第24話 失ったもの

「何だって......?」

「エルフ族が絶滅しました」


は......?

今、絶滅したって言ったのか?

エルフ族が?

エルフって言えば、あのエルフだよな。

耳が尖っていて、長寿で、美男美女が多いあの種族。

そのエルフ族が......絶滅?


「いや、いやいやいや。エルフ族の村があっただろ。エルフ族は皆そこに集まって─────」

「存じております。ですので、そのシルトゥスが無くなったのです。確認出来たエルフ族はシルトゥスに居た方々が最後でした。だから絶滅なのです」

「......詳しく聞かせてください」


ラッジさんは暗い表情をしている。

だが、こっちはもっと暗い。

誰もが呆気にとられた顔をして、信じられない現状を未だ飲み込めないでいた。


「我々がコプティラ王国へ着いたのは、つい昨日の事です」


昨日......俺達が出発したのは、三日前くらいだったか?

眠れる時に眠るというような生活を続けていると、日にちの感覚が分からなくなる。

という事はラッジさんは、昨日コプティラに着いてすぐにここへ来たのか。

俺達に、報告する為に。


「我々が到着してすぐ違和感を感じました。いつもは静かな森から、煙が上がっていたのです。それなのに、町の人々は疑問にも思っていない様子で......本来、シルトゥスには行く予定が無かったのですが流石に放置してはおけないと、数人の兵を連れて調査しに行きました」

「......」

「シルトゥスの詳しい場所は把握していなかったのですが、煙を追って行くと自然と辿り着きました。詳しく調べるまでも無く、それは......襲われた後でした」

「襲われたって......もしかしたら事故で火事になったとか......」

「あれは、明らかに人為的なものです。エルフ族は誰一人として生きている者はおらず、剣や矢が刺さっていたり焼かれていたり......女、子供も関係ありませんでした」

「そんな......」

「嘘......だろ」


ラッジさんは、俺の方へ向いてバッグから何やら紙を取り出した。


「これを」


その紙を渡して来る。

白い封筒......だったのだろう。封筒には茶色く濁った染みがいくつか着いており、指で掴んだ跡がしっかり残っている。

血だ。時間が経って、茶色く変色したのだ。


「中身を見ても?」

「あなた宛です」


封筒を裏返して見ると、確かに俺の名前が書かれていた。

この世界の文字で『アクル様』と。

恐る恐る中身を取り出して見ると、一枚の紙が入っていた。

手紙だ。


「これは......!」


『サナティオに近い植物候補』というタイトルが書かれており、箇条書きでサナティオの特徴がメモされている。

まるでメモ用紙をそのまま手紙にしたかのようだ。

重要なのは、候補が五つほど上がっている事。

見たことも聞いたことも無いような植物が、ずらりと並んでいる。

こんな手紙を俺宛に書いてくれるなんて、一人しか心当たりが無い。


「一人のエルフ族が、大事そうに持っていたものです」

「フラディアさんだ!良かった......まだ生き─────

「その方は、既に亡くなっておられました」


..................は?


「身体中に剣が刺さっていようとも、その手紙をとても大切に抱いていました。我々には、それを届ける事しか出来なかった......」


そんな......嘘だと言ってくれ。

フラディアさんと約束したんだ。

俺が全て解決するって。そしたら、全部話すって。

先に居なくなるなんて聞いていない。


「全員って......本当に全員なの?」


早瀬さんは、目を大きく見開いて質問した。

信じられない......という思いが伝わってくる。それは、ここにいる全員が同じ思いだ。

俺だってまだ信じられない。


「シェレミナ......!」

「おい!」


バヒュッと、一瞬だけ風が巻き起こった。

早瀬さんが高速移動をしようとしたのだ。

しかし、如月によってそれは止められた。予め早瀬さんの行動を予測していなければ、出来ないことだ。


「離して!行かなくちゃ行けないの!」

「今更行ってどうする!?もう全滅してるのは分かっているんだぞ!」

「分からないじゃない!自分の目で確かめないと......信じられない!」


無理やり行こうとする早瀬さんを、如月は全力で食い止めている。

高津も加わり、魔法を使おうとする早瀬さんを何とか止められている。


「もう戻ることは出来ないんだ!俺達は、先へ進まなくてはならない!それが、彼らに対してのせめてもの救いだ」

「う......うぅ......」

「前を向け!進み続けるんだ!彼らの意志を受け継いで!!」


早瀬さんは、泣き出してしまった。

子供のように。

自分の力ではどうする事も出来ないという事実。もう一生会うことが出来ない友達に、何もしてやれなかったという無力さから来るものだろう。

俺も、泣き出したい気持ちでいっぱいだ。

だって信じられるか?

