第13話 上級の魔物

何も思いつかない。

俺が出来ることは、ただここで食べられるのを待つだけのようだ。

身体は拘束されて身動きが取れず、口も塞がれている為、魔法の詠唱もできない。

詠唱無しで使える固有魔法でも、回復魔法では俺の怪我を治すのが限界だ。

仮にここから抜け出せたとしても、大量の蜘蛛によって再び捕まるだけだ。


「............」


ぐちゃぐちゃという音がやみ、赤い目がこちらを見た。

ついに食事が終わったようだ。

次は、俺だ。

もう諦めるしか無い......そう覚悟を決めた時だった。


「ウォオオオオオオオン!!!」

「──────ッ!!?」


響き渡る声。

洞窟内を反響し、全身がビリビリと痺れるような衝撃を感じた。

恐怖。

それと共に引っ張り出される記憶。

身体中が拒否をしている。早く逃げろと叫んでいる。

いつだって忘れた事は無い。

この咆哮は、奴だ。


「ウォオオオオン!!!」


嘘だろ......?

ヴァリアレプス。

まさか、生きていたとは。


「ヴォゥ!!」


ヴァリアレプスは、その巨体にして非常に動きが速い。

それこそ、目で追うのがやっとのように。

上の方の穴から、ジャンプした。そして、俺の目の前の女王目掛けて一直線に落下する。

女王蜘蛛も抵抗しようとするも、呆気なく踏み潰されてしまった。


「ブフッ」


俺に目もくれず、鼻息を荒らげ、どこが美味しそうに見えたのか女王蜘蛛を食らい始めた。

蜘蛛も巨大なだけあって、硬い装甲の下には身がたっぷり詰まっていたりするのだろうか。

そう考えると、蜘蛛と言うより蟹に近い種なのかもしれない。

だが、いくら女王を倒したと言えど、巣のど真ん中で悠長に食事を楽しむ暇は無い。

まだ小蜘蛛達が残っているのだ。


「......!」


小蜘蛛達は、女王を失ってもまだ抵抗の意志を見せていた。

未だ食事中のヴァリアレプスに向けて、一斉に飛び付く。

が、ヴァリアレプスもそれに気付いていた。

食事を中断し、前足を上げて振り払う。

軽くだ。

軽く、まるで手招きでもするように前足を動かしただけで、蜘蛛を貫通して地面まで抉れる程の斬撃が飛んだ。


「......!?」


ヴァリアレプスの爪攻撃は、岩の装甲だろうと関係無く引き裂いた。

なんという威力だ。

いくら小蜘蛛の数が多かろうと、ほんの一振で一掃されてしまえば関係ない。


「ッ!」


その斬撃が掠り、運良く俺の糸が切り落とされた。

地面にさえ落ちれば、地面の突起に口元を擦り付けて糸を剥せる。


「ぶはっ、はぁ、ファイアーボール......!」


小さな声で囁くように詠唱し、魔力を微量だけ使って小さなファイアーボールを作る。

その火で糸を焼き、何とか拘束を解くことに成功した。


「......よし」


後は脱出だ。

しかし、この状況はただ俺を食うやつが変わっただけ。

違いとしては、まだ俺の存在が奴に気付かれていない所か。

未だに小蜘蛛達と戦闘を行っているヴァリアレプス。逃げるなら今の内だが、どうにも逃げ場が見当たらない。

来た道も分からなければ、脱出する穴も見つからない。

取り敢えず、この場を離れよう。

ゆっくり立ち上がり、こっそりと歩いてどこか隠れ場所は無いかと探そうと思ったその時。

地面から突き出ていた岩に、つまずいてしまった。


「あっ」


転びはしなかったが、耐える為に咄嗟に出た足が思いっきり地面を踏んだ。

タンッという音が響いた。

一瞬だけ訪れる静けさ。

そっと振り返ると、既に全ての小蜘蛛を倒し終えたヴァリアレプスの姿があった。


「......最高」


俺の体は、考えるよりも先に動き出していた。

走る。

ただそれだけに、全てを費やした。


「はっ、はっ、はっ、クソ!!」


