第7話 冒険の始まり

ガタンガタンと揺れる体。

ここはどこだろう......硬い物の上で横になっている感覚がある。

あぁそっか......確か私、拉致されて......ということは、ここは馬車?

両腕と両足が拘束されて動けない!?

それに口も塞がれてる!?


「んー!んー!」

「おいおい嬢ちゃん、ちょっとうるさいよ」

「良い子にしてりゃあ、痛い思いしなくて済むからな」


三人の男が、私を見てニヤニヤとしている。

気持ちの悪い視線。ゾワゾワと鳥肌が立った。

一人は馬車を運転していてこちらを見てはいないが、服装から察するに仲間だと思う。

聞いた事がある。人を売ったり買ったりする、人身売買というものがあるのだと。

私、これから売られちゃうんだ......。

いつかこうなる日が来るかもしれないと、心のどこかで思っていたことはあった。

けれど、いざ実際に自分がそういう状況になってみると、どうしようもなく怖くなる。


「ん......?お、おいなんだあれ」

「人......か?」


馬車が止まった。

どうやら、道の途中に人が居たらしい。

四人は馬車を降りて、その人を見に行った。

人が邪魔をして、馬車が通れないらしい。


「てめぇ、何者だ!」

「ただの通りすがりの旅人だ」

「チッ、気に食わねぇな。おめぇら、殺っちまうぞ!」

「フレイム」


それは、一瞬の出来事だった。

男が「フレイム」と唱えた瞬間、四人居た男達が全員燃え盛ったのだ。

そして、ぎゃああああという断末魔の後、男達はは一瞬にして灰と化してしまった。

あの男達を......一撃で倒してしまったのだ。


「怪我は無いか?」


盗賊たちを倒してくれた男は、私の傍に駆け寄ると私を解放してくれた。

優しい声と温かい目。自分の未来に絶望していた私は、思わず泣いてしまった。


「これを食べると良い。すぐに怪我が治る」


そう言って美味しそうな実を渡してくれる。

実は甘くて、心に染み渡るような美味しさだった。


「あ、ありがとうございます......」

「例には及ばんよ」

「あの、よろしければお名前を......」

「俺はアクル。ただの通りすがりの旅人さ」



──────────



「それがぁ、私とアクルさんの出会い......その時助けてくれたアクルさんのお陰でぇ、今の私がありますぅ。えへへ」

「へぇ、そうなんだ」


嘘だ。

残念ながら、これらは全て嘘だ。

シャノンが勝手にでっち上げた、シャノンの妄想の俺。

事実とは全く異なる、シャノンの中にだけある俺。

目が虚ろで、涎を垂らしながらヘラヘラと語るシャノンの姿は、誰から見ても嘘だと分かるものだった。


「なるほど......やはり、症状は実希みきと似ているね」


勇者パーティーのリーダー。

勇者である如月きさらぎ 正志まさしはそう言った。

王城の一室にシャノンを連れ、全員で囲んで症状を観察している。


「ついこの間、実希が嬉しそうに果物を買って来てくれた。市場で見た事のない美味しそうなフルーツを見つけたと、はしゃいでいたんだ。その時は確か、丁度皆が別行動だったから帰ったら食べようかという話になって......」

「実希ちゃんに、先に食べておいてって言ったの。帰るのは結構遅くなってしまって、そのフルーツは実希ちゃんが既に全部食べちゃってたんだよね......」


悲しそうな顔をして語るもう一人は、早瀬さん......早瀬はやせ 美月みづき。勇者パーティーの一人で、橋田さんと最も中の良い友達だ。とても優しくて、友達思い。

男女問わず人気があり、誰からも愛されるような人だ。


「それから、またフルーツを買って来ては食べ、買って来ては食べを繰り返していてね。あまりにもずっと食べているものだから、流石に疑ったんだ。もしかしたら中毒なんじゃないかって」


