第21話 オーラッサ公国
ここに来るまでに、如月達にも全てを話した。
シルトゥスでの出来事や、パーンヴィヴリオについてもだ。
それと、隠していた盗賊達も荷車から解放してやった。
やけに大人しいと思ったら、ずっと気絶していたらしい。正直これには如月も驚いていたが、殺している訳では無かったのでギリギリ許してくれた。
盗賊の知っている事は全て吐かせただろうし、もう必要ない。ここら辺で降ろして行くか。
まぁ、恐らくパーンヴィヴリオに行くというのが今の最善の目標になるだろう。
「パーンヴィヴリオなら知っているよ。行ったことは無いけれど」
「なに?」
何だ、知っていたのか。
ならなぜ今まで行こうとしなかったんだ。
何でも分かるという大図書館。
伝説の魔導師だったか?が、作ったと言われている場所だぞ。
ファンタジーって感じがして魅力的じゃないか。
「もう今では噂で程度の存在でしか無いらしいからね。この世界の人々も、本当に存在するのかどうか怪しいと言っていたよ」
「やっぱりそうなのか」
怪しいという意見は正直同じだった。
まぁでも、今はそんな伝説にも縋るしかない。それほどまでにサナティオの情報が無いのだ。
「そうか、あのフラディアさんが......なら、もしかしたら本当に存在するかもしれないな。この地図の場所も気になるし、少し考えておくよ」
「そうだな。それが良い」
俺にはよく分からないので、取り敢えず如月に任せておく事にした。
まずはオーラッサだ。
ここから海に出なければ、話は始まらない。
──────────
オーラッサ公国。
海に面した国という事で、海の幸が豊富で水の国とも呼ばれているらしい。
船着場があり、ここからアスティラ大陸へ渡る事が出来る。
着いてからまず、ギルドへ盗賊を渡した。ここでアイツらともお別れだ。よくも、ずっと勘違いさせていてくれたな。
結果として、奴らが犯人ではなかった。
確かにサナティオを広めてはいたが、世界中にバラまいている犯人では無い。
俺達が追っているのは、ガイレアス教だったのだ。しかし、そこそこ名の知れた盗賊らしく、中々捕まらなかっただけあって報酬もそれなりのものだった。報酬目当てだった訳では無いが、頂けるものは頂いておく。もちろん、その報酬は如月によってどこかへ寄付されるがな。別に反対はしていない。ミッシェルも同意していた。
だが少しくらいは貰っても......駄目だろうか。
「おぉ......ここがオーラッサ公国かぁ」
「あれ?早瀬さんも初めて?」
「うん。というか、正志以外全員初めてじゃないかな?ミッシェルちゃんは分からないけど」
「初めてだぜ」
なんと。
それは知らなかった。
通りで皆、感動したような目で眺めて口をポカンと開けている訳だ。
もちろん俺も初めてである。
どんな国なのかはざっくりとしてか聞いていないから、見てからのお楽しみだ。インターネットが無い時代は、それはそれでありかもしれないな。だって、調べて画像を見るということも出来ないのだから、自分の目で見るしかない。その時の感動は、何ものにも変えることは出来ないだろう。
「ここが......オーラッサ公国」
まず目に飛び込んで来たのは、青。そして、汚れを知らぬような純白の建物だった。
青い大空だけでなく、地面までもが青色だ。