岩を盾にしたり、間一髪の所で攻撃を回避したりなど、ギリギリの逃走だ。

だが、どんなに走ってもすぐに追いつかれてしまう。

ただ逃げるだけじゃ駄目だ。


「やるしかないのかよ!」


振り向くと、もう目の前までヴァリアレプスは来ていた。

素早く背中からバックラーを取り出し、左腕で構える。

そして右手の平を突き出し、詠唱。


「サンライトォ!!」


魔力を多く込めたサンライト。

洞窟内を、一瞬だけ強い光が照らした。

目眩しだ。

俺は盾で光を防ぎ、そのまま右手で剣を引き抜く。


「フレイムブレード!!」


剣に炎を纏わせ、思いっきり振り下ろした。

剣は、しっかりとヴァリアレプスの腕に命中する。

だが、全く効果があるようには見えなかった。


「硬ぇ!」


と言うのも、ヴァリアレプスの皮膚は、ただの剣では傷一つ付けることができないという事だ。

そして毛も、炎が効かないような素材となっていた。

本来、上位の魔物というのはベテランの冒険者が十人以上の大規模パーティーでやっとだ。

それが、ただの追放された回復役たった一人なんかで倒そうと思う方が間違っている。

ノーダメージは当たり前。

俺の渾身の一撃は、ただヴァリアレプスを怒らせただけに終わってしまった。


「プロテクトアーマー!」


目眩し状態が治ったヴァリアレプスは、爪攻撃を仕掛けて来る。

それを読んで、予め強化魔法を施した。

プロテクトアーマー。魔力によって筋肉を硬質化させ、防御力を高める。代わりに動きは鈍くなるが、ヴァリアレプス相手では速さで勝てない。

このままバックラーで受け止め、カウンターでもう一撃入れる。

効いていないように見えても、何度も繰り返す。

同じ場所を叩けば、ダメージも少しづつ蓄積するはずだ。


「マジックシールド!!」


ダメ押しに、魔力で障壁を張るシールドも使った。

しかしシールドはすぐに破られ、ガギィン!という音がバックラーから聞こえる。

そして、目の前でバラバラに分裂された。


「は?」


赤い液体が飛び散るのか見えた。

痛みは無い。

ただ、俺の左腕もろともバックラーが切り刻まれてしまったのだった。


「貫通しやがった......!」


バックラーや防御魔法が無ければ、どこまで無くなっていたか分からない。

ただ、今できる俺の最大の防御でも、左腕は持って行かれてしまった。

変に落ち着いている。

腕が無くなったと言うのに、やけに冷静だ。

きっとここが異世界で、俺の固有魔法なら腕くらい治せるから安心しているのだ。

しかし、トラウマを克服出来た訳では無い。


「ついに、終わりかもな」


どの魔物でもそうだ。

対峙すれば、俺の足はガクガクと笑いだし、腕も肩も震えが止まらない。

顔は強ばって苦笑いをしたような表情だと言われた。

そして、結局自分ばかりに回復魔法を使うことになるのだ。


「フレイム!!」


剣の間合いまで近付けないと考え、しまう。

右手だけでは、魔法が精一杯だ。

もちろんフレイムなんて効くわけがない。

ヴァリアレプスは、簡単に炎を振り払って近付いて来る。

そう来るのであれば、魔力を多く消費する事になるがこのままフレイムを出し続けた。

そして、視界を隠して近くの岩裏へと隠れた。

一時しのぎにしかならないが、今はそれで充分だ。


「使うしかないか」


最初に食べた時からずっと避けていた。

ミッシェルに続いて、何故か俺も依存症にならない。

それが体質なのか、食べた量なのか。

分からいが、俺も依存症になってしまうの懸念していた。

だが今なら、誰もいない。

バッグの中に入れていた瓶を取り出す。

サナティオをすり潰して作ったポーションだ。


「覚悟を決めろ、俺!」


一気に飲み干す。


「ん......?」


何も起こらなかった。

どういう事だ......?

