第3話 ゴードンのモーニングルーティーン
入学式の朝である。
ゴルザレアス・ゴードンの朝は早い。
日の出とともに起き、まずはバナナを食べ、プロテインを飲む。
このプロテインというものが、ゴードンには衝撃であった。
強くなりたくば肉を食らう。
その常識がプロテインの粉のようにもろく崩れ去った。
好きなプロテインの味は「ハイパースーパーパーフェクトベリー味」である。
ゴードンは甘いものに目がない。
プロテインを一息に飲み干した後は、1階に住むババに挨拶だ。
「おはよう!!!!ババ!!!!今日も生きてるか!!!」
鶏も朝の代名詞を譲るほどの大声である。
「はーいはい、起きてますよ。おはようゴードン」
「おう、おはよう。今日は声を小さめにしたがどうだった」
「うーん、まだ大きいね」
「そうかすまない、朝は元気いっぱいでな!」
「元気なのはいいことだ、帰ってきたらごはんにしよう」
挨拶をしたら、次は河川敷の散歩である。
街に異常がないか、見て回らなければならない。それは良いことをし、神様のところに行くためだ。
「ふむ、これはたばこの吸い殻」
「ふむ、これは空き缶」
「ふむ、これは、、、ぬゎわわわわ、こんな書物を公共の場に捨てるなど、、、、」
「、、、、、女体はすごいものだ、、、、」
「こんなに肌を見せていいものか、、、」
「これは犬のうんこ、、、これは猫のうんこ、、、これはハクビシンのうんこ」
ゴミ拾いも日課である。
そして朝の散歩中には、今日の好きな言葉を考える。
「最上の愛の杯の中にも苦いものがある」
昨晩読んだ本に書いてあった。
俺には愛などは最も分からん言葉だ。
分からないからこそ、これは偉人の名言なのだろう。
分かるようになれば、もっといい人間になれるだろうか。
たくみ荘に帰ってくると、ババは外で七輪の前に座っていた。
「これは
「この間おいしいって言ってたからね」
そうして鯵が焼けるまで大男と老婆がアパート前の庭先に座り込んでいると、
「ちょっと、あたりが臭くなるじゃない、最悪」
1人の女性がアパートの門の前を通り過ぎていくところだった。
「臭い?おいしい匂いだと思うのだが、ダメなのか?一緒に食べるか?」
ゴードンが立ち上がり声をかけると、
「ひっっっ、洗濯物とかに匂い移るじゃない!!」
おびえつつ、反論していくる女性は綺麗な白いスーツを着てすらっと立っていた。
「おお、すまんねぇ、気が利かなくて。まぁ老いぼれのおいたと思ってくれ」
そう言ってババは焼けた魚を皿に移す。
「ほれ、ゴードン、中に入ろう。お姉さん、本当にすまんねぇ」
「いえ、分かっていただければいいんです。魚は私も好きですから。でも気を付けてくださいね」
そう言って女性はアパートの隣。この冬にできたばかりの高層マンションにつかつか入っていった。
「俺にはババが悪いことをしたと思えないがっ!」
「そうでもないさ、ババも間違いや悪いことをする」
「そうなのか、、、難しいな人間は」
「お前さんも人間だろう」
ババは何をおかしなことを、というように笑ってゴードンの広い背中を叩いた。
☆☆
朝ごはんをババの部屋で食べたあとは軽く筋トレをして身支度である。
ちなみに筋トレについては「マッチョ松村」先生の動画を参考にしている。
マッチョ松村は凄い男だ。
ただ闇雲に鍛えるのではなく、科学的に筋肉を考察している。
恐ろしい。
彼が兵士を教育したらどんな集団が生まれるか。
それにあの苦しいトレーニングでも絶やさぬ笑顔。
魔法にも屈しないような強靭な精神。
そんな話を熱く勇音に語ったら、
「うーーん、きっとボディビルのチームができるだけじゃないかな」
と笑っていた。
