第5話 サナティオ

「......」

「アクルさん、私実は冒険者を目指してるんです。でも、まだ魔物と闘った事がなくて......だから、私に闘いを教えていただけませんか?」


村から帰宅して二日後。

俺は、再び悩まされていた。

確かにヒロインというのは主人公と殆ど同じ時を過ごす。

つまり、単純に一緒にいる時間が多いという事だ。

しかしこんな、半ば強引な形で一緒に過ごすというのは、果たしてアリなのだろうか。

などと、サナティオを美味しそうに食べているシャノンを見ながらそう思った。


「残念ながら戦闘は俺の専門外だ。闘いの事ならミッシェルに聞いてくれ」

「そうなんですか。では、魔法を教えてください!多分私、魔法の方が得意ですから!」


家に帰ってから二日後、何事も無かったかのようにシャノンが家を訪ねて来た。

今回は馬で来たようだが、驚くことに同行者は誰もいなかった。モーナすら、村に置いてきたようだったのだ。

つまり、また抜け出して来たわけだ。こんな村娘に、一人で外出許可を出すわけが無い。

ましてや、こんな遠くまで。

一度来た場所とは言え、道中には危険な魔物が潜んでいる。

というか、そんな大事な娘なのに管理が甘いというか、シャノンが抜け出すのが上手すぎるのだろうか。

何にせよ、一週間も経たずして俺達は再会してしまった訳だ。


「別に教えるのは構わないが、それよりお父さんが心配しているだろう?早く帰った方がいい」

「大丈夫ですよ。お父様はいつもお忙しそうですし、私なんか気にしていませんので」


そうは思えないがな。

前、村に送り届けた時のあの表情。

本当に心配していた時の親の顔だ。普段は冷たいのかもしれないが、内心本気で可愛がっているのだろう。


「分かった。少しだけ教えてやるから、明日すぐに帰れ。会いに来てくれるのは嬉しいが、前も言った通り誰も心配させずに来て欲しい。俺だって、シャノンが途中で怪我でもしたらと思うと心配しで仕方ないからな」

「そ、そうですか......それは嬉しいです......ありがとうございます」


シャノンはまた顔を赤らめて、モジモジとする。

何だ?今のに恥ずかしがるポイントあったか?

まぁ良いか。とにかくすぐに帰さないと、このままでは向こうの親が俺に会うこと自体を禁止にする可能性まで出て来る。


「にゃっほーう!アクルぅ!」

「よぉミッシェル」

「にゃは?またシャノンちゃんが居るように見るが、それは生霊か何か?」

「いや、本物だ。どうやらまた来てしまったらしい。これから魔法を教えて、明日には帰すつもりだ」

「だったら明日は私に任せてくれ。今度こそ汚名返上の為、責任を持って送り届けるぜ」

「本当か?それは助かる」


明日はギルドの依頼を一気に終わらせようと思っていた所だ。

ギルドの依頼は時間制限があるものと無いものがあるが、モタモタしていると他の人が先に達成してしまう事もある。

サナティオの商品化も考えているし、市場も見ておきたいのだ。


「暇なら、今から魔法を教えるのに付き合ってくれないか?」

「いいぜ。今日もただ遊びに来ただけだしな。シャノンちゃんも一人でここへ来れるよう、護身用の魔法くらいは覚えて起きたいよな」


そんなこんなで、二人でシャノンに魔法を教えた。

俺は何も、魔法のスペシャリストという訳では無い。転移者ということもあって、一般の魔法使いよりは魔力に長けているかもしれないが、実践となるとミッシェルに劣る所も多い。