そうか......橋田さんもシャノンと同じ症状に......。

原因はサナティオで確定。

勇者パーティーも、俺と同じ所まで分かっているようだ。


「その時にはもう遅かったな......私がもっと早く気付いていれば......」

「いや、美月みづきのせいじゃないよ。あのフルーツに依存性があるだなんて誰も知らなかったんだから」


誰も知らなかった。

その言葉に、少し引っかかった。


「そのフルーツってのはサナティオってやつの事だろ?誰も知らなかったって言うのは、その実の存在自体を知っている者が居なかったという解釈でいいのか?」

「そうだ。誰一人として知っている者はいない」


驚いた......なんとなく、国内になら誰かしら知っている人が居るかと思っていた。

ミッシェルは森に詳しいし、魔物にも詳しい。植物の知識も豊富だが、全てを知っている訳では無い。たまたまミッシェルの知らない植物で、それがサナティオだと思っていた。

だから、ミッシェルよりも植物に詳しい専門家なら、知っている実なのではないかと。

そう思っていたのだ。


「実希は、被害者の内の一人に過ぎない。今じゃ街中が......王都でさえも実が出回ってしまっている。同じ中毒症状が見られる人が、既に何人も確認されている」

「......ッ!」


......そうか。

もう手遅れになってしまった......という訳か。

襲われた村から、栽培方法を盗まれたと聞いた時に「まさか」とは思っていたが......もう既に広まってしまっているとは。

今、街中がサナティオを求めて辞められない依存症となってしまっている訳だ。

もはや流通を断つ事も、サナティオの使用を防ぐ事も出来ないだろう。

この、最悪の状況にさせてしまったのは───────


「一つ、確認させて欲しい。君は、何も知らなかったんだね?」


俺の庭で発見し、俺が人助けに使った。

そして村で栽培できるよう手助けし、種も栽培方法も盗賊に盗み出され、売りさばかれた。

何も知らないわけが無い。

原因は──────俺だ。

俺が、この事態を引き起こしたという事......なんだな。

全て......俺のせいなのか。

信じられない......あの実が、多くの人を中毒にしただなんて。


「......あぁ、俺は何も知らない。俺はただ、その被害者を保護していただけだ」


嘘をついた。

俺が育てたと言えば確実にここで拘束される。

いや、殺されてもおかしくはない。

そんな死に方、絶対に御免だ。


「にゃは。結局アクルには、何の用だったんだ?サナティオに関して言えば、私達は何も力になることは出来ないぜ」

「いや、すまない。急に呼び出したりなんかして。実は、明来君の助けが必要になったんだ」


俺の助け?

そんなもの必要ないだろう。

勇者パーティーともあろうものが、こんな俺なんかを必要とする訳が無い。

サナティオの件は終わった。もう用済みのはずだ。

それなのに、勇者である如月は俺の事を真っ直ぐに見て言った。


「君には、勇者パーティーに入って貰いたい」


......は?

何かの冗談だと思った。

元々回復役として勇者パーティーに所属していた俺は、実力不足として追い出されたのだ。


「回復役なんか必要無いだろ」

「今更どの口が言っているんだと思うのは分かる。だが、実希があんな状態では回復できるサポート役がパーティーには居ないんだ」

「......」


この世界には、固有魔法という限られた人しか持たない特別な魔法がある。

だがそれはこの世界の人での話だ。

転移した俺達は、全員が固有魔法を持っていた。

そして、勇者パーティーのサポート役兼魔法師である橋田はしだ実希みきの固有魔法は、リインフォースというものだった。

簡単に言うと、自らの魔力を使った魔法の効果が倍以上になるというものだ。

攻撃魔法も防御魔法も回復魔法も全て効果が上がる。これにより、ただのレベル1リジェネ魔法がレベル5になってしまった。魔力が尽きない限り常に回復し続ける、最強の魔法。

デメリットは、その魔法のマイナス効果も倍になってしまうことらしいのだが、マイナス効果のない魔法なら何も問題は無い。

つまり、俺の完全な上位互換だ。

俺が必要無いのも無理はない。

しかし......そんな実希が闘えなくなってしまった今、回復系の固有魔法を使える知り合いである俺にパーティーへの加入申請が来たという訳だ。


「もちろん無理にとは言わない。別に断ったとしても、シャノンさんはここで保護してもらうし、君への干渉も今後は一切しない。ただ、君ほど優秀な回復役は他には見当たらないんだ」

