第14話 勇者

あの日、俺達は教室の床に突如として現れた魔法陣によってクラスごとこの世界に転移した。

俗に言う異世界転移というやつだ。

俺達は、気付いた時には城の中の王様の目の前に召喚されていた。

勇者を召喚する魔法というものに、クラスメート全員と先生一人が巻き込まれてしまったのだ。

クラスメート三十六人。

沢山の異世界人に囲まれる中、俺達はその状況に驚きを隠せない。

そして、それは向こうも同じだったようだ。

どうやら、召喚された全員が勇者という訳ではなく選ばれし者はたった一人。残りの三十五名は、巻き込まれた形になる。

様々なテストをした結果、勇者が見つかった訳だがそれ以上に、他のメンバーもそれぞれ固有魔法を持ち合わせている事が分かった。

つまり、召喚された全員がこの世界の人々よりも強い。簡単に言えばそういう事だ。

......とは言え、今となっては何人も死んでしまったり、行方不明となってしまったらしいが。

召喚された俺達は、異世界人として割と有名だ。だから、誰が死んだとか行方不明だとか、そういう情報がいくらでも入ってくる。

まぁただの噂だったりもするけどな。

勇者は、何の目的もなく召喚された訳じゃない。俺達を召喚した王は、魔王を倒して欲しいとお願いして来た。まぁそうなるよな。

魔王というのは、全ての魔物の生みの親であり最強の魔族。魔物を使って世界を支配しようと企む、全ての種族の敵だ。

はるか昔から、人類やその他の種族が手を組んで、魔王と全面戦争をして来た。

しかし、種族違いでの連携の取れなさや、味方の魔法による負傷が多過ぎるため、大規模な戦争では勝つことが難しいと判断した。

そこで人類が量より質だと考え、最強の一人を召喚した。

それが勇者らしい。

しかし、いくら強いと言っても如月はただの高校生だ。

流石に一人で行かせる訳にはいかない。

そんな訳で、数人の仲間を連れて勇者パーティーを作った。

帰る方法も無く、居場所すらない俺達は素直に従うしかない。

たが意外にも、前向きな人は多かった。

皆、退屈な現実世界に飽きてしまっていたのだろう。力を手にした奴らは、勇者パーティーに志願までしていた。

......俺もその一人だ。

運の良い事に、俺は固有魔法によって勇者パーティーに入る事が出来た。

向こうの世界では何の取り柄も無い凡人以下の男だったが、こっちでは誰かの役に立つことが出来る。

あの時は、人生で一番喜んでいたな。

あの頃が懐かしいとも思う。

旅立ちの日を控えた数日前───────


「申し訳ないが、パーティーから外れてくれないか。前田明来まえだあくる殿」

「え?」


その時は、突然来た。

転移者のみで作られた最強パーティーである勇者パーティー。そのグループから、俺は「外れろ」と言われたのだ。

パーティーを作った本人である、王に。


「非常に言い難いことなのだが、其方の固有魔法は......」

「回復魔法ですよ!?パーティーに一人も居ないなんて、危険じゃないですか!」

「確かにそうだな。しかし、回復系統の魔法は今や誰もが使える基本魔法となっている。それに、君よりも優秀な回復役がいるのでな」

「......橋田はしださんの事ですか」


王は、黙ってゆっくりと頷く。

橋田さんは、回復魔法のプロフェッショナル。という訳でもない。ただ、固有魔法の影響で回復役を担うことも出来るということだ。

回復以外にも様々な魔法が使える橋田さんの方が役立つというのは、俺も理解していた。


「し、しかし、もし橋田さんが負傷した場合、誰が治すんですか!?」

「この勇者パーティーは最強のチームだ。そもそも、怪我をするということすら知らぬほどの実力を持っている」

「で、ですが......」

「足手まといってことだ。察しろよ」


部屋の入口からそんな言葉が聞こえた。

振り返ると、腕を組んで壁にもたれかかっている高津たかつの姿があった。


「え......?」

「もう諦めろ。お前は邪魔なんだよ」


邪魔......か。

この数日間、俺はずっと頑張って来たつもりだ。

勇者パーティーとして、実力を示して来た。

実は、旅立つ前にパーティーは訓練期間を貰えたのだ。王は、この世界に来たばかりの人達をそのまま旅へと送り出すような事はしなかった。その中でも、俺は成長した。

だが、橋田さんが回復魔法を使える事に気付いた。俺よりも優秀な魔法使い。

俺は、旅立ちの直前で不要になってしまったのだ。


「ちょっと皆待ってよ。本当に明来君を置いて行くつもり?豪一ごういち君だって言い過ぎ」

「あ?」

「私達、一緒に頑張って来た仲じゃん。回復役が二人も居るなんて、こんなに頼もしいパーティーは他に無いよ」


全員が俺を置いて行くつもりだった中で、早瀬さんだけは、俺を庇ってくれていた。

早瀬さんは優しい。だが、残念ながら向こうの言っている事は正しい。

俺は、確かに邪魔なのかもしれない。


美月みづきが言っても、そいつは足でまといには変わりないのよ。ねぇ、実希みき?」

「え?あ、うん......私が代わりにやるから、心配しなくてもいいよ」


代わりか......そうだ。俺の上位互換である橋田さんが居るから、俺は必要ないんだ。

なら、橋田さんとは違う所で役に立つ。


「なら俺にタンクをやらせてくれ。橋田さんより俺の方が動けるし、前線を張る事だって出来るはず......!自分で回復出来るから、俺の事は放っておいてくれてていい......」

「駄目だ」


強い一言だった。普段はあまり聞くことが無い、とても真剣な力強い言葉。

如月だった。


「すまない明来君。君の為なんだ」


何が俺の為なんだ。俺は、俺の為だけじゃなく皆の為にパーティーに残りたいと思っているのに。


「いい加減に自覚しろ。お前のせいで、このパーティーが全滅したらどうするんだ?お前が足を引っ張って、誰かが死ぬような事があったらどうする?」

「そうはさせない。俺が例えピンチに陥っても、無視してくれればいい。俺はこのパーティーに貢献したい。だが、俺が足を引っ張るような事になれば、その時には切り捨ててくれて構わない」


