勇者パーティーを追放され、辺境の地で魔法の練習していただけなのに〜回復の実が最強過ぎて異世界無双〜

切見

第1話 異世界での生活

皆、何かの依存症だ。

酒、煙草、薬、ギャンブル、ゲーム、アイドル、異性、宗教。

家族、恋人、友達、何かをする事かもしれないし、何かをされる事かもしれない。

皆、何かに縋りたいんだ。

その方が楽だし、自分で何かを考えたり、選択しなくても済む。

依存する事は悪いことだと言う人も多いが、そればかりとも限らない。

もし、依存する事によって心を豊かにするような幸せな日々を送れるのなら、それはとても良い事だと思う。

だから、人は何かに依存するのだ。

そういう俺は、何に依存しているのだろうか。



──────────



異世界転生というものをご存知だろうか。

異世界転移でもいい。大体同じようなものだ。

もし来世は異世界ファンタジーへ行けると知ったら、今すぐにでもトラックに突っ込むだろう。

誰だってそうだ。

別に遠慮することは無い、皆そう思ってる。

だが、それは異世界で無双出来るということが前提だ。もちろん前世の記憶も持って。そして勇気も必要だ。

しかし転生したからと言って、力を手に入れられるとは限らない。


「ヒール!」


この世界には高校一年生の頃、今からだとおよそ三年前に転生して来たばかりだ。

正確に言えば転生ではなく、転移だが。

もはや説明不要だろう。そう、よくあるあの異世界ファンタジーだ。

何年か前の世界の姿、中世の時代に近い世界だ。

だがここは、俺の知っている中世では無い。

魔法などというものが当たり前に存在する世界だった。

この世界に来るにあたり、一つのものが与えられた。

それは、固有魔法というものだ。

固有魔法というのは、その人しか使うことの出来ない特殊な魔法だ。

個人によって効果は様々だが、その人以外の何者にも使うことは出来ない。

この世界の人全員が使えるという訳ではなく、限られた数人しか持っていない特別な能力だ。


「ヒール!!」


ちなみに、俺の固有魔法は回復系統のものだ。

まぁさっきからヒールって言ってるし、回復魔法だということは予想できるだろう。

しかしこの世界は、誰もが回復魔法を使える。

俺の回復魔法は、他人と何が違うのかということ......いや、あまり言いたくないな。

また落ち込むのが嫌だからだ。


「ふう、今日はこんなもんで良いかな」


小屋のように小さな家。それが俺の家だ。

だだっ広い庭にある傷だらけの木を前に、俺は汗を拭った。

俺は毎日、まるで素振りのように家の庭にあるこの木に向かって回復魔法の訓練をしているのだ。

この木は、少し前までこのように傷ついているようなものでは無かった。

元々は倒れている木だったのだ。

何の影響で倒れているのかは知らないけど、ここら辺には倒れた木や折れた木が沢山ある。

まるで台風でも通ったかのように、べきべきの粉々だ。

それを毎日少しづつ回復させ、傷が付いている程度にまで回復したのだ。


「ただいま」


誰もいない家に、俺の声が消えていく。

俺が住んでいるここは、王都から遠く離れた辺境の地。

人が居らず、辺りには森などの草木が生い茂るだけだ。

だがそれは、俺がそういう場所を選んだからだ。

人がいない場所。

一人で静かに暮らしたいと思い、ここへ来た。

はずなんだが......


「開けろ!」


威圧的だが、可愛らしい声と共にドンドンドン!と、扉を叩く音がする。

まるで借金取りのように、俺に扉を開けることを急かしている。


「はいはい」


ガチャリと玄関の扉を開けると、そこには人が立っていた。いや、正確に言うと人ではない。

フワフワのシッポをフリフリと揺らし、頭の上からはフサフサの耳が飛び出している。

獣人だ。


「よっ、来たぜ。アクル」

「おはようミッシェル。今日は何の用?」

「にゃは。用がないと遊びに来ちゃダメなのか?」


ミッシェル。

いつも家に遊びに来る獣人だ。

つまり、ただの人では無い。

人がいない場所だと聞いてここに住んだのだが、なるほど。人でないのなら嘘はつかれていないな。『人』と付いてはいるが、それは人型という意味であり、俺の言う『人』というのは人間の事だ。