ファンタジーでは必ずと言っていいほど登場するあのエルフが、絶滅したんだぞ。

しかも、俺達が村から出てすぐにだ。


「ガイレアス教じゃないのか?」

「ガイレアス教は森を焼かない。植物を魔物にすることはあっても、焼くという直接的に殺すような行為は絶対にしない」


それもそうか。

植物を崇拝しているのに、森と共存しているエルフ族を焼いて殺すなんてありえない話だ。


「なら、一体誰が......」


エルフ族は、過去の影響で様々な種族から恨みを買っていた。

それが、殺される程のものだとは思っていなかったが......それも皆殺しだ。


「最後に会ったのは二人だ。何か違和感は無かったのか?」

「そうだな......特に違和感は──────」


ふと、思い出した。

違和感。それなら、一度だけ感じた場面があった。

あれは、エルフ族の皆と一緒に狩りをした時だ。ミディアムテリトリーに入って来た上級の動物。


「ウルザバン......」

「はっ!そうか!確かにあれはおかしかった」


テリトリーが違う動物や魔物が紛れ込む事は、そう珍しい話では無い。

だが、今回は二体。都合悪く、エルフ族の狩りの時間と場所に現れた。

そして......


「身体中についていた傷。あれにも違和感を感じた。サイズや位置に不自然なものがあった」

「不自然?」

「もしかしたら人が付けたものなんじゃないかと」


そうだ。

あれは確かに不自然だった。

俺達と闘う前から付いていたものだろうし、それにしても新しい傷だった。

剣による傷だ。

そして、そこから考えられる最悪の予想は......


「誘導......」

「どういう事だ?」

「武器を使って、ウルザバンを追い込んだんだよ。エルフ族の居場所に」


考え過ぎか......俺達と戦闘になる前に、既に人が闘っていたのかもしれない。必死に抵抗して、追い返せた結果俺達の方へ来たということも考えられる。寧ろその方が自然だ。

だがこのタイミングといい、俺達が居なくなってすぐに村が襲われたのもそうだ。


「まさか......そんな事が」

「有り得なくは無い......か。実際、シルトゥスのすぐ近くにあったコプティラ王国では、エルフ族を嫌う話が多い。可能性としてはゼロでは無い」


そう、エルフ族は嫌われていたのだ。

だが今更になって村を襲うなんて......得が無いのは勿論の事、そこまで怒りを買っていたようにも見えない。何かきっかけがあったのだろうか。


「......そうかサナティオか」


もし本当に人間が犯人だとするなら、筋が通ってしまう。

残念だが、全てに納得がいくような事実がある。


「シルトゥスで聞いた話では、どうやら俺達以外にもサナティオの事を聞きに来た人が居るらしい。嫌っているにも関わらず、サナティオの事をエルフ族に尋ねるという事は、エルフ族ならサナティオの事を知っていると思っているのだろう」

「そりゃあ、俺達だってそう思ってエルフ族に会いに行ったんだろ?植物の事なら何でも知ってると思っているさ」

「だからだ。サナティオの件も、エルフ族がやった事だと思ったんじゃないのか?それか、サナティオの事を知っていて解決しようとしない傍観者とでも思っていたのかもしれない」