なんで......他の人は、数秒も経つ頃には全快だったというのに。


「俺には、何の効果も無いのか......?」


何故だ......?いや、今考えていても仕方ない。

使い物にならないのなら、俺の固有魔法で回復するしかない。


「何か、他に手は無いのか......」


回復出来たところで、俺の戦闘力が上がる訳では無い。

狼は鼻がいい。血の匂いですぐにバレてしまう。それまでに、なんでもいい。何か策を練らなければ死ぬ。

俺が今使える手......俺の初歩的な魔法では、奴に傷一つ付けることは出来ない。

このままゾンビ戦法というのも、上級相手には限界がある。

俺が他人から秀でているものと言えば......強いて言うなら、固有魔法のオールキュア。

死以外の全てを回復する事が出来るが、回復速度が絶望的に遅い......使えない。

普通の回復魔法と違うのは、生物以外にも回復魔法を使う事が出来るという......事......だ。


「そうだ......バラバラになった木だって、元の部分が集まって治った。という事は......!」


試しに左腕へ魔力を集中する。

オールキュア。腕を治す。

魔力出力を上げ、効果を上昇させる。

すると、遠くの方で俺の左腕がピクッと動いた。


「......!」


そうか......今まで気付かなかった。

俺の能力は、治す訳じゃ無い。

戻しているんだ。

元の形に。再生ではなく、巻き戻し。

俺の左腕は、空中を飛んで俺の元へと戻って来た。


「しまっ────」


た。

飛んで来る腕を、奴に見られた。

ヴァリアレプスが、そんなチャンスを逃す訳が無い。

慌てて岩陰から退避をすると、ギリギリの所で斬撃を回避する事が出来た。


「あっぶねぇ......」


やはり遅い。

完全に腕がくっつくまでに少し時間がかかる。

だが、今はこれで充分だ。

俺が本当に欲しかったのは左腕じゃない。

左腕が持っていた、バックラーの持ち手だ。


「おい......ワン公!てめぇ散々やってくれやがって!覚悟しろ!」


安っぽいセリフで気合いの程を伝えると、俺はヴァリアレプスに向かって突進した。

奴も驚いたのか、一瞬だけ怯んだ。今まで、わざわざ向かって行くような奴に出会った事が無かったのだろう。

その隙を突き、至近距離まで近づく。

そして、顔面に向かってバックラーの持ち手で殴り付けた。


「うぉおおおおお!!!」


一瞬だけ回復魔法を強め、バックラーを回復させる。すると、バラバラになったバックラーの破片が勢いよく飛んで来て、左手で持っている持ち手に集まった。


「グゥオオオオオオオ!!」


ヴァリアレプスの顔に、その破片が刺さる。

口や目など、柔らかい部分だ。

目が弱点じゃない生物など、この世には存在しないだろう。それはこの世界でも同じはずだ。

流石の最強狼も、急所に当たってはひとたまりもない。


「エンハンス・スラッシュ!!」


斬撃強化の魔法。

痛々しく仰け反っている隙に懐に入り込み、腹に向かって剣による一撃を加えた。

背中や腕に比べ、少しくらいは柔らかいはずだ。

俺の思惑通り、剣は通った。だが切れるには切れるが、浅い。

蹴られる前に、すぐに離脱した。


「くっ......!ウェーブスラッシュ!!」


剣を振ると、魔力の塊が放出される。

斬撃を飛ばす魔法だ。

他の剣を強化する魔法より威力は劣るが、近接武器で遠距離を攻撃できるのが強みだ。

その効果の通り、ヴァリアレプスに傷一つ付ける事も出来なかった。

今はこれでいい。ただヴァリアレプスからの追撃を阻止しただけで。

だが、それにしても毛の一本すら切る事も叶わないとは。


「はぁ、はぁ、はぁ......」

「グルルルル......」


これが、今の俺の限界か。

もう手札が無いという訳じゃない。しかし、そのどれも通用するとは思えない。

顔を怪我したヴァリアレプスは随分とお怒りのようで。俺にはもう、どうする事も出来ない。

だが......どうせなら最期まで足掻いてみせる。


「うぉおおおおお!!!」


ダダッと、素早い足音がした。

ヴァリアレプスは、目の前で前足を振り上げている。

足音は、ヴァリアレプスとは別の方向から聞こえた。


「───────!!」


速い。

車のように大きな体で、岩場を難なく駆ける三つの頭。ケルベロスのサーベ。

小森さんの召喚獣だ。

そしてその背中にには、銀色に輝く鎧を見に纏った男。勇者、如月の姿があった。


「如月!?」


如月は俺を横目で確認すると、サーベから飛び降りてヴァリアレプスと俺の間に立つ。

ヴァリアレプスにとって、相手が代わった事は問題では無い。どんな生物であろうと、必ず屠って来た最強の狼。

相手が誰であろうと、ただ爪で斬り裂くたけだ。

だがそれが仇となった。


「────────!!?」


ヴァリアレプスの斬撃は、そっくりそのまま......いや、それ以上の威力で跳ね返っていた。ヴァリアレプスの腕は、自らの斬撃によって四枚におろされる。

