第3話 子供の依頼

「申し訳ないが、パーティーから外れてくれないか。前田明来まえだあくる殿」

「え?」


その時は、突然来た。

転移者のみで作られた最強パーティーである勇者パーティー。そのグループから、俺は「外れろ」と言われたのだ。

パーティーを作った本人である、王に。


「非常に言い難いことなのだが、其方の固有魔法は......」

「回復魔法ですよ!?パーティーに一人も居ないなんて、危険じゃないですか!」

「確かにそうだな。しかし、回復系統の魔法は今や誰もが使える基本魔法となっている。それに、君よりも優秀な回復役がいるのでな」

「......橋田はしださんの事ですか」


王は、黙ってゆっくりと頷く。


「し、しかし、もし橋田さんが負傷した場合、誰が治すんですか!?」

「この勇者パーティーは最強のチームだ。そもそも、怪我をするということすら知らぬほどの実力を持っている」

「で、ですが......」

「足手まといってことだ。察しろよ」


部屋の入口からそんな言葉が聞こえた。

振り返ると、腕を組んで壁にもたれかかっている高津たかつの姿があった。


「え......?」

「もう諦めろ。お前は邪魔なんだよ」



──────────



ミッシェルはまだ帰って来ていない。

どれだけ遠いのか知らないが、一日で帰って来れるほど近くにあるとは思えない。

何気に、ミッシェルがいない日というのは、久しぶりの事だった。


「......ギルドにでも行ってみるか」


誰にも会わない為にここに来たというのに、いざ誰とも会わないとなると少し寂しくなってしまうものだ。

それに、今は最強の回復薬を手に入れた。

怖いもの無しとまでは言わないが、とても頼りになるアイテムだ。

『サナティオ』。ポーションにする為に、種を取りだして細切れにし、ほぼ果汁のみになった所で細くて小さな瓶へ入れた。これでポーションと言うにはお粗末な出来だが、効果は十分。

これで持ち運びやすいし、使い勝手も良くなった。


「さて、準備完了っと」


少し金を稼ごう。

ミッシェルが強くて、あまり気にしていなかったが、俺には装備があまり無い。

実は、まだマトモな装備とは言えないのだ。

短剣と簡易的な鎧。

まるで駆け出しの冒険者のような格好をしている。

俺の家からギルドへは、割と遠い距離にあった。

流石に迷わないよう道は覚えては居るが、やはりミッシェル無しで行くのは何気に初めてかもしれない。


「行ってきます」


誰もいない家にそう言って、ギルドへと向かった。

この世界のギルドは、冒険者達が依頼を受けて報酬を貰うという至ってシンプルな構造になっている。

しかし、ランクシステムというのが存在し、冒険者のランクに応じて受けられる依頼が変わる。

ギルドで高額な依頼を受けたいのなら、相応のランクが必要になるという仕組みだ。


「はぁ、はぁ、遠いな......」


森を抜け、やっと人の住む街へ辿り着く。

レーヴァン王国。ドレント大陸の中でも一番大きな国だ。俺が転移して来た場所でもある。やはり、家から近いギルドとなるとここが一番なのだ。因みに俺の家は、レーヴァン王国の領地外だ。どこにも所属していない、ただの森にある小屋に過ぎない。


「おっ、あったあった」


そして、国の中でも最も多くの人が出入りしている場所がギルドだ。

お金を稼ぐとは言ったものの、俺は最底辺のランク。

まだまだ高額依頼を受けるには程遠いのだ。

今受けられる中で俺一人でもやれそうな依頼を探す事にする。


「お邪魔しまぁす......」


と小さな声でコソッと入る。

別に挨拶なんてしないでいいし、したところでいつも賑わっているギルドでは聞こえることは無い。だが日本人の俺としては、何だか挨拶しなくては失礼な気がしてならないのだ。

