第10話 最速の尖兵

メリアスさんが居ない?

はぁはぁと息を切らしながらも、ミッシェルは状況を説明してくれた。


「私はずっと見ていた......どこから出てこようと、私の目を盗んで研究室から出る事は出来ないはずだった。なのに」


いつの間に......?

俺だって、早瀬さんと話している時もずっと横目で見張っていた。

メリアスさんの研究室は、常に視界に捉えていたはずだ。

なら、一体いつ......?

一体どこで抜け出したというんだ?


「......魔物」


俺達三人が、全員目を離したと思われる場面。

それは、魔物出現時。

あの突如として現れた大きな衝撃で、俺達は視線を外せざるを得なかった。


「抜け出したのなら、魔物が発生したあの時だろう」


だが、そんなタイミング良く魔物が現れるとは思えない。

しかも、あんな巨大な奴だ。

どこかに隠しておけるような代物では無い。


「もしかして、魔晶石を使ったのかも」

「魔晶石?」


魔晶石とは、魔力の籠った結晶体の事だ。

非常にレアなアイテムで、普通は中々手に入らない物だ。


「実は魔晶石は、生物を魔物に変える力があるの」

「なに?どういう事なんだ?初耳だぞ」


魔物の発生は長い間不明だったはず。だから、魔物系統の生き物は全て魔王が作り出しているというのが定説だった。


「え?一年前には公開した情報のはずなんだけど......」


......そうか、勇者パーティーは魔王討伐への旅路で、その答えに辿り着いていたのか。

ただ俺の住んでいる場所が田舎過ぎて、情報が回って来なかったのだ。


「ご、ごめん。俺が辺境の地なんかで暮らしてたせいだ」

「いいよ。気にしないで」


ここに来て田舎暮らしのデメリットが出てしまったな。

このままずっと知らないままだと想像したら......恥ずかしい限りだ。


「例えば動物に魔晶石を近付けると、魔晶石から魔力がその動物へ送り込まれる。そして動物の魔力許容量を超えた時に、魔物化する。もちろん、全ての魔物がそうやって現れたとは言い切れないけどね」