「凄い......確かにこれは、水の国と呼ばれていても納得がいくな」
何故なら、国そのものに水があるからだ。
地面が大理石のようなもので出来ているようで、床に水が溜まっている。つまり、浅瀬の上に国を作ったかのように町中の地面が水になっているのだ。
「俺も初めて来た時には驚いたものだよ。皆も自分の目で見て欲しかったから、この事は内緒にしていたんだ。悪かったね」
歩く度にチャポチャポと言う地面は初めてだ。
しかし美しい水だ。透明で透き通っており、よく見ると魚も泳いでいる。
そして建物は、眩しい程に白く輝いていて、まるで───
「ギリシャのサントリーニ島みたいだね」
「あ、そうそうそれ」
とても美しい町だ。
シルトゥスも良い所だったけど、ここは別の方向性で良い所だ。
やはり異世界は、俺が元居た世界よりも綺麗な場所が多い。
こんな美しい場所にあんな小汚い盗賊を預けたのは、些か申し訳ない気持ちになる。
だが近いギルドがここにしかないので、仕方がない。
「よくこんなに綺麗な水を保っていられるよな。魚も居るし。人は外から来るんだし、靴とか汚れてるだろ」
「あぁ、それこそ魚がいるからだよ。ここの水で暮らす生物達は、どうやら外から来た汚れを食べているみたいなんだ。汚れと言っても、土とかになるだろうけどね」
「へぇ......」
土を食べる魚って......どんな魚なんだろうか。まぁそこら辺を泳いでいる訳だが、見た目は変わらないな。
蟹や蛸のような奴らもいるみたいだが、どうやらここにいる生物は全部外から来た物を食べる特性を持つらしい。
それでこんな綺麗な水が保たれている訳か。
「それにこの国には人族だけでなく他の種族も結構居るみたいなんだ」
言われてみると確かに......獣人族にドワーフ、ハーピーまで居る。ハーピーは確か、獣人族の一人で鳥タイプって言うんだったかな。
半分鳥で半分人。正確に言えば、手足は鳥で頭と体が人だ。
他の獣人は総称で呼ぶのに対し、数が少ない為ハーピーだけはハーピーと呼ぶ。初めて見たな......自分の翼で大陸を渡れる程長距離を飛べると聞いているが、船にも乗ったりするのだろうか。
「うひょぉ、気持ちぃ」
「何してるの?早瀬さん」
早瀬さんが、いきなり靴を脱ぎ出して靴下脱いで裸足になった。かと思えば、靴を両手に持ってそのまま裸足で歩き始めたのだ。
何事かと思ったが、ただ裸足になっただけだった。
「お魚さんが綺麗にしてくれてるのなら、別に裸足でも構わないよね。他の種族の人達だってそうしてるし、私達だけ靴を履いてるってのは何か土足で上がってる感じで嫌だなぁって」
「はぁ......」
「それに気持ちぃよ。もう暑くなって来たしね。こうやって思い切っちゃうのも、ありかなーなんて」
早瀬さんらしいな。
宿へ向かう間早瀬さんはずっと裸足でいた。
しかし、何か違和感を感じる思ったが、俺達は隠れずに堂々とこの国へ入ってしまっている事に気付いた。
「そういえば、こんな堂々としてて良いのか?めっちゃ見られてるが......」
実際、冒険者パーティーからはキラキラとした眼差しを向けられ、他種族からは疑いのような視線を送られている。
勇者パーティーという事は今まで隠しながら町へ入っていたが、今度は堂々としている。
最初に入ったのは如月だ。まさか、忘れていたのか?
