第8話 ディプノス
「そう言えば、ミッシェルさんにはまだ自己紹介してなかったですね」
「さん付けはやめてくれ、敬語を使われるのは苦手でな。ミッシェルでいいぜ」
「じゃあ、ミッシェル。俺は
「じゃあキサラギだ。というか、今更自己紹介だなんて。勇者パーティーの事なら知らない奴は居ないんじゃないか?」
「それもそうだね。まぁ知っての通り、俺の固有魔法はフルリフレクター。あらゆる攻撃を反射させることが出来る。地味な能力だけど、これでも勇者さ。どうぞよろしく」
「よろしく」
ミッシェルは如月と固い握手を交わした。
ミッシェルは基本、誰とでも仲良くなれる性格だ。俺一人だと正直気まずかった所、心配だからと言って着いて来てくれたのだ。
元王国騎士ということもあって、実力は認められている。
それに、橋田さんと違って戦闘能力の低い俺は一人ではなく、ミッシェルとの二人セットという事なのだろう。
「私は
「おう。よろしく」
後の二人は、ミッシェルの方を見向きもせずに黙りだ。
最低限の会話しかせず、ずっと不機嫌な状態でいる。
確実に俺のせいだろう。絶対に嫌われている。
そして俺が連れて来た謎の獣人も、同じように嫌われる対象となっているのだろう。
「
「黙れ如月。認めるとか認めないとかいう問題じゃねぇんだよ」
高津が如月だけを見て、罵声を発した。
しかし如月は特に怯むようなことはせず、やれやれと困ったような表情で肩を竦めた。
そんな感じで、気まずい馬車は走り続ける。
「取り敢えず次の目的地は、都市ディプノス。まずはサナティオの流通を止める」
サナティオがどこまで広まっているのか分からない。それを知る為にも、近くにある都市ディノプスから調べ始めると如月は言った。
「闇市場で売られていたという事は、普通の商人では無く裏社会で生きる者が関わっていると予想できる。例えば、盗賊が何処かで手に入れた物......とかかな。サナティオの価値に気付くことは、そう難しくは無いだろう」
流石は勇者だ。勘が鋭い。
サナティオを手に入れた盗賊がその価値に気付き、闇市で売った。
そして厄介なのは、その栽培方法も盗まれた事だ。
サナティオは比較的簡単に、大量に増やすことが可能だ。
人の物を盗んでいく盗賊が、例えサナティオの大きなデメリットに気付いたとしても、売ることはやめないだろう。
「ディノプスに着いたら闇市を探ろう。売っている者が入れば問い詰めて、流通の元を断つ」
闇市を探るには、やはりコソコソと動くことが必要となるだろう。
しかし勇者ほど潜入捜査に向いていない人は居ない。そこは、俺達の出番ということか。
顔が割れていない分、自由に動ける。なるほど、そういう意味でも俺とミッシェルを引き入れたのか。
暫く馬車を走らせると、如月は森の途中で停めさせた。
「よし、ここらで休憩しよう。まだまだ森は長い。ここら辺はローテリトリーだし、凶暴な動物や魔物が居ないとは限らないからな。十分注意してくれ」
流石に長時間揺れっぱなしだと腰が痛む。
馬も疲れるだろうし、休憩を挟んでくれるのはありがたい。流石は冒険二週目の勇者パーティーだな。慣れたものだ。
それに注意だなんて、勇者パーティーにしたらこんな所......庭みたいなものだろう。
森と言っても、俺の家の近くにある森よりもずっと開けているし、背の高い木々があったり暗くて深い森という訳でもないのだ。
これだけ見晴らしが良ければ、例え魔物が出現したとしても視認できるはずだしな。
「ふんっ!────はぁぁぁ......」
ミッシェルは、まるで猫のように伸びをした。
他の人達も、それぞれ岩等に腰掛けて休憩する。
腰を回したり、伸びをしたり。
少し走り回って体を動かす奴もいる。
休憩の時くらい装備を外していたいが、この世界の戦闘は突然起こる。
不意を突かれても即死しないように、装備をしているのだ。外していては意味が無い。
「なぁ、勇者パーティーってのに初めて会ったわけだけどよ。ありゃ本当にバケモンだな」
木陰で休む俺の横に、ミッシェルが座りながらそう言いながらそう言った。皆は結構広がって休憩しているし、各々話したりしている。この会話が聞こえていることは無いだろう。
「まだ闘ってる所を見たわけでも無いだろ?」
「まぁそうなんだけどさ。なんかわかるっつうか、なんつうか......感じるんだよな。魔力とか、雰囲気とか」