ボディービルのチーム、それはきっと国を1つ壊滅させることができる集団であろう。
「「えくすとりーーーーむ!!!」」
お決まりの掛け声を一緒に叫んで筋トレは終了である。
風呂のないたくみ荘では身支度は難しいため、勇音の家にお邪魔する。
勇音はアパートの隣、先ほど話題にあがった新築のマンションに住んでいる。
なんとこのマンションが建った土地は、もともとババの所有地だったらしい。
「土地を持っているなど、ババは位が高いな!!俺も初めて主君から領地をもらったときは嬉しかったぞ」
「ならあんたもあっちでは偉かったのかい?」
「いや、偉くなんかないぞ。まだまだ修行の身だった」
「なら、あたしもまだまだ修行中だね」
「さすがババだ!!」
そんな会話をした。
勇音に改めてシャツやらネクタイやらの付け方を習う。
が、これはすでに予習済みである。
最後に丸眼鏡の指紋をきれいにふき取れば完璧だ。
「服装よーし、弁当よーし、筆記用具よーし!!」
ゴードンは大声で確認する。
「いや、今日は弁当いらないから、入学式だし」
「な、そうなのか、、、ババにお願いして作ってもらってしまった、、、」
「どうする、持ってく?」
「うむ、そうだな。帰りにどこかで食べよう」
「よし、じゃあ行こうか」
ゴードンたちが通う高校、私立華南第一学院は、電車で一本である。
ちなみにこのルートも、すでに予習済みであった。
マンションの豪奢なエントランスを抜け、太陽が朗らかに笑むような外に出たところで、突如ゴードンが叫んだ。
「あああ!!!!うわあああああ!」
「っ!どうしたゴードン」
「あああああはんかちわすれたああああ!」
小学1年生のようである。
「ハンカチか、待ってるから取ってきなよ、隣なんだし」
「いや、すぐに追いつくから先に行っててくれ」
「了解」
ゴードンはすぐさま高層マンションの隣、まるで大木に安らぐ羊飼いのようなアパートに戻り、錆び切った外付け階段を上る。
と、自分の部屋、201号室の前に、小さな愛らしい塊があるのにゴードンは気づいた。
「む、、、どうした
ゴードンはこちらの世界の集団での生活に慣れていないため、体調を崩すのではないかと心配したババが入学祝いにくれたのだ。
あちらの世界でも戦の前に食べる栄養食があった。ゴードンはそれを大事に鞄にしまっていたのである。
「しーーーーー、しーーーーー、しーーーー」
黒髪ボブの背丈の小さなその少女はさらに体を小さくして、今にも崩れそうな鉄柵に隠れようとしている。
「ふむ、敵襲から隠れているのだな、ならば俺の後ろに隠れればよい」
そう言ってゴードンは赤子を高い高いするようにがしっと持ち上げ、自分の背中に隠した。
「で、何から狙われている。千里眼の水龍か、それともその類まれなる暗殺術で名を馳せたザック=ルピーか、、、?」
「ザック?サッカーの監督?」
「サッカーが何か知らないが、ザックはすごいぞ、あまりに暗殺がうますぎるため、殺されたものが殺されたことに気づかず生き続けたという、、、」
「え、何、アニメのはなしー?こんどいっしょにみよーよー」
類がゴードンの広すぎる背中をつんつんして言う。
そんなことを話していると、マンションから1人の女性が出てきた。
「む、あれは魚嫌いの女性!いや、違ったな、魚の匂い嫌いの綺麗な女性だ」
ゴードンはそこで手を挙げて呼び止めようとしたが、寸前のところで類に止められた。
「ちょ、、、何やってんの近藤君」
「む、どうした、知り合いのため挨拶しようと思ったまでだ」
「類はあの人から逃げてんの!」
「なぬ、そうなのか、非常にか弱い女性に見えるが、、、」
そこでゴードンは類の方に振り向く。
「そういえばどことなく類殿に似ている気が」