「あぁ、もう既に俺が先に入っちゃってるしな。今更だよ」
「あ、そうか」
そう言えば、毒を治せる人を探す為にここへ来ていたんだったな。
その際に勇者だということを内緒にしたままでは人を集められないだろうし、バレていて当然か。
「その前にも一人で来たって言ってなかったか?お前以外全員初めて来たって......」
「そうだね。前の旅でも同じように海を渡ろうとしたんだけど、港が魔物のせいで使えなくなってたんだ。急ぐために俺以外は別の所で船に乗って次の国へ行ってもらった」
「で、コイツは相変わらず『ほっとけない!』とか言って一人でここに来ちまったって事だな」
横入りして来た高津が呆れたように言う。
どうやらまた、如月の助け癖が出たらしい。
それで一人だけここに来た事があるのか。
「まぁお陰で今はこんな綺麗な国になってるけどよォ......あの時は一人で行くってのが許せなかったな。俺達を何だと思ってんのかって、よく怒ったもんだよ」
「いやぁ、本当にすまなかった。皆を信じていたつもりだったんだけど、俺の行動はどうも裏目に出てしまうな」
「もう終わった事だ。でも、お陰でここの人達は救われて、こんなに綺麗な国になったのも事実だ。これからも気にしながら前へ進もうぜ」
気にさせるのか。
高津は、置いて行かれたことを相当気にしているらしい。
如月に何かとライバル視しているというか、あまり信用し切っていないような節がある。
そのお陰もあって、この勇者パーティーがあるのも事実だがな。
決まった一人の意見で全てを判断してしまっては、それこそ独裁だ。反対意見があってこそのパーティーと言える。
「しっかし腹減ったな。飯にしようぜ」
「そうだね。海辺だし、久しぶりに魚でも食べようか」
魚は、一足先に前にシルトゥスで頂いてしまったが、ここはもっと豊富な海産物が食べられそうだし期待出来る。
もしかしたら、寿司なんて物もあるかもな。
「あそこにしよう」
如月が美味そうな店を見つけた。
この世界に来てからずっと思っている事だが、店が何の店なのかイマイチ分かりにくい。
おそらく飲食店であることは何となく分かるのだが、何が食べられるのかも分からない。
食品サンプルが店前に並んでいたのが恋しい。
「来た事あるのか?」
「ううん。店とかは、一つも行ってないよ。でも多分美味しいと思う」
まぁ飯を食べられるのなら、正直どこでもいい。
この国ならどこに行っても海産物は食べられるだろうし、高級料理店だったとしても金ならある。そこは、勇者パーティーとして得した所だ。
「じゃあ良いか」
町中の人達から注目を浴びながらも、店の中に入った俺達。
外観からもそうだったが、中々趣のある店だ。
和風だ。だから選んだのだろう。
どこか日本の店に近い雰囲気を感じられる。
相変わらず床一面に水が張っており、外も中も変わらない地面だ。
しかし、ここは外より小魚が密集している気がする。
店側でも育てていたりするのだろうか。
観賞用とか、食用とか......?
「いらっしゃ─────えッ!?ゆ、ゆ......え?」
「どうも。六人なんだけど」
「あ、は、はい!六名様ご案内します!」
店員は、この上無く驚いている様子だった。
そりゃあ勇者パーティーがアポ無しで来れば、誰でも驚くものだ。
だが、他の人達が追って来ない事は不思議だ。
普段なら、サインを求めたり握手を求めたりで、一般市民から冒険者まで老若男女問わず近付いて来るはずなのに。
驚かれてはいるがそれ以上の事がない。
堂々としていても、普通に席に座る事が出来た。
もしかして、如月が毒の件でここに来た時、既に挨拶を済ませていたのかもしれないな。忙しそうにしている如月を見て、話しかけにくかったりしたのだろう。今も様子見という事かな。
「そうだ如月、あの蛇どうすんだ?」
「あぁ、あれはギルドに納品するよ。どうやらこの周りであの蛇に困っていた人が多かったらしくてね。たまたまだったけど、その依頼を達成する形になってしまったし、どうせなら納品しようかと思う」
「何だそうだったのか」
天日干ししてたし、てっきり食べるのか思っていた。
気付かない内に更に人を救っているだなんて勇者らしいじゃないか。
流石は如月だ。
