちついたものだ。そして彼女の裏切りを許せたのだ。きっと頭に上った血が抜けたのだろうな」


類は頭上に?を浮かべた。


「よくわかんないけど、なんかちょっと違うような、、、だって類は自分でなんだよ」

「何が違うのだ?戦いに赴いたのは自分の意思だ。つまり受けた傷も自分の決断ゆえだ。類殿も何かと戦っているから傷がつくのだろう?」

「戦ってる?類が?」

「うむ。それは戦っている者の傷だ。俺には分かるぞ」


そう言ってゴードンは上のジャージを脱いだ。

その褐色の、隆起した筋肉の表面には、無数の傷がひび割れた大地のように広がっていた。


「傷のない人間を、俺は信用しないのだ。城に籠った貴族のようにな」


その言葉に、類は冷え切った体が少しばかり暖かくなったようだった。


「類は逃げてばっかりなのに、近藤君は優しいねー」

「優しくないぞ、俺は。優しい人間というのはもっと強いものだ」


そう言ってゴードンは垂れ流れた鼻水をジャージの裾で拭いた。


「そうだ、類殿、一節何か弾いてくれないか?」

「弾くってギターで?」

「うむ、そういえばこちらの世界の音楽というものを、俺はまだよく聞いていないのだ」

「こっちの世界って、日本のこと?いいよー」


そう言って類はギターを手に取り、小さなアンプにシールドをつないだ。

小さな体にギターは不相応に大きく見えたが、ただ爪弾きはじめると、それがしっくりくるようにゴードンには思えた。


__瞳開いて朝は

___紡錘に広がりを持って

____雨樋から落ちる雀は、いつも、終わりの速度で

_________愛してると言えばそれは嘘で

______嫌いだと言えばそれも嘘なの

__僕を想って君は

_____優しさに全てをおぶせて

____油塗れ落ちる僕は、なにも、はっきりしなくて

________愛してると言えばそれは本当で

______嫌いだと言えばそれも本当なの


類の声は、か細く震えながらも、そこに針金のような細い芯があった。

ゴードンはただじっと、類の移り変わる表情を見ていた。


__さぁ、風に体を得て、今

_____君は僕が怒ってきかないというから

_______かなぐり捨ててやるんだ、ここからずれてずれてどこまでも


叫ぶような諭すような、それでいてしな垂れるような類の声が響く。

そしてギターを弾く指は一層激しくなった。


____アスファルト ハクセキレイ 電燈の青白い

______少しだけ、違った、自分であれたなら

__高架橋 ハクセキレイ 赤枠の警告に

___僕は、薄れていく、君と、半分だけ


_____半分だけ、重なって



最後のコードが鳴り終わったとき、類の目には少しだけ涙がたまっていたように見えた。

あるいは、濡れた髪から滴っただけだろうか。


ゴードンが大きすぎる手で拍手をしようとした、その時だった。

パンっ!と銃声のような音がマンションの部屋に響いた。


「近藤君の拍手おっきー、よかった?ね、よかった?」


類はきゃっきゃっと騒ぐが、しかしゴードンの目は真剣である。


「類殿、扉から離れて、俺の背中に隠れろ」

「ちょちょ、何々、まさかママ帰ってきた?」

「ママならいいがな、、、」


そう言ってゴードンは片手を地面につき、もう片方の手は後ろに回して類の手を握った。


「近藤君の手、やっぱおっきーねー」


そんな軽い言葉も束の間、類の部屋の扉がゆっくりと開く。


え、だれだれ、と類の言葉は、その張り詰めた緊張の網目に囚われて空中に浮いたままになった。


扉がすべて開いたとき、そこに居たのは夕暮れの色を長髪にした女性であった。


☆☆


「久しぶりだな、エイレーネー」

「ゴードン様、ずっとお探ししておりましたわ。死んだなんて信じられませんもの」


類はその女性を一目見た時、ああ、これが天使か、と思った。

この世にいるようで、いないような、そう言った幽遠の趣があった。


「なんとなく、お前とはもう一度会える気がしていたぞ、最近思い出すことが多くてな。丁度さっきも少しばかりお前の話をしていた」

「あら、私のことをわざわざ想っていてくださったの?」

「いや、入学試験でちょっとな」

「入学試験で?どういうことですの?」

「妹は元気か?」

「アマリアは元気ですわ、それもゴードン様のおかげですの」


類はその時初めて気づいた、その女性が光る槍を手に持っていることに。

自然とゴードンと握った手に力が入る。

これは夢?

いったいどういう状況なのだろう、、、?

類はいつから夢を見ていた?

空を飛んだとき?

それとも、近藤君にあったときから?


類が混乱の最中にいることを知らずか、エイレーネーと呼ばれた女性の視線がゴードンの背中の類に移る。


「そこの幼児はどなたですの?」

「はぁ?幼児じゃないですー」


類は反射で答えてしまった。

異質な空間と人物より、その一言の方が彼女の脳内を刺激したのだ。

そして、この育ち切った胸を見よ、と言わんばかりに立ち上がる。

幼児と言われれば黙って怯えてなぞいない。

状況はまるで分からないが、敵意を持ってけなされたことだけは分かった。

背は小さいが、それで幼児と蔑まれるのは納得がいかない。


「お、おっきいわね、、、。ええ、あなた、、、少しばかり胸が大きいからってゴードン様に慣れ慣れしいですわ、離れなさい」


対するエイレーネーの前面といえば、刈ったばかりの芝生のように真っ平である。


「あなたこそ、勝手に家にはいってきて、ふほーしんにゅー」

「とにかく、こちらの世界のあなたには関係のないことですわ」

「関係ありますよーだって類は、近藤君の彼女だもん」


その言葉に、エイレーネーの表情がさっと冷たくなった。

類がとっさに彼女と言ったのは、女の勘というやつだった。


「ゴードン様のカノジョ、、、カノジョ、、、つまり妻ということですか?」

「うーん、いずれは?みたいなー」

「そ、そうなのか?そんな契りはしていないが、、、」


ゴードンは顔を真っ赤にして振り向き、類の顔を見る。

手もわさわさと動き落ち着きがない。

類といえば、さも事実を粛々と述べる検事のようだった。


「契りなんて必要ないもーん、必ずそうなるんだから。この距離感を見てよ、ちゅーだってしたんだから、間接だけど」

「ちゅちゅちゅちゅちゅーちゅっちゅっちゅぅぅぅぅ!!!!????」

「エイレーネーどうした、まるでドングラス海溝に巣食う巨大蛸のようだぞ」


エイレーネーはその花弁のような唇を真っ赤にしていた。

そしてぶつぶつと、


「そう、あなたがカノジョ、、、カノジョなのね」


一拍おいて、エイレーネーは槍を持つ手に力を籠める。

何の物質でできているか分からないその槍は、夜の星辰のごとく、静かに、そして激しく光を増していく。


「ならば、ここで殺さないといけないですわね」


その一言は、衝撃音の後に遅れてこだまするように響いた。









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