魔力とは水のようなものだ。

例えるなら、俺達の体は大きな容器で、魔力というのはその容器に入っている水だ。

この世界では誰しも、植物にだって水が入っている。

だがその容器の大きさは様々で、同じ個体でも容量は全く違う。


「つまり、あの植物型魔物は今この場で魔物化したという事か」

「多分ね」


それなら納得がいく。

突然現れたのも、植物型がこんな町中に発生したのも。

それにしても驚くべき情報だ。

まさか魔晶石で魔物が作れるなんてな......まぁ、全ての魔物がそうやって生まれて訳では無いとは俺も思うがな。

魔物の数や生息地と、魔晶石の数に差があり過ぎるからな。

......っと、この話はまた今度で良いだろう。


「植物なら、安易に持ち運べるしね」


元となる植物も、メリアスさんなら豊富に持っている訳だ。

という事はやはり。


「囮......か」


間違いなく黒。

勇者パーティーの存在を知っておきながら、このタイミングで姿を消すとは。

そして、未だに現れない所が何よりもの証拠。

メリアスさんは、俺達から逃げるために魔物を町へ放ち、研究室を抜け出したのだ。


「逃げ出す......ということは、何か大事な物を持っている。または、知っているか......だな」


逃げるのには何か理由がある。

サナティオを盗った盗賊達と何の関係があるのか。


「なぁ......家に地下通路があって、そこから抜け出したとかいう可能性は無いのか?」


とミッシェルが言った。

確かにそれなら、俺達が見えていなくても当然だ。

家の中から、こっそりと町の外へ逃げ出してしまえば良いのだからな。

しかし、その事は初めから考慮している。


「その可能性は低い。根拠は部屋の真ん中にあった噴水だ」

「噴水?」


あのオシャレな噴水。

というより、井戸だな。おそらく辺り一面にあった植物の水も、あれで賄っているのだろう。


「あの噴水......飲水になっていた。という事は、研究室の下に地下水があるという事だ」


町の代表の娘だからなのか、良い場所に研究室を建てたのだろう。

おかげで植物達は元気にすくすく育ち、町を破壊したよ。


「地下水が流れているのに、下手に地面を掘って進む事は出来ない。いくら魔法によってトンネルを作る事が簡単だとしてもな」


地中から逃げようとすれば、自分が溺れてしまう危険性がある。

そこから隠し通路などは作っていないと、予想する事が出来る。


「魔物を町に出して、囮にしたのが良い証拠だ。隠し通路があるなら、魔物なんか使わずこっそり逃げればいい事だからな」


ズゥンと、また近くで大きな音がした。

視界が揺れる。

音がした方から悲鳴が聞こえるのと同時に、早瀬さんの姿が消えた。

どうやら、また魔物が現れたようだ。


「くっ、言ってる側から!」

「まだ魔物が現れるということは、メリアスはまだこの町から出られていないという証拠だな!」


ミッシェルと、現場へ向かって走りながら話す。

まぁ、もうどうせ終わってるんだろうけど、向かわない訳にはいかない。