「せっかく新しい土地に来たっていうのに、最初にやる事がご飯を食べる事とはね」
確かにな。
もっと観光したい所ではある。
まぁそれを言うと、そもそもこんなサナティオなんかを追うのはやめて自由に歩き回りたい。
「まぁでも大事だよね。腹が減っては何とやらって言うし」
そうだ、正体不明のものを追いかけている以上、いつ何が起こるのか分からない状況だ。
こういう事はやれる時にやっておかなければ、例えばまさに今ガイレアス教に出会ったとしたら、もう食事を取る時間も無いかもしれない。
「まさか勇者パーティー御一行様が来てくださるとは思いもしませんでした」
さっきの店員が、再びこちらへ戻って来た。
席に案内してすぐ居なくなってしまったかと思えば、再び現れた。
他の店員達もこちら見て何やらソワソワしている。勇者パーティーが来たと報告でもしに行っていたのか。
「ご注文は何になさいますか?」
「皆は何にする?メニュー表は......あれかな」
店の壁に掛かっている木の板。そこに、何やら文字が書いてあった。見た事のある光景だ。
値段も書いてあるし、あれがメニューなのだろう。まるでラーメン屋のようだ。
メニュー名だけじゃ分からない料理の詳細を店員に聞き、それでも結局あまり想像つかないので諦めて美味しそうな響きのするものを注文した。
「すぐに料理をお持ちします。それと、是非とも靴をお脱ぎになってみてください。こうも暑いと、水に触れているだけでも気持ちが良いものですよ」
店員はニコリと笑ってこの場を後にした。
ふむ。確かに、ずっと装備を着ていては暑いし重い。
何の躊躇いも無く如月と高津は脱ぎだしたので、俺も靴を脱いだ。
早瀬さんはもう既に脱いでいるので、パシャパシャと足を振って遊んでいる。
普段から、軽量とは言え鎧を装備しているししっかり者なだけあって勇者パーティーの名に恥じない立ち振る舞いをしている早瀬さんだが、こうして見るとただの女の子のように見えてしまう。
早瀬さんは、たまに無防備になる時があるな。
「確かに、気持ちいいね」
「こういうのは温泉とかで言うんだろうが、疲れが癒される感じがするぜ」
意外にも高評価だった。
ミッシェルも一応靴を脱いでみてはいたが、イマイチのようだ。
やはりネコ科。水は苦手らしい。
「お待たせ致しました!」
少し待っていると、すぐに料理が来た。
結構早かったな。
注文していたのはアクアパッツァのような、色々と野菜が乗っているものだった。それと丸焼き。
とても美味しそうだ。
「それじゃあ、いただきます」
全員の料理が来ると、一斉にいただきますと言って食べ始めた。俺は丸焼きの方だ。
美味い。
よく分からない魚だが、全然美味しいな。
「ぶっ!くっ、くふふふ......」
「?」
早瀬さんの様子が変だ。
何か我慢しているような、堪えているように見える。
「早瀬さん......?」
「あははははは!!」
早瀬さんが、水を吹き出してしまった。
口に合わなかったのか?吹き出すほど不味かったのだろうか。
まさか毒が入ってたなんて事は無いだろうな。
「あはっ!!あははは!!ちょっと!く、くすぐったい!!」
笑っていた。
突然の事で何かと思ったが、俺も足に何か違和感を感じた。
少し驚いたが、足下を見ると小さな魚がワラワラと群がっている。
「ドクターフィッシュか」
小魚な正体はドクターフィッシュだった。
ドクターフィッシュは、人間が手や足などを入れるとその角質を食べてくれる魚だ。
裸足になれというのはこういう事だったのか。
ドクターフィッシュの居る飲食店......まぁこの世界ではどんな名前なのか知らないが、中々面白いアイデアだ。
早瀬さんにとってはただくすぐったいだけだったようだけど。
「無理っ!無理ぃ!!あははははは!」
体をくねくねと揺らし、必死に感覚を退けようとしている。だが早瀬さんも優しく、勢いよく足を動かして魚を傷付けたりしないようにしている。
「はぁ、駄目......もう限界......」
遂に水から足を出してしまった。
俺はそこまでくすぐったいとは感じないが、きっと早瀬さんは足が弱いのだろう。
敏感な人にとってはキツイものかもしれない。
よく見ると、早瀬さんだけじゃなく小森さんもこっそりくすぐったがっているみたいだった。