言ってやった。

俺が迷惑だと思うなら、そう思った時に切り捨ててくれればいい。

助け合いでは無く、俺が一方的に助ける。

それで構わないと言ったのだ。

認めさせてやる。

勇者のような輝かしい活躍は出来ないかもしれない。けど、負けないくらいには貢献出来る。

やれば出来るという所を見せてやろう。


「......ふん」


早瀬さんの助けもあって、取り敢えずはなんとかパーティーに残らせてもらえた。

勇者パーティーに入れなかった人達は、それぞれこの世界で生きて行くしかない。

召喚魔法というのは一方通行のようで、元居た世界へ帰る方法は今のところ見つかっていない。

この世界の人々は随分と酷いことをする。

勝手に呼び出しておいて、才能が無いと分かると用無しだとして、放っておいてしまうのだからな。

まぁ、それなりに多額の金を渡されてはいるらしいが。

それでも、平和な世界から来たただの高校生達は、この世界で生きて行くには厳しいものだ。


「明来君、なぜそんなに危険を冒してまで付いて来たいというのかは分からない。けど、どうしてもというのならそれなりに覚悟して欲しい」

「おう。分かってるつもりだ」

「俺達だって、ただ力を持っているというだけで元は普通の高校生なんだ。まだ誰かを守って闘える程の力を持っていない」


分かっている。

実戦経験が無く、闘い慣れていないのだろう。

そんな事は言われなくても分かる。

しかし、王様が寄越した上級の冒険者も、如月達には適わなかった。確かに動きは覚束なかったが、それでも固有魔法と魔力の出力によって勝利していた。

とにかく才能があるんだ。この世界で、闘って生き延びられるだけの才能が。

それなのに俺は......あまり恵まれていなかった。


「それでも良いというのなら......」

「俺は全部承知の上で言っているんだ」

「......分かった」


こうして、俺は勇者パーティーとして旅をする事になった。

この選択が正しかったのか、間違っていたのか、未だ俺には分からない。

ただ、その時は後悔したくなかった。

俺の人生、後悔ばかりだったけれど、これだけは譲れなかった。

新しい世界に来て、新しい力を得た。

これからが、俺の人生の本番だと思ったのだ。


──────そんな俺の人生は、すぐに終わる事となる。

知っての通り、俺はヴァリアレプスによって窮地に立たされる。

そして、パーティーを脱退することを余儀なくされた。

サナティオを追って通ったルート。あれとほぼ同じ道のりで、勇者パーティーは魔王討伐へと向かった。

だが俺達は、ハイテリトリーに入るや否やヴァリアレプスに襲われた。

勝てる訳がない。

そう思ったのは、俺だけだったようだ。

ヴァリアレプスを超える力。

ヴァリアレプスを超える速さ。

ヴァリアレプスを超える魔力。

そして、ヴァリアレプスを超える精神力。

俺以外のメンバー全員は、上級の魔物を遥に上回っていた。

だから、俺が襲われた。

あの狼は賢い。弱いものを襲うのだ。

全ては俺の力不足が原因。

俺はパーティーの足を引っ張るだけで、何の役にも立てなかった。


「放っておいてくれと言われても、目の前で襲われている人を見殺しには出来ない。俺は、助ける事をやめられないんだ」


如月の言葉だ。

真剣な表情をし、満身創痍の俺──────ではなく、俺を庇って重症を負った早瀬さんを見てそう言った。

攻撃を食らう直前に、俺を守ってくれたのだ。