「そうだ!おそらく協力者がいるはずだ。本人が魔物をばらまいていたらすぐに位置を特定されてしまうし、顔を見られていない協力者ならいつでも町から出られる」

「なるほどな!」


現場はそう遠くは無かった。

瓦礫の山が見えて来たところで、すぐに魔物と早瀬さんの姿が見える。

ただし、魔物は死骸だ。

やはり戦闘は終わっていた。


「明来君!こっち来て!」


早瀬さんに呼ばれる。

何事かと思って行くと、座り込んでいる市民が居た。

怪我人だ。魔物の攻撃を食らって、腕を怪我してしまったようだった。


「大丈夫ですか?今、治します」


血が出ているが、そこまで重症では無い。

俺の固有魔法なら、少しだけ時間はかかるが綺麗に治すことが出来る。

俺は、怪我の場所に触れない程度に手を添えて魔力を注ぎ込んだ。

少しづつだが、怪我が回復していく。

やっと俺の仕事が出来た。


「あ......あぁ」

「どうしました?」


何か喋ろうとしている。

意識はあるようだが目が虚ろで、俺のことを見ていない。


「あぁ、あの実を......あの実が食べたい」

「......ッ!」


今......なんて言ったんだ......?

『実』と......そう行ったのか?


「あれなら一瞬で怪我を......」


サナティオだ。

この人は、あの実の存在を知っている。

そして、食べた事がある。


「一瞬で怪我を治せたんですか?」

「あぁ......素晴らしい果物だった。また食べたい......もっと食べたいぃい!」


広まっていなかった訳じゃない。

一部の人達は、サナティオを食べていたのだ。

ただそれが表に出ていなかったのだ。


「明来君、まさかその人......」

「あぁ。中毒者だ」


怪我を治し終えても、この人はずっと上の空だった。

『あの実』とブツブツ呟いてばかりで、俺も早瀬さんも、魔物さえも眼中に無かっただろう。

誰からその実を受け取ったのか、どこで食べたのかを聞いても、何の反応も示さない。

心ここに在らず......だ。


「絶対にメリアスを捕まえる」


まだ確定した訳じゃない。

だが、メリアスだと決めつけられる証拠はいくつも出て来ている。


「うわぁぁあああ!!!」


またすぐ近くで悲鳴が聞こえた。

魔物の発生だ。

全く、いったいどれほど発生させられるというのか。

複数箇所に魔物。

未だに如月達が合流して来ないのは、おそらく南門の方にも魔物が複数発生しているのだろう。

勇者パーティーなら中級の魔物くらい瞬殺出来るとしても、複数体現れればそれなりに対処に時間がかかってしまう。

どこに発生するのか予想もつかないだけあって、攻撃されてからでなければ魔物に気付かない所も厄介だ。

しかしこれではただの消耗戦。

魔物に出来る植物や魔結晶のストックがどれほどかは分からないが、中級程度どうにもでもなる。

......いや、そもそも勇者パーティーなら中級魔物ぐらい瞬殺すると分かっているはずだ。

すぐに無くなる手駒、包囲されている場所から、俺ならどう逃げ出すか......