気にし過ぎだろうか。緊張しているのもあるな。

このギルドは酒場にもなっており、依頼を達成した報酬でそのまま打ち上げまで出来るという素晴らしい場所だ。

故に、いつも大盛り上がりなのである。


「あれ?転移者じゃね?」

「マジで?こんな所にも居んの?」

「俺知ってるぜ。あいつ、勇者パーティーを追い出されたって奴」

「あー!あいつかァ!ったく、可哀想な事......くくっ」


冒険者なら、俺のことを知っている奴も少なくない。

何せこの世界において転移者というのは、勇者のようなものだからだ。

魔王を討伐する為に、転移者達のみで作られた最強のパーティーである『勇者パーティー』から追い出された奴ともなれば、有名にもなろう。


「この依頼をお願いします」


この世界に転移してから、基本的な言葉や文字が理解出来るようになっていた。

日本語でないという事は分かっているのだが、日本語版のように流暢に話すことが出来る。読み書きも出来る。

便利なものだ。いっそ、全ての言語をマスターした状態で転移させて貰えればいいのに。

どういう仕組みなのかはしらないが、お陰でこの世界でも困ること無く生きていける。

この依頼表を読むことも難しくないというわけだ。

母の為に薬草を採集して欲しいという依頼だ。

どうやら依頼者の母が病気のようで、代わりに薬草を採集して欲しいらしい。自分で行かないのには理由があるのだろう。


「銀貨15枚か......」


正直言って......安い。

硬貨は、基本的にはどこの国も銅貨、銀貨、金貨の三種類が出回っているらしい。

しかし、国によってその価値は異なるため、日本円に換算するは難しい。

今の銀貨15枚ならまぁ、宿で一夜を過ごせるくらいかな。もちろん安い所だが。

だが今の俺にはこれぐらいしか受けられる依頼が無い。

それに、わざわざギルドに貼り出してまで母の助けを求めるというのには何か特別な事情があるのだろう。

俺でも、出来そうな事だとは思わないか?


「おい!『元』勇者パーティーのメンバーさん?」


酔っぱらいの一人が、元の部分を強調して俺をそう呼んで来た。

こういう風に絡まれるのは初めてじゃない。

だから顔を出したく無いんだ。

人が多い所では特にな。


「何だよ!返事くらいしろよ!」

「......何か用か」

「もしかしてその依頼、受けるのか?」

「何か問題でも?」

「いいや?ただ、そいつはガキが持って来たもんでよォ。報酬も少ねぇしやることしょうもねぇしで誰も受けなかったったんでなぁ!元勇者パーティー様がやってくださるとなると掲示板が綺麗になってありがてぇと思ってよぉ!」


うひゃひゃひゃひゃと、酔っぱらいとその仲間達は甲高い笑い声をあげる。

そんなに面白い事だろうか。よくもそう大笑い出来るな。羨ましいよ。


「なぁ、なんで追い出されたんだぁ?」

「何だ?」

「何で勇者パーティーを追い出されたのかって聞いてんだよ。教えろよ」

「......」


俺は、黙ったまま受付にさっきの依頼の紙とギルドカードを出した。

ギルドカードには、本人のランクやパーティーなどの情報が記されている。免許証のようなものだ。

受付嬢が依頼の紙と俺のギルドカードを見比べ、「承諾致しました。お気を付けて」と言う。

それに対して俺は「ありがとう」とだけ言い、他の全ての声を無視してギルドを出て行った。


「さてと。取り敢えず依頼主の所へ行ってみないとな」


ギルドに依頼を出すほどの事情が、どんなものなのか。

依頼主の元へと向かった。



──────────



「どうもー、依頼を受けた者ですが」


コンコンとドアを叩く。すると少しだけ開けて、中から子供が顔を出した。


「お兄ちゃんが、依頼を受けてくれたの?」


男の子だ。

俺に怯えているような、しかしどこか期待しているようにも見える。


「そうだ。俺はアクル、ギルドで依頼を受けて来た」


俺が依頼書を見せると、男の子はパァっと明るい顔になってドアを大きく開けた。


「僕はルグ。ありがとう!ずっとお母さんを助けてくれる人を探してたんだ!」

「あぁ。取り敢えず、お母様の状態は?」


男の子は俺を部屋へ招くと、お母様へ合わせてくれた。


「この前からずっとこんな調子で、ずっと眠ってばかりなんだ。大人の人に聞いても、何の病気か分からないって......ポーションも試したけど、全然効果が無くて......」


