第2話 迷子の二人

まるで『実』だ。

いや、きっとこの木の『実』なのだろう。

林檎や桃のように、果物なのだろうか。

しかし、この世界の知識などほんの数ヶ月程度のものしかない。

この木の実が何なのか、分かるわけが無かった。


「果実......だよな......」


他にもいくつかなっているところを見ると、やはりこの木の実であることは間違いないらしい。


「......」


一つ、採ってみる。


「結構ズッシリしてるな。林檎くらいか......?大きさは片手で持つには少し大きいくらいだけど」


顔を近づけると甘い香りがした。やはり果物のようだ。

何に似てるんだろうか。梨......桃......んー、分からない。


「......」


......食べてみるか。

例え毒があったとしても、俺の固有魔法なら回復する事が出来る。

即死で無ければ......だが。


「......さて」


部屋へ持ち帰り、とりあえず真っ二つに切ってみた。

中には、梨のように硬い黒い粒がいくつか入っていた。おそらく、種だろう。

一口分よりも、もっと小さく切り、少しだけ口に含んでみる。

甘い。

桃にとても近いが、酸味をほとんど感じない。

そして柔らかい。歯を使わなくとも、すり潰してしまえる程に実は柔らかかった。


「美味しい......普通に美味しいな......これ」


というか、すごく美味しい。

味はなんと言うか......初めて食べる味だ。

似ているものが思いつかないが、珍味という訳では無い。

一度食べだしたら止まらない。

そんな味だ。


「今度、ミッシェルが来たら聞いてみようかな」


異世界に来てから、こういうサバイバルっぽいことはして来なかった。

正直、ワクワクしてしまって思わず知らない実を食べてしまったが、少し待ってからミッシェルに聞けばよかったと今気付いた。

こういうことを一度やってみたかったんだと、初めて気が付いた。


「しかし、どうして家の庭に......?」


細かいことを気にしていても仕方ない。

元々種が埋まっていて、たまたま実ったのだろう。

何せ、ここは異世界だ。一瞬で木が成長したって不思議じゃない。


「──────!!」


......?何やら、外が騒がしい。

この辺はそもそも人がいないから、騒がしい事など無いはずだが。

そう思い、玄関の扉を開けてみると......


