第6話 王国騎士

村が襲われたと知り、絶望したあの日から10日後。

相変わらずシャノンは回復の見込みも無く、俺達は日々暴れ回る美少女に悩まされていた。

試しにサナティオを与えてみても、理性が戻ってくる事は無くなり、今やサナティオを求めて暴れるだけの猛獣のようだ。


「なぁシャノン、夜くらいぐっすり眠らせてくれよ」


シャノンはちょいちょい眠らされる為、寝不足などの心配は無さそうだ。

元々体力も多い方だったしな。

しかし、俺の方は夜な夜な暴れ回るシャノンのお陰で全然眠れていないのだ。

たまにミッシェルが交代で見張っていてくれるが、それでも疲れは溜まる一方だ。

こうなってしまったのは俺の責任だ。だから、俺が責任を持ってシャノンを治さなくてはいけないわけだが......どうにも行き詰まっている。


「どうすれば良いんだろうなぁ......」


突然、ドアがゴンゴンと強く叩かれた。

ミッシェルなら挨拶をするし、シャノンは既にここにいる。

こんな辺境の地で訪ねて来る者なんて、一体誰だろうか。

念の為シャノンを奥へ隠し、ドアを開けた。


「はい」


そこに立っていたのは、大柄な鎧の人だった。

フルプレートで顔は見えず、武器を手に持っていないのにこの威圧感だ。

自己紹介が無くても、すぐに分かる。

王都の騎士だ。

外には馬が二頭、フルプレートの騎士がもう一人待機していた。


「レーヴァン王国騎士のラッジだ。向こうに居るのはメルヴィナ。お前が前田まえだ 明来あくるだな。同行してもらう」


なんだなんだ急に。

王国騎士様がわざわざここへ来るということは、やはりサナティオ関係の事だろう。

まさか......原因が俺だとバレたのだろうか。


「理由を教えてくれませんか?」

「あぁ、それは──────」

「おいッ!!」


騎士は突然後ろを振り向き、腕で何かを防いだ。

相当な威力だったのだろう、少し体がよろめいていた。

その何かは、騎士にぶつかると地面へと落ちたようだった。

騎士を避けて見てみると、ミッシェルが低姿勢で構えて、威嚇していた。


「ミッシェル!?」

「お前ら、何用だ。アクルに手を出したら、ただじゃ済まねぇぜ」

「違うんだミッシェル!俺は大丈夫だ、闘わなくていい!」


すると騎士は「ミッシェル?」と、目の前の獣人を前のめりで見た。


「あぁ!ミッシェル=ヴィド=バスティか!」

「知り合いなのか?」

「こいつは元王国騎士だ」


え?

元......王国騎士?


「何だその反応は。知らなかったのか?」

「あぁ......」

「ほう。ま、それは今関係ない話だ。アクル、お前を───「あぁああああああ!!!」


しまった。

部屋の奥からの奇声。可愛らしさなど微塵もなく、本能のままに咆哮する獣のような。

シャノンだ。


「......魔物でも飼っているのか?」

「いや、これはその......」

「奥を見せてもらう。メルヴィナ、バスティを頼んだ」


騎士は、玄関から土足でズカズカ入って来た。

俺の力では止めることは出来ない。

ミッシェルも、もう一人の騎士にマークされていて動けない。

まずい......見られる!


「アクルさ......サナティオが......食べたぃ......です」

「......ほう」


涎を垂らし、目が虚ろとなっているシャノン。

最悪だ。

俺が今、一番見られたくないものを見られてしまった。しかも、よりによって王国騎士に。


「えーっとですね......」

「若い女を拘束して監禁か。このまま衛兵へ突き出した方が金になりそうだな」

「ちょ、ちょっと待ってください!これには訳が」

「冗談だ。この女も連れて来い」

「え?」


どういう事だ?

衛兵には突き出さないって事か?

こんな、現行犯みたいなことをしているというのに。


「とにかく行くぞ。話はその後だ。バスティも、ついて来るなら好きにしろ」

「......?」


訳が分からなかった。

一体どうなっているんだ?

少なくとも、取り敢えず今は許されたという事で良いのだろうか。

そんな事を考えていると、拘束もされずに馬の後ろに付けられた馬車に乗せられた。よく見ていなくて気付かなかったが、普通に馬車を持って来ていたんだな。

てっきり、縄で括られて馬に引きずられる覚悟までしていた。

ミッシェルとシャノンも、一緒に乗り込む。残念ながら、シャノンは拘束ありだ。悪いな。

全く状況が掴めないでいるが、これだけは分かる。この騎士達はめちゃくちゃ強いという事だ。

下手に抵抗するより、言うことを聞いておいた方が良いだろう。


「大人しくしていろ。そうすれば危害は加えない」


馬は、俺たちを乗せて王国へと向かった。


──────────


「数年前、まだ幼い獣人族の雌が入団して来た。俺と団は違ったが、同じ所属の奴らからはその獣人の話題が絶えなかった」


人族以外の種族が、王国を守る騎士団に入るなど、よっぽどの事が無い限りありえない話だった。だがそのよっぽどと言うのが、当時騎士団長を勤めていた人が、その獣人の子供を入団させてしまったのだ。