結局その強過ぎる攻撃は、貫通して俺まで届いてしまった。

これぐらいの致命傷なら、橋田さんがすぐに治せる。そう考えた時、俺は自分が足を引っ張っている事をようやく自覚した。

俺のせいで早瀬さんに怪我をさせ、俺のせいでパーティーを危険に晒した。

王様の判断は正しかったのだ。

それから俺は、パーティーを脱退した。

だがまだ勇者を諦められなかった俺は、何もせずダラダラと過ごすより、辺境の地で訓練をした。

それから二年後に魔王が倒されたと聞かされても、ずっと訓練を続けていた。

勇者でなくとも、最強のヒーラーにでもなってやると。俺は冒険する心を、忘れられないでいた。

そして月日が経ち、ミッシェルとの出会いもあってから約一年。

この世界に来て三年経った今、俺は最悪の理由でここにいる。

ずっと共に冒険したかった勇者パーティー。

それが、まさかこんな形で再び入る事になるとはな。




──────────





洞窟は思っていたよりもずっと長かったが、そのお陰で反対側の出口から出られた。

つまり山の中を、洞窟を通じて近道する事が出来たのだ。

高低差がない分楽だったし、何より魔物が少なかった。

おそらくヴァリアレプスの影響だろう。最強の狼があれだけ吠えていれば、他の上級だって逃げ出してしまう。


「山を乗り越えなくて良かったのはラッキーだったな」

「だね。足場が悪いと、私も闘いにくいし」


そうだったのか。

最強だと思っていた早瀬さんの意外な弱点だ。

いや、確かに高速移動には障害物が一番嫌なものか。


「なぁ、早瀬さんが先に行くって事は出来ないのか?」

「え?」

「いや、次の国まで早瀬さんなら俺達を置いて先に行くことだって出来るんじゃないかなぁと思って」


早瀬さんの固有魔法なら、超高速で移動できる。

その速さなら、先に着いているであろう犯人にも追い付けるかもしれない。


「ごめん、残念ながらそれは出来ないんだ......」

「え?」

「私の魔法は、魔力の消費こそ少ないけど、その代わりに体力の消費が極端に大きいんだよね。だから、長距離移動には向いてないんだ」


なるほど、そうだったのか。

魔法というのは、単に魔力を消費するだけで使えるようなものでは無い。

例えば身体強化などの強化魔法だ。

基本的に、戦闘する際は全身に魔力を行き渡らせ、身体能力を向上させる。そこで魔力操作が上手く、出力も出せる人が強い訳だ。

魔法も似たようなものだが、魔法というのは魔力を決まった形に変えているものらしい。

つまり、動く事が必要な魔法はそれなりに体力も消耗するし、高速移動となればその速さ分体力を使うことになるのだろう。

早瀬さんの固有魔法は、初速から最高速度近くまで出せる。

体の負荷が大きいのは、容易に想像出来る。


「ごめん......また頼るような事を言ってしまって」

「いいよ。私も気付かない能力の使い方や作戦があるかもしれないし......正直言って私も、明来君のその頭を頼っちゃってるんだよね」


早瀬さんは、良い笑顔を見せてくれた。

なんと眩しい。

どこまで俺の心を揺さぶれば気が済むのだろうか。

お陰で、歩いて来た疲れも一気に吹き飛んだ気がした。


「これからコプティラ王国へ行く訳だけど、少し作戦を考えた」


と如月。

いつもの如月作戦タイムだ


「コプティラ王国とは真反対になってしまうが、近くにエルフ族の村がある。そこへ寄って行きたい」

「エルフ族の村?」

「そうだ。俺達も旅の途中で一度寄った事がある」