なるほど。

この子の母親は、今もベッドでずっと苦しそうに唸っている。話しかけても返事が無い。

うなされているようだ。呼吸が荒い。

額を触ると、熱があることが分かる。物凄い高熱だ。体調が悪いことは明らかだった。

だがどんな病気なのか分からなければ、治すことも難しい。それで困っているというわけか。


「よし、なら試してみよう」


正直、こんな事だろうと分かってはいた。

例え俺が、ランクの高い冒険者だったとしてもこの依頼を受けていた事だろう。

何故ならこの依頼は、今の俺にピッタリだと思ったからだ。肉体的にも、持ち物的にもな。


「治る......?」

「任せてくれ。すぐに元気になるはずだ」


サナティオのポーションを取り出す。

今のお母様には、咀嚼することも難しいだろう。だから、液状にして流し込む作戦だ。

果汁だけでも効果がある事は確認済み。だが、お母様の病気に効くのかはまだ分からない。

こいつで治らなければ、俺はこの依頼を達成することが出来ないのだ。

こいつに全てを賭けた。

だが、上手くいくと何故かそう思う。自分でもよく分からないが、謎の自信があった。


「これは......?」

「最強の果汁だ。もしかしたら、これで治るかもしれない」

「ホント!?」


本当かどうかは、試してみないことには分からない。だが保証しよう。

このサナティオは、最強の実だと言うことを。


「さぁ、飲んでください。ゆっくりでいいです」


お母様の口に、少しづつ注ぐ。

すると意識が無いながらも、ちゃんと飲み込んでくれた。

時間をかけて一本分を飲み干し、ふぅとため息を着く。

しかし、効果は現れなかった。

少しだけ楽になったように見えるような、見えないような......この量では足りなかったのかもしれない。

前にポーションを使った時は、擦り傷程度ならすぐに治った。この病気は、それ程までに重症ということだろうか。持っているポーションを全て使い、さらに念の為に持って来ていた実もできるだけ小さく切り、食べやすくして与えた。

するとやっとの事で、効果が目に見える程に現れた。

まず、呼吸が整って来た。ずっと苦しそうだった表情も徐々に和らいで行き、額を触っても暑さは治まってきていた。

そして数十分程経つ頃には、お母様は目を覚ました。


「お母さん!!」

「......ルグ!?」


ルグは、母の下に飛び込んだ。

肝心のお母様は、何が起こったのか分かっていないご様子だ。

正直、少し焦った。だが無事に元気になってくれたようで良かった。もしこのまま治らなければ、俺はもうどんな顔をすればいいのか分からなかったのだ。

俺は、軽く自己紹介と何が起こったのかを話した。


「そうですか......本当に、何とお礼を言っていいのやら」

「気にしないでください。それよりも、ギルドに依頼を貼ったルグの事を褒めてやってください。俺はただ、その依頼を受けただけです」

「ありがとうございます......」


良かった。

どうやら、ちゃんと効果はあったようだ。

それにしてもこの実、サナティオは何でも治すことが出来るな。

その異常な回復力と速度、そして美味しさには正にチートと言わざるを得ない。


「それにしても、こんな凄いもの一体どこで?」

「あー、たまたま手に入れたものです」


何となく入手経路を隠してしまった。

もし俺が作ったと言って、どこかにその情報が広まって、俺が追われる事になってしまうと思ったからだ。流石に考え過ぎかもしれないが、他人の技術を盗むのに手段を選ばないような連中がいることは俺でも知っている。