「、、、よくわかるね、あれは類の親」
そうつぶやくと、類は何もかもつまらなくなったというように長く息を吐いた。
「きーまりー、入学式いくのやーめた」
「類殿も今日入学式なのか」
「そーだよー、制服見て気が付かない?類と近藤君は同じ高校だよー」
「何!?!?そ、それでは、類殿はくらすめいとというものなのか」
「クラスメイトかどうかはまだ分からいけど、どーきゅーせーだね」
「同級生は知っているぞ、そうか、類殿は同級生か、、、」
そこでゴードンは1粒の涙を流した。
「ちょとー何泣いてんのー」
類はレースのついたハンカチでその涙をふく。
「うむ、かつては配下のものか主、目上のものしかいなかったからな、
「朋輩って、、、でもそっかそっかー、なら彼女は?」
「彼女とは何だ?朋輩よりすごいのか」
「そうだねーデートとかするの」
「デートなら知っているぞ、こないだ勇音とした、うぃんどうしょっぴんぐというものを」
「えーーーそれはデートじゃないよー」
「そうなのか、ならばわからん」
類が「教えてあげるよー」、と笑顔で言っているが、ゴードンは気づいていた。
背中に置かれた類の手が震えていることに。
「類殿は親が怖いのか?」
「んーーー、そーね、ちょっとね、変かな?近藤君なら親とは仲良くシローって言いそうなキャラだね」
そこでゴードンはくるりと、その巨体からは想像もつかない機敏さで類の方に振り向く。
「そんなことはないぞ」
「えー、近藤君も仲良くないの?」
「俺には父と、兄が7人ほどいたがな、、、」
「大家族じゃん」
うむ、と言ったあと、ゴードンは珍しく暗い顔で、
「そのうち3人の兄と父は俺が殺した」
と地面に歩く蟻の数でも数えるようにして言った。
飄々とした類も、さすがにその言葉には驚きを隠せなかった。
「あ、、、そういえばこういう話は普通の人にはしてはいけなかったのだ、忘れてくれ類殿」
ゴードンはまたにかっと笑った。
その笑顔の裏に何があるのか、類は気になったが、それ以上は詮索しまいと、しゃがんだまま両の手に顎を乗せた。きっと何かの事故を、自分の責任だと感じているのだろう、それで殺したと言ったのだと悟った。
「それで、類殿は入学式に出たくないのか?」
「出たいけどーあいつと顔を合わせたくなーい」
そういって指さす先には、辺りをきょろきょろ探す先ほどの女性がいた。
そして諦めたかのように駅の方角に歩き出していく。
「きっと駅で待ち伏せするんだよ、あいつ」
「そうか、なるほど。入学式には出たいが、肉親とは顔を合わせたくない。俺も初めてできた朋輩と一緒に入学式に出たい」
「うん、類も近藤君と一緒に入学式に出たい」
ならば、とゴードンは類にもらったレースのハンカチをポケットにしまい、先日買った新しいフード仮面のハンカチを類に差し出した。
「え、これくれるの?」
「うむ、先ほどもらったからな」
あげてはないんだけど、、、と類は呟いて、ただはっと顔を上げる。
「じゃあ交換だねーありがと!」
にかっと笑った表情には、もうこれまでの暗さはなかった。
右目の涙ぼくろと、耳につけたピアスが、朝の日差しに割れた宝石のように輝いていた。
ゴードンはその時思った。
「類殿の心は、金剛石のようであるな」
「金剛石ってダイヤモンド?そんな綺麗なものじゃないよ」
「いろんな色に輝いて、光っていて、正直よく分からん。あっちの世界にはあまりいなかったな、こういう人間は」
そこでゴードンは、いけないいけない、とまた顔を振る。
そうだあっちの世界の話は勇音にしかしてはいけないのだ。
「とにかく、入学式に行こう、遅れてしまう」
「でも電車の駅は待ち伏せされてるよ?」
そこでゴードンは自慢げに鼻を鳴らした。
