第47話 邂逅

ガイレアス教が解体されてから二ヶ月。

世界は、未だに大きな問題を抱えている。


「よし......と。さて、行きますか」


上着を羽織り、正体がバレないようにローブを深々と被る。

レイピアは......今日は置いて行こう。

一日の始まりだ。

宿を出て、夜の冷たい空気を吸い込む。

深夜二時。私の一日は夜からが本番だ。

ガイレアス教が解体され、サナティオの広まりは収まるかに思えた。

確かにサナティオを市場で見る頻度は激減したけど、実際にはまだまだ裏で出回っていると聞く。

解決への糸口は、まだ見つかっていないままだ。


「人が少ない......やっぱこの時間が正解かな」


この町に来てから一週間。毎日サナティオを追っている。

噂によると、ここにサナティオを売っている商人がいるらしい。勿論、表で堂々と売ることは出来ないから、闇取り引きによる非合法のものになるけど。

サナティオは今では、本当にドラッグのような扱いとなっている。

一ヶ月前、全ての国へサナティオ禁止令を出し、使用を制限した。

しかし、やはり超回復の恩恵は大きく、危険を伴う事をする人々にとってサナティオの存在はとても重要なものだ。

今人々は、サナティオの副作用を危険視し、撲滅を目指す『サナティオ否定派』と、一部の冒険者を中心とした『サナティオ肯定派』の大きく分けて二つに意見が分かれている。

もちろん、私は否定派。

サナティオを使えば、どんな傷でも即時回復する。その代償に、極度の依存性によってサナティオを摂取し続けなければ肉体も精神も壊れてしまうという、終わらない地獄を味わう事になる。タチが悪いのは、他人にも迷惑をかけてしまうということだ。

しかしそれを分かっていても、危険なサナティオを使用する事を否定しない。

人々というのは、実に愚かなものだ。


「......」


キョロキョロしていると目立つ為、ゆっくりと周りを確認する。

人通りは少ないけど......一応警戒しておいた方がいい。

私の他にも、同じようにサナティオをずっと追っている『追放者バニッシャー』という人物もいるらしい。

フルプレートの黒い鎧に黒いマント。少し大きな片手剣一本で、夜の闇を駆け回る。

サナティオに対して執着心が強く、外でサナティオの話をすればどこからともなく現れるとまで言われている。

今、肯定派が最も恐れている人物らしい。


「確かここだったよね......」


夜の酒場。賑やかな商店街の、店と店の隙間を通り抜け、暗い路地裏を更に行くと今度はまた静かな場所へ出た。

闇市場。人は多いが、それぞれ他人を睨むように警戒している為、人口の割に静かだ。

私は、ある店に入った。


「......ピエトロだな」


こちらを睨みながら言うのは、筋肉の目立つ、髭の濃い大柄な男。

わざとだろう。見えやすい所に鉈を飾っている。


「ええそうよ」

「女?名前は男のものだが......」

「そういうニックネームなの。ほら、会員証」


手のひらサイズの薄い金属プレートを見せた。

闇市で買い物をするには、会員証と呼ばれる物が必要となる。

足がついていない事を証明する為のものだ。

これが無い者は買い物が出来ず、口止めと見せしめとして命を取られるらしい。

まぁ、このルールは闇市場全てという訳でもなく、あくまでここら辺一帯の話だけど。


「例の物は?」

「まぁそう焦るな。中に入れ」


男は店の裏へ入って行った。

私もついて行く。

店の中は狭く、六畳ほどの小屋というレベルだった。

そんな中に、あと二人男が居た。

どれも屈強そうで、ガタイがいい。

私を見張るように、目だけでこちらを見て来る。

私が部屋の奥まで入ると、男二人は唯一の扉の前へ立ち塞がった。


「金は?」

「ここにある」


大量の金貨の入った袋を取りだした。

大量と言っても、金額の話だ。

サナティオは、今や高額の品物になっている。


「ねぇ、何でそんなにサナティオを持っているの?決まった仕入先でもあるとか」

「......」

「ここでしか買わないんだから、それぐらい教えてよ」

「黙れ」

「......ちぇ」


そう簡単にはいかないか。

だけど何度も挑戦すれば、いずれ心を開いてくれるはず。

もしダメでも、この手に入れたサナティオを餌に、釣れた人から別のルートを聞き出せばいい事だ。


「......ふん。金は確かに受け取った。これが例の物だ」

「どうも」


中身の見えない鉄の箱に、三切れだけ入っているサナティオ。もちろん種は取り除かれている。


「分かってると思うが、ここでサナティオを受け取った事は誰にも───────


ガシャア!!