「でもそれは......可能性の話だろ?」


そうだ。

あくまで可能性の話に過ぎない。

極端な話、それっぽい事を考えて適当に言っているだけだ。


「......そうだな。こんな事考えてたって仕方ないな。今やる事じゃない」


今、犯人を探した所で無意味だ。

どうせ捕まえに行く事も出来なければ、それでサナティオの件が解決するわけでもないし。

悔しい......とても悔しいが、優先順位がある。


「どうするの......まさか犯人を捕まえない訳じゃないよね!?」


早瀬さんは、怒りと悲しみでどうかなってしまいそうな勢いだ。

分かっている。早瀬さんには敵わないかもしれないが、俺だって同じ気持ちだ。

だが俺達は勇者パーティー。

俺達は、俺達にしか出来ないことをやるんだ。


「当たり前だ、絶対に許さない。だが......俺達には先にやる事があるだろう」

「美月......悔しいのは皆一緒だ。悔しいし、とても悲しい。俺だって今すぐにでも向かいたいさ。でも、エルフ族の人達はそんな事をして欲しいと思っているだろうか」

「......」

「耐えてくれとは言わない。その怒りと悲しみを、俺に向けてぶつけてもらっても構わない。けど、進む方向は前だ。後ろでは無く、前に向かって走り続けるんだ」


流石は如月だ。言葉の重みが違う。

少し前まで落ち込んでいたとは思えないくらい、自分を取り戻せたようだ。

友達を失って悲しむなとは言えない。けれど、悲しんでいた所でシェレミナさんが戻って来る訳でも無い。

早瀬さんは、涙を拭うと前を向き直った。

鼻を啜りながらも、強い意志を持った表情をする。


「なんだ......皆、泣いてんじゃん」


顔を上げた早瀬さんがそう言った。

早瀬さんの言葉通り、俺達は全員目に涙を浮かべていた。

あの高津でさえも、泣いてこそいなかったが真っ赤な目をしていた。


「そりゃあ、お世話になったからな」


気持ちは同じだ。

悲しいに決まっている。

だからこそ、皆で乗り越えるんだ。



──────────



争いというものは、どの世界に行っても変わらなく存在する。

例え美男美女だろうと、関係なく絶滅する。

それがこの世界の恐ろしい所だった。


「おはよう皆。もう準備はオーケーかい?」


エルフ族が絶滅したと知らされた翌日。

俺達は、直った船で出航の準備をしていた。

俺も手伝い、最速で作業を終わらせてもらった。ずっとお世話になっていたドレント大陸とも、一旦お別れだ。


「あぁ、大丈夫だ」


昨日のあの後、俺達は船の唯一の生還者に会いに行った。

名前はアーショル。

意識も戻ったようで、船で何があったのかを詳細に話してくれた。

俺達がオーラッサへ着く少し前、真っ白な服に身を包んだ団体と多くの木箱を乗せた船が出航した。

そして、船がアスティラ大陸へ着いた途端に木箱の植物型魔物が暴れだしたらしい。

どさくさに紛れて船から降りていたガイレアス教を横目に、アーショルさんは狭い船の中で逃げ回る事しか出来なかったと言う。

護衛の兵も魔物には勝てず、しかし何とか船を動かしてオーラッサへ戻ろうとする勇敢な者がいたらしい。

お陰で、無事にとは行かなかったが船は半分ぐらいの所まで来ていた。

俺達が見つけることが出来た。

『俺だけが生き残ったのですね......ありがとうございます勇者パーティー様。この仇は必ず......』

アーショルさんは、目に涙を浮かべながらそう言っていた。

船を動かしてくれた人は、とっくに死んでしまっていたのだが、俺はその人を勇者だと思った。

強い奴が勇者という訳じゃない。

勇気ある行動をする奴を勇者というのだ。

「分かりました。絶対に、ガイレアス教に報いを受けさせます」

俺も、強く答えた。

それがこの事件の全てだ。


「アーショルさんの為にも、この世界の為にも、ガイレアス教は絶対に止めなければならない。サナティオが何とかなったとしても、また植物を利用して大事件を起こされちゃたまらないからな」