「少し......考えさせてくれ」


俺は、一人で部屋を出て外の空気に当たる事にした。

城の大きな窓を開けると、高い位置から街を見下ろすことが出来る。

ふと気付いた。人が少ない。

まぁ、俺がここに居たのは二年以上も前のことだ。ただの記憶違いかもしれないが、街で見る人の数が少なく感じるのだ。

サナティオを食べた人が、全員保護されてしまっているのだろう。

保護と言っても、ただの監禁だ。

しかし、そうしなければまるで自我を失った獣のように実を求めるのだろう。


「なんでこんな事に......」


俺はただ、人を助けたかっただけだ。

それなのにどうしてこんな事になるんだ。

これじゃ逆に、俺が人を傷付けているじゃないか。


「アクル、大丈夫か?」

「ミッシェル......」


大丈夫......では無いな。

まだ気持ちの整理がついていない。

こんなに大きな失態をやらかしたというのに、どこか落ち着いている。


「どうやら、シャノンも橋田さんも俺のせいであぁなってしまったらしい」

「どうだろうな。まぁ結果的には、そうなっちゃってるのかもしれねぇな」


ミッシェルは、俺が辛い時にいつもそばに居てくれる。ミッシェルの前向きで素直な心に、いつも俺は助けられた。

この世界における先輩でもあり、良き友でもある。

そんなミッシェルは、俺がやって来たことを全て知っていながらも、こうしてまた寄り添ってくれている。


「まぁなんだ......そんなに気を落とすなよ。わざとやったわけじゃねぇんだからよ」


わざとじゃない......か。確かにそうだが、それで罪が許される訳では無い。


「すまない......まだ自覚が無いのかもしれない。俺がこの状況を引き起こしたと......俺が、多くの人を苦しめる原因を振り撒いたと......」


そうか......俺が......この街の人達を苦しめているのか。

俺がシャノンを、あんな風にしてしまったのか。

許されないことをした。

頭がパニックで、整理したくない。

俺が原因だと完全に自覚してしまったら、もう生きる自身が無くなってしまいそうだからだ。


「くっ......うっ、うぅ......」


声を押し殺して、泣いてしまった。

自然と涙が溢れ落ちる。

ちゃんと泣いたのはいつぶりだろうか。

なぜ俺が泣くんだ。悲しくて泣くのか、許して欲しくて泣くのか。

泣きたいのは、被害を受けた人達だろう。

情けない自分に、更に涙が溢れた。


「アクル......」


ミッシェルは、そっと抱き寄せてくれた。

温かい。

人族よりも体毛があるミッシェルの体は、フワフワしていて、少し芳ばしい香りがした。

包まれていると、なんだか落ち着く。


「ミッシェル......俺は、一体どうすれば......」

「諦めずに、何とかする方法を考えようぜ」

「何とかって......俺は、そんな力を持っていない。もう始まってしまったんだ。最悪の事態ってやつが」


全てを諦めた。

俺がやってしまったこと。それがどんなに大きな事か。

たった一つの小さな実を、ただ俺は人の為になると思って使った。食べさせた。

それだけの事で、今この国は崩壊しかけている。

そのうち、サナティオは国の外にまで進出し、この世界の全てを取り込む事だろう。

......いや、もう既に広まっているのかもしれない。


「まだだぜ」

「......?」

「まだ諦めるのは早いんじゃないか?もしかしたら、何か方法があるかもしれない。治すことが出来なくても、まだ実を食べていない人々を救うことは出来るはずだ」

「そんなこと......」

「ほら、私も実を食べたが、何も起こらなかったじゃねぇか」

「......確かに」


言われてみればそうだ。

ミッシェルは、俺の次にサナティオを食べた。

獣人には効かないとか......?

それとも、個人差があるのだろうか。


「もちろん理由は不明だが、そういう人も居るって事だろ?なら、まだ希望はあるんじゃねぇか?私は参考にしないで欲しいけどな」

「そうか......希望は、あるのか」

「アクル、お前はずっと自分を責めているが、お前は悪くないぜ。実にそんな効果があるなんて知らなかっただろ?その......中毒?を知っていて広めたのは盗賊共だ。あれだけの期間があれば、実の価値に気付くのも無理はないさ」