しかし納得はいかない。

人が嫌な訳ではなく、知性のある者とあまり関わりたくないのだ。

特に獣人は、かなり人間に近い。

この世界には、人間以外の種族が存在している。そのうちの一つである、獣人族。

獣人は、人と獣の両方の特徴を持ち、どちらにも属さない。

ちなみに、人間という言葉はこの世界ではまだ存在しておらず、我々の想像する人間というのは人族と呼ばれている。

そして、知性を持つ人型の種族を総称して人類という。つまり獣人もリザードマンも人類だ。


「ボロスディアが食べたい」

「突然だな。食べたらいいじゃないか」


ミッシェルが突然何かを言い出すのは、いつもの事だった。俺はいつもそれに振り回され、大変な思いをさせてもらっている。


「狩りに行こうって事」

「ならそう言ってくれ」

「狩りに行こ」

「断る」

「にゃは」


ボロスディアは、外皮がとても硬い大きめの鹿だ。

頭には、槍のような巨大な角。背中には岩のように硬く、通常の剣などは全く通らない鎧を身に付けている。しかし、その分肉はとても柔らかくて美味しいらしい。


「なんで?行こうぜ。美味しいよ」

「中級だからだよ。俺の実力じゃ、中級の狩りなんて出来ない」

「私がいる」

「......」


確かに。

正直言って、ミッシェルはかなり強い。

悔しいが、俺なんかよりずっと。

ミッシェルとは、この家に住み始めた時に出会った。

ひっそりと住む暮らしは良いものだが、こうも街から離れていると、ほぼ自給自足となってしまう。そこで、初めての狩りに出かけた際にミッシェルと出会ったのだ。

あの時は助かった。狩りに出かけると言っても、俺はただの元高校生だ。まぁ、確かに身体能力くらいなら魔法でいくらでも強化する事が出来る。

だが動物を殺した事なんて一度もないし、ましてやその後処理なども一切経験した事がなかった。

だがミッシェルの怪我を治してやると、ミッシェルはお礼にと色々教えてくれた。

それから仲良くなって、ほぼ毎日のように遊んでいる。

遊んでいると言っても、大体は狩りの誘いだ。


「さ、行こう」


俺は支度を済ませ、家を出た。

持ち物はポーションと短剣、そして大きめのバッグだ。場所はそう遠く無いだろうし、これくらいでも良いだろう。


「ん?そっちはローテリトリーだぜ?」


行くべき方向とは違う方向に向かって、ミッシェルは歩き出していた。

ローテリトリーとは、下級の動物がいる場所だ。

この世界では、三つの区域がある

ローテリトリー、ミディアムテリトリー、ハイテリトリーだ。

これらは、生息している動物の位を示している。

ローテリトリーなら、下級の動物がいる。ミディアムテリトリーなら中級、ハイテリトリーは上級だ。

例えば、ギルドで依頼を受ける際などで役に立つ。こうして区域事に分けていれば、実力差が生じて死んでしまうなどということも少なくなるからだ。

そして、今回の標的であるボロスディアは中級の大型動物。通常ならミディアムテリトリーへ向かうはずなのだ。


「実は、今回はギルドからの依頼なんだ。ローテリトリーに中級が発見されたから狩ってほしいっていうな。頭さえ見せれば、報酬も出るし残りも食べていいらしい」

「へぇ」


たまに、そういうこともあるらしい。

テリトリーが違う動物が紛れ込み、低級の動物を喰らい尽くす。小規模の外来生物って感じだろう。

生態系が崩れてしまうため、そういうことはギルドが管理していたりするのだ。


「でも、ボロスディアは草食だろ?害は無いんじゃないのか?」

「すぐには害は出ないタイプだな。大型の草食は、その分多くの量の植物を食べてしまうし、小さな肉食獣くらいなら簡単に倒してしまう。バランスは崩れる事に違いないんだ」

「なるほどな」


俺達はローテリトリーの森に入り、ボロスディアを探し始めた。

ボロスディアは、体長約10メートル。高さは8メートルほどの巨体。

そして4メートルほどの角を持ち、大木も一撃でへし折ってしまうほどに強力だ。

故に、見つけやすい。

こうしてしばらく歩き回っている内に。


「いたいた」


早速見つけた。

今回入り込んでいるのは一頭だけのようで良かった。

というか、でかい。

話には聞いていたけど、こうして近くで見ると本当に大きいな。


「あんなに大きな体で、天敵とかっているのか?」

「もちろんいる。皆あれを食べるのさ」

「という事は、ミディアムテリトリーにはあれよりも大きな生物がうじゃうじゃ居るってことか......」

「何を言っている?私達も食うだろ?」

「......」


確かに。

それもそうか。俺達のような小さな生き物でも、大きな獲物を仕留めることが出来る。

何も、食べるものが食べられるものより大きく在る必要は無いんだ。

もちろん、大きなのも居るだろうけど。


「分かってると思うが、大体の生物の弱点は首。頭さえ切り離してしまえば、ほとんどは死んでしまう。けどボロスディアは、うなじ部分に硬い毛が生えているんだぜ」

「あのツタみたいなやつか」


毛というより、木に絡まったツタというかコケというか、それが何層も重なって鎧のようになっている。サイの角と似た様なものだろうか。

見ただけでも分厚くて硬いことが分かる。