既に水から足を出して、魚に怯えている。
「にゃははははは!!ハヤセはこんなのも駄目なのかにゃ?」
「なっ、なんだとぉ......!」
ミッシェルは猫だから、あまりくすぐったさを感じないようだ。
同じように足を魚に舐められているが、まるで効いていない。
というかそもそも、人族よりもくっついている魚の数が少ないのだ。
ふむ、こういう所は種族によって大きく差が出るのか。
「ええい!これでも食らえ!」
早瀬さんはミッシェルの態度に反感して、ミッシェルの脇腹を攻撃した。
両手でモミモミと揉みしだいている。
「にゃはははは!!ちょ、やめっ!にゃはは!!」
どうやら効いているみたいだ。
なるほど。くすぐり自体が効かないという訳ではなく、部位によって異なる訳か。
そこが人要素なのだろう。
「ほれほれぇ、こちょこちょこちょ〜」
「にゃはははは!このぉ!おらっ!!」
脇を擽られ、遂に我慢できなくなったのかミッシェルも早瀬さんをくすぐり始めた。
お互いに脇や脇腹、首などをくすぐり合っている。もう食事も忘れ、二人の対決が始まってしまった。
「くっ、にゃはは!ズルいぞハヤセ!お前も足を水につけろぉ!」
「あははは!!ダメぇ!無理ぃ!死んじゃうぅ!」
楽しそうな声が響き渡る。
俺達が食べ終わる頃には、決着がついたようだった。
二人とも息を荒らげ、涙か鼻水か涎かは分からないが、液体を撒き散らしている。
食事のマナーとしては最悪だろうが、こんなにじゃれ合っている二人を見るのも珍しい事だ。
俺としては良いものも見れた訳だし、満足だった。
「じゃ、会計だけしてくるよ。先に外出てるから、食べ終わったら来てね」
そう言うと如月は席を立った。
船が出る時間も決まっているし、今日出る予定は無い。つまり急いでいるという訳ではないのだが、如月は焦っているように見えた。
「ご、ごめん......」
「スマン......」
「あぁごめんごめん。そういうつもりじゃないんだ。ただちょっと観光したいだけ」
暗い顔をした如月は、無理に作ったような笑顔でそう答えた。
誰にでも分かる。本調子じゃない如月だ。
食事の手を止め、早瀬さんが切り込んだ。
「ねぇ、無理してない?もしかして、まだ毒の事を気にしてるの?」
毒の事というのは、おそらくここに来る前の小森さんの件だろう。
如月は毒に対して何も出来ず、ただ助けを待つ事しか出来なかった。
その事を気にしているというのか。
「いや......」
「人には得意不得意があるって言ったのは自分でしょ?勇者だからって、何でも一人で背負おうとしないで。何のために私達がいると思ってるの?」
「......」
怒っている訳では無い。
だが、友達に説教をするように早瀬さんは如月に言う。
如月は自分を責めているのだ。
仲間を毒から助けることも出来なかった自分の不甲斐なさを。
だが同時に、そう思っているのは如月本人だけだということに気付いていない。
「人は完璧じゃない。完璧になる事は出来ない。だからこそ、私達が居る。明来君が居る。あなたに出来ない事は、私達が補う。そうやって今までもやって来たじゃない」
「......そうだな」
「完璧を求めようとするのは良いけど、それで気を落としたりしないで。皆、元気な正志が見たいんだから」
早瀬さんの言う通りだ。
この世界の人々は、如月を勇者だと崇めている。だが俺達は知っている。
自分と同い歳の、ただの高校生だと。
俺達と同じ、普通の人間なんだと。
早瀬さんの言葉が如月に届いたのか、如月の表情は少しだけ明るくなった気がした。
「あぁ、そうだな......そうだったよ。ありがとう美月。少し、楽になった」
「助け合いでしょ?あなただって人なんだから。他人の苦しみを請け負うのも格好いいけど、あなたには私達がいる。特に今は、皆で力を合わせないとね!」
「......あぁ」
早瀬さんは如月の背中をバシッと叩いて、気合いを入れた。
如月はニコリと笑い、やっぱりもう少し悩ませて欲しいと言って店を出て行った。
今は一人にしておいた方が良いだろう。
こちらから元気付けるより、自分で何とかする方が如月には合っているのかもしれない。
それにしても、やはり早瀬さんは凄い。