異端は子供であろうが女であろうが関係ない。

もちろん虐め似合ったそうだ。そこは、俺の世界もこの世界も変わらない、人族の醜い性質だな。

だが獣人の子供は、まだ幼いにも関わらず素手で対抗していたそうだ。

流石に一対多では勝つことは出来なかったそうだが、負けることもしなかったらしい。


「元々、獣人族というのは基本的に人族よりも身体能力が高い。だから、一対一で素手の状況で、まず人は獣人に勝てない。とは言え、訓練された騎士団が、まだ幼い女の子の獣人にボコされたとあっては話が別だ。流石の獣人でも、子供では人族には勝てないはずなのにな」


そこからは話が早かった。

実力を認められたミッシェルは、他の団員にも無事に入団を認められ、正式に王国騎士となったらしい。

素手なら、ミッシェルに適う者はいないとまで言われていたそうだ。


「だがある日、とある任務で負傷したんだ。多くの騎士が死んだ。特殊な毒で、体の機能を大幅に麻痺させるものだったそうだ。残念ながらこれは一時的なものではなく、ずっと効果が持続するものだったのだ。バスティもそれを食らった。獣人故に死には至らなかったが、身体に影響を及ぼしてしまったらしい。自慢のパワーや身体能力が、かなり低下したそうだ」

「それで、もう闘えなくなった......と」

「そういう事だ。団員達は残っていて欲しかったみたいだが、バスティ自身は足でまといになると言って自ら騎士を辞めたらしい」


......そういう事だったのか。

初めて聞いたミッシェルの過去。

ずっと話さなかった理由は分からないが、どうせミッシェルのことだから「聞かれなかったから」とでも言うのだろう。

だが、ミッシェルが俺に優しくしてくれていた理由は分かった。

俺と似た境遇で、気持ちが分かったのだろう。

実力不足でパーティー抜ける気持ちが。

しかしミッシェルと俺の違うところは、俺は毒なんて食らっていない事だ。

その分、傷は深い。


「なぁ、俺だけ喋ってるじゃないか。お前からも説明してくれよ。バスティ」

「にゃは。お前が勝手にベラベラと喋っただけじゃねぇかよ」

「可愛くねぇ女だな。それより、お前本当に毒を食らって弱くなっちまったんだよな?さっきの攻撃では、とてもそうは思えなかったぞ」


どういう事だ?

ミッシェルは嘘をついて騎士を辞めたか、もしくは毒の効果が切れていたのか。


「治った」

「は?」


え?


「説明しろ」

「アクルに出会って、何度も回復魔法をかけてもらった。そのお陰だろう、少しづつ体の調子が戻っていき、気付いた頃には元の力を取り戻していたんだ。全く、アクルには感謝しかないな」


......嘘だ。

ミッシェルは出会ってから、ずっと同じ実力だった。

確かに戦い方や動きは少しづつ変わって行ったような気もするが、大幅なパワーアップなど見たことも無い。

もし本当に王国騎士なら、ボロスディアだって一人で狩れただろう。

だがさっきのラッジさんと対峙したミッシェルは、確かに違った。

雰囲気から、何と言うか......強い圧のようなものを感じた。

そこで考えられる事は一つ。

サナティオだ。あの実を食べた時、ミッシェルは回復した。

その時、昔受けた毒のデバフも、一緒に回復したのだろう。

その事にミッシェルも気付き、俺を庇うために嘘をついてくれたんだ。

ありがとうミッシェル。その気持ちは伝わったよ。


「感謝だなんて......俺の方こそ、いつもミッシェルには感謝しているよ。毒を受けていても、俺をずっと助けてくれていた」


今だって助けてくれた。

こんな、情けない俺を。


「俺は、ただ弱いからパーティーを追い出されたってだけの奴なのに......構ってくれた」

「アクルは凄いよ」

「え?」

「確かに私は、弱くなって騎士を辞めた。実力不足のアクルとは違う」


なぜ傷を抉った?


「けど、あのパーティーに少しでも居ただけで凄いと思うぜ。なにせ、化け物で構成されている勇者パーティーなんだからな。尊敬するよ」

「ありがとう......けど俺は─────」

「その化け物が、今大変な事になっているだがな」


なに?

大変なこと......?