エルフか......!

この世界にはいくつかの種族が存在する。

獣人族、魚人族、エルフ、ドワーフ、リザードマン、そして俺達人族などだ。

しかし、過去に色々あったようで残念ながらドレント大陸には人族以外の種族はそんなに多くない。

そもそも種族間で大きな国を形成するのは、力の弱い人族の特徴だ。

故に、俺はあまり別の種族と出会ったことが無い。よく見るのはミッシェルくらいだな。

だから、正直ワクワクする。

エルフか......物語の中ではよく見るが、実際に会った事は無い。

是非とも村に行ってみたいものだ。


「まだ旅は始まったばかりなどと、悠長なことは言っていられなくなって来た。例え犯人を捕まえたとしても、既にサナティオの被害に遭っている者を助ける方法を見つけなければならない」


そうだ。

サナティオをばら撒いている犯人を捕まえた所で、サナティオの中毒が治るわけじゃない。

この旅は、それを解決する方法を探すものでもあるのだ。


「そこでエルフ族だ。エルフなら、他の種族よりも植物に詳しい者が多い。もしかしたら、サナティオを知っている人も居るかもしれない」


なるほど。それなら確かに、行く価値がありそうだ。

エルフは森と共に成長し、森と共に生きて行く種族らしい。

何よりも緑を大事にする為、植物にも詳しいと聞いた。サナティオについて何か少しでも分かれば助かるのだが。


「取り敢えずコプティラ王国へは全員で行く。そこから先へ進むのと、エルフ族の村へ行くのとで別れて行動しよう」

「別れるのか?」

「あぁ。全員で行っても仕方ないからね」


それもそうか。

パーティーというのは人数あってこそのものだと思っていたが、勇者パーティーとなると話は別だ。

一人一人の力が強い。例え分断されたとしても、負けることは無い。

皆で力を合わせて強いパーティーではなく、強い人達が力を合わせてもっと強くなるパーティーなのだ。


「さぁ、そろそろ見えてくる頃かな」

「コプティラ王国だ」



──────────



コプティラ王国。

ここの王は、国のことを気にしていない怠惰な性格で有名だ。

そのせいか、民も自由気ままな人が多く、『最もルールの無い国』と言われているらしい。

それは、良い意味でも悪い意味でも捉えられる。


「今回は隠れないのか?」

「向こうも俺達に追われていると気付いているはずだから、もうコソコソとする意味は無いよ。それに、今は素早く多くの情報を得るのが一番良いと判断した」


同感だ。

言い方は悪いが、どうせここもサナティオは既に広まってしまっている事だろう。

だったら早くその事を伝えて、追わなくてはならない。

相手に追い付きたいのなら、相手の想定を超えなければならない。


「では、それぞれ別れて情報収集。日が落ちる頃に、そこの噴水ら辺に集合でいいかな」


勇者パーティーであることを証明もせずに、割とあっさり中に入らせてくれた。

ここが自由というやつか?それよりも、ただ仕事をサボっているだけでは無いだろうか。

国の中は割と平凡なもので、もっとゴミとか人が地面に散らばっているような、汚い場所かと勝手に想像していた。


「何だか二人きりって、久しぶりな気がするなぁ。アクル」

「確かに」


今回はミッシェルと二人行動だ。

俺は戦闘能力が比較的低いからな。もし何かあった時に対処出来ない。そもそも俺がこのパーティーに入るのも、ミッシェルと二人で入るのが条件みたいなところがあったから仕方ない。