如月とは一緒に旅をしていたパーティーメンバーだし、それなりに仲が良いことは分かる。だがこうして心配してくれる仲間がいるというのはとても嬉しい事だ。
早瀬さんには、人を元気付ける力があるな。
「さてと......俺達も観光して行くか?」
暇そうにしている高津に聞いた。
もちろんただの観光のつもりは無い。ガイレアス教の情報を集めながらの探索だ。
「いや、俺はいい。疲れたから先に宿を取っておく」
高津はそう言っていた。
まぁ確かに、随分と歩いていたからな。
小森さんも一応は病み上がりだし、ゆっくり休む事だろう。
となると......まぁ俺一人になる訳だ。
「じゃ、俺は行こうかな」
「待てアクル。町を見て回るのなら私も行くぜ」
小魚を咥えながらミッシェルは言った。
そうか、まだ居たな。
ミッシェルもオーラッサは初めてだと言っていた。
なら、一緒に見て回るか。
「ハヤセも行くだろ?」
「え?じゃあ、行こうかな」
早瀬さんも行く......だと?
そうなると話は変わって来る。急にミッシェルを置いて行きたくなったな......早瀬さんと二人きりで行きたいと思ってしまった。
いや、ミッシェルが誘ってくれた訳だし、爪弾きにする訳にはいかないか。
「なら、三人で行こう」
ミッシェルと早瀬さんが食べ終えると、俺達は店を出て町を歩く事にした。
しかし本当に綺麗な所だ。世の中がサナティオで苦しんでいる事など知らないとでも言うように、町がキラキラと輝いている。
「......ん?そう言えば、この国はあまりサナティオを見かけないな」
少し歩くだけでも、多くの人とすれ違う。皆、勇者パーティーだと気付いた人は驚いて足を止めたり話しかけて来たりするのだが、これと言ってサナティオの姿が見えない。
何だ......?ここまで来ていないのか?それとも、またコプティラ王国のように別の食べ物として出回っていたりするのだろうか。
「アクル!これ見てみろよ。これ」
ミッシェルが何かを見つけたようで、町中に建っている看板を指していた。
そこには大きな紙が貼ってあり、見やすい字で「サナティオに触れるな」と書かれていた。
「そうか。先に如月が来ていた時に、既に注意喚起はしていたんだったか」
「みたいだな。ま、もうどうしようもない所まで行ってる奴も居るみたいだけどな」
ミッシェルは、今度は町の隅。暗くて日も当たらないような場所を指さしていた。
嫌な雰囲気しか無いが、自分の目で確認しない訳にもいかない。
俺と早瀬さんは、恐る恐るその建物の隙間を覗き込んだ。そこには、昼間っから野垂れ死んだように地面へ転がったり倒れ込んだりしている人の姿があった。
「......手遅れか」
この甘い匂い、そして倒れている人達の手に付着している汁。どう見てもサナティオの使用者だ。ここに居るだけでも、十人以上は居る。おそらく、どこかにもっと居るのだろう。
「こんな注意喚起だけじゃ、ただの気休めにしかならない。やめろと言われてやらないようなら、俺達の世界でもとっくに無くなってる」
俺達の世界でも薬物が無くならないのに、もっと中毒性のあるサナティオを人々がやめられるわけが無い。
「でも、しないよりはマシだよ」
「そうだけど......」
「そうやって暗い顔ばかりしていても、誰も幸せには出来ないよ?ほら、サナティオを使ってない人達はあんなに元気に暮らしてる。私達も明るく、元気にね」
「......そうだね」
早瀬さんには敵わないな。
そうだ。暗い顔をしていても、何も解決はしない。
たったら、もっと明るく行こうじゃないか。どっちにしろ状況が同じなら、こっちの方が良い。
そう思えた。
──────────
「すみません、ガイレアス教について知りませんか?」
「んー......聞いた事はあるんですけど、詳しくは......」
俺達は、町を見て回りながら片っ端からガイレアス教の事を聞き込みしていた。
今の所情報は無し。大量に教徒がいるとも聞いたことがあるのに、その教徒は一体どこにいるというのだろうか。
「それにしても広い国だな......港町にしても、こんなに大きな国は中々無いだろう」
そもそも、国と言っている時点で大層なものだ。
公国って、確か貴族が治めているんだったか?