「目的は時間稼ぎでは無く、注意を引くことだけ......?」


勇者パーティーは、どんな小さな驚異でも見逃さない。

それを逆手にとって、市民を襲わせる事で俺達を誘導する。そして、勇者パーティーの居ない門なら無理矢理突破することも出来る。

魔物に夢中で気付かなかったかま、いつの間にか門からは結構離されてしまっていた。


「俺達が二手に別れ、そのメンバーを把握していると考えるなら......狙うのはこっちの北門だ」


南門には勇者がいる。

どう頑張っても勝てるわけが無い。それなら、勇者パーティー新人の俺とミッシェルが居る方からなら、逃げ出せる可能性が僅かに高いと考えるだろう。


「北門だ!魔物は誘導する為で、持って本命は門から引き剥がす事だ」


こんな簡単な事に気付かないなんて。

言い訳をするなら、勇者パーティーの実力に驚かされて、集中出来ていなかったとかかな。

だが、諦める訳には行かない。まだ間に合うはずだ。

魔物を放ったのがメリアスだとしても、操作している訳では無い。放った本人だって攻撃される危険があるはずだから、そう大胆には動けないはず。


「俺達より早瀬さんの方が速い。北門へ向かって、メリアスを捕まえて欲しい。魔物は、俺達が食い止める!」

「え!?で、でも......」

「適材適所。俺なら、倒せなくとも耐えることは出来る」


そのための回復魔法でもある。

それに、今はミッシェルが居てくれる

ミッシェルと俺なら、中級の魔物くらい何とかなるはずだ。

だって元勇者パーティーと、元王国騎士だ。

それに、魔物を倒せなくてもいい。市民を助けられればそれでいい。

向こうと同じ作戦。注意を引くだけだ。

俺が弱くたって、魔物の注意を引ければそれでいいのだ。


「早瀬さん」

「なに?」

「頼んだ」

「任せて!」


ビュンッ。

と、風と共に行ってしまった。

メリアスの事は頼んだ......必ず、捕まえて来て欲しい。

その代わり、こっちは任せろ。


「よし......ミッシェル、また二人で頑張ろう」

「巻き込みやがって。ま、私ならこれくらい朝飯前だぜ」


ミッシェルは、まだ綺麗なままの武器を取り出す。

ミッシェルは二刀の短剣を両手で逆手持ちする、機動力を生かした闘い方だ。

逃げ回って、生存力の高い立ち回りが出来る。

俺も、今までは片手剣で何となく闘っては居たが、今回は盾を導入した。

回復役が最初に死んでは元も子もない。

実は、過去に一度盾を使った事があるが、これが案外邪魔で中々剣を振りにくかった。

そこで今度は盾を小さくし動きやすくした。バックラーと言うやつだ。

防御力は下がってしまったが、致命傷さえ避ければ回復出来るので問題は無い。

痛いけど。


「行くか」


俺達は、その場を後にした。

再び建物の崩れる音や悲鳴が聞こえる。俺達は急いで音のした方へ向かった。

早瀬さんの為に時間を稼ぐ。

それぐらい、やってみせるさ。


「よし......おい!こっちだ馬鹿ども!!」


片手の中に魔力を集める。魔力を炎に変換し、丸い塊をイメージする。


「ファイアーボール」


炎で出来たボールを、魔物に向かって投げ付けた。

そんなに遠い距離でも無いので、命中する。

植物には炎が有効。誰がどう考えても常識だ。

それは魔物になっても変わらない。

だが、中級の魔物に対して炎の玉を当てた所で、特別大きなダメージになる訳では無かった。


「ま、そうだよな」


魔物の方へ向けて、暴言を吐きながら走って行く。何発も何発もファイアーボールを連発すれば、流石に振り向くだろう。

植物型は基本的に目が存在しない。代わりに、全身で音を感知したり温度を感じ取ったりと、特殊な方法で周りを把握する。

取り敢えず音を出して、誘き寄せてみる。

別に知能も高い訳でもないから、悪口を認識できる魔物は居ないだろう。

だが、どうせ呼び寄せるなら暴言の一言でも言いたいものだ。


「にゃはは!口悪いなぁ」


だが食い付いた。

俺の見えないところで破壊活動を行っていた魔物達も、ゾロゾロとこちらへ向かって来ている。

こんなに居たのか......思ってたよりも少し多いが、何にせよやる事は変わらない。


「さぁ、かかって来い!」


魔物は、太くて長い触手を振りかぶった。

植物型魔物だから、特に咆哮などはしない。

だが、気合いの入った触手攻撃だと分かる。これに当たれば、間違いなく大ダメージだ。


「ふっ」


大振りなら、比較的避けやすい。

大きく横に飛び込んで、攻撃を躱す。

だがその先に居た奴に気付かず、触手攻撃が飛んで来る。

咄嗟にシールドで防ぐが、やはり一撃が重い。一人で倒せる下級に比べて、複数人でやっと倒せるのが中級だ。

つまり、パーティーで挑むのが前提。