それがこの世界の生き方なのだ。だから、細心の注意を払わなければならない。

例え人助けでも......だ。


「このポーションをいくつか差し上げますので、また病気になったり怪我してしまったりした場合にお使いください」

「い、いえ!そんな......頂けません!」

「いいんですよ。こんなの沢山ありますし、どうか受け取ってください」

「......本当に、ありがとうございます」


お母様は、涙ながらに感謝してくれた。

どんな大病だったのかは知らないが、俺のサナティオを使えばすぐに治ってしまうようだ。

まさに最強の実だ。


「お兄ちゃん」

「ん?」

「ありがとう!!これ、少ないけど」


お母様に声が届かない場所で、こっそりと何かを渡してくれる。

銀貨15枚だ。

そう言えば、この依頼の報酬は銀貨だったな。


「ありがとう。でも、もう今は要らないな。その代わりに、このお金でお母様を喜ばせてやって欲しい」

「うん!!」


よくできた子だ。

恐らく、母親に内緒で依頼を出したのだろう。自分で判断し、自分で行動できた。年齢的にはまだ小学生くらいだろうが、しっかりしている良い子だ。


「それでは、お大事に」

「あの、宜しければもう少しゆっくりして行っても......」

「お気持ちはありがたいですが、まだやりたい事がありますので」


まだまだサナティオの性能を理解出来た訳では無い。

試したい事がいっぱいだ。


「ありがとうございました」

「ありがとう!!」


俺は、手を振って別れを告げた。

今回は、サナティオが病気にも効くということを知れて良かったな。

やっと、誰かの役に立てた気がする。

この世界に転移してから三年。勇者パーティーを追い出されて、辺境の地でひっそりと暮らしてからは一年経った。そしてようやく、誰かの役に立つ事が出来た。

それが、今は一番嬉しかった。



──────────



「確認しました。それでは、この依頼は達成とさせていただきます」


ギルドに依頼達成を報告し、今日の所は取り敢えず家に帰ることにした。もうすっかり夕方だ。すぐに日が暮れてしまうだろうし、今日は家へ帰るのはよそうか。

今後もギルドに通い続けるのなら......やはり、街に住むべきなのか。毎回馬車で行ったり来たりするのも疲れるしな。

どうやっても金無しで生きて行くには厳しい世の中だ。それだけは、俺が前居た世界もこの異世界も変わらないな。


「お?」


ギルドを出てすぐ、宿を探そうかと思っていた所で見覚えのある顔を見つけた。


「お前ら、なんでここに?帰ったんじゃ無かったのか?」


ミッシェルとシャノンとモーナだった。

三人は昨日から村へと向かっていたはずなのに、こんな所で出会うだなんて。


「いやぁ、それが......」

「すみません......私のせいで」


聞いてみると、簡単な話だった。

俺の家から村へ向かって出発したはいいものの、やはり村まではかなりの距離がある。

森の中は馬車が出てないし、一日で着くとは思っていなかったのだが。


「お腹が空いて、全部食べちゃった......と」

「はい......」


はぁ......そんなこと、あるのか。

まぁ確かに、長距離の移動で腹が空くことを考慮してお弁当を持たせなかった俺も悪いが、だからと言って果物を食べる必要は無いだろう。

ミッシェルも居るんだし、狩りをすれば良かったしゃないか。


「それが......食べるのは少しだけにするつもりだったんだけどな。気付いたら全部食べてしまっていたよ。にゃははは」


にゃはははじゃねぇ。

何が「気付いたら全部食べてしまっていた」だ。

折角頼りになる奴だと思っていた所なのに、これじゃあ俺の中のミッシェル像がポンコツになってしまう。


「で、帰るにしても暗くなって来てしまったから、この街に寄って宿に泊まろうと。そういう訳か」

「ついでにご飯もな」


そうだな。

確かに子供二人を連れたままの狩りは危険だ。

流石のミッシェルでも、魔物の群れなどを相手にするのは難しいし、万が一という事もある。

次は、一日分の飯くらいは持たせるとしよう。


「分かった。まぁここで会えたのはラッキーだったな。俺も今日は宿に泊まる予定だったし、取り敢えず一緒に行くか」

「すまねぇなアクル」

「まぁ気にすんな。無事で何よりだ」


そう。無事だったのが一番だ。

三人とも何も無さそうだし、特に襲われた様子もない。

ボロボロになって帰って来た訳じゃないのだから、むしろ喜ぶべきだろう。


「明日になったら、弁当を渡す。それを持って、また村へ帰るといい」

「すみません......何から何までありがとうございます」


気にするなとは言ったが、一旦家へ帰らなくてはならない。

時間はかかるが、仕方ない。残っているサナティオも少ない事だしな。

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