「ミッシェル、なんか賑わってるみたいだぞ」

「本当だ。んー......店かな?」


やけに人の多い店だ。

何かイベントでもあるのだろうか。

気になって近付いてみると、どうやら店と言っても屋台のようだった。


「すみません、これ何の集まりですか?」

「あん?知らないのか?」


話しかけた男は、今忙しいんだと少し怒り気味に返して来た。そんなに夢中になるものなのだろうか。

周りを見てみろと指さされ、俺とミッシェルは辺りを見渡す。

今まで気付かなかったが、よく見ると皆同じ何かを食べている。

何やらデザートが流行っているようだった。

俺達は、群がる人達ではなく既に食べている人達に話しかける事にした。


「すみません。それ、何です?」


三人組の、仲の良さそうな奥様方。

美味しそうにパイを食べながら、楽しそうにお喋りをしている。


「あら、最近そこで売り始めた新商品のパイよ?とても人気で、私達だって何時間も並んだんだから」

「そんなに美味しいのですか?」

「そりゃあもう、美味しいのなんのって」

「私の娘にも食べさせてあげたいわぁ。今は遠くの国に行っちゃったけど」


へぇ......そんなに美味しいのか。

見た目は普通のパイだ。何かの果物が入っているのか?


「これを食べると、何だか懐かしい気分になるのよねぇ」

「懐かしい?昔食べたことがあるって事ですか?」

「そういう事じゃ無いんだけどねぇ」

「味が懐かしいんじゃなくて、気分が懐かしくなるのよ」

「......?」


よく分からない。

何が違うのだろうか。

味じゃなくて気分......懐かしさか。


「これを知ってから、もうずっと毎日食べてるわぁ」

「私のとこももう家族みんなハマっちゃって」

「へぇ......何と言う名前のパイなんですか?」

「ペラムパイよ」


ペラムパイ......聞いた事のない物だ。

ミッシェルも首を横に振っている。

新商品だと言っていたし、オリジナルのものだろう。


「ペラムとは、果物か何かの名前ですか?」

「さぁ?私達は美味しければ何でもいいわ」


あっはっはっはと大きな声で笑う奥様方。

大賑わいになるほどの新商品。

最近出回っているもの。

謎の食材ペラム。

怪しい要素は尽きないな。

詳しい事はまず売っている本人に聞くのが一番か。

行列に並ばず、横から失礼する。別に購入する訳じゃないし、緊急事態なのだから許して欲しい。

屋台でペラムパイを売っている人は、意外と普通のおじさんに見えた。


「あなたが、このパイを作っているんですか?」

「あ?何度目の質問だよそれぇ。俺はただ売っているだけ、誰が作ってんのかなんて知らねぇよ」


ちょっと怒り気味だ。

そして隠す気が全くない。おそらく、ここでずっと聞かれ続けて疲れてしまったのだろう。

むしろ、その方が本当の話を聞けて良い。


「何か怪しい奴らが、これをここで売れと言うから売っているだけだ」

「金の配分は?」

「それがよぉ、ここだけの話......結構貰ってんのよね。なぁんか怪しいと思ってたけど、金が貰えんのならって事で引き受けたら、これがもう......」


がっぽりと、声に出さずに口を動かした。

ご満悦の様子だ。

だが残念ながら......怪しさは満点だ。

この異常なまでの人気。そして時期。

ここまでこれば、容易に想像がつく。

サナティオのパイだ。

しかし、懐かしい味というのは何だろうか。

俺はもちろん、他の食べた人からも聞いたこと無い感想だ。


「その取引した人達に合わせてもらえないですか?」