俺達は船の中で集まっていた。

やる気は十分。

様々な思いや願いを背負い、俺達はここにいる。


「そう。だからこそ、確実にガイレアス教を叩く作戦にしたんだ」


如月が考えた作戦はこうだ。

まず、俺達はこれから向こう側のアスティラ大陸へ向かう。が、正面の港からは大きく外れて北部の『デウテレス』という町に上陸する。

アスティラは地図を見るに、縦長だ。逆コの字のようになっており、その中間くらいにも船着場があるらしい。

結構海路を長く進むことになるが、正面から向かってもまたどうせガイレアス教に逃げられると分かっている。

捕まえたいのなら、先回りして挟み撃ちだ。


「追いかけっこはもう終わり。ここで確実にガイレアス教を叩く」


オーラッサに居た人達も、俺達に船を譲ってくれた。何とも心優しい人達だろう。

まぁ、そんな危ない連中が上陸した港には近付きたくないだろうし、他の船も制作中だ。それに、一度世界を救ってれた勇者パーティーを信じてくれる人が大勢いる。

とてもありがたい事だ。


「それじゃあ、出発だ」


多くの人々に見送られながら、船は出港した。

俺達以外に乗組員は三人。船の操縦など、諸々を任せている。

デウテレスまでは最短でも、まる二日程かかるらしい。相当な長旅になる。

とは言えずっと船での生活という訳でもなく、道中で島があるらしく、一旦船から降りることは出来そうだ。

まぁ、仲良くやって行きたいな。


「......」


未だに元気が無い早瀬さん。

いや、元気が無いのは皆そうだが、特に早瀬さんは人一倍落ち込んでいる。

目元も真っ赤に腫れており、昨夜はずっと泣いていた事が目に見えて分かる。

そりゃあ昨日今日で割り切れるような事じゃないだろう。

未だに信じられない事だ。

それでも俺は、好きな人には笑顔でいて欲しい。


「早瀬さん」


船を直す際に、甲板の一部を切り抜いてちょっとした足湯のようにプールを作った。ずっと日が当たっては暑いだろうという事で、水浴びでも出来るようにしたのだ。

その縁に座り、プールで泳いでいる魚を見つめていた早瀬さんの隣に、俺は座った。


「明来君......」

「その、なんて言ったらいいか......大丈夫か......?」


何も考えずに座った為、言葉が出なかった。

何を言っても早瀬さんを傷付けてしまいそうで怖かった。

大丈夫な訳が無い。そう返ってくると思いながらも、それぐらいしか掛けられる言葉が見つからなかった。


「うん、私は大丈夫だから。心配してくれてありがとね」


悲しい笑顔だった。

今まで見たどんな表情よりも暗く、どうしようも無いほど落ち込んでいる。

これまで、どんな事があっても乗越えて来た。それは早瀬さんが元気づけてくれたからだ。

だが今は、俺が早瀬さんを元気づける番だ。


「......」


早瀬さんのプールに浸かっている素足に、不意にタコをくっ付けた。

そこら辺に張り付いていたタコ。

おそらく、オーラッサからプールに水を入れた際に一緒に入って来た奴だろう。


「え、ちょっと明来君......?」


早瀬さんの足に張り付くタコ。

ゆっくりと這いずり回る。


「ちょ、くふっ、ふひひ」


タコを取ろうとする早瀬さんの脚を掴んで引っ張り、少し上へ上げた。

すると早瀬さんの手は届かず、俺の目の前にある足の上でタコが優雅に踊る。


「あはははははっ!!明来君やめて!!くすぐったいって!」


早瀬さんは足が弱いと知っている。

そして俺の思惑通り、早瀬さんはくすぐったそうに悶えた。


「もう無理!!一旦ストップ!!きゃはははは!」


さっきまでの暗い顔が嘘のように、とても元気な笑い声と笑顔を見せてくれる。

強制的に笑わせているだけだが、こうでもしないと早瀬さんは嘘の笑いしかしてくれないのだ。


「何やってんだ......アクル」

「はっ......!?」


少し離れた所から、獣人がこちらを見ていた。

目を細め、まるで汚物でも見るかのような冷たい視線を俺に送っている。


「ミ、ミッシェル......これはその......」

「ヘンタイ」


そう言い残し、ミッシェルはこの場を去った。

俺は自分のやっている事を見つめ直す。

それは足に張り付いたタコに悶える少女見て、楽しそうしている変態そのものの姿だった。

それに気付くと、一気に恥ずかしくなった。

俺は何をやっているんだ。

死にたい。


「ご、ごめん!こんな事......ただ早瀬さんに笑顔になって欲しいと思って......」


タコを引き剥がし、息を整えた早瀬さんは俺に対して再び笑顔を見せてくれた。


「ううん、ありがと明来君。なんか大笑いしたら、元気になっちゃった。いつまでも暗い顔してちゃ駄目だよね......」


今度は嘘ではなく、いつも通りの早瀬さんの笑顔だった。

そうだ俺は、その顔が見たかったのだ。

白い歯を見せ、悪戯っぽく笑ったその笑顔が好きだ。


「元気になってくれたのなら......良かった」

「ふふ、何それ。でも確かにミッシェルちゃんの言う通り、ちょっと変態っぽかったな」

「えぇ!?そ、それは......ごめん」

「あはは!冗談冗談。本当にありがとね」


こちらこそ、何度助けてもらったか分からない。

早瀬さんには、戦闘でも精神的でもずっと助けてもらっている。

こんな風にしか俺は出来ないが、少しでも役に立てたのなら嬉しい限りだ。

早瀬さんの為になら、俺はどんなことだって出来る気がした。


「こちらこそ、ありがとう」


お礼を言い合った俺達は、ちょっと恥ずかしくなって暫く静かになった。

少しの沈黙の後、早瀬さんが先に動いた。


「ねぇ明来君」

「なに?」

「明来君は、勇者パーティーに入れてどう思ってる?やっぱり、嬉しかった?」


勇者パーティーか。

この世界に来て、最初にパーティーへ入れた時は嬉しかった。けど、そこから俺と他のメンバーとの実力の差が段々と浮き彫りになっていって、結局パーティーからは追放される事になった。


