第17話 ウルザバン

ウルザバンの武器は長くて鋭い爪だ。

なら、その爪も届きにくいような拘束をすればいい。

素の力が強いし、木ぐらいなら破壊する事も出来るだろうが、少しでも動きを止められればいい。

まず木を破壊し、ウルザバンを誘導する。そしてウルザバンが通る適切なタイミングで俺が木を戻し、中に閉じ込める。

その間に最大火力をお見舞いしてやるのだ。


「それなら、良さそうなものがある場所を知っている」


エルフの一人が、ウルザバンの攻撃から逃れたついでに言って来た。

ウルザバンとは、交互にスイッチしてヘイトを分散しているようだ。


「そこに誘導します」


最後の剣の欠片が、カチッとハマる。

やっと俺の装備が治った。

俺達は、大木の元へと案内してもらいなからウルザバンを誘導した。

ウルザバンは、俺達のウロチョロする行動に遂にキレたのか随分と攻撃的になっている。

疲れを知らないのか......ずっと全力で攻撃しているように見えるが、一切動きを鈍らせない。

中級と上級の格差は、こんなにも大きいのか。

そりゃあ別のテリトリーに入っただけで問題になる訳だ。


「このまま真っ直ぐです!」


森の中を進む。

誘導している手前、俺達が先を進む事になる。すると立ちはだかるのは生い茂る草木。道無き道を進んで行く。

それらもウルザバンにとっては何でも無いようで、全てを爪で切り裂き、なぎ倒しながら突き進んで来る。

鋭い爪と半端じゃないパワー。後ろを振り向かずとも、すぐそこに居る気配を感じる。

まるでホラーゲームだ。

こうして見ると、本当に止まるのかどうかも怪しくなって来た。

いや、もうやるしかない。

ここでやめたとして、他に何か方法がある訳でも無いのだから。


「あれです!」


前を走るエルフが指さした先には、立派な大木があった。

神樹様ほどでは無いが、中をくり抜いたら人が住めそうなぐらいの太さはある。

よく見ると、真ん中辺に小さな隙間が見えた。


「二本の木がたまたま真隣で成長したみたいで、合体しちゃったんです」


なるほど、そういう事か。

どちらにせよ都合が良い。

どんな理由であれ一本の巨大な木になってくれているのなら構わない。


「この木には申し訳ないが、利用させてもらう!」


エルフ族にとって森は共存するものであり、一方的に利用するようなものでは無い。

故に、無駄な森林伐採や無益な殺生は絶対にしない。

だから、この作戦にも反対だっただろう。

しかしやらなければ死ぬのは俺達だ。

もちろん、後で必ず治す。


「木を飛び越えた瞬間、方向転換して奴を閉じ込めます!」

「了解!」

「うぉおおおおお!!!」


俺達は、木まで一直線に走った。

そして木に向かって魔法を放つ。


「シューティングボルト!!」

「ウィンドスラッシュ!!」

「シャイニングスピア!!」


木を破壊する。

そしてそのいくつもの破片として飛び散った木を飛び越える。

しかし俺とシェレミナさんは木を掴んで急停止した。

すぐ後ろから追って来ていたウルザバンが木を飛び越えようとするその瞬間。

ウルザバンが木と重なる直前に、俺は魔法を使う。

触れた木に魔力を込め、散り散りになった破片が元に戻るイメージ。

シェレミナさんが、俺の背中に触れる。

すると、木の破片が物凄い勢いで飛んで来た。

正直言って、タイミングは適当だった。どれぐらい俺の戻す能力が加速されるのか分からなかったし、木がウルザバンを閉じこめる程に戻るまでの時間も予想つかなかった。

だが実際にはドンピシャで。見事にウルザバンを、木に閉じ込める事に成功した。


「やった......!」