「難しいな。奴らにはたまたま出会った訳だが、俺だって暗い中でコイツを渡されるだけで、相手の素顔なんて見えやしねぇ。いつどこに現れるのかも分からねぇしな」

「ふむ......声とかは覚えていますか?」

「んー......男だって事くらいしか。あと、比較的若い声色だったな。けど、毎回違う声だったと思う。あんま記憶にねェが」

「そうですか。ありがとうございます」


これはかなりの情報だ。

もしサナティオに通じているのなら、犯人に辿り着けるかもしれない。

ところで、この人はガイレアス教では無いようだな。

植物を崇拝している宗教なら、果実を使った食べ物など配るはずが無い。

本当にただの一般人なのか。


「少し貰っても?」

「並んでくれ。皆そうしてる」

「一口で良いですから。美味かったら並びますよ」

「......ほらよ」


ほんの一口分だけペラムパイを貰った。

食べてみると、口の中に甘さが広がった。

桃のような......梨のような。久しぶりに食べたが、忘れもしないこの味。悔しいが、とても美味しい。

間違いなくサナティオだ。

しかし懐かしさか......やはり、俺には感じられないな。


「ありがとうございました」

「美味かっただろ?」

「いいや、イマイチですね」


さて、如月達と合流するまでまだ時間があるな。

毎回サバイバルみたいに、調達した食材で何かしら作って貰ったものを食べていたからな。

それも美味しいっちゃ美味しいが、たまには奮発して上手い肉料理でも食べたいものだ。


「ミッシェル、時間もまだあるし。何か食べて行こうぜ」

「別に構わないけど......アクル、ちょっと怒ってる?」


そうか?あぁでも、確かに少し気分は悪いな。

自分が広めてしまったものを、せっかく止めようとしているのに。行くとこ全てに、もう既に広まってしまっている。

挙げ句の果てには、こうしてスイーツにされて金儲けの為に売られてしまう。

特許でも取れば良かったのだろうか。


「悪い......少し苛立っていたかもしれない。もう落ち着いたよ」

「さすがアクルだ。最近よく頑張ってるし、怪我もまだ治ったばかりなんだ。あまり無理すんなよ?」

「......あぁ、ありがとうミッシェル」



──────────



夕方。

勇者パーティーと、噴水の前で合流した。

俺と違って、皆キャーキャー言われていた。

老若男女問わず、誰もが彼らを知っている。

感謝の言葉を述べ、握手をもらい、嬉しそうに見つめる。

勇者パーティーだけじゃなく、転移者全員がそこそこ有名なはずなのだが、何故か俺だけ気付かれていない。

まぁ一度勇者パーティーを追放された身としては、記憶されていない方が都合良かったりする。


「あれ?明来君、ミッシェルは?」

「後で説明する。あ、そう言えば如月。この国の王には会わなくていいのか?」

「さっき丁度会って来た所だよ。歓迎したいなんて言われちゃったけど、時間が無いから断って来た」


ほう。

何だか如月も、焦っているように見える。

それもそうか。

この旅を始めてからずっと、誰かの手のひらの上で踊らされている気分だからな。

それは俺も、皆も同じだろう。


「何か情報があった人は?」


誰も何も言わない中、俺だけが手を挙げた。

なんか、空気読めない人って感じで少し恥ずかしかった。

情報があるのは、良いことだろう。


「向こうの方に屋台があったんだが、そこでサナティオを使ったと思われるパイが売っていた」

「なに?」

「異常な人気で、この国の人は毎日買っていると言っていた。名前はペラムパイ。今それを売っていた親父を、ミッシェルに監視してもらっている」