「アクルゥウウウウッ!!」

「うぉお!?」


ミッシェルが、勢いよく飛び込んで来た。


「思っていたよりずっと早かったな」

「にゃはは......ごめん......私......」


何やら様子がおかしい。

いつもの、余裕がある表情では無い。


「何かあったのか?」

「......盗賊に襲われた」

「なに?」


よく見ると、ミッシェルの体は傷だらけだった。

俺はすぐに回復を始める。

パッと見は重症では無さそうだが、明らかにダメージを負っている。

そりゃあ、女性が1人で歩いていれば、襲われるのは不思議ではない。

しかし、ミッシェルは強き獣人だ。

たかが盗賊ごときに、ボロボロにされるとは思えない。


「ごめん、ボロスディアの頭を取られちゃった......」

「あぁ、そんなことどうでもいい。ミッシェルが無事に帰って来てくれただけで、俺は嬉しい」

「けど......」

「またギルドから依頼を受ければいいだけさ。そう気にするな」

「......ありがとう。にゃはは、アクルは優しいな」


そうでも無いよ。

元々はミッシェルが受けていた依頼だし、俺が何か言う権利はない。


「しかし、ミッシェルが逃げてくるなんて。手練だったのか?」

「不意をつかれた。奴ら、毒を使って来た。恐らく、中に元傭兵がいる」


毒......か。

幸い、俺の魔法には解毒の作用もある。

だが、やはり時間がかかってしまう。


「少し横になっていた方がいい。俺の回復魔法はレベル6とは言え、完全回復に時間がかかる。安静にしていて欲しい」


回復魔法には、レベルがある。

10段階に分けられた、回復する量のことを回復レベルという。これは、魔法や個人の実力によってレベルが変化するため、こうして定められたものらしい。

レベル1

紙で指先を切った傷。ギリギリ血が見える程度。

レベル2

小口径弾。貫通した穴が塞がる程度。

レベル3

大きな切り傷。剣で腹を斬られた等。これ以降解毒が可能。

レベル4

切断された部位をくっつければ元に戻せる。

レベル5

目や臓器など複雑な部位以外の生成。

レベル6

死以外の完全回復。ただしレベル6は噂程度の存在と言われている。

そして俺の固有魔法オールキュアは、回復レベルは6だ。噂ではなく、存在はする。だがその域のレベルを使える者が居ないのだ。

だが俺の魔法でも、回復する速度が遅くて回復する前に息絶えてしまうため、大体はレベル4くらいしか効果を発揮しない。

とてもチート能力とは言えない能力だ。

しかし俺の固有魔法にはもう一つ効果がある。

通常、回復魔法は動物にしか効かない。つまり、植物などには効果が無いのだ。しかし、俺の回復魔法は植物にも作用する。だから木で練習する事が出来たのだ。

......まぁそれでも、枯れた花を回復させることくらいしか使えないけど。


「......」


ミッシェルをベッドに寝かせて、俺は台所へ向かった。

ふと、先程の実が目に入った。

こんなので良ければ、少しは元気になるだろうか。


「ミッシェル、これ」

「実......?初めて見る物だ。なんと言う実なんだ?」

「ミッシェルも知らないのか」

「あぁ。少なくともここら辺では見ないものだな。私も長いことこの森に住んでいるけど、そんな物見たことがないぜ」


......新種か?