と思われたが、暴れ回って必死の抵抗を示すウルザバン。

凄い力だ。

普通の木なら簡単に折れてしまうような、それ程の力が出ている。

少しでも気を抜くと木が完全に壊れてしまいそうな、そんな恐怖が襲いかかって来る。

拘束している木が、メキメキと音を立て出した。


「まずい!!」


慌ててもう一度魔法を使う。

折れ始めたところから、すぐに治っていく。

だがそれだけでは間に合わず、ウルザバンが破壊する方が僅かに速い。


「クソ!このままだと出られる!」


魔法士は杖を振りかざし、強力な魔法の為の詠唱を始めている。

あと少し......ほんの少しだけでいい。動きを止めてくれ。

槍の二人が、ウルザバンの動きを崩す為に攻撃を仕掛けようとする。

それを見てウルザバンは、一瞬だけ動きを止めた。

何か嫌な予感がする。


「──────ッ!?」


拘束しているのは体全体と腕であり、指先まで木が絡まっていることは無い。

魔力の込められた爪の先が、二人の方向へと向けられた。

そして魔力の爪が、伸びた。

計十本。

銛のように、まだ攻撃を仕掛けようとしている段階の二人に向かって爪が突き刺さった。

今まで、腕を振る事しかして来なかった。

それが今となって突然、止まった状態から爪だけを伸ばして攻撃して来た。

不意打ち。それは、狩りをする上での常套手段。

二人はその場で止まり、ウルザバンが再び動き出す。


「まだやられてたまるかァ!!」


槍のエルフの一人が、撃ち抜かれた腹を抑え、血を流しながらも無理やり体を動かす。

槍を逆手に持ち、ウルザバンに向かって投擲した。

それを見たもう一人も、続けて投擲する。

魔力の籠った二本の槍がウルザバンへと向かって飛んで行く。

だがウルザバンからは、再び魔力で伸びた爪が放たれた。

槍を貫く爪。

抵抗も虚しく、俺達は壊れ行く槍を見つめる事しか出来なかった。


「ナイス根性だ......後は俺に任せろ!」


彗星の如く現れた男。

両腕には大きなナックル型の武器を装備し、大きさの割に重さを感じさせない動きで、ウルザバンの前へ立ちはだかる。


「高津!?」

「うぉおおおおお!!!」


ウルザバンの魔力爪は、既に伸び切っている。

その隙に高津は、ウルザバンまでの距離を一気に詰めた。

そして俺達と同じ場所、懐へと入り込む。


「ぬんッ!!」


地面から抉るように腕を振り上げ、腰の入った思い一撃がウルザバンの顎へと命中する。

その勢いに、ウルザバンの首も上へと向く。


「うぉおおお!!」


そのまま高津は両脚を広げて踏ん張り、ウルザバンの腹に向けて両腕で交互にパンチを繰り出した。

右、左と入る拳。

しかし、その殴る速度よりも明らかに殴られている衝撃の回数が多い。

どんどん加速し、増えて行く。

これが高津の固有魔法、ダブルパンチ。

攻撃した場所に、もう一度攻撃を与えられる。

つまり、打撃が当たった箇所に同じように再び衝撃が来るという魔法だ。

時間差で来る同じ衝撃、二倍の攻撃がウルザバンを襲う。


「ガトリングブロォオオオ!!!」


最後に両腕でパンチを入れ、ウルザバンを木ごと吹っ飛ばした。

しかし飛んでるウルザバンには、さらに空中で遅れて衝撃が入る。

ズシンと地面へ落ちる巨体。

遂にウルザバンは、動きを停止した。


「お、終わった......」


あの強敵ウルザバンは勇者パーティーの格闘家、高津豪一によって撃破された。

やっと終わったという気の緩みから、体がどっと疲れた。

俺はその場にへたり込む。

エルフ達は、怪我をしているというのにまだ元気なようで皆は高津へ向かって走って行った。