「ふうん」
ミッシェルは俺よりもずっと優秀だ。
俺は勇者パーティーの凄さをこの目で見なければ分からなかったが、危機感知能力の高いミッシェルだから分かる事なのだろう。
「あとお前、ハヤセとかいう娘の事好きだろ?」
「なっ!?なぜそれを......?」
大正解だ。
前の世界で、まだ高校生をやっていた頃。
俺は早瀬さんの事が好きだった。いや、今もまだ好きだ。
まぁ、ただの叶わない片思いだ。
「にゃはは!ずっと目が追ってたぜ。無自覚だろうが、意識してるのはバレバレだ」
「くっ」
「へぇ、あぁいうのが好きなのかぁ。にゃはは、良い事を知れたぜぇ」
ミッシェルはニヤニヤする。
今まで俺が見たミッシェルの笑顔で、一番悪い顔をしている。
俺が誰を好きになろうと、別に良いじゃないか。
「なぁ、内緒にしといてくれよ。恥ずかしいんだから」
「なんだよ。早く気持ちを伝えないと、取り返しがつかなくなっちまうかもしれないぜ」
取り返しがつかない?
まぁこの世界の人との価値観は違うからな。特に獣人ともなると、割と本能的な所が多かったりする。
ミッシェルなら顔も良いし、相手が誰であろうが強気で行っても失敗しないだろうよ。
「まだそんなに話した事無いんだよ。仲良くなって、それからじゃないと。順序ってものがある。それに、俺と早瀬さんじゃ釣り合わない」
「ふうん......ま、気持ちは分からなくはないけどな。とにかく、あんまりモタモタしてても良い結果にはならねぇって事だ」
「素敵なアドバイスをどうも。参考にさせてもらうよ」
ミッシェルはまた、にゃははと人をからかうように笑った。
そういうミッシェルは、誰かを好きになったりとかあるのだろうか。
今はいなくても、王国騎士時代とか。
「よし、そろそろ出発しよう」
もう休憩は終わりかと思ったが、そうだな。
こんな所でモタモタしては居られない。これは冒険では無く、サナティオ撲滅の旅なのだからな。時間制限がある。
ミッシェルとの恋愛話はまた今度だ。
俺達は、再び馬車に乗り込んだ。
「もう一度整理しておこうか。まず、勇者パーティーの目的としては大きく分けて二つ。一つは、サナティオの売買を断つことだ」
現在、レーヴァン王国では多くのサナティオが出回ってしまっている。
闇市場のみとは言え、一般市民も少なからず手を出してしまっているらしい。
その結果、三分の一程がサナティオを使用し、中毒となっているのが現状だ。
だが幸いにも、レーヴァン王国には優秀な王国騎士というものが存在する。
王国騎士とは、レーヴァン王国を守るために優秀なエリート達を集めて構成された軍隊だ。
警察のような役割を持つ衛兵とは別に存在している。
王国騎士は城内の治安維持は勿論、他の国へ派遣されたりなど、国王の指示によって動くことが基本だ。
そして、今回の件でも王国は動いてくれている。
「レーヴァン王国内の事は、王国騎士に任せていい。俺達は、他国で広がるサナティオの売買を断つ事を第一の目的とする」
レーヴァン王国はドレント大陸で一番大きな国。それ以外の国はどれもレーヴァン程の大きさも強さも持っておらず、王国騎士も存在しない。あるとしても、レーヴァン王国程優秀なものでは無いのだ。
勇者パーティーは他の国々に、魔王討伐の旅でお世話になっているらしい。
その恩もあり、こうして助けに行く訳だ。そうでなくても、勇者なら人々を助けるだろうがな。
まぁ、このままサナティオが広がり続ければこの世界そのものがゾンビしか存在しない最悪の世界となってしまうだろうしな。
「もう一つは、サナティオの依存症になってしまった人を治すこと。サナティオの効果を消すこと......と思えば分かりやすいかな」
現在判明しているサナティオの特性は、超回復と依存性。そして、異常なまでの成長速度と増殖力だ。これらは、俺も王国も知っている情報は同じだろう。
その中でも、依存性という効果を消しさえすれば、サナティオは最強の回復薬となる。
だが、そんな都合良く要らない特性を消すことなど出来るとは思えない。
もちろん回復効果のみを使えるのであればそれに限ったことは無いが、最優先は被害者を治すことだ。
「例えば、強力な依存性の効果を打ち消せる魔法......あるいは固有魔法や、魔道具、存在するかどうかも分からないが、サナティオの効果を無くせるのであれば何でもいい。それらを探す」