一人で闘うという事は、タンクと回復と攻撃を全て自分一人でやらなければいけないということだ。


「にゃはァ!!」


俺が攻撃を受けて、隙が出来た魔物にミッシェルが攻撃を入れてくれた。

そのまま動き回り、何発か短剣で切り刻んだ所で魔物は倒れた。


「アクル!まだまだ来るぞ!」


そうだ。今は一人じゃなかったな。

ミッシェルが居てくれる。俺にとって、最強のアタッカーだ。


「おう!」


俺は無理に攻撃をしなくていい。どうせ俺の魔法なんてダメージを与えられているのかすら怪しい程に通用していない。

植物型は、広範囲でリーチの長く、読みにくい攻撃が特徴だ。そして触手を使う奴は手数も多い。

ミッシェルなら問題なく避け切れるだろうが、俺はそうもいかない。

だから、ミッシェルには攻撃に集中してもらい、俺は攻撃を受けることに集中する。

敵を引き付け、俺にヘイトを向ける。そこにミッシェルが攻撃を叩き込む。


「かかって来い!俺が相手になるぞ!」


最強の戦術だ。

そう思っていた。

足下の地面がボコッと盛り上がり、それに気付いて下を見た時にはもう遅かった。

地面から触手が生えて来ていて、その触手は俺の脇腹を掠めて行った。


「ぐっ!」


何故想像出来なかったのだろう。

相手の攻撃方法は触手。植物型という事は、ツルか根っこを伸ばしている感じだ。

という事は、地面から来ることも予想出来たはずだ。


「おぉおお!!フレイムブレードッ!!」


炎を纏った剣で、触手を切断する。

太い割には意外と切りやすい。

だが、たかが数本の触手を切断した所で、攻撃が止むことは無い。


「どりゃああ!!」


ミッシェルの叫ぶ声。

俺が引き付けた魔物を、片っ端から倒してくれている。

流石は元王国騎士。中級の魔物にも引けを取らない強さだ。


「大丈夫かアクル!」


脇腹からは多少出血してはいるが、この程度ならすぐに治る。

アドレナリンが出ている為か、痛みはあまり感じない。

ちゃんと回復魔法を使わないと、いつの間にか傷口が大惨事になってしまうかもしれない。


「問題無い!」


とは言ったものの、このままでは正直キツいかもしれない。

絶え間なく浴びせられる攻撃を、毎回避けられる訳では無い。

かと言って、盾で防ぐのにも限界がある。

一撃一撃が重く、腕が痺れるように痛む。

持続回復によって耐えられてはいるが、一発でも致命傷を喰らえばどうなるか分からない。


「数が多すぎる......!」

「にゃは!何を今更。敵が多いから、ハヤセを先に行かせたんだろ?」


あぁ、そうだったな。

早瀬さんならすぐに戻ってくる。

それを信じて、ここで耐えるしかない。

俺達が攻撃をやめると、また町を襲い出してしまう。

攻撃の手を止めず、逃げ回ることに集中する。

もはや体力の限界など、とうに超えていた。

攻撃。

躱す。

防ぐ。

それを、ずっと繰り返す。

敵が倒れるまで。

何度も何度も。


「アクル!!」


振り向いた時には遅かった。

見えていなかった。意識外からの攻撃。

シールドを構えていない方向から、腹に向かって一撃が入る。


「ぐふっ」


だが攻撃が止むことはなく、すかさず別方向からも触手が飛んで来る。

シールドを構えるも、攻撃は再び地面からのものだった。

脚に絡み付いた触手を見て、終わったと悟る。


「しまっ─────」


一気に景色が動く。

自分が高速で動いているのを感じた。

脚が引っ張られ、浮遊感を感じた次の瞬間には、背中から建物へと叩き付けられていた。

意識が飛びそうになる。

いや、いっそ飛んでしまった方が楽だったのかもしれない。

防御系の強化魔法のお陰で一命は取り留めたが、それだけに過ぎない。

痛みと衝撃により、俺はしばらく動けないでいた。


「アクル!チッ、てめぇら邪魔だァ!!」


駄目だミッシェル、来るんじゃない。

既に俺は、何体か引き付けた状態での行動不能だ。ミッシェルも標的になってしまう。


「アク─────ぐあっ」


触手の攻撃を弾き返すも、別の触手によって叩きつけられるミッシェル。

クソ、まだ体が動かねぇ。

力が入らない。魔力が足りない。回復が追い付かない。

まずい。

このままじゃ......。

俺のせいで、ミッシェルまで殺られてしまう。

俺が足を引っ張ったせいだ。

ミッシェル一人なら、もっと上手く立ち回れたはずだ。

だが、ずっと俺の事を気にして......周りをよく見れていなかった。

王国騎士ってのは、そんなに甘い奴らなのか。

すまないミッシェル。こんな事に巻き込んでしまった。

せめて、お前だけでも......!


「ごめん!遅くなった!」


............ッ!!