賞賛の声が聞こえる。確かに高津が居なければ倒せていなかったし、ラストショットを持って行かれても文句は言えないような状況だった。

だが、作戦を考えて頑張って動きを止めていたのは俺な訳だし、少しくらい俺も──────


「アクルさん」


後ろから声が聞こえた。

振り向くと、同じように座り込んでいるシェレミナさんだった。

なんだまだ居たのか、早く高津の所へ行ってやりな。


「ありがとうございました。何とか上級を倒せましたし、全員無事に生き残る事が出来ました......アクルさんのお陰です」

「──────!」

「......?どうしました?」


あぁ、そうか。

ちゃんと、見てくれている人も居たんだ。

そのたった一言が、俺にとってはとても嬉しいものだった。


「こちらこそ助かりました。シェレミナさんが居なければ、俺の魔法はただの遅い回復魔法です。手伝ってくださり、ありがとうございました」


シェレミナさんは少し恥ずかしそうに、しかし嬉しそうな表情をする。

いつまで眺めていたいと思えるような笑顔。エルフ族特有の、美麗な顔だ。

しかしずっとここで座っている訳にもいかない。


「さて、今夜は熊鍋ですかね」


前の世界でも、俺は熊というのは食べたことが無い。

元を食べたことないのでは味の違いなど分からないが、興味はある。

これだけ分厚くて丈夫な皮に守られているのだ。きっと上手い肉に違いない。

そんな期待を込めながら、倒したウルザバンを見に行く。


「それにしても立派だなぁ」


こうして動かなくなっても、凄い迫力だ。

大物を釣り上げた時もこんな感じの気持ちなのだろうか。

俺が仕留めた訳では無いが、皆で協力して倒した成果というのも悪くない。

むしろ、長いことボッチかミッシェルとの二人きりだった俺からすれば、こういう協力プレイは嬉しいものだ。


「ん......?」


こんな傷、あったか?

闘っている最中は何とも思わなかったが、身体中に心当たりのない傷がある。

剣で斬ったような切り傷だ。俺達が使っていた武器は槍か魔法か弓矢。俺の剣はすぐに使えなくなり、まともに攻撃すら出来ていない。高津は打撃だし、誰も斬撃などしていなかった。


「この傷、分かります?何か不自然じゃないですか?」

「え?......確かに、言われてみれば知らない傷ですね」

「新しくは無いけど、古くもない......我々が闘う少し前に出きたものといった所でしょうか」


ウルザバンを転がして背面を見ると、それらの傷は多くなった。

木で出来るような傷じゃないだろうし、他の動物の攻撃という可能性もあるが......人の剣による傷という方がしっくり来るような位置と形だ。


「......考え過ぎでしょう。上級ともなれば、色々な闘いがあるのですよ」

「そういうもんですかね」

「そういうものです。何にせよ、上級を倒したとなれば村の皆も喜びます!」


そうなのか。

まぁミディアムテリトリーに入って来た上級の動物だからな。退治できただけでも、ギルドからの報酬は美味しい。

まさに偉業とも言えるだろう。


「さ、帰りましょう。皆が待ってます」

「そうですね」


俺達は、シルトゥスへと帰還した。




──────────




結局、二体のウルザバンは二体とも高津が倒してしまった。

しかしどうやら、流石の高津でも上級とのタイマンはキツイようで、中々苦戦していたらしい。

分厚くて柔らかい皮膚で衝撃を受け流すという防御方法は、打撃をメインとしている高津と相性が悪かったというのもある。

勇者パーティーと言っても意外と弱点があるというか、もっと「最強ッ!」って感じだと思っていたが。それに関しては本人曰く「如月がおかしいだけだ。あいつだけが、理不尽に強い」らしい。