という音と同時に、突然小屋の天井が壊れた。

上から何か重たいものが落ちて来たみたいだ。


「何だ!?」


黒い鎧に黒いマント。

恐ろしい威圧感を放つその人型は、初めて見たけどすぐに分かった。


「『追放者バニッシャー』......!?」


バニッシャーが私達四人を見渡すと、左の腰に下げている剣を抜いた。それと同時に、扉近くにいた男が剣を抜いてバニッシャーに襲いかかる。

しかし、バニッシャーは剣を剣で打ち返すとそのまま胸を斬った。たまらず倒れる男。

すかさずもう一人の男が立ち向かうが、蹴り飛ばされてしまう。

フルプレートなのに動きが俊敏だ。


「てめぇ!」


鉈を持って来た男が、バニッシャーに襲いかかった。

振り下ろした鉈を左腕で受け止め、右手に持っている剣で肩を突き刺した。

まさか殺す気だろうか。

蹴り飛ばした二人目も、ついでのように腹へ剣を突き刺す。

三人の男達が動かなくなるのを確認すると、今度は全く動かなかった私を見た。


「あっ」


目が合ったと同時に、バニッシャーはこちらへ近付いて来ていた。

剣を刺す構えをしている。完全に私も殺るつもりだ。

シールドは間に合わない。

避けることも出来ない。


「......仕方ないか」


全身に魔力を巡らせる。

すると、バニッシャーの動きが止まったかのように遅くなる。

世界が、まるでスローモーションのよう。

対して私は、このゆっくりな世界の中で通常の速さで動く事が出来る。

むしろ普段よりも体は軽く、力も強い。

私はバニッシャーの剣を弾き飛ばす。勢いが強過ぎたのか、剣は刃の部分から折れてしまった。

そして、背後に回って羽交い締めにする。

これぐらいの時間なら、まだ余裕はある......。

魔法を解除した。


「私はあなたの敵じゃない!同じようにサナティオを追っている者よ」


返事は無い。

全身が鎧だから、聞こえているのかどうかも怪しい。


「ん......?」


フワッとした浮遊感が襲う。

気付けば私の足は浮いていて、バニッシャーに持ち上げられているようだった。

いや、持ち上げられている訳じゃない。

バニッシャーごと浮いているんだ。


「なっ......!」


バニッシャーが落ちて来た際に壊した天井が、元に戻っている。

少しづつだけど、辺りに落ちている瓦礫が浮いて、天井へくっついていた。

そして私達も速度を上げ、天井へと勢いよく向かう。


「くっ!」


もう一度魔法を使う。

遅くなる時間。世界がスローになる。

空中でバニッシャーを蹴り飛ばし、私は先に地面へ着地した。

魔法を解除する。


「おぉ......」


バニッシャーは壁まで飛んで行き、叩きつけられる。あのままだったら、私が天井に叩きつけられている所だった。

だがバニッシャーはまるでノーダメージのよう。当たり前のようにスッと立ち上がる。


「ねぇ、話を聞いて。私はこの人達の仲間じゃないの。詳しくは話せないけど......」


話終わる前に、バニッシャーは走り出した。


「あ、ちょ、ちょっと!」


扉の方へ向かう。

このまま逃がしては行けないような気がして、私も追いかけようとした。けど、背後から音がして咄嗟に振り向いた。

バニッシャーの折れた剣先が飛んで来ていた。


「うおっ」


何とか回避するも、バニッシャーの持っていた剣の持ち手へ剣先がくっつき、その隙に外へ逃げられてしまった。

急いで私も外へ出たけど......もうバニッシャーは遠くに見える。魔法を使えば追いつけなくも無い。でも......


「かはっ」


やっぱり、まただ。

最近、高速移動の魔法を使う度にこうなってしまう。

酸欠みたいに息が上がって呼吸がしにくく、頭がふらついて立ちくらみのよう。心拍数も異常なほど高くなる。そして疲労感。

前まではこんなこと無かったのに......これのせいで、あまり長い時間は高速で動けなくなってしまった。

まぁ、長い時間というのは私目線の話で、周りからすれば一秒程度の事だったりするけど。


「ふぅ......まぁ、またそのうち会うでしょ」


サナティオを探している限り、また会う機会はあるだろう。

それよりも、今は倒れている人達が優先だ。

見ている感じだと、致命傷は避けているようだった。でも怪我している事には間違いない。

密売人でも、死なせる訳には......。


「......あれ」


死体に違和感がある。こんなに綺麗だったっけ?近くで確認してみる。


「嘘......」


死体には、傷一つ無かった。

正確には死体ではなく、気絶しているだけだった。

しかし確かに、バニッシャーによって剣で斬られたり刺されたりしていたはず。

しかし体にも服にも、何一つ外相が見当たらなかった。


「バニッシャー......か」


サナティオが現れる所にバニッシャーが現れる。

闇に染まる人々をこの世から追放する者。

その正体が、分かった気がした。

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