「もう一度入る事が出来たのは、嬉しかった......かな」


こうして早瀬さんの横に居ることが出来る。

それは、この勇者パーティーに入っていなければ居られない場所だ。

それだけでも嬉しいと思える。


「そっか、なら良かった。私も、明来君がパーティーに入ってくれて嬉しかったよ」

「え?そ、そう......?」


そう言ってくれると、めちゃくちゃ嬉しい。


「うん。とても助かってるよ。皆も、最初はちょっと納得してない人も居たけど......今じゃすっかり打ち解けられたね」

「まぁね。ずっと嫌われたままだったらどうしようかと思ってたよ」


まだ嫌われている人も居るが、話くらいは聞いてくれるようになった。

好感度が一番下から始まった割には、結構仲良くなれた方だ。

高津なんかは、まるでずっと前から友達だったかのようだ。

話してみると案外良い奴だったりするんだな。


「ミッシェルちゃんとはどう?上手くやれてる?」

「え?上手くやれてるって?」


仲悪くは見えないと思うが......なんか引っかかる言い方だな。

俺はずっとミッシェルとは仲良いつもりだが、周りにはそうは見えなかったのだろうか。

上手くやるって何をだ?


「あれ?付き合ってるんじゃないの?」

「......え?」


そういう事か。

確かに、最初からずっと一緒にいるもんな。

早瀬さんは知らないだろうが、家にも何度も遊びに来てるし。というか、うちにいる時間の方が長いくらいだ。

それを俺はただの仲良しだと思っていたが......周りから見ると付き合っているように見えるのか。


「そ、そんな訳ないだろ!俺は全然ミッシェルとは何も無い。ただ仲が良いってだけだ」

「え、そうなの?なぁんだ。じゃあ付き合ったりとかはしないの?」

「そうだな......」


なんと言うか、獣人相手だとそういう感覚にならないな。

別に獣人が嫌いとか、差別的な意味では無いが。ペットに近い感じというか......いやそれも違うか。

ミッシェルは『彼女』と言うより、『相棒』って感じだ。男勝りな所が、そう思わせるのかもな。


「他に好きな人が居るとか?」


ビクッと体が反応してしまった。

凝り固まる顔を見て、早瀬さんはニヤニヤし始める。

しまった......油断していた。別に隠そうと思っていた訳じゃないが、本人には何故か知られたく無いんだよな。

まだ心の準備が出来ていないからかもしれない。

絶対に誰なのか聞いてくるだろうが、答えない。


「おー?当たりだなぁ?」

「言わないぞ」

「まだ何も聞いてないじゃぁん」


悪戯な笑顔の早瀬さん。

恋愛の話となると、やけに嬉しそうにする所が女子らしい。


「誰なの?」

「言わない」

「えー、じゃあ同じクラスだった?」

「だから言わないって。もう何聞かれても言わないー」


俺は黙秘を貫いた。

ここで素直に答えていては、いつか辿り着いてしまうかもしれない。


「早瀬さんこそ、好きな人は居るの?」

「んー............内緒」


随分長い溜めを作り、答えは内緒か。

好きな人が居るかどうかすらも教えてくれないと来た。


「そりゃないぜ。俺だって居るかどうかまでは答えたんだからよ」

「ふふん。答えたんじゃなくて、私が辿り着いたんだよ」


え?

どういう事だ?

早瀬さんは得意げに言ったが、一瞬では理解出来なかった。


「なぁ、居るのか?居ないのか?」

「内緒っ!」


早瀬さんは勢いよく立ち上がって、ぴょんぴょんと跳ね回った。

まるで、教えて欲しければ捕まえてみろと言うように。俺をからかうように走り回る。

俺は早瀬さんが好きだ。

それは、まだ高校へ通えていた時からずっと変わらない。

きっかけという程のものは、多分無かった。

ただ、気付けばいつの間にか早瀬さんに惹かれていて、その魅力に吸い込まれていた。

美人で、可愛くて、優しくて、明るくて、げんきな人。

いつでも誰でもどんな事でも元気づけてしまい、しっかり者の頼りになる人。

面倒見もよくて、誰でも気軽に接することが出来て、一緒にいて楽しい人。

そんな高嶺の花には、俺じゃ遠く及ばない。

それでも、少しでも俺にチャンスがあるのなら。

ちょっとぐらい希望を持っていたって、バチは当たらないだろう。

それでも、今はこの気持ちを胸にしまっておこう。

こんな事でパーティーの輪を乱したくは無い。

今の関係性も悪くは無い。

そう思った。

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