いや、それはありえない。

きっと、都会の方で採れる実だったりするのだろう。

別にミッシェルが全ての実を知っているというわけでも無いだろうし。


「食べられるのか?」

「おう。さっきちょっと食べてみたけど、普通に美味しかったよ。本当はこんなよく分からないものより─────ってうおっ!?」


話の途中で、ミッシェルがもう実を食べてしまった。

全く、危険を顧みないな。


「ん!?」

「ど、どう......?」

「うまい」


ガクッ。

と、昔のコントのようにズッコケてしまった。


「どうかな?これで少しでも元気になってきれると......嬉しい......んだけど──────ッ!?」


一瞬、何が起こっているのか分からなかった。

突然ミッシェルの体から、見る見るうちに傷跡が無くなっていったのだ。

回復魔法を使っている訳では無い。俺の魔法とは、回復速度が明らかに違った。

あっという間にミッシェルの体は完全回復してしまった。

まるで、時でも戻したかのように。


「い、一体何が......?」

「体の痛みが無くなった......嘘のように体が軽い......」


驚くミッシェル。

しかし、本当に驚いているのは俺の方でもあった。


「驚いたな......信じられない」

「ミッシェル。もしかして、今食べた......実......か?」

「その可能性が高いな。しかし、こんなにも回復が早い実などこの世に存在するのか......?」


確かに、ダメージを回復する植物は存在する。

しかしどれも、回復魔法よりも劣った性能ばかりだ。使うとすれば、回復魔法を持たない冒険者や薬の調合、料理くらい。

こんなにも回復が早く、しかも回復レベルも高い果実が存在するのか。

だが、ミッシェルも知らないと言っている。

もしかしたら本当に新種の果実なのかもしれない。


「何にせよ、完全回復した事には感謝するぜ。ありがとうアクル。こんな実、何処で見つけて来たんだ?」

「いやぁ......それが」


俺は、さっきあったことを隠さず伝えた。

ずっと庭で練習していた事は、ミッシェルも知っている。


「凄い!」

「え?」

「こんなに簡単に完全回復出来て、しかも美味しいと来た。まさに大発見だ」

「そ、そうかな......」


......やっとだ。

やっと、ミッシェルの役に立つことが出来た気がする。

今まで、ミッシェルのお世話になってばかりだった。だが今やっと、ミッシェルの役に立てたような。そんな気がした。


「ミッシェル、さっき盗賊に襲われた場所って覚えてる?」

「え?」

「取り返しに行こう」




──────────




「この辺りだね」

「ふむ......」


確かに、向こう側に人影が見える。

モヒカン頭とハゲ頭、そして角刈りの三人組だ。元傭兵というのは、あの角刈りの事だろうか。他の二人より武器が似合っている。

あれが盗賊だろう。奪ったものを抱えて、楽しそうに話している。

ミッシェルに怪我を負わせ、さらにボロスディアまで奪われたお返しをしてやろう。


「まさか......本当に闘うのか?奴らは強い。アクルじゃ勝てない」

「いいや闘わない」

「......?なら、何をしに来たんだ」

「奪う」


こういう時、ラノベの主人公ならきっとチート能力を使って敵を一掃してしまうのだろう。

盗賊など、ものともせずに一撃でやっつけてしまうのだろう。

けど......俺にはそれが出来ない。

そんな力を持っていない。だから、俺は俺のやり方でいく。


「まず、俺が気を引いて「駄目だ」

「!?」


俺の言葉に割り込むように、ミッシェルは強く断った。


「み、ミッシェル......?」

「駄目だと言ったんだ。やはり、連れてくるんじゃなかったぜ」


ミッシェルは、俺の服を掴んで離さない。

どういうつもりだろうか。


「今がチャンスだ。俺とミッシェルなら行けるよ」

「いいやアクル、この世界を甘く見ない方がいい。お前が別の世界から来たことは知っている。お前のその世界では、こういう状況なら取り返すというのが当たり前なのかもしれない。だけど、この世界ではそれは違う」

「......」

「こういう時は、素直に諦めるのが正解だ」


諦める......だって?

俺はこの世界に来て、ずっと諦めずにいた。

もしかしたらまだ、こんな俺でも勇者パーティーに入れるんじゃないかって。

誰かの役に立てるんじゃないかって。

なのに、こんな所で諦める......?

たかが盗賊だ。

ラノベ主人公が、盗賊を倒すのを諦める話なんて聞いた事が無い。


「アクル、私は大丈夫だから。ボロスディアの事は本当に申し訳ないと思っている。傷も癒してくれて、本当に感謝している。だがこれは、間違っている。私はアクルの為を思って言っているんだ。諦めよう」

「......」


......そうだな。

確かに、俺の実力じゃミッシェルの足を引っ張るだけだ。

ここで囮になった所で、逃げ切れるかどうかは正直怪しい。

なら......


「分かったよ。諦める」

「アクル......すまないな」

「俺の方こそ、ごめん。ついカッとなってたみたいだ。そうだよな。ここでわざわざ殺られに行く必要は無いよな」


俺は、諦めた。

この世界に来て、何度も諦めて来た。そしてまた、諦めたことが増えただけだ。

たかが盗賊如きも倒せないなんて、自分でも情けないというのは分かっている。

けれど、それが俺なんだ。

俺は、チート能力を持っていない。

あいつらと違って、俺はただの人なんだ。

だが奴らの顔だけは、忘れないでおこうとおもった。


「帰ろう、アクル」

「......あぁ」


気付けば空には、夕日が沈んでいた。



──────────



夜。

あまり良く眠れない。やはり、今日の事がモヤモヤしているのだろう。

そんな中、扉が強く叩かれた。

ドンドンドン!!