それに比べ、如月はノーダメージ。武器も盾も持たず、ただ剣の柄を持って構えているだけだ。

フルリフレクター。

あらゆるものを反射する、如月正志の固有魔法。


「ウェーブスラッシュ」


如月は、魔法を唱えながら居合切りのように剣を抜く。

すると、魔力の斬撃はヴァリアレプスの大きな体を両断し、背後の壁まで貫通してしまった。

決着は、一瞬で着いた。


「............ッ!!?」


何だ......この威力は。

俺の知っているウェーブスラッシュでは無い。

如月は、魔力の出力が高い。だがそれにしても、ただのウェーブスラッシュでこんな威力が出るなんて......。


「大丈夫かい?明来君」

「え?あ、あぁ......大丈夫だ。ありがとう如月」


ヴァリアレプスは逃げなかった。例え、顔を怪我しようと前足が壊れようと、引くことをしなかった。

それが、奴の敗因だ。

この勇者如月の前では、上級魔物も脅威にはならない。

まさに、最強の男だった。


「アクルぅうう!!!」

「ミッシェル......!」


他の皆も後から駆け付けてくれた。

ミッシェルは、まるで久しぶりに会えたペットの犬のように抱き着いて喜んでくれる。猫なのに。


「良かったぁ!無事で!怪我してないか!?」

「したぜ。でも治った。それより、どうしてここが?」

「あぁ、あの子の鼻と」


と、サーベを指さす。


「私の耳だぜ。ヴァリアレプスの威嚇が聞こえた時は、絶対にアクルだと思った。どうやらヴァリアレプスの威嚇は、大物を見つけた時にするらしいからな」

「そうなのか。なら俺じゃなくて、あのデカい蜘蛛だろうな」


俺は、女王蜘蛛の死骸を見て言った。

ミッシェルはそれが気になったようで、近くまで見に行った。


「こいつはアクルが?」

「いや、ヴァリアレプスだ。ここに居た全ての蜘蛛はヴァリアレプスが全滅させた。俺はその蜘蛛達に、ここまで連れ去られたって事だ。女王に食べさせたかったらしい」


自分の失態を恥もせずに語る俺は何なのだろうか。

そんなことよりも、皆が助けに来てくれた事が何よりも嬉しかった。

結局倒すことは出来なかったが、ヴァリアレプスを相手に少しでもダメージを与える事は出来た。俺も、あの時よりは少しでも成長出来たという事だろうか。


「何よりも、明来君が無事で良かったよぉ。もう会えないかと」

「早瀬さん......」


早瀬さんは、涙目ながらに再会を喜んでくれた。

俺も会えて嬉しい。本当に。

何度も諦めたが、こうして生きている。その事に、感謝してもしきれなかった。


「本当にありがとう。助かったよ」

「いや、俺の注意不足だった。明来君、すまなかった」

「いやいや、あんな穴に落ちるようなドジをした俺のせいだ。それに、俺のリベンジも一応は出来た訳だしな」


ヴァリアレプス。

俺が勇者パーティーを抜ける事になった、直接的な要因。

上級魔物で最強の狼だ。


「そのことなんだけど......確かにあの時、俺達はヴァリアレプスを倒した。それは間違いない。だからこのヴァリアレプスは、あの時のヴァリアレプスの子供か、もしくは単に別の個体が居たのか......そのどちらかだろう」


最強の狼は、この山では一体しか目撃情報が無かった。

だから、この山で唯一のヴァリアレプスなのかと思っていたのだが。

どこに隠れていたのか、三年が経った今再びその姿を現したのだ。


「どちらにしても、上位の魔物である事には違いない。ハイテリトリーは、いつどこで何が起こっても不思議じゃないからね。こうして他の上位種の巣を襲撃するような猛獣もいる」


全く、恐ろしいものだ。

だがそのお陰で、俺か生き残れたのもまた事実。

生きるか死ぬか。殺伐とした場所が、このハイテリトリーなのだ。


「先を急ごう。まだヴァリアレプスの別個体が居るかもしれない」

「そうだな。それが良い」


とは言ったものの、どうやって出ようか。

俺が来た道を引き返して、気は進まないがディモルンでもう一度上へあげてもらうか。


「皆はどこから来たんだ?」

「向こうの穴だよ。明来君は、結構な距離を移動したみたいでね。それなりに落ちて来たわけさ。しかし......山の中にこんな洞穴があったとはね」


本当にその通りだ。

俺がドジをして落ちたお陰か、この洞窟を見つけることができた。

自然に出来たものなのか?それにしても綺麗に掘られている。

人工とは考えにくいが......だとすると、蜘蛛が巣を作るために掘った可能性の方が高い。


「ねぇ、まだこの洞窟続いてるみたいだよ」


早瀬さんが、道を発見したようだ。

皆が来た方向とは真反対の場所。という事は、本来俺達が進んでいた方向と同じか。

洞窟内の方が高低差も少ないし、山道を登ったり下ったりするよりは楽だろう。


「行ってみようか」


俺達は再び進み出した。

今度は山から、洞窟へと道を変えて。

コプティラ王国へ向けて、歩み出す。

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