しかし教えるだけなら、知識があれば問題は無い。

シャノンも割とワガママな子だし、これで満足するのなら教えてやろう。


「よろしくお願いします!!」



──────────



それからシャノンは、何かと理由を付けて何度も家へやって来た。

まぁ理由は俺......というより、最近はサナティオではないかと思って来ている。

なぜなら、毎回サナティオをねだるのだ。

そんなに美味しいか?確かに美味しいことは間違いでは無いが、危険を犯してここに来るほど食べたいものとは思えない。

もう週に三、四回は来ている。

そんなに抜け出して、何故怒られないのか分からないが、とにかく今まで何度も無事にここまで来れているのだ。

まぁ怒られてはいるのかもしれない。だが、どうやらシャノンは逃げることは人一倍長けているらしい。

魔物にも、親にも捕まったことは無さそうだ。


「魔法も結構教えたが、本当に大丈夫なのか?もうミッシェルも俺も送り届けていないが、本当に無事に帰れてるのか?」


二回目くらいから、シャノンは送迎を断りだしたのだ。

もう迷惑をかけたくないとか言い出した訳だが、本当にそう思っているのなら抜け出してまでここに来ないで欲しい。

あまりにも頑なに送迎を断るものだから、最低限の武器などの装備とサナティオを持たせて行かせた。

その結果、何回も通われる事になってしまったのだ。

ここまで来ると、俺も村に顔を出しづらくなってしまうな。


「私も、低級の魔物くらいなら倒せるようになりましたか?」

「どうだろうな。まぁローテリトリーくらいなら行けるかもな」

「よしっ!」


あれから二週間。

庭に植えたサナティオは、すっかり収穫出来る程に成長していた。

一週間ちょっとで実っていたことから、やはりミッシェルの推測は大体合っていたようだ。

しかし、どうやらシャノンの村ではサナティオの成長が遅いようだ。

土などの環境のせいだろうか。

一週間経ってもまだ芽が出ただけで、成長は早いが俺の庭の物程では無いらしい。

まぁでも、育っているのなら問題は無い。

サナティオに関してはな。

問題なのはシャノンだ。


「どうしたものか......」


村でサナティオが採れないせいで、相変わらずシャノンは家へ食べに来ている。

もう家へ来る目的は、確実にサナティオだと分かった。

何故ならサナティオが無いというと絶望の顔を浮かべるし、何より毎回サナティオを食べたいと言うからだ。俺に会いたいからでは無いと知って結構ガッカリしたが......それは置いておこう。