と、くり返し音がする。またミッシェルか。

俺は、ダルい体を起こしつつ扉へと向かった。


「すみません!誰か居ますか!すみません!」


聞き覚えのない声だ。

ミッシェルでは無い?しかし、女の子の声だ。

そう気づいてから、俺はすぐに扉を開けた。

頭がボーッとしていてよく考えていなかったが、今思えば少し不注意だった。

もしここで、相手が盗賊だった場合。俺はきっと死んでいたことだろう。

だが、今回は心配する必要は無かった。


「はい」


開けてみると、そこには俺と同じくらいか少し歳下だと思われる少女の姿があった。

顔中。いや、身体中泥まみれにし、さらに怪我もしていた。

汗か涙か分からないくらい顔をグッチョリとさせ、もうなんだかグチャグチャだった。

そして、背中にはもう一人の少女。友達だろうか......おんぶされている。

顔が真っ赤になっており、まるで風邪でも引いているかのようだ。見るからに体調が悪いといった様子だ。


「あっ、あの......私達、道に迷ってしまって......その......薬草を少しだけ分けて貰えませんか!!」


驚いた。

こんな夜中に、道に迷ったと言って来たからだ。

その泥まみれの格好で、大体状況は把握出来る。

道に迷い、何らかの事があって友達が体調を崩し、やっと見つけた民家がこの家で薬草を分けてもらいたいということだろう。


「上がってくれ。薬草よりも、もっと良い物があるんだ」


そう言って、二人を家へ上がらせた。

少女は、疑いもせずに部屋へと上がった。


「あ、あの......こんな夜遅くにすみません......ただ、少しだけ薬草を分けてくださるだけで良いので......」

「まぁそう遠慮しないで。友達?か?どうしたんだ?」

「友達です......迷ってる途中で、植物の毒が体内に入ってしまって」

「なるほど」


毒か......あの『実』に、毒を癒す効果があるかは分からないが......とりあえず試してみよう。


「二人とも、これを食べてくれ」


俺は、まだ残っていた実を差し出した。

俺の回復魔法では時間がかかってしまう。せめて傷だけでも癒すことが出来れば良いのだが。


「い、いただきます」


一口サイズに切った実を、寝込んでいる少女に食べさせてやる。

起き上がれる程の力も無いようなので、そっと口に入れてやった。

もう一人にも、切った実を渡す。

恐る恐る口へと運ぶ少女。

何の実なのか分からないものを食べるなら、当然の反応だろう。

だが安心して欲しい。

回復効果がなくたって、美味しさは俺とミッシェルの保証付きだ。


「────────!!」


効果は、一目瞭然だった。

二人の傷は、一瞬で消え去ってしまった。

それどころか、寝込んでいる少女の友達の表情も安らいだものとなった。

どうやら、毒にも効果があるようだ。


「こ、これは......!?」

「俺が見つけた実だよ。どう?」

「凄い......凄いです!一瞬で傷が......!」

「それなら良かった。まだ夜は長いし、今夜は泊まっていくといい」

「い、いいんですか......?」

「もちろん」


こんな美少女二人なら、こちらとしては大歓迎......じゃなかった。

どうせなら、ここで少しでも休ませてあげたい。


「ありがとうございます!」


すると、安心したからか少女から大きなグゥという音が聞こえた。

腹が鳴ったようだ。

少女は恥ずかしそうに、顔を赤らめる。


「す、すみません......」

「残り物で良ければ、食べられるよ」


俺は、簡単に温めてから少女にシチューを出してあげた。

寝ている友達の分も、ちゃんと用意してある。


「美味しい......!美味しいです!」

「そうか。それなら良かった。まだ結構残ってるから、遠慮せずに沢山食べてくれ」


ミッシェルが「採りすぎた」と言って渡して来た野菜などで作ったスープだ。

作り方は、ミッシェルに教わった。まったく、ミッシェルにはお世話になってばかりだ。

本当に助かる。

しばらくして、少女はやっと落ち着いたようだった。

暗い部屋の中、ベッドで眠っている友達の横で、俺達はロウソクを囲いながら座っている。


「ここら辺は民家が無いから、ここを見つけられたのは奇跡だったね」

「ええ、本当に。まさに奇跡です」


ここを見つけられなかったら、どうなっていたかは考えたくもない。


「あの、私......シャノンって言います。シャノン=エイヴァリー。この子は私の友達の、モーナ=ブロワです」