そうだった。

盗賊達......どんな奴らかは分からなかったが、サナティオの栽培方法は俺と村の人達と盗賊だけだ。

村の人達は被害者で、俺が使った人達はごく一部に過ぎない。

そうなると、ここまで広まった主な原因は盗賊の仕業だと考えられる。


「......ミッシェルは優しいな」

「にゃは」


そうだな......落ち込んでいても仕方ないか。

サナティオにあんな副作用があるだなんて、知っていたら使うことは無かった。

俺のせいでこうなった。

だが、俺のせいだけでは無い。

俺には、何とかしなくてはならない責任がある。


「俺に......出来るだろうか。こんな大きくなってしまった物事を、止める事なんて......」

「一人で出来なくても、仲間がいれば出来ることだって沢山あるだろ?ほら、最強の仲間が居るじゃないか。私だって付いてる。怖いもの無しだ」


それは心強いな。

仲間......か。

少し違う、『元』仲間だ。

転移する前、まだ学校に通っていた頃でも俺は一人だった。

友達はおらず、勇者パーティーのメンバーも、向こうの世界ではただのクラスメイトというだけだった。

そんな人達が元仲間とは......この世界に来てから色々あったんだな。


「しかも今回は向こうからお前を求めてるんだぜ?利用してやろう。お前が、この世を地獄にしない為に」


利用......か。

それもひとつの考え方かもしれないな。

別に俺は、俺を追放した勇者パーティーを恨んではいない。

俺の実力不足で追い出されただけだ。俺だって、向こうの立場だったらそうするかもしれない。

だが、見返したいという気持ちはあった。

それがこんな形で、再び勇者パーティーに入ることになるとは思ってもみなかった。

協力するのではなく、協力してもらおう。

俺一人では何とか出来なくとも、皆でなら......。


「......」


俺は、ミッシェルと共に勇者パーティーがいる部屋へ戻った。

全員から注目を浴びると、キュッと胸が締め付けられる。

俺は諦めない。

知らなかったとは言え、俺が見つけて持ち運ばなければこうはならなかった。

その罪を償うために。


「勇者パーティーに入るよ」




──────────




謁見の間にて。

俺とミッシェル、そして勇者パーティーの全員は、玉座に座る王に跪いていた。

これからこの国を出発する為、王の見送りだ。

俺達がこの世界に転移して、勇者パーティーとして魔王を討伐しに出かける時もこんな事をしていたな。


「これより、勇者パーティーの如月きさらぎ 正志まさし早瀬はやせ 美月みづき高津たかつ 豪一ごういち小森こもり 野乃のの前田まえだ 明来あくる、そしてミッシェル=ヴィド=バスティ。以下六名に命じる。人々を脅かす実を消し去り、再び安寧をこの地に取り戻すことを!」