一瞬。

瞬く間にというその言葉通り、俺が瞬きをするその一瞬の間。突如として目の前に美少女が現れた。

辺りに居た複数体の魔物達が、同時に崩れる。

まるで乱切りされた後のように、肉体がバラバラとなっていた。

まさに神技。美少女の正体は女神だったのか。

否────


「早瀬さん......!」

「二人とも、大丈夫?」


早瀬さんは、片腕に人を抱えたまま登場した。

メリアスだ。

何やらグッタリしているが、気を失っているだけのようだ。見事に捕まえて来てくれたんだな......流石は早瀬さんだ。


「ミッシェル......」

「ミッシェルちゃんも無事だよ。時間稼ぎありがとう。後は私に任せて」


その代わりコイツを頼むと言って、メリアスを俺に渡した。

意識がない人一人を見張っている事ぐらい、今の俺にも出来る。


「すまない......頼んだ」


再び巻き起こる風。

早瀬さんが走った軌跡と、体液を撒き散らしながらバラバラになる魔物達しか見えない。

あれだけ俺が手こずっていた魔物達が、一瞬にして倒されて行く。

これが勇者パーティーなのだと、分からせられる。

安心感と共に大きな劣等感を抱くような景色を見た。

その景色がしばらく続き、早瀬さんは全ての魔物を倒し切ってしまった。


「終わった......のか」


魔物の数は、見えただけでも三十体以上は居た。

あれを一人で、しかも数分とかからずに殺ったというのだから、恐ろしいものだ。

まさに最強。

勇者パーティーらしく、人間離れしていた。

これが最速の尖兵、早瀬はやせ 美月みづきか。


「おーい!みんなー!」


一息ついた所で、如月達が合流した。

よく見ると、頭が三つあるケルベロスのような魔物が傍に着いていた。あれは......小森さんの召喚獣か。

背中には何人か人を乗せているようで、全員ダラッと気絶していた。


「皆無事だったか、良かった。信号団が見えたと同時に、こちらにも魔物が複数体発生してしまってね。すぐに駆け付けられなくて申し訳ない」

「いや、大丈夫。早瀬さんのお陰で、全員無事だ」


そう、早瀬さんのお陰だ。

ミッシェルも、よく頑張ってくれた。攻撃力の無い俺の代わりに、魔物を倒してくれた。

俺にもっと力があれば、皆を安心させられるくらいの実力があれば......そう考えてしまって仕方がない。


「ミッシェル、すまない......大丈夫か?」


ミッシェルの元へ駆け寄って、固有魔法で回復する。

するとミッシェルは笑顔で親指だけを立てて、グッジョブとして見せてくれた。


正志まさし君、この人達は?」

「メリアス=スレッツの仲間だ。本人達に聞いた」


やはり、仲間が居たようだ。

あれだけの魔物を複数箇所でバンバン発生させる事など、いくら魔法があっても難しい。

それに、当の本人は最初研究室に居た訳だからな。

協力者がいるとは思っていたが......四人か。

少し少ないような気もする。

単なる友達か......それとも何かの組織に所属しているのか。

何にせよ、これでメリアスが黒なのは確定した訳だ。

この町にサナティオを撒いた犯人かどうかは分からないが、少なくとも何かに関わっている事は間違いない。


「色々と聞きたいことはあるが、まずは住民の安全が優先だ。まだ瓦礫に埋もれている人が居るかもしれない。手分けして救出しよう。前田君」


前田は俺の事だ。

呼ばれ慣れてない苗字で、少し困惑する。


「怪我人の回復を頼みたい」

「おう」


俺達は、メリアスの前に住民達の救助を優先した。

と言っても、被害がそれほど甚大という訳でもなく、破壊されたのは建物が多い。

やはり目が見えないというのが大きく、当てずっぽうで攻撃している所から、小さな人間には攻撃が当たりにくかったのだろう。

それにしては、俺に対しては随分と正確に攻撃を当てて来たものだ。

おそらく魔力も感知していたのだろう。

常に自己強化魔法を使っていた俺だったから、正確に動きを捉えられたのかもしれない。


「二人ともありがとう。この数の中級相手に、よく持ち堪えられたね」


その言葉、そっくりそのままお返しします。

早瀬さんの場合、持ち堪えるどころか倒してしまっているが。


「こちらこそ。早瀬さんが居なかったら、俺は既に死んでいた」


ミッシェルも居てくれなければ、数分も持たなかっただろう。

やはり俺は、勇者パーティーには向いていない。


「ありがとう」


その言葉は、俺のものでは無かった。

俺が怪我を治した市民。町の人が、お礼を言ったのだ。


「もう痛くなくなったよ。流石は勇者パーティー様だ」

「いや、俺は......」


別に。

何もしていない。

これが橋田さんだったら、こんなに被害は出なかっただろう。

もっと早く片付いていただろう。

もっと上手くやっていただろう。

そう考えてしまう。


「アクル、何か変なこと考えてるだろ」

「ミッシェル......」

「そういう顔してるぜ。でも、悩むのも程々にしておけよ。悩んだだけで強くなるって訳でもねぇんだらさ」


確かにそうだ。

悩んだところで、何も変わらない。

今、最強達と実力の差を比べた所でどうしようもない。

今回、俺は大して役に立てなかった。

だから次にどうするかだ。


「ありがとう、ミッシェル」

「にゃはは!礼を言うのはこっちだぜ。アクルが居なかったら、時間を稼ぐのも難しかっただろうな。ヘイトを買ってくれてありがとな」


ミッシェルは優しい。

俺は、いつもミッシェルに頼ってばかりだ。

早く、一人でも闘えるようにならなくてはいけないな。

誰にも頼らず、たった一人で。


「さぁ、起きる前に場所を移そう」


メリアス達全員を連れて、最初に通された場所、門近くの人が出入りしない小屋まで連れて行った。

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