その割に貴族を全く見ない気がするが......どこかにまとまって住んでいるのだろうか。
「オーラッサって、貴族が治めてるんだよな?」
「そうだよ。なんか、昔は名前が違ったみたい。そもそも国では無かったなんて聞いたよ」
「へぇ......」
国では無かった......小さな町だったとか、村だったとか、そういう事だろうか。
「私もあまり詳しくは無いんだけどね。大金持ちの貴族が買取った事で国になって、その貴族はここを大金を使ってる綺麗にしただけでどこかへ消えてしまった......とか。噂程度の話でしかないけど、この国について分かってるのはこんな所。もうちょっと上の世代なら知ってるかもね」
「なら今治めてるのは誰なんだ?リーダー無しでは、こんな大きな国を保つことは難しいだろ」
「仕方なく町から一人、国の代表を決めたらしいよ。誰だったかな......名前は確か、レナートだったかな」
代表......か。
あまり良い思い出が無いな。
今回の代表は、娘が変な宗教に入っていたりなんかしないだろうな......。
「次皆で集まったら、また会いに行くか」
「そうね。その方が良いかも」
やはり勇者として、それぞれの国では国王に顔を出しておいた方がいいのだろうか。面倒なものだな。
魔王という全ての種族の敵を倒しておいて、こちらから挨拶しに行かなくてはならないとは。
まぁ如月の事だから、それもニコニコしながらやってのけてしまうのだろう。
「オーラッサ公国......こうも広いと、ガイレアス教が潜んでいたとしても、探し出せねぇな」
「にゃあ、ガイレアス教について勇者パーティーはどこまで知っているんだ?」
そう言えば、詳しくは聞いていなかったな。
ミッシェルがいい所に突っ込んでくれた。
ガイレアス教は植物を崇拝している過激派の宗教だ。ヴィーガンが動物を可哀想だと言って肉を食べないのと同じように、ガイレアスは植物を可哀想だと言って動物を抹殺している。と、それぐらいしか俺は知らない。
あと確か、教祖は捕まっているとか言っていたな。
「......一年くらい前、魔王を討伐してしばらく経ってからの事。ギルドから調査依頼が来たの。内容は、ローテリトリーの森で生物が大量死していると。魔物も、動物も関係無く......ね」
大量死......動物の大量死なら、今までに無かった訳じゃない。
別のテリトリーから強力な魔物が侵入してしまう時などには、生態系ピラミッドが崩れて大量に動物が死ぬ。
しかし、魔物もとなると話は別だ。
「ギルドにだって一流の冒険者がいる訳だし、自分で言うのもなんだけどわざわざ勇者パーティーに頼むような事じゃないと思ったの。けど、調査に入った冒険者はほとんど帰って来ていないと聞いて、私達で行くことになった」
「だとしても、勇者パーティーに頼むなんて贅沢な奴らだな。あの魔王を倒した勇者だぜ?」
ミッシェルが言うことも一理ある。
世界最強のパーティーに頼むくらいなら、上級の冒険者パーティーに頼む方が遥かに......そうか、なるほど。
「......如月か」
早瀬さんはその言葉を聞いて苦笑いをした。
どうやら正解のようだ。
ミッシェル俺と早瀬さんの顔を交互に見て、理解できないといった様子で不満げだ。
説明しよう。
「如月の癖を上手く利用されたんだよ。あいつは困ってる人を助けまくる習性があるからな。冒険者に頼むより遥かに安い。いや、どうせ無償で引き受けたんだろう」
「マジか......」
早瀬さんの反応からするに、その通りだったのだろう。
早瀬さんも反対はしなかったんだろうが、何でもかんでも無償で引き受けるというのは良くない。それはパーティーの為にはならないし、依頼主の為にもならない。
如月がやりたいのは、金持ちにサービスするのではなく、金の無い人に対してするボランティアだろう。そこを間違えてはならない。
「わざわざ勇者パーティー全員で行くほどの事でも無いと、皆も思っていたと思う。けど、いざ現場に着くと、只事じゃないって言うのが分かった」
「......ほう?」
「ガイレアス教がローテリトリーの、植物以外の生物を全て殺していた」
なんだって......?