もし依存性を無くせないのなら、サナティオはこの世から完全に消えてしまう事になる。
この世に存在しないように。
誰も使用することが出来ないように。
まぁ、この世界が終わるよりはマシか。
「どちらも簡単な話では無い。何せ具体的な原因や対策方法も、何も分かっていないのだからね。現時点ではほとんど夢物語だ。それに、時間が経てば経つほど難易度は増していく」
モタモタしているとサナティオの流通は拡大し続けるだろうし、サナティオの効果を打ち消せる『何か』を見つけたとしても、その方法によっては手遅れということになってしまうかもしれない......という事だろう。
「サナティオの危険性は、その依存性にある。即死などの効果であれば、周りはすぐに使用するのをやめることだろう。だが、依存症というのはすぐに効果が現れる訳では無い。知らずに使って、後から発症する事が多い」
「へぇー、それがイゾンセイってやつなのか」
「そう。そして回復効果だ。おそらく、固有魔法を除いてどんな魔法よりも優秀な性能を持っている。死の目前だったとしても、一瞬で何事も無かったかのように復活する事を可能にする......正に神の果実だ」
正直、今のサナティオはメリットよりもデメリットの方が大きい。
その事を理解していれば、ある程度は使用者も少なくなるはずだが。
「ここでまた大きな問題が生まれる。この世界には他に依存性のある物が少ない。故に、なぜ人が狂っしまうのかに気付くことが難しい。現に、ミッシェルがそうであったようにね。放っておけば、人々が実を使用するのをやめる事は無いだろう」
勇者パーティーが居たレーヴァン王国でも、すぐに広まってしまった。
便利なもの、優れたものを使いたがるのは人間の本能だろう。それは、どの世界でも一緒らしい。
「そろそろ見えて来たかな」
しばらく馬車を走らせていると、やっと森を抜けることが出来た。
そして目の前に大草原が広がると共に、大きな城壁が見えた。
ディノプス。
レーヴァンより南に位置する都市で、馬車なら数時間で着く。
すぐ近くに山がある為、レーヴァンに比べて土地の高低差が激しい。しかしその分、山菜が豊富だ。
政治は共和制で、代表の人達が定期会議で町を作っている。
「着いたら少しだけ休憩して、すぐに行動を開始する。もう既に日が暮れる所だし、奴らも夜の方が行動しやすいだろう。そこを狙うんだ」
正面から堂々と行く。
まずは、サナティオがどこまで広まっているかだ。
巨大な岩の壁で囲まれた都市、ディノプス。
ここに入るにはこの北門と、反対側にある南門しか無い。
必然的にレーヴァンから来た人々は、北門から入る事になる。
だから門番も、こちらの方が厳重だ。
「やぁ、こんにちは」
馬車で門まで近付くと、ゴツイ装備をした門番二人もこちらへと寄って来た。
初めは悪い目付きでこちら側を疑うような目をしていたが、如月の挨拶ですぐに驚いた表情へと変わった。
「なっ、ゆ、勇者様!?」
「何故こんな所に!?」
「実は、ある物を追っていまして。悪いですが、代表の人達と少し話をさせて貰えないでしょうか」
「す、すぐに!」
二人は急いで門を開け、俺達が中に入るのをじっと眺めていた。
最初から最後まで驚いた様子だったが、やはり勇者パーティーというのはお目にかかるだけでも奇跡なのだろう。
そりゃあ、この世界を救った勇者様だもんな。歓迎されて当たり前だ。
「これはこれは勇者御一行様。よくぞいらっしゃいました」
中では、四人のおじさん達が待っていた。
この人達がこの街の代表だ。
「早速で申し訳ございませんが、我々がここに来たことを、まだ住人には伝えないでいただけますか?」
「ほう。何か理由があるのですね」
「ええ、少しお伺いしたいことがございまして」
俺達は、人が出入りしない小屋へと案内された。
中には、テーブルと椅子しか無い。
とてもシンプルな部屋だ。会議室か何かだろう。
「本題に入らせていただきます。サナティオ......という名前の実をご存知無いですか?」
これがその実です。と、如月はサナティオを取り出して見せた。
「ほう......」
「ふむ......」
「初めて見ますね」
「新しい果物ですかな」
誰も知らない様子だ。
という事は、まだ市場には出回っていないのか?