「その毛のせいで、背中からじゃ刃物はほとんど通らない」

「なるほど」


ならば、狙うは喉元ということだ。

どれだけ大きな生物ても、弱点は存在する。

パワーで勝てなくとも、弱点を的確に突けば勝てる可能性は十分にあるのだ。


「私が囮になるから、その隙に背後から近寄って首を取れ」

「危険だ。回復魔法がある俺が囮になる」

「アクルは足遅いから駄目だ。即死したら、回復魔法も関係ないだろ?私の方が素早いし、逃げるのは得意だからな」


む。

まぁ確かに、俺はあまり体を動かすことが得意では無い。

適材適所というやつか。


「武器は持ってるか?」

「短剣くらいなら......」

「柔らかいところなら、十分に刃が通るはず。じゃ、行こうぜ」

「お、おう」


短剣を構え、ミッシェルの後に続く。

俺達は、狩りを始めた。


「おーい!こっちこっち!」


ミッシェルが走りながらそう叫ぶと、巨体は素早く振り向いた。

見た目からは想像できないような動きの速さに、少し驚いた。

そして──────────


「ッ!?」


ミッシェルの居た場所に向かって、突進した

ひらりとかわしたミッシェルとすれ違う形になり、奥にあった木にぶつかるボロスディア。

そして、ぶつかられた木はメキメキと音を立てる間もなく、バコッと一瞬で折れて吹っ飛んで行った。

肉食獣では無いとは言え、攻撃されればひとたまりもない。

そして、とても攻撃的だ。

大人しいと聞いていたはずだが。


「ミッシェルを見た瞬間に攻撃して来た......これのどこが大人しいんだ」


普段とは違う場所、違う環境にいるからだろうかか。まだ慣れていない場所で、警戒心が強くなっても不思議じゃない。

確かにその巨体にしてその攻撃力であれば、逃げるより立ち向かう方が生存する確率は高いだろう。


「けど......」


まさか、立ち向かってくるとは思っていなかったため、その可能性を考慮することが出来なかった。

ボロスディアは、ミッシェルを敵だと認識し途端に頭を低く構え、角を相手に向けるために下を向いた姿勢となってしまう。

これでは、喉元を狙うことは難しい。

幸い、俺の存在はまだバレていない。

このまま不意をついて、何とか──────パキッ。と、足元から音がした。


「ッ!!」


一歩踏み出した俺の足が、落ちていた枝を踏んだのだ。

その僅かな音を聞きつけたボロスディアは、凄まじい勢いでこちらを振り向いた。

そして、まるでミッシェルの事を忘れてしまったかのように、俺の方へ向かって走って来た。

角を深く構え、確実に仕留めに来ている。


「プロテクトアーマー!!」


一瞬、何が起こったのか分からなかった。

真正面からボロスディアの攻撃を受け止めた。

はずだったが、俺の視界にボロスディアの姿はない。

一面真っ青な、美しい景色。

すぐに、それが空だと気付いた。


「ッ!?」


俺は空中へと浮かんでいた。

いや、浮かされていたのだ。


「まずいまずいまずい!!」


非常にまずい!どれだけ高く打ち上がったのかは分からない。

衝撃からして、結構な高さだろう。

頭を、頭を守らな──────


「がッ」


今度は、背中へと大きな衝撃が走った。

一瞬。ほんの一瞬だが、息ができなかった。

遂に死んだのかと思いもしたが、段々と全身に痛みが走って来るのを感じるというのは、まだ生きている証拠だ。


「げほっげほっ、ぐ......あ......」


あ、あばら骨が折れているかもしれない。

声は出ないが、起き上がることぐらいなら出来そうだった。


「ひ、ヒール......」


俺の固有魔法はオールキュア。

死んでいなければどんな怪我でも完治する回復魔法だが、その分回復するのに結構な時間がかかる。擦り傷程度なら一瞬だが、骨折となると────


「......!」


ドドンドドンドドンという大きな音が聞こえた。

音の方を向くと、あの巨体が俺目掛けて走って来ているのが見えた。

とどめを刺す気だ。


「ぐ......クソッ」


動けない。

まだ傷も感知していないし、痛みも引いていない。

またあの一撃を喰らえば、今度こそ身が持たない。


「うおぉおお!!」


再び一瞬で景色が変わった。

全身に痛みが走る。

だが、今度の景色は青ではなかった。

緑色の地面が、ハッキリと見えた。


「ミ、ミッシェル!?」

「間に合った......!」


息を切らしたミッシェルに、俺は抱きかかえられていた。

どうやら、助けてくれたようだった。


「あ、ありがとう」

「にゃは。礼は後で、今は治すことに集中しろ」

「あ、あぁ......」


俺への攻撃が空振りに終わり、ボロスディアはそのまま奥へ突っ込んで行った。

そのお陰で木陰に身を潜めることができ、回復に集中することが出来た。


「俺達を見失っている。もう一度仕掛けるか?」

「もう不意打ちは無理だ。草食動物の警戒心は、他のどの動物よりも優れているからな」

「......」


『諦める』......なんて言葉が浮かんだ。

そんな自分が、少し嫌になった。

たかが中級も狩れないなんて、何が勇者パーティーだ。

そうだ。俺はもう勇者パーティーには戻らない。

勇者パーティーを、見返してやるんだ......!