まぁ、そんな訳で遅れて俺達の助けに入った所、丁度良く拘束されていたウルザバンに全身全霊の必殺を食らわせてくれた訳だ。

エルフの皆も、俺の回復魔法を使うまでもなくポーションで完治。

素晴らしい戦果だ。


「お待たせしましたぁ」


俺は今、エルフの食卓にお邪魔している。

先程狩ったウルザバンの肉だ。

二体分あると、村の人全員で分けても結構な量となる。

まさか人生初の熊肉が、こんな異世界になるなんて誰が想像しただろうか。


「ウルザバンのお肉スープです」

「おぉ」


美味そうだ。

森で採れた野菜と、湖で釣っていた魚もある。

今夜は宴だ。


「いただきます」


普段から形式的に言っていた「いただきます」という言葉。

それもこの世界に来て、自分で狩りをするようになってから随分と気持ちが変わった。

食材に、俺の一部となってくれる事への感謝。特にこのエルフ族の村なんかに来ると、自然に対しての見方が変わる。

命をいただく。

それが、俺がこの世界に来てから大きく変化した事だ。


「美味っ」


とても美味しい。

獣臭もなく、肉は柔らかい。これが上級動物の肉か......味も上級だ。

野菜もよく味が染みていて美味しい。俺も元は森の近くに住んでいた訳だし、食べた事あるものばかりだと思っていたが、こうして実際に食べると意外と味が違うことに驚いた。

育つ環境が違うと、こうも変わるものなのか。それか料理の腕が良いのか、その両方かもしれない。

ここで食べるものはどれも手が込んでいて、料理店などと比べると何と言うか優しい味がした。


「うぃー、お疲れさん」


高津だ。

料理を片手に、俺の横へ座った。

よく分からないやつだ。気まずかったり、馴れ馴れしかったり。こいつの中で俺は、一体どういう関係性なんだ。


「いや悪ぃな、最後全部持って行っちまって」

「別に構わないよ。高津が居なかったら、倒せてなかっただろうしね」

「お前が動き止めててくれてたから殺れたんだ。俺だけの手柄じゃねぇ」


そう言ってくれるのは、正直助かる。

俺がちゃんと、人の役に立てた証拠だ。

俺達の力だけで......いや、俺の力だけでウルザバンを倒せなかったのは残念だ。

でも今はこれで良いとも思う。いきなり強くなんてなれない。

少しづつ、出来ることを増やしていこう。


「俺は、自分より弱い奴が嫌いだ」

「......そうか」


急に高津が、そんな事を言い出した。

そうだろうな。

そんな事言われなくても分かっている。

だが、まるで話を始める為の前置きのようだったので、後に続く言葉を待っていた。


「自分より役立たずな奴が嫌いだ」

「そうか」


嫌いなやつばかりだな。

単純な力の強さで言っても、高津より強いのなんて如月か......それでもどっちつかずなくらいだろう。

そうなると、ほとんどが嫌いな奴になるんじゃないのか?

高津は真面目な表情で話を続ける。


「最初は、回復魔法なんて要らねぇと思ってた」

「......」

「回復なんて、ポーションを使えばいい。金はかかるが、致命傷じゃなければ自然治癒で何とかなるしな。だが、回復魔法は戦闘中でも躊躇なく使える。それにポーションは本人が飲まなくてはならないが、回復魔法なら他人にも使える。そう考えると、回復魔法も案外使い道があるんだなと分かった」

「......何が言いたい?」

「お前は有能だということだ」

「......」


有能......ね。

人の事を有能とか無能とかで片付けてしまうのは、俺としては好かない所だ。

まぁ高津なりに褒めてくれているのだろう。

だから、素直に受け取らせてもらう。


「元に戻す魔法での拘束も、俺にはきっと思い付かなかっただろう。もう一体との闘いで俺も疲れていたし、ウルザバンを倒し切れたのはお前のお陰だ。だから......」

「......?」

「その......すまなかった」


......え?

聞き間違いだろうか。そうでなければ、今高津は俺に謝ったという事になる。

何故だ?