「お前を連れ去った理由。本題だ」


そうだ。

俺はまだ、俺に同行を願った理由を聞いていなかった。

サナティオを広めた原因が俺にあるという話では無いようだが、着いて行けなくなった勇者パーティーの成れ果てにある用事とは一体どんなものだろう。


橋田はしだ 実希みき。彼女も、そこの娘と同じ状態だ」


ラッジさんは、縄で拘束されて眠っているシャノンを指さした。

とても聞き覚えのある名前だ。

俺と同じ転移者......同じクラスメートで、勇者パーティーの一人だ。

シャノンと同じ状態......つまり、依存症ということか?

だが、俺が実の事を知っていては違和感がある。

ここは内緒にして、知らないフリをしておこう。


「その娘は、とある実を食べて依存症というのになってしまったらしい。異世界から来たお前なら知っているのだろう?」

「ええ」

「とある実の名前は『サナティオ』。使えば、たちまち怪我は治り、病気も完治するとても優れた回復アイテムだ。だが、一度味わえば狂ったようにその実を欲しがる。今の所はここまでしか分かっていない」

「それが原因で、シャノンも橋田さんもこんな感じに?」

「そうだ」


やはりか......シャノンと全く同じ状態。

つまり、サナティオが原因で依存症になっているという事だ。

もう王都まで広まっていたとは。

しかも、勇者パーティーを中毒にするなんてな。


「まさかお前も被害者に出会っていたとはな。この娘はどこで?」

「森で気絶していた所を助けたんです。暫くは正気を保っていたんですが、段々と狂っていきました。どうしたものかと困っていた所でしたが、これで原因が分かりました。治し方は......知っていますか?」

「さっきも言った通り、回復効果と依存性しか分かっていない。治し方が分かるなら、お前をこうして連れちゃいない」


ということは、俺に解決法を探せと?

確かに俺は回復魔法を使えるが、ただそれだけだ。

サナティオだって見つけただけに過ぎない。俺に何が出来るとは思えないが......。


「着いたぞ」


検問を通って街の中を暫く走ると、巨大な城の前で馬車は止まった。

大きな門だ。

ここで再び検問がある。

王都の城には、一般の国民は簡単には入れない。よって、ここで入城の許可がいるのだ。


「どうぞ」


荷物扱いである俺達の持ち物も一応調べられたが、今回はもちろんサナティオを置いて来ている。

匂いが残っているのでは無いかなどと少し不安にはなったが、一応問題は無かったようだ。

俺達は中へと通された。


「後は、あの方から直接聞くんだな」

「あの方?」


そんな、魔王の手下みたいな台詞......あの方とは誰だろうか。

騎士が言うのだから、国王か?

正直言って、王は苦手だ。俺を追い出した人でもあるし、悪い人という訳では無いのだろうが、あまり好きにはなれない。

向こうも俺の事は好きじゃないだろう。


「降りろ」


馬車が止まると、俺達はすぐに降ろされた。

シャノンは相変わらず眠っており、メルヴィナさんが抱えている。

軽々と抱えているところを見ると、相当なパワーをお持ちのようだ。


「その、あの方ってのは一体誰なんですか?」

「勇者様だ」


勇者。

その言葉を聞いて、俺は体が竦んだ。

胸が痛み、呼吸が少し乱れる。

緊張。トラウマ。俺の中の、嫌な記憶が蘇る。


「勇者......」

「今回のこの件は、勇者パーティーからのご指名だ。俺から見て、お前に実力があるようには見えないが......まぁ、何かあるんだろう」


城の中へと入る。

相変わらず大きな城だ。何度観ても圧巻の建造物。

こんな豪華な所に住んでいて、落ち着くのだろうか。


「こっちだ」


城内を案内されるが、一応俺も元勇者パーティーの一員だ。

確かに迷いやすいが、城の中の構造は今でも大体覚えている。

案内された先は食堂。

嘘のように長い机と、誰用なのかと問いたくなるほど長い背もたれの椅子。ハリーポッターに出てくる食堂をイメージして貰えば分かりやすいだろう。

俺達が召喚された後、初めて食事をした場所だ。

ここで持て成され、俺達は異世界へ来た事を伝えられたのだ。

ただ、今は食事は並んでいない。

どうやら話だけのようだ。


「少し待っていろ。すぐに来る」


そう伝えると、ラッジさんは部屋の隅に移動した。

メルヴィナさんは......シャノンを連れてどこかへ行ってしまい、部屋に残されたのは俺とミッシェルと銅像のように動かなくなってしまったラッジさんだけだ。


「......」


体感としては二、三分程待った。

部屋の扉の奥から、ガッチャガッチャと重たい音がした。

鎧、武器、様々な装備が揺れる音。数人の足音と共に、それが近付いて来た。

そしてガチャっと扉が開き、四つの顔が俺を見た。

とても見覚えのある、忘れたくても忘れられない顔。

クラスメイトにして、少しの間だが同じ仲間だった者達。

勇者パーティーだ。


「久しぶり。明来あくる君」

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