「ミッシェル、作戦がある」

「にゃは?」

「俺が囮になる」


さっきの攻撃から、もう一撃くらいなら耐えられると判断した。


「俺が囮になって攻撃を受ける。ボロスディアの角を振り上げる動作によって頭を上へ上げさせる。その隙にミッシェルが首を掻っ切るという作戦だ」


我ながらダサい作戦だ。かなりゴリ押しになる。

しかし弱点の首を晒させ無ければ、仕留めることは出来ない。


「確かに、アクルより私が攻撃側になった方が急所を狙える可能性は高い。けど、囮になるにはちと足が遅いんじゃないか?」

「俺は攻撃を受けると言ったんだ。別に、かわそうとは思っていない」

「......もう一度耐えられるとは限らない。今度は、即死かもしれないぜ」

「だとしてもだ」

「......にゃは」


今の俺には、これしか思いつかなかった。

逃げてばかりじゃ駄目だ。

時には、受け入れることも大切なんだ。

ドカッドカッと、遠くから音がする。

鼻息を荒らげ、バキバキと木をなぎ倒しながら、こちらに一直線で走って来るのが見える。

周りの木々に当たりまくっても、全く減速していない。


「来たか」


この迷いのない突進、あのまま逃げていれば良いものの、わざわざ戻ってくるところを見ると、やはりただの草食動物では無いようだ。

自分の敵は、徹底して消し去る。

あの、身を守るには仰々し過ぎる角がそれを物語っている。


「......分かった。でも、絶対に死ぬんじゃねぇぞ」

「あぁ、言われなくても!」


俺は飛び出した。

ミッシェルと反対方向へと、素早く展開する。

そして、相手の目の前に敢えて出ることにより、気を引く。


「さぁ!どこからでもかかって来───────


同じ景色。

同じ光景だった。

真っ青に広がる空が見えた。

だが、それもつかの間。

すぐに衝撃はやって来る。


「がはッ」


痛みを堪え、無理やり上体を起こした。

そして、俺を天高く飛ばして来た奴の方を見る。


「......!」


そこには、立ち尽くしている巨体があった。

首元にミッシェルをぶら下げながら、微動だにしないしていない。


「み、ミッシェル......?」


するとミッシェルが振り向き、グッと親指を立てて見せてくれた。

それを見て俺は、ホッとした。

落ち着いたからか何だか急に眠くなってしまった。

そうだ。少し、眠ろう───────




────────────────────




「う......」

「お、起きたな。体は大丈夫か?」

「あぁ......ごめん、眠ってしまったみたいだ。ミッシェルこそ、大丈夫なのか?」

「私は別に。それよりも見てくれよ」


また痛む体を起こし、ミッシェルの方を向いた。

するとそこには、巨大な鹿の頭があった。


「これ......!」

「あぁ、私達の勝利だ!」


やった......勝ったんだ。

あの大きな鹿を、倒したんだ......。

まぁ俺はただ逃げ回っていた......というか、攻撃を食らっていただけだが。

作戦勝ちという事で割り切ろうじゃないか。


「ありがとうアクル。お陰でボロスディアを狩ることが出来た。けど、もう二度とあんなことはしないで欲しい。そんな自分を犠牲にするようなやり方なんて......」

「すまない、心配してくれたんだな。でももう大丈夫だ。こんな事しなくてもいいように、俺も強くなるよ」

「そんな......私がもっと強ければ、アクルに無理をさせずに済んだんだ。だから私が......」


あの時は、あんな作戦しか思いつかなかった。

ミッシェルに全てを託すような、自分勝手な作戦だ。

だから、俺が強くなれば済む話だ。怪我なんかせず、二人とも無事に生還するのだ。


「俺が強くなる。だから、教えてくれよ。闘い方ってやつをさ」