頻度も増して、ほぼ毎日来ている。

というか、恐らく村へ帰ってないのだろう。

一度こっそりと、帰るところに着いて行ったことがある。その時、驚くことにシャノンは野宿をしていた。

魔物が寄り付かず、低級の魔物なら登ることも出来ないような場所でキャンプを作っていたのだ。

それほどまでにサナティオを食べたいのか。


「......」


はっきり言って異常だ。

まるでサナティオに取り憑かれたみたいに、いつも貪り食っている。サナティオの為なら危険を顧みず、時には嘘までついている。

俺の魔法の訓練や俺に会うことすら二の次で、迷っては居たようだが庭のサナティオを勝手に食べることさえしていた。


「おかしい......」


何かがおかしい。

感じた違和感。これはもう好きとかハマったとかでは説明しきれないような、強い執着心がある。


「嘘だろ......これじゃまるで......」


まるで、依存症だ。

煙草や、麻薬などの薬物のように。

やめたくてもやめられない。恐ろしい症状だ。


「......考えたくは無いが、そうとしか思えないな」


原因は、恐らくサナティオだ。

ミッシェルも知らない未知の植物サナティオ。

全くの無害かと思っていたが、考えてみればあれ程の効果をデメリット無しで発揮出来ることの方がおかしい。

確かに、俺やミッシェルに依存症は見られない所をみるとサナティオだと確定することは難しいが、かと言って他に原因が考えられない。

何かしらの病気なら、あれだけサナティオを食べているのに治っていないは変な話だし、サナティオの求め方も異常だ。

どうみても中毒。

これは、認めざるを得ない。

薬物中毒だ。


「シャノン、悪いが暫くサナティオはやめてくれないか?」

「え?ど、どうしてですか!?」

「少し困った事になっているんだ。まぁ心配ない。またすぐに食べられるようになるさ。ほんの少し、我慢してもらうだけだ。いいか?」

「......分かりました」



──────────



残念ながら、ほぼ確定だった。

朝一番にサナティオを見に行った時、数えておいた意味も無いほどに、明らかにサナティオは減っていた。


「はぁ......マジか......」


こうなってしまっては仕方ない。

原因はサナティオだと仮定して、問題はどうやってシャノンを治すかだ。

今シャノンは村へ帰っている。と、思わせて実は近くの森で野宿だろう。

どんな病気でも治せるサナティオ。しかし、それが原因で中毒症状を起こしているのなら、もうサナティオを使うことは出来ない。

はっきり言って、詰みだった。


「どうしたものか......」

「どうしたんだ?」


いい所にミッシェルが来た。

ミッシェルに、現状を説明する。何故か俺とミッシェルにはサナティオの依存性が効いていないようなので、その理由を探りたい。


「そのイゾンセイっていうのはなんだ?」

「依存。その物が欲しくて欲しくて堪らなくて、我慢できなくて、普段は絶対にやらないような事でも手を出してしまうくらい欲する事だ。それしか考えられなくなると言った方が分かりやすいか」

「にゃは。まぁ確かに、私が送迎した時もずっとサナティオを食べていたような気がする。サナティオが原因ならモーナちゃんは、シャノンちゃん程じゃなくても似たような症状だろう。まだサナティオが収穫出来ない状態なら、今頃村で苦しんでいるだろうさ」