「俺はアクルだ。よろしく」

「アクルさん。よろしくお願いします」


それから、俺達は寝床に着いた。

俺のベッドは一人用だったので、寝たきりのモーナに譲った。まさか女の子を硬い床に寝かせる訳にも行かないので、シャノンにはソファーで眠ってもらった。

お陰で俺は、硬い床と共に残りの夜を過ごすこととなった。背中が痛い。

だが、一緒のベッドという訳にも行かないので、仕方がない。

弱っている娘を襲うなんて、そんな事はしないさ。


「アクルさん、まだ起きてますか?」

「......あぁ」

「すみません、起こしてしまいましたか?」

「いや。大丈夫」

「少し、相談してもよろしいでしょうか......私とモーナが、森に来た理由です」


それは、俺も気になっていた事だった。

どうしてこんな場所に来たのか。

そんな危険を犯してまで、ここに来る理由があるのだろうか。

まぁそれは、落ち着いてから聞こうと思っていた事だった。

しかしこうして自分から話してくれるのなら、聞こうと思う。


「どうしてだ?」

「......私達は、遠い村から来ました」


その村は、約120人ほどで暮らす大きな村らしい。

しかしある時、一人の村人が病を患って村へと帰って来た。

見た事の無い症状で、村の医師はお手上げだったそうだ。とりあえず安静にさせていると、今度はその村人の家族も、似たような症状にかかっていた。

咳、頭痛、節々の痛み、だるさ、発熱など。聞いた限りだと、まるで俺の世界で言うところのインフルエンザのようだ。


「私達の家族も、皆かかってしまいました」


今ではほとんどの人が、その病気にかかってしまっている。

そしてシャノンとモーナは、そんな村を救うために、何か治せる方法はないか探していたということらしい。


「それで道に迷い、家へ辿り着いたというわけか」

「はい......」


このまま帰っても、村は病気にかかった人で沢山だ。

シャノンとモーナだって、いつかかってもおかしくないだろう。


「あの実に、もしかしたら病気を治す効果があるかもしれない」


ミッシェルの毒を治したこともある。

解毒や、病気を治す力もあるのかもしれない。


「ほ、本当ですか!?」

「もしかしたらだ。だが何もしないよりは良い。やってみる価値はある」


変な期待を持たせてしまうのは悪いと思ったが、とにかく安心させてやりたかった。

いざとなれば俺の魔法で治す事も出来るかもしれないが、それだと時間がかかり過ぎる。

村のほとんどの人となると、流石に全員治すのには骨が折れるだろう。


「今日はもう遅い、明日にしよう」

「はい......ありがとうございます」


この二人の為に、何かしてやりたい。

同年代に見えるからとか、そういう事ではなく。

純粋に、困っている人を目の前にすると何かしてあげたくなるのだ。


──────────


「その二人ってのは?」

「あぁ、まだ中で眠ってるよ」


朝から俺は早起きして、ミッシェルを呼んだ。

これから家へ送り届けるのに、森に詳しいミッシェルの力を借りたいのだ。


「今の内に実が生っている所でも見るか?」

「いいね」


前見た時には結構食べられそうな物があった。

二人に持って行かせる分は取れることだろう。


「おいおい......マジかよ......」


庭へ行くと、驚きの光景を目の当たりにした。

ただ、実が後どれくらい残っているのかを確認しようと思っただけなのに。


「俺が最後に見た時より、本数が増えてないか......?」


そう、実は増えていた。

それどころか、木そのものが増えていたのだ。

五本。

前に気づかなかっただけなどでは無い。明らかに、前回生えていなかった場所に木が生えている。


「しかも、立派な実を付けて......か」


増殖力が尋常じゃない。

少し目を離した隙に、大量に実っている。

どういう訳か分からないが、何にせよこのアイテムが俺の知る中で一番回復効果のある薬だ。

どれだけ沢山あっても、困ることは無いだろう。


「にゃはは、ここまで来ると逆に怖くなってくるな」

「あぁ......」


そんなことも言ってられない。困っている人を助けられるのなら、何だっていい。

俺は、その実を部屋へ持ち帰った。

一つの実を丸ごと食べなくても、少し噛じるだけでも効果は現れる。

これだけあれば、100人くらいなら治す事が出来るだろう。


「おっ」


モーナが、ベッドで座っていた。

あれだけ寝込んでしまっていたのに、見たところは体調が悪そうには見えない。