「今までお前を馬鹿にしていた。弱いと思って、嫌っていた。けど、お前はそんな奴じゃなかった」

「......」

「強いとは言い切れない。だが、俺とは違う強さを持っている。認めよう......お前は有能だ」


驚いた。

こんな事があるのだろうか。

ずっと嫌われていて、俺も好きじゃなくて、その状態でこのまま行くのかと思っていたのに。

まさか向こうから謝ってくるとは。

言い方は少し難ありだが、高津なりに褒めている事は分かっている。

人の評価を変える事はとても難しい。

第一印象から嫌いだった人は、その後すぐに良い評価になることは少ないと思う。

だからこそ、自分の中での俺への評価を変えた高津。そして、その事を俺に言ってくれたのは凄いことだ。


「ありがとう。認めてくれたみたいで、俺も嬉しい」

「あぁ、これからもよろしくな」


高津が右手を差し出して来た。

握手だ。

今は食事の最中で両手が塞がっているというのに容赦のない奴だ。

これからはそういう事にも気づけるような男になってくれたまえ。

などと思いながら、スプーンを置いて固い握手を交わした。



──────────



食事を終えると、俺はパーティー会場から一旦席を外した。

高津はエルフ達に色々と持て囃され、何かと忙しそうだった。

随分と陽気だが、あいつ絶対に呑んでるだろ。

三年経っても俺達はまだ未成年だと言うのに。

まぁこの世界ではそういう法律も無いし、誰も咎められる人はいない。

と、そんな事より俺には大事な事がある。


「失礼します。夜分にすみません」

「いえ、お呼びしたのは私ですので、こちらこそわざわざありがとうございます」


フラディアさんの所だ。

サナティオについて、どうやらずっと調べてくれていたようだった。


「お怪我はありませんか?上級の動物を倒したとか」

「あぁ、それならもう大丈夫です。俺は回復系の固有魔法を持っているので。それよりも、ウルザバンの肉はもう食べましたか?とても美味しいですよ」

「実はまだなんです。そんなに美味しいのでしたら、後で頂きますね。せっかくアクル様が狩って来てくださった訳ですし」


そう言われると恥ずかしくなる。

だが絶対に食べた方が良いぞ。思っていたよりもずっと美味かった。

この世界の料理は、調味料を使わなくても充分美味しい。


「それで、サナティオの方はどうでした?」

「先に結果を言いますと、分かりませんでした」


申し訳ありません、とフラディアさんは頭を下げた。

しかしそんな事、俺は気にしていない。

期待していなかったと言うと言い方が悪いが、今日一日で解決するような問題だとは思っていなかったからだ。

だから、全く気にする事はないとフラディアさんに伝えた。


「しかし、エルフにも分からないとなると......」


植物に一番詳しい種族。その中でも、一番詳しいと紹介してもらったフラディアさんでさえサナティオの正体は分からなかった。

やはり、新種の植物だったという事だ。

だが困った。

このまま「何も分かりませんでした」として手ぶらで帰るという訳にもいかない。

せめて何か少しでも手がかりが欲しかったが......厳しいか。


「お役に立てず、申し訳ありません......」

「いえいえ、調べてくださっただけでありがたいですよ」


エルフ族だって全てを知っている訳では無い。

今は、分からないということが分かっただけでも良いのだ。

そんな簡単に解決する問題だとは微塵も思っていない。


「代わりと言ってはなんですが、私でも知らない植物などの情報がある場所をご紹介します」

「場所ですか」

「パーンヴィヴリオと言う図書館をご存知ですか?」

「パーン......ブリ?」


何やら難しい名前が出て来たな。

図書館?

何の事やらさっぱりだが、どうやらそう言う名前の図書館があるという事らしい。


「この世界について、殆どの情報がその図書館で手に入ります」

「世界の殆どの情報!?そんな馬鹿な。インターネットじゃあるまいし......」

「いんたー......すみません。それは存じ上げませんが......いわゆる魔法図書館というもので、伝説の魔導師クェーサーが造ったと言われているものです」


魔法図書館?クエーサー?

何か、そんなような話を耳にした事があるような無いような......色々と固有名詞が多いとごちゃごちゃしてよく分からなくなってしまうな。

とにかく、ここよりも植物の詳しい情報が手に入る図書館があるということらしい。

そんな場所、本当に存在するのだろうか。

伝説というものは、あくまで伝説だ。現実の話では無い。ただの空想に過ぎない。

しかし、この世界はファンタジーだ。

魔法もエルフも存在する。

伝説の魔導師ぐらい、居てもおかしくは無いだろう。


「そこへ向かえば良いんですね?」

「はい。もしかしたら、そこならサナティオの正体が分かるかもしれません。一応場所をメモしておきますね」


そう言って、フラディアさんは紙を渡してくれた。

ふむ......その図書館とやらは、随分と北の方にあるのだな。


「私が出来ることはもう殆どありませんが、何か分かった事がありましたらその都度連絡させていただきます」

「ありがとうございます。とても助かりました」


本当に助かった。

また一つ目的も出来た事だし、大きな一歩だと言えるだろう。

連絡手段か。

連絡と言っても、この世界に電話などがある訳では無い。

長距離の連絡手段としてはギルドなどが受け持ってくれている。

時間はかかるが、またここへ戻るよりは速い。

しかし、俺達はずっと動き回っている関係上どうしても情報が入って来るのに時間がかかってしまう。定期的にギルドに寄るようにしないとな。


「お役に立てたのなら、私としては嬉しい限りです」


フラディアさんは、本当に嬉しそうな顔をする。

あぁ、こんな清楚な人がこの世の中に居るんだな。

と、そんな事を思っていると、どこからともなくギュルルルという音がした。


「え」

「あ」


何の音かと思ったが、頬を赤らめるフラディアさんを見てすぐに察した。

そんな可愛い一面もあるなんて......この場面に立ち会えた事に感謝しよう。


「お恥ずかしい......お腹が空いている事に気付きませんでした」

「いえいえ、そんな無理をさせてしまって申し訳ないです。さ、食べに行きましょう。まだまだ沢山ありますので」

「はい!」


フラディアさんを連れて、皆の元へと戻る。

折角だし、もっと色々な事が聞きたい。

エルフについて。

そして植物について。

この世界の知識は、いつも俺を魅了する。

一瞬だけでいい。

今日一日だけでも、サナティオを忘れたい。

そう思った。

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