植物以外の生物を全て......か。
そんなことも言っていたが、まさかローテリトリー内で実現させていたとは。
確かに大事だ。
「何をしたのか知らないけれど、動物の声なんて一切聞こえなかった......あるのは、地面に転がる死骸と赤く染った植物だけだった」
「それが、ガイレアス教が表に出て来た瞬間か」
ガイレアス教......もし、そのまま勇者パーティーが向かっていなかったらどうなっていた事か。まさかそこまで力のあった宗教だとは思わなかった。
如月のボランティアも馬鹿にしちゃいけないな。
「それから暫くガイレアス教との戦いが続いて、全員を捕らえることは出来なかったけれど、なんとか主犯格を捕まえる事が出来たの。そうすれば、もうガイレアス教も機能しないかと思って。自然消滅すると思ってたのに」
「こんな事になってしまったと......」
「うん......ごめん。私のせいなの。私がちゃんと、全員を捕まえられていたら」
サナティオが、まだ噂の段階で勇者パーティーが動き出していた理由はそれか。
わざわざパーティーに俺を引き入れてまで調査させるなんて大袈裟だと思ってはいたが、実はガイレアス教が噛んでいる事を懸念しての編成か。いや、そこまで予想はしていなかっただろう。あくまで念の為だったはずだ。
最悪の事態に備えて。
しかし、その最悪が起こってしまった。
勇者パーティーの失態。
捕まえたはずの狂信者が、再び暴れ出したという事実。
「......いや、そんな事はないよ。例えこれがガイレアス教の仕業だったとしても、早瀬さん達が悪いわけじゃない」
「でも......」
そう。勇者パーティーのせいでは無い。
特性を知らずに他の人へ与えていた俺だ。村に渡したせいで栽培方法まで盗ませてしまった俺の責任。
これは、俺の戦いなのだ。
「にゃはは!そうだぜ。誰が悪いって話なら、実をどこからか取って来て世界中にばらまいてる奴が悪いに決まってんだろ?ここに居る誰の責任でもねぇ。と、私は思うけどな」
にゃはははとミッシェルが笑う。
早瀬さんを擁護する言葉。
それは俺に対しても言える言葉だった。
やっぱり、ミッシェルは良い奴だな。人を元気にする早瀬さんが落ち込んでしまった時、早瀬さんを元気づけてくれるのはミッシェルだ。
ミッシェルはいつだって頼りになる。
最高の友達だ。
「それもそうだね......誰の責任だって言ってても仕方ないか。今私達に出来ることは、たった今実を広めている原因を何とかすること。その事に変わりは無いもんね」
そうだ。
俺達がやる事は変わらない。
何かある度に、自分のやった事に責任を感じてしまう。
後悔してしまう。
だがそれでも、一歩づつ進んでいる。ここまで進んで来ている。
これからも振り替えることはあるだろう。だが、その分だけ前へと進もう。
後悔なら、全てが終わった時でも遅くは無いだろう。考える事の優先順位を間違えてはならない。
「失礼。あなた方が勇者御一行様ですか?」
突然、話しかけられた。
三人の男......いや、格好や立ち位置からして一人が二人の側近を連れているといったように見える。
ごく一般的な服装で、話しかけて来た奴は武器も持っていない。
「......何者だ?」
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