「もう大丈夫なのか?」

「はい......えっと、ありがとう......ございます。私達を、助けてくださって」

「あぁ。大変だったよな。村を助けたい気持ちは分かるが、あまり無理はするんじゃないぞ?きっと村の人達も心配している」

「はい......すみません」


まぁいいか。

今回は運が良かった。大惨事になる前に俺の家を見つけられたし、最強の実もあった訳だしな。

ここまでどうやって来たのかは知らないが、問題はまた村まで帰らなければ行けないという事だ。取り敢えず、眠っているシャノンを起こす。


「ん......モーナ......?」

「シャノン!」


モーナが、シャノンに抱き着く。

まだ寝起きのはずだったが、モーナが元気になっている事に気付くと、シャノンも強く抱き締め返した。


「良かった......元気になったんだね」

「元気になったよ。ありがとうシャノン」

「アクルさんが助けてくれたんだよ」


俺は、笑顔で手を小さく振った。

俺の後ろに居たミッシェルも、このタイミングで自己紹介した。


「ありがとうございます。私なんかの為に」

「気にするな。困っている人が居たら、助けるのが当たり前だろ」


ちょっと格好つけてみたが、ミッシェルはジトッとした目でこちらを見て来た。

何だよ。こういう時くらい良いだろ、別に。


「ごめんね......私のせいで」

「ううん。シャノンのせいじゃないよ。着いて行くって言ったのは私だし、こうなっちゃったのも私の責任」

「でも......」


モーナは、再びギュッと抱き締める。

それだけで、シャノンには言いたいことが伝わったようだった。

二人はしばらく、無事だったことを喜んでいた。


「これを」

「これは......?」

「昨日食べた果実だ。名前は......」


そうだな......『実』だけじゃ分かりにくいもんな。

この実に名前を付けよう。

もし新種なら、俺が見つけたという事だ。なら、俺が名前を決めてしまっても問題無いだろう。


「サナティオ」


なんてどうだろう。

ラテン語で、癒しという意味だ。

この実にとってはピッタリの名前では無いだろうか。

我ながら良いネーミングセンスだ。

中学の時に、伊達に中二病こじらせてなかったらからな。


「サナティオ......」


二人にサナティオを持たせる。

これで、村が元気になってくれればいいが。


「ごめん......これぐらいしか、俺に出来ることは無い」

「いえ!とても助かりました。見ず知らずの私達を助けていただき、さらにこのような果実まで貰ってしまって......充分過ぎるくらいです!」


良くできた子だ。

シャノンもモーナも、元気いっぱいの笑顔を見せてくれる。

まさに美少女だった。

もしかして、この娘達が俺にとってのヒロインか?


「本当にありがとうございました!」


二人は出発しようとしていたが、俺は止めた。

二人だけでは、また森で迷ってしまうかもしれないし、今度は魔物や盗賊に襲われてしまうかもしれない。

また長い旅を、か弱き少女二人にさせる訳にはいかないのだ。


「待ってくれ。俺が────「私が行く。アクル、お前はここで待ってな」


ミッシェルが俺の肩に、ポンと手を置いた。


「なに?いや、そういう訳には」

「森なら私の方が詳しいぜ。お前だって、私が居ないと未だに迷うだろ?」

「......」

「にゃはは!」


おっしゃる通りです。

お恥ずかしながら、俺は未だに森で迷うのだ。

森の奥地に住んでいるのに。

俺がついて行っても、むしろ足でまといになる。

それに、ミッシェル程強くもない。


「......シャノン、モーナ。二人にはミッシェルが付き添ってくれるから、村までは無事に帰れるだろう」

「そんな。お気持ちはありがたいですが、これ以上お世話になる訳には......」

「また怪我されると困るしな。折角助けた命を、粗末にするなよ?」

「あっ、ありがとうございます!」


二人は、またお礼を言った。

俺がついて行けないのが非常に残念だが、俺の代わりはサナティオとミッシェルが引き受けてくれる。


「すまない......頼んだ。ミッシェル」

「にゃは。任せとけって」


ミッシェルには世話になってばかりだ。

今度また恩返し出来れば良いのだが、まだまだその日は遠くなってしまいそうだ。

しかし今は、あの二人が無事に帰れることを祈ろう。

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