取り敢えず、作戦を練ろう。

もうこれ以上、シャノンにサナティオを食べさせる訳には行かない。

だが、まだ本当にサナティオが原因なのかは分からない状況だ。

それも確認するため、シャノンを少し拘束する。軽い軟禁状態で様子を見て、禁断症状が出るかどうかを確認しよう。


「アクルさーん!おはようございまーす!」


白々しく朝から来たな、シャノン。

さて、少し手荒になってしまうが、最近は色々と鍛えているからな。ちょっとやそっとでは怪我しない程度には強くなっている事だろう。


「行くぞ、ミッシェル」

「にゃは」


ドアを開け、シャノンを引き寄せて二人で押さえつける。

そのまますぐに手足を縛り上げ、身動きを取れなくした。


「きゃっ!?な、なんですかぁ!?」

「悪いな。最近お前の動向を見て、少し気になることが出来た。このまま何も無ければ解放する。暫く大人しくしていてくれ」

「そんな......嫌ですよ。早く外してください」


悪いなシャノン。

だがもし本当にサナティオが原因なら、これはとんでもない事だ。

なぜなら、サナティオは既に俺が村や街まで広めてしまっているからだ。

街にはまだ売り出していないとはいえ、少なくとも村の住人のほとんどがこれを口にしている。

全員が中毒になれば、サナティオを求めるゾンビの村へと化してしまっているだろう。

そうなっていないことを祈るばかりだが、まずは確認からだ。

シャノンを放置して、暫く検証しよう。

少し手荒で、悪いやり方かもしれないが、まぁシャノンは不法侵入罪とか虚偽罪があるからちょっとした罰だ。

特に、人が大事に育てている物を勝手に食べるなど許される行為では無い。

美少女だからって、罪を犯していい訳では無いのだ。


「......」

「......」


食事や水は俺が口に直接運んでやり、トイレはミッシェルが見張っている。

シャノンはとても不満そうにしているが、今日一日様子を見て、サナティオが原因では無いと分かれば解放してやれる。

何事も無ければ、何か欲しいものを買ってやることにしよう。


「まずいな......」


昼を過ぎた辺りで、遂にシャノンに異変が起きたい。

やけに大人しくなったと思ったら、急に体が震え出したのだ。


「シャノン?大丈夫か?」


ガタガタガタと、縛っている椅子の上で小刻みに震えるシャノン。

顔を見ると、どこか虚ろな目をして焦点が合っていないような感じだった。

俺ぎ見えていないような、ボーッとした目だ。


「......アレを食べたいです」

「ん?」

「サナティオです」


来た。

禁断症状。いや、まだ決まった訳じゃない。

ただ好きな物が食べたいというだけかもしれない。


「すまないが、後にしてくれ。これが終わったらいっぱい食べような」

「いつ終わるんですか」

「んー、もう少しかな」

「無理です。今すぐ食べたい......今すぐに」

「悪いがシャノン、サナティオは今は───────」


ガタガタッ!!と、椅子ごと大きく揺れた。

口がずっと開いたままで、呻き声を上げるようになった。

涎が垂れていても気にせず、ただ一点を見つめる。定期的にガタガタと痙攣するように震え、野生の動物のように叫ぶようになった。

これはもう、確定で良いだろう。

残念ながら原因は、サナティオだ。


「ちょうだい!早くサナティオを!あの実が食べたい!!」

「落ち着けシャノン!暴れるな!」


俺は、必死にシャノンを抑えた。

しかしシャノンは止まることなく暴れ続ける。


「実はもう無くなった!全部食べたんだ!」

「そんなの我慢できない!早くあの実を!サナティオを!!」

「分かった!分かったから落ち着けシャノン!」

「あぁああああああ!!!」


最悪だ。

これでサナティオは気軽に使うことの出来ない危険な物となり、俺はサナティオを他人に食べさせた犯罪者となってしまった。

それよりも、もうあの可愛らしいシャノンの姿はどこにも無かった。

ただ発作のように呻き、暴れるだけの猛獣のよう。

俺が、そうしてしまったのだ。


「すまない......シャノン」


それから暫く、シャノンの様子を見ることになった。

相変わらず軟禁状態は続き、もうほぼ監禁状態となってしまっている。

サナティオを定期的に摂取しなければ暴れる薬中を、どうやって鎮めるか。

それは、眠りだった。

相手を眠らせる魔法は知らないが、幸いな事にミッシェルが眠らせられる草を採って来てくれた。

これで、シャノンが暴れれば眠らせて一時的だが大人しくさせることが出来る。


「サナティオ......サナティオ......」

「......」


一週間だ。

約一週間も様子を見た。しかし、もうすっかりヒロインからヘロインへと成り下がってしまったシャノンは、元へ戻る気配は無かった。笑えない冗談だ。

放っておいても治らない。

他に何か策がある訳でもない。

流石にもうシャノンを治すことも難しいと考え、取り敢えず心配しているであろう村を訪ねる事にした。

もっと早くに行くべきだったかもしれないが、こんな調子のシャノンを見せたくなかったのだ。

とても顔は出しづらい。しかし、サナティオの栽培方法を教えた村も心配だ。


「行こうミッシェル」

「あぁ」

「すぐに帰って来るからな。大人しく眠って、待っていてくれ」


眠っている人を馬に乗せていくのは難しい。それに、いつ起きて暴れ回るかも分からない。

シャノンはぐっすりと眠らせて、家でお留守番だ。また必ず迎えに来る。