屋台はとっくに畳んでいるが、おじさんは残っていた。

サナティオを売れと言って来た奴にいつ会えるか分からないと言っても、ここで売って儲けた金を渡すのには必ず会うことになる。

監視していれば、いつかは辿り着くはずだ。


「流石は明来君だ。この短時間で、もう辿り着けるとはね」

「ただ偶然手がかりを見つけただけだ。そんな褒められる事でもない」


如月は、よく人を褒める。

褒められて嫌な気分になる人はそういないだろうが、何をしても褒めてくるような人は信用出来なくなる。

しかし如月は、そこをちょうどいい具合に褒めてくれる。

面倒見の良い奴だ。


「よし、ここからは三手に別れよう」

「二手に別れるんじゃないのか?」

「そのつもりだったけどね。次の国まで行くと、その次は海になる。出来れば、この島から出る前に捕まえたい」


それもそうか。

海を渡られれば、また捜索は難しくなる。

いや、もう渡ってしまっているかもしれない。

だがもし追いつくことが出来るのなら、それに越したことは無い。


「次の国、オーラッサ公国までは野乃、美月。パイを売っていた人はミッシェルと俺。エルフの村は豪一と明来君で行って欲しい」

「あぁ!?」


馬鹿デカい声が響き渡る。

こんな事をするやつは一人しかいない。

高津たかつ 豪一ごういちだ。


「なんで俺が、よりによってコイツと一緒なんだよ!?」


全くだ。

俺だって、こんなに俺の事を嫌っている奴と一緒に行くのは気持ちの良いものでは無い。


「固有魔法で考えて見て欲しい。野乃が一番速く長距離を移動する手段を持っているからオーラッサ。五感の鋭いミッシェルには引き続き張り込みで、俺が護衛する。そして、洞察力の優れた明来君と、戦闘力の高い豪一。良いコンビだと思うけどな」

「冗談じゃねぇ。俺ァ、こんな奴の御守りなんか御免たぜ。一人で行った方がマシだ」

「豪一。戦闘能力だけが全てじゃない、それぞれ人には得手不得手がある。それは豪一も分かっているだろう?君は、第一印象で人を嫌い過ぎだ。少しは相手に合わせるという事も学ぶといい」


怒られてしまった。

如月がこんなに言うなんて珍しいな。

魔王討伐の旅でも、何か思う事があったのだろう。

自分勝手に文句ばかり言う豪一も、流石にシュンと落ち込んでしまった。


「......わーったよ。その代わりお前も早瀬と代われ」

「......?」

「ディモルンで長距離を移動するなら早瀬よりお前の方が追い付けるだろうし、街中で追いかけるのにも早瀬の方が向いてるだろ」

「......確かにそうかもな。分かった。それは変更しよう」


これも珍しい。

脳筋だと思っていた高津から意見が出るとはな。

それぞれの能力は、俺よりも高津の方が詳しいだろう。それに関しては、俺は意見出来ない。


「えー......じゃあ私もエルフの森が良かったなぁ」


と早瀬さん。

非常に残念そうにしていた。

出来ることなら譲ってあげたいが......


「悪いね。この件が終わったら、また皆でゆっくりお邪魔しよう」

「......分かった」


如月と高津の考えた配置が一番適任だと俺も思う。

申し訳ないが、俺にはこれぐらいしかやれることがない。

それに皆にはまだ言えないが、サナティオに関して一番詳しいのも俺だ。

俺が行くのがベストだろう。


「それじゃあ明日。それぞれ出発するとしよう。それまで、解散!」


解散してから、俺は一人でミッシェルに会いに行った。特に何も変わったことは無いようだが、一人で張り込みをさせてしまって申し訳ないと思っている。明日は早瀬さんも来るし、負担は減るだろう。

