第15話 魔法人形師の花嫁

 ドールハウスは、シャーリーが居なくなったことで少しだけ静かになった。

 けれどそれは、シャーリーが在るべき場所で、大切な人達と日々を過ごせている証だ。

 シャーリーとミル夫人との間にあった溝も、今ではすっかりと埋まった様子。その証拠に、ミル夫人と共にドールハウスへ遊びに来てくれるようになった。

 ケイティの最近の楽しみはもっぱら、シャーリーの歌声を聴くことになっている。

 それからもうひとつ、ケイティにとって嬉しいことがある。それは、ケイティの作る衣装を魔法人形たちに着せたところ、それが客たちの間で話題になったことだ。

 それが直接、魔法人形たちへの扱いの改善に繋がるかはまだわからない。だが評判は上々で、魔法人形を着飾らせることが貴族たちの間で流行りはじめた。

 ケイティはドールハウスでの仕事に加え、昔から好きだったお針子の仕事を平行して行うようになった。それが、良い結果を生むことを祈って。




「おはよう」

 朝。いつものように掃除と朝食の準備をおえたケイティに、眠気眼のジョシュアが微笑みかけた。

 そんな彼の様子に、ケイティはくすりと笑みをこぼす。

「おはよう、ジョシュア。髪が寝癖でめちゃくちゃよ?こちらに来て」

 ジョシュアの手を引いて椅子へ誘導したケイティは、彼の髪を丁寧に櫛梳りはじめた。

 気持ち良さそうに目を瞑るジョシュアは無防備で、ケイティはすっかり慣れた手つきで彼の髪を結う。

 朝の何気ない場面は、出会った頃には想像もできなかったものだ。

 あの頃は、ケイティの中で不信感や困惑が大きかった。けれど共に時間を過ごすうち、彼への思いは変わっていった。

 ケイティの思いを尊重し、守ると言ってくれたジョシュア。ケイティはそんな彼だからこそ、支えたい、力になりたいと思ったのだ。

 それはきっと、彼も同じこと。

 普段の動じない彼も、真摯に向き合ってくれる誠実な彼も、気弱になって甘えてくれる彼も。今朝の寝ぼけた彼も。

 ケイティを受け入れてくれているからこそ見せてくれるのだと思うと、胸が温かくなって、嬉しさがこみ上げてくる。

「ねえ、ジョシュア。朝の挨拶を忘れているわ」

 髪が結い終わった頃には、幾分目を覚ました様子のジョシュア。声をかけると優しく笑い、ケイティを抱き寄せて膝にのせた。

 どきりと鳴る鼓動は甘く痺れていて、ケイティは自分の心に芽生えたジョシュアへの思いを強く自覚する。

「いつもはキスを嫌がるくせに。今朝はどうした?」

 蜂蜜色に見つめられ、ケイティはぎゅっと彼の服を握った。見つめ返せば、とろりとした優しい眼差しと視線が合う。

 ケイティはジョシュアの首に腕をまわすと、そのままゆっくりと、彼の唇に自身のそれを重ねた。

 はじめてケイティから贈るキス。はじめて感じる柔らかな感触。その全てが優しく、ケイティの胸を満たしてくれる。

 そっと顔を離すと、そこには驚きに満ちた顔が。けれどそれはすぐに、喜色へと変わっていく。

「ケイティ」

「ジョシュア。好きよ」

「……ああ、知っている」

「だからね、魔法人形たちと同じキスは、嫌なの。わたしは、あなただけのドールで、あなただけの花嫁よ。わたしの我儘、聞いてくれる?」

「我儘?馬鹿を言え。ケイティはずっと、俺だけの愛しいドールで、俺だけの愛しい花嫁だ。俺はずっと、お前の気持ちが追いつくのを待っていたんだ。ケイティ、愛してる」

 ジョシュアのはむようなキスに、ケイティは瞳を閉じた。

 恋は甘くて幸せで。けれどケイティの中にあるのは、それだけではない。

 これからもこのドールハウスで、彼と、魔法人形たちと生きていく。彼らを守り、支えていく。

 彼らがケイティにそうしてくれたように、ケイティもたま、彼らの心を包み、尊重するための優しさと努力を惜しまない。

 その覚悟が、胸の中で確固たるものとなった。

 ケイティは、はじめて自分が本当の意味で魔法人形師の花嫁になったのだと、そう強く感じた。

「今日からは、俺の妻だと、きちんと自覚するように」

「わかっているわ」

 冗談めかして言うジョシュアの瞳の奥に宿る光は、ケイティをどこまでも求めている。

 けれどそれが独りよがりの身勝手なものではないと知っているから、恐ろしくはなかった。心から思ってくれているという安心感に、頬がゆるんでいく。

 窓から差し込む朝の穏やかな光の中で、二人は微笑み合う。

 ケイティたちはここから恋をはじめ、ゆっくりと夫婦の形をつくっていく。

 魔法人形たちと、日々を紡いでいく。

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魔法人形師の花嫁 哀原深 @aihara_sin

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