「では、質問を変えます。最近なにか、急に病気が治ったりや怪我が急に治ったりする人は居ませんでしたか?」
「急に治ったり......?」
「または、ずっとゾンビのように何かを求めて居たり......」
「んー......まだそういう話は聞かないなぁ」
はずれ......いや、当たりなのか。
まだサナティオはこの町へ辿り着いていない。
被害者を出していないという事になる。
これは好機だ。
盗賊は、どこかで追い抜いたか、この町に潜伏しているかのどちらかの可能性が高い。
「私の娘なら、何か知っているかもしれません」
一人のおじさんが言った。
サナティオの存在を知らず、まだ被害も出ていないのなら、もう関係の無い話だと思うのだが。
如月は、真面目に聞いているようだった。
「娘さんですか」
「はい。私の娘は、植物の研究者ですから。その果実の事も知っているかもしれません」
「なるほど。良ければその娘さんを紹介してくれませんか」
「もちろんです」
この町の代表の一人に、娘さんを紹介してもらう事になった。
流石に表へ出ると騒ぎになってしまうので、娘さんが働いているというお店へ、こっそり案内してもらう。
「なぁ如月、もういいんじゃないのか?」
「何がだい?」
「いや、ここに被害が出ていないのなら追い抜いたか潜伏のどちらかだ。変に探るより、この町を包囲した方がいいんじゃないのか?」
思い切って勇者に意見してみた。
普通なら許されざる行為だが、俺にとってはただの強過ぎるクラスメイトだ。
それに如月の事だ。きっと魔王を倒したとしても、威張ったりはしない。そういう奴だと、俺は思っている。
「まだだ。まだ実が出回っていないと決まったわけじゃないよ。中毒者が表に出てきてないだけで、実は裏ではもう広まっているかもしれない」
「裏で......?」
「全ての不安は、取り除いておきたいんだ」
相変わらず完璧主義だな。
だが、そういう所が如月を勇者たらしめるのだろう。
完璧な理想を描き、完璧に実行出来る力。
それを持つのが、勇者だ。
「ここです」
町の中、裏道のような所を少し歩く。
こんな装備をガチャガチャと言わせている人達が、これで隠密だと言うのだから不思議だ。
きっと誰もメタルギアをやった事が無いのだろう。
しばらくすると、オシャレな店が見えた。
ガーデン?と言うやつか?
緑に囲まれ、甘い香りを漂わせる店。決して大きいとは言えないが、ここ一体でも目を引く外観だ。
花屋......か。
「異世界にも花屋ってあるんだな」
「言われてみれば、わざわざ足を運んだのは初めてかも」
あっ、早瀬さんが俺の言葉に反応し「確かに。町をゆっくり見て回る事も無かったからね」
「え、ゆ、勇者様!?」
「ああっと、詳しい話は今からするから、取り敢えず中へ」
「は、はい!どうぞこちらへ」
俺達は、花屋の中へと入って行った。
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