解散と言っても、皆同じ宿なだけあってそんなにバラバラにはならなかった。

今すぐにでも出発したい気分なのは、皆も同じだろう。だが、旅には休憩が必要なのだ。

ストイック過ぎても、良い結果は付いて来ない。

しっかり休んで、しっかり動く。それが一番効率が良いのだ。

まぁ理屈っぽい事抜きにしても、いつもクタクタに疲れてしまうから休憩くらいしたい。

着替えもせずにベッドに飛び込むと、一気に眠気が襲って来た。


「あ、眠っちゃうな......」


はっ。

危ない危ない。眠るところだったぜ。

そう思って時間を確認すると、夜の一時。

ベッドに飛び込んでから二時間経っていた。

しっかり眠ってしまっていたようだ......だが寝落ちだったせいか、まだ体がダルい。

変な寝方をしていたのか、体も痛い。

しかも中途半端に眠っていたせいで、眠気は無くなってしまった。


「はぁ......」


少し、外の空気を吸って来よう。

服は着たままだったので、静かにドアを開けて外に出た。

俺達の部屋は二階で貸し切り。国が貸してくれた良い宿だ。

一回には食事出来るスペースがあるのだが、貸し切りだからか時間なのか、誰も居ない。

......と思っていたのだがな。


「如月?」

「おう。明来君か」


一人で座って、何かを飲んでいた。

ビールでは無いだろう。如月がそんなことをする訳が無い。


「どうしたんだい?こんな時間に」

「如月こそ。一人でこんな」


装備は脱いでいるようだが、寛いでいるというよりは落ち込んでいるように見えた。

如月に限って、そんな事は無さそうだがな。


「眠れないんだ」

「如月にも、そんな事があるんだな」

「あぁ。やっと魔王を倒したというのに、全然世の中が平和にならなくてね......ね。問題が、次から次へとやってくるし、しかもそれらは目に見えにくい」

「確かにそうだ」


苦笑する勇者の、正面に座った。

中々良くならない現状に、少しお疲れのようだ。

しかしそれは体力的な問題ではなく、精神的なものだろう。


「言い訳にしか聞こえないだろうけど、言わせて欲しい。正直に言うと、俺は君を追放する事には反対だった」


如月は、突然話を変える。


「なんだよ。急に」

「君は有能だ。確かに戦闘能力や魔法能力は低いかもしれないが、賢い」

「体張って囮になる作戦のどこが賢いってんだよ」

「あははは!確かにそうかもね。ふっはっは!」


笑い過ぎじゃね?

自分で言っておいてなんだが、ちょっと傷付いた。

本当に疲れているのだろう。

変な笑い方をしている。


「いや悪い。正直、君がいてくれて本当に助かっているという話さ」

「そんなに役に立てているとは思っていないけどな」

「人というのは意外と、自分が思っている以上に誰かの役に立てているものさ。少なくとも俺は、とても助かっていると思っているよ」


そう......だろうか。

元はと言えば俺が始めてしまった悲劇でもある。こうして褒められるのは、心苦しいものだ。


「それに、俺が思いつかないような考えを持っている。全員で力を合わせることは大切だが、違う意見を持つ必要もある。選択肢は多い方が良いだろう?」

「それは、そうかもしれないな......」

「だから、もっと自分に自信を持っていい。あの時は王様にも説得され、君の力不足というのにも納得してしまった。何より俺が、守り切れる自身が無かった。だから、危険な目に合わせないという自分への言い訳として、追放を認めたんだ」


追放の時の、如月の気持ち......か。

今更だ。

別に気にしていないと言えば嘘になるが。


「だからすまない。本当に、悪かったと思っている。ごめん」

「いいんだ。分かってる」


分かっていた事だ。

あの場で本当に俺の事を鬱陶しいと思っていたのは、高津と小森さんら辺だろう。

しかし足でまといだったのも事実だ。

いや、「だった」では無い。今でもそうだ。


「だが今回の一件で、君が優秀だということは証明されたはずだ。これからも、よろしく頼むよ」

「そんな......優秀という程でもないだろ。ただ俺は、頑張って皆に付いていくだけだ」


ミッシェルも力になってくれている。

俺でも、少しだがやれることはある。

そう思わせてくれる如月は、本当に良い奴だと思った。


「改めて、ようこそ。勇者パーティーへ」


如月は、手を差し出して来た。

握手だ。

俺は今、やっと認められたような気がした。

このパーティーに居ていいんだと、俺も勇者パーティーなんだと、そう思えた。

まだまだ力不足だし、迷惑を掛けてばかりだが。

とても嬉しかった。

だから俺は、如月の手を握り返して笑顔で言った。


「あぁ、ありがとう」


俺達は、お互いに笑った。

如月きらさぎ 正志まさし

正直に言うと、あまり好かない奴だった。

誰にでも優しく、誰からも愛されている。

文武両道、成績優秀、優しいイケメン。

まるで漫画の主人公だと、そう思っていた。

だから嫌いだった。

だが、こうして正面から話してやっと分かった。

こいつは、本気なんだと。

この優しさは、如月の本心から来るもので、優しくしようと思ってやっている訳では無いのだと。

本当にただ、良い奴なのだ。

それに気付くことが出来て、今日は良かった。


「また明日も頼むよ」

「あぁ、お前も頑張ってくれ。なんなら、もう捕まえて来てくれてもいいんだぞ?」

「ははっ、寄せよ。それが出来れば苦労はしていない」


それから俺達は、それぞれの部屋に戻った。

もう眠たくないと思っていたが、ベッドに入ると意外と眠れそうな気がした。

何だか少しスッキリした気分だ。

如月が勇者で良かったと心から思う。

いや、あいつだから勇者なのだ。例え力を持っていなくても、如月は勇者パーティーだっただろう。


「勇者か......」


もっと少し頑張ろう。

そう思えた夜だった。

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