「陸が塞がれているなら海から行けばいい、海が塞がれていれば空から行けばいい、それだけだ」
と、類がその言葉を飲み込む前に、ゴードンは類を肩車した。
「きゃーーーーーーーーーーーーーーー」
抑揚のない悲鳴である。案外類はびっくりしていなかった。
むしろ嬉しそうである。
「類、肩車されたことないんだぁ、すごいね、たっかーい」
「うむ、俺の髪の毛をしっかりつかんでおくのだ」
そうして類が瞬きをした、その瞬間である。
ゴードンの両足での跳躍に、もろいアパートの外付け廊下は抵抗することなくけたたましい音とともに崩れ去った。
あまりの強風に目を閉じる類。
ただ、ゴードンの背中で敏感になった体の感覚で分かった。
空を飛んでいる。
いや、跳んでいる。
ぱっとその大きな目を次に開けたとき、すべてのものは下にあった。
マンションも、人も、木々も、川も、鳥すらも。
「きれーーーーーーーーーーー」
遠くにある太陽が、こんなに美しく見えたのは始めただった。
類は両の足を子どもようにばたつかせて騒いだ。
「すっごーーい、たのしーーーー」
「怖くはないか?」
「ぜーーーんぜーーーん、さいこーーー!」
「そうかそうか、それではこのまま学校に行くぞ!」
ゴードンはいくつかのビルの屋上を足場に跳躍していく。
「これ夢、夢なのかな?」
「夢ではないぞ!、、、、あ、、、、、そう、、、、マジックだ!」
「プリンセスウェザー並みじゃん!」
「だれだそのプリンセスウェザーとやらは、、、もしや魔法使いか!俺以外にも転生したものが、、、、」
ゴードンはぶつぶつ言っているが、瞳をきらきらと輝かして景色を見ている類には届かない。
学校が近づき、徐々に余裕が出てきた類が、ふと気になっていたことを聞く。
空を跳躍する強風の中、ゴードンの耳もとに口を寄せて。
「ねねね、さっきママのこと綺麗って言ってたね」
類は気が緩んでいるのか、親のことをママと言った。
「うむ。綺麗な女性であった」
「それで類に似てた?」
「似ていたぞ」
「それなら、類もきれーってこと?」
ゴードンは背中の類に聞こえるように大きな声で言った。
「変なことを聞くのだな、類殿はずっと綺麗だぞ」
それは本心であった。
決戦に挑む兵士の顔も綺麗だ。
野に咲き誇る花も、野草も綺麗だ。
類殿は、それとは少し違って、何というか、不思議な綺麗さだ。
「ふふふ、ふふふ、ありがとぉーーー!」
そう言って類ははむっとゴードンの耳を噛んだ。
「な!な!何をするのだ類殿、俺は耳が唯一苦手なんだ!!」
「えーーーーじゃぁもっとするーーー」
はむはむはむ。
はむはむはむ。
「くくくぅ!くすぐったい!やめるのだ!もしや類殿はスパイとやらなのか!?」
身体をくねくねと捩るゴードン。
「スパイ?近藤君って映画とかドラマ好きそうだねーーー。今度恋愛ドラマ一緒に見ようよ、デートとか、どんなものか教えてあげるー」
「ほう、それはありがたいが、まずは耳を噛むのをやめてくれ」
他愛もない会話。
二人はその時気づいていなかった。
もつれ合いながら徐々に高度が落ちていることに、、、。
見る見る地が近くなっていく。
ゴードンのくすぐったがる笑い声がサイレンのように地に轟く。
「くくく、くくく、はははははっ!!ほんとにやめるのだ類どの!!はっはっは!」
何あれ、流れ星?
小学生と思しき少女がそう口にした声が届く前だった。
ばしゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
二人はもつれながら、学校近くの川に不時着した。
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