俺達は、再び村へと向かった。



──────────



二回目となると、馬もあってか随分と早く着いた。

外から見た感じは何も問題は無さそうだが、何だか嫌な予感がする。

静かな方が、より怖いものだ。


「すみませーん!アクルですがー!」


大きな門の前で叫ぶが、返事は無い。

何回試しても、中は静かなままだった。


「ミッシェル」

「任せろ」


ミッシェルの身体強化で、俺を抱えたまま壁を飛び越えて中へと侵入させてもらった。

不法侵入だが、今はそうも言ってられない。

一大事なのだ。


「なっ......」

「これは......一体」


村は、ボロボロだった。

沢山あった家がほぼ全て焼き払われ、残っているものもほとんどが壊れかけている。

住人達は前よりずっと数が減っており、どこかにもたれかかって座っている人や地面に寝っ転がっている人、体の一部を失っている人。

どう見ても、何かあったに違いなかった。

俺は、血の匂いとこの残酷な景色を見て、思わず吐いてしまった。


「大丈夫か?アクル」

「問題ない......まずは村長の家だ」


自身に回復魔法をかけて、村長もといシャノンの父親の家へ向かった。

村で一番大きな家で、その分丈夫だったからか、半壊してはいるが辛うじて家の形を保ってはいた。

「お邪魔します」と言って家に入ると、中で村長がぐったりと地面に座っていた。

他の住人達も、ここに集まっているようだ。

モーナとその家族の姿も見えた。モーナは、どうやら無事のようだ。


「村長!」


大丈夫ですかと言いかけて、どう見ても大丈夫じゃない状況に焦る。

どう見ても、襲われたとしか思えない状況だ。

火に焼かれ焦げた痕跡があるが、火は消えている。ということは、襲われてから少し経ったといった感じか。

まだ敵がいる可能性も考えてミッシェルには辺りを見張ってもらっている。


「どうする......」


俺の回復魔法を使う。

だが、俺の固有魔法は回復速度がとても遅い。

村長は瀕死状態で、既に意識を失ってしまっている。今はまだギリギリ息をしてはいるが、いつ死んでもおかしくは無いだろう。


「やむを得ないか」


俺は、持っていたバッグから瓶を取り出す。

ポーションだ。それも、サナティオを搾って作ったやつの。


「......死ぬよりはマシだと信じる」


ポーションを、村長に飲ませた。

村長は一瞬で身体中の傷を無くし、ボロボロだった体が綺麗に治ってしまった。

意識は無いままだが、呼吸は安定して来た。

恐らくもう大丈夫だろう。

近くで横に寝かせて、安静にさせた。

他の村人達も、怪我をしていても意識があるものには俺の回復魔法を。まだ生きているが死ぬ寸前の者には、ポーションを飲ませた。

全員の怪我を治したところで、村長の家に戻った。

村長は、もう起きていた。


「大丈夫ですか?まだ安静にしていた方が良いですよ」

「また助けられてしまったようだな......」

「いえ、一時的にはそうかもしれませんが......今はそうとは言いきれません」


村長はよく分からないといった表情を浮かべるも、俺が来たことによる安堵の方が大きいようだ。


「シャノンは......」

「シャノンなら心配いりません。また家に来たのですが、中々帰りたがらないので家で保護しています」


嘘だ。

だが、今は詳しく説明している場合では無い。

村の人達は俺のことを信用してくれている。だから、これくらいの説明で安心してもらうことは出来るはずだ。


「そうか......それなら、良かった......」

「何があったんですか?」

「......盗賊だ」


盗賊......その言葉を聞いて、俺は奴らの顔を思い出した。

ミッシェルを襲った盗賊達。あの時の俺はまだ弱く、復讐することも叶わなかった。

その盗賊達と同じかどうかは分からないが、これも何かの因果か。

再び身近な人が襲われたのだ。


「奴ら、門の外から火を放ち、あっという間に間に村を制圧されてしまった......そして気付けば、何もかも奪われてしまった」


こんな大きな村を襲うなんて、計画的な犯行だ。

きっと盗賊の集団だったのだろう、四、五人程度のものではなく、もっと大規模な。


「何もかもと仰いましたが、もしかしてサナティオも......ですか?」

「あぁ、せっかく収穫出来る程に成長したのに......ひとつ残らず持って行かれた......栽培方法をわざわざ書いてくれた紙まで......」


まずい。

非常にまずいことになった。


「おう、どうだ?村長は大丈夫だったか?」

「ミッシェル、かなり状況が悪くなった。サナティオの実と栽培方法を書いた紙を取られた」

「にゃは!?」


つまり、奴らがサナティオの特性を知れば栽培して売ることが可能となってしまう。

なにせ盗賊だ。例えサナティオに依存症があると気付いても売ることは間違いないだろう。

むしろ、その方が買い手は何度もリピートして買ってくれるだろうからな。

売人に薬物を渡すようなものだ。


「襲われたのはいつ頃ですか?」

「昨日の夜だ。もう結構離れてしまっているだろう......」

「行くか?アクル」

「そうしたいのは山々だが、相手は恐らく大人数だ。それに、かなりの手練だろう。行くのは危険だ」


俺達二人が挑んだところで、ボコボコにされて終了。

たかがこの世界に転移されただけの一般人である俺に、どうにかできるとは思えないが......