「「「「「「はっ!!」」」」」」

「幸運を祈る」


見送りの儀式が、終了した。

部屋を出る際に、王様は俺を止めた。

どの面下げてここに来たのかとか、まだ私はお前を認めていないとか、そんなような事を言われると思い、身が固まった。

向こうの世界でまだ学校に通っている時、先生に怒られる事は少なかったが、少ないが故に怒られた際のダメージが大きかった。

そして今、その時と同じ気持ちだ。


前田明来まえだあくる殿。あの時はすまなかった。どうか許して欲しい」

「......!」


驚いた。

まさか、王様がそんなことを言うなんて。

当時、俺を追い出そうと言い出したのが王様じゃないということは知っていた。しかし、脱退を命じたのは王様だ。少なくとも、俺の追放に加担していたことは間違いない。

正直、気まずいなとは思っていた。

俺を勇者パーティーから追放したあの王様が、今度は俺にパーティーへ戻れと言うのだから。

だが、こうして今謝罪した。

謝ってくれたのだ。

それだけで許してしまうほど、俺は単純な奴だった。


「お気になさらず。少なくともあの頃よりは、強くなれたと思いますから」


そうだ。

俺は強くなった。

もう追放なんてされない。

その為に、毎日毎日魔法の練習をして来たのだから。


「明来君、こっちだ」

「......?」


部屋を出てすぐに、如月に呼ばれた。

城の中をしばらく歩く。その間、何故か誰も一言も喋ることはしなかった。

いくつも部屋が並んでいる、ホテルの廊下から案内された一室。

コンコンと如月がノックをし、「入るぞ」と一言声をかけるとゆっくりドアを開けた。

まず驚いたのは、部屋からとんでもない程の魔力を感じた事だ。部屋の中から......というより、部屋全体が強い魔力によって固められているような感じだ。

そして中には、久しぶりに見た橋田さんの姿があった。


「......!」


服装などは何も問題ないが、その座っている姿勢や表情は何だかボロボロだった。

意識があるのか無いのか、ただ一点を見つめている。

ボーッと、死んだようにじっとしている。

手足には光を放っている錠が付いており、鎖が部屋のあちこちに張り巡らされていた。

部屋の中では自由に動けるが、外には出られない......といった所か。

俺のせいでこうなってしまった。

俺が、こんな風にさせてしまったのだ。

シャノンと同じ、中毒症状だ。

だがシャノンと違って、暴れたりはしないようだ。


「実希ちゃん、行ってきます」


早瀬さんが、近付いて言った。

手にそっと触れ、優しい笑顔を見せる。


「それじゃあ、行ってくる」


如月も、その場で別れの挨拶をした。

他のメンバーも各々で挨拶をするので、俺も軽く会釈をしておく。

本当は、傍に行って謝りたい。

だけどそれは、全てを解決してからだ。

ごめん。

今はまだ、心の中だけに留めておく。


「行ってきます」


橋田さんに、そしてここには居ないがシャノンにも挨拶をした。必ず治す。

俺が元に戻すから、待っていて欲しい。

俺達は、部屋を後にした。



──────────



装備を整え、ついに出発の時だ。

城を出て、この国を出る門へと馬車で向かう。

道中、通りかかる所に居た人達は皆笑顔で手を振って見送ってくれていた。

だが中には暗い顔をして、この現実を嘆き悲しんでいる人も。

それでも皆、勇者パーティーに希望を託し、元気に見送ってくれるのだ。


「あの部屋は、隔離施設みたいな場所なんだ」

「隔離施設?」

「そう。実希は、自分自身を隔離しているんだ。まだハッキリと意識があった時、他の人を傷付けたくないと言って自分の四肢に錠を付けた。解除は、勇者パーティーのメンバーしか出来ないように設定されている」

「そんな事が出来るのか......」


いや、可能だろう。

勇者パーティーの魔法師である橋田さんなら。

勇者パーティーは、魔王を倒すために二年もの間旅をしていた。旅の中で、様々な魔法にも出会った事だろう。

固有魔法以外の魔法は、難易度こそ高いものもあるが、基本的には他人も習得する事が可能だ。

魔法の才能がずば抜けて天才的だった橋田さんなら、出会って来た魔法の全てを習得していてもおかしくは無い。

故に、中毒症状でパーティーを脱落してしまった今、その損害はとても大きなものとなる。


「実希は、同じような部屋をいくつか作ってくれた。お陰で、シャノンちゃんのように同じ症状の人達を安全に部屋で落ち着かせることが出来る」

「だが橋田さんなら、例え意識が朦朧としていても部屋ごと壊してしまうんじゃないのか?むしろ依存症によって見境なく攻撃するような性格の今、自分自身を縛ることすら難しいのでは無いか?」


さっき会った感じだと、そんなに暴れている様子は無かった。

部屋も綺麗だったし、ただの寝起きだと言われれば納得してしまいそうだった。


「部屋も、魔法で壊れないよう自分で補強しているんだ。後は、催眠魔法で大人しくしている」

「自分に催眠をかけているのか!?そんなことも......」

「そうだ。俺が協力したと言えば、分からない話では無いだろう」

「そうか......なるほど」


如月の固有魔法なら可能か。

そう考えると、如月の魔法は異常なくらい強い能力だな。

まさに、最強だ。


「さぁ皆、出発だ。魔王討伐の冒険以来こうして皆で出るのは久しぶりだけど、十分用心して行こう。今回は強敵と闘う訳じゃない。でも、何が起こるかは分からない。まだサナティオという植物は未知なんだ。頑張って、平和な世界を取り戻そう!」

「おー!」


早瀬さんは、元気よく拳を天に掲げた。

ノリノリなのは二人だけのようだ。

断っておくが、別に早瀬さんは思考が少し幼めの元気いっぱい天然っ子では無い。

むしろ、元気だが冷静で皆を引っ張っていく委員長のような存在だ。

だからこれも、久しぶりに集まったメンバーで心を一つにする為の早瀬さんなりの方法なのだろう。


「ほら!皆も気合い入れて!明来君も!」


俺!?


「お、おー!」


ちょっと恥ずかしかったが、一緒に拳を挙げた。

おい、ニヤニヤして見てんじゃねぇよミッシェル。

残りのパーティーメンバーは、俺の顔を見てからずっとムスッとしている。

......気持ちは分からなくもない。

だが、これから一緒に旅をする仲間として、最低限のコミュニケーションは取れるようにはしたいな。


「ほらほら皆で!頑張るぞっ!」

「「「おー!!」」」


賑やかな馬車は、ついにレーヴァン王国を出た。

さぁ冒険の始まりだ。

なんて、盛り上がることでは無い。

これは俺が蒔いた種を自分で刈り取るだけの旅。

罪を償う為の旅だ。

......でも、ちょっとだけ。

少しだけ、ワクワクする事を許して欲しい。

冒険というのは、どんな理由であれワクワクやドキドキするものなのだから。

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