「できるだけの事はやってみよう。後をつけて、売買される前のサナティオを潰すんだ。出来れば栽培方法の書いてある紙も盗み返したい。村から盗まれた物も、できる限り取り返そう」


村長には悪いが、サナティオが最優先だ。

もしサナティオが売り出され、世の中に広まってしまえば、もうこの世界は終わりと言える。

あんなに回復力のある物を使わない人がいる訳がなく、全員漏れなく中毒者だ。

この世界にも薬物はあるらしい。だが、俺の居た世界のように強い依存性を持つ物は少なく、闇市場では薬物なんかより奴隷の方が主流だと聞く。

そんな中、依存症に疎い人達が薬物に染まったらどうなるのか。

考えただけで恐ろしい。

あのシャノンの暴れ具合から見て、近い未来にはサナティオを取り合った戦争などが引き起こされてもおかしくは無い。


「急ごう。今なら間に合うかもしれない」

「私も行きます!」


と、モーナが俺の袖を引っ張った。

勇気を出したのだろう。手が震えている。


「ありがとう。だが、とても危険だ。ここは俺達に任せて、ここで待っていてくれ」

「で、でも......」

「じゃあ、モーナはここで皆を守ってやってくれ。これを渡しておく。これはサナティオをポーションにしたものだ。怪我をしたり、体調が悪くなったら使うといい」

「......分かりました。どうか、お気を付けて」


俺とミッシェルは、盗賊達を追った。

行く先は、十中八九街の方だろう。

前にギルドで噂を聞いた事があるが、どうやら街では夜に闇市が開かれているようで、非合法の物も結構あるそうだ。


「村から盗み出した物なんて、サナティオだけでも多いだろうに。きっと大量に持ち出したんだろうな」

「人が多ければ、それだけ馬も多い。馬の足跡というのは、中々消えないものだ」


馬の足跡。

ミッシェルによれば、六頭分はあるそうだ。

つまり人も六人以上。

俺とミッシェルなら、六人くらい何とかなりそうではあるが、実力者が混じっているとなると俺達二人で何とかするのは厳しい。

と、暫く足跡を追っていると、途中でバッサリと足跡が途切れてしまった。


「アクル、ここから足跡が無い」

「何?ペガサスにでも乗っていたのか?」

「恐らく、何らかの魔法を使って足跡を消したのだろう。例えば、風魔法か何かで馬の後ろの地面に強く風を吹きかければ、砂が舞って足跡を消すことぐらい出来る」


なるほど......やはり、奴らも手練だったということか。

こちらが気付くことに、向こうが気付いていないわけが無い。


「ということは、向かったのが街では無い可能性もあるということか」

「にゃは。盗賊と言っても、今回村を襲った奴らだけじゃないからな。あんまり大量の盗品を持っていればそれだけ目立つし、他の盗賊に横取りされる可能性もあるのだろう。まずは隠れ家かどこかで捌いて、少しづつ売るのが定石だ」


という事は......お手上げということか。

もうどうすることも出来ない。

諦めるのか?あぁ、仕方が無い。ここまで来てしまったら、もう俺の力では解決することは出来ないんだ。

俺は勇者じゃない。ただの、異世界に転移された男子高校生なのだから。

終わりだ......何もかも。


「家に帰ろうぜ......サナティオの事は、それから考えれば良いさ。シャノンも待ってる」

「あぁ、そうだな......」


そうだ。

何も、サナティオの流通を阻止する事だけが解決策では無い。

中毒症状を治すことが出来れば、それで解決する話だ。

シャノンを治そう。

それが、俺に残された唯一の希望だ。

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