「......あぁ、もちろん!」

「では、勝利の祝杯でもあげようか」


俺達は、鹿料理を食べることにした。

ギルドには頭さえ渡せばいいと聞いたので、体の部分は全て頂いておくことにした。

ミッシェルは獣人だし、やはり野生で過ごしている感じが強いが、結構料理が得意だ。

何度か食べさせてもらっているけど、とても美味しいものだった。


「俺も手伝おうか」

「いい。アクルは自分の体を治すことに集中してくれ」


断られてしまった。

申し訳ないが、今はそうさせてもらおう。

突進攻撃を食らうのは二回目とは言え、やはり一回目よりダメージは大きかった。


「......」


良い匂いがする。

トントントントンと、静かな部屋に響く音。

包丁が、まな板に当たっている音だ。

こうしていると、まるで奥さんにでも料理を作ってもらっているようで......そう考えると、なんだか恥ずかしくなってくるな。


「よし、出来た」


しばらくして、料理が完成したようだった。

一丁前に腹が鳴るほどに、俺の体は回復していた。


「にゃはは。じゃ、早速食べようぜ」


俺とミッシェルは「いただきます」と言って、料理を食べ始めた。

いただきますの文化は、どうやら俺の世界特有のものだったらしく、最初はミッシェルに笑われた。だが、今となっては半分馬鹿にしつつも一緒に手を合わせてくれる。


「うまい!」

「うん。美味しく出来たな」


見た目からして獣臭とか凄いんだろうと思っていたが、意外とそうでもない。ミッシェルの料理が上手だからだろうか。

肉も柔らかく、脂肪が少なくてヘルシーな感じがする。


「なんだか、変な気分だ」

「何が?」

「獣人の前で、動物を食べるというのは」

「あー、そんな事か」


獣人族という人族と動物のハーフのような生き物を目の前にして、その片方である動物を食べているのだから。

水族館で寿司を食うような、そんな罪悪感が少なからずあった。


「人族は、自分達が最初に創り出されてそこから獣、そして獣人という風に生まれたと考えてるんだよな」

「......?俺はあまり詳しくはないけど、そうらしいな」


異世界の考え方は分からない。

しかし、そう考えている思想家も居るのだろう。


「私達からしてみれば、獣人が最初に創られて、その次に劣化版である人族や獣を生み出したと思ってるんだ。獣人は人族と獣のハーフではなく、人族と獣こそが獣人から分けられた劣化種。という考え方だ」

「......」

「獣人なんていう呼び方も、本当は気に食わない。確かに、知識に関して言えば私達より人族の方が早く成長したかもしれない。でもそれは獣の部分、つまり身体的能力を失った代わりに身についた知恵というものだ。先に知恵を身につけた人族に名付けられちゃったら、もうそれで通すしか無いもんな」


獣人という呼び方は、考える頭をいち早く身につけた人族が勝手に付けた名前だと、ミッシェルは言う。


「そもそも、食物連鎖で言えば私達獣人が一番上な訳だしな」

「......確かに」


獣人によっては、動物より人を好んで食べる種がいると聞く。まさに食物連鎖の頂点だ。


「私だってその気になれば、食べちゃうかもしれないぜ」

「ひぇ」

「にゃははは!冗談冗談!私は食べないよ。人族なんて臭くて、とてもじゃないけど食べられないからな」


とてもじゃないのか。


「......すまない。らしくなく語っちまったな」

「いや、いいんだ。俺の方こそ、繊細な話題に触れてしまってごめん」

「にゃはは......獣人だって、皆が皆そう思っている訳じゃないさ。私も、他の種族とは仲良くしたいと思っている訳だしな」


まぁ、そうだろうな。

そうでなければ、俺はとっくに死んでいるはずだ。


「また美味しい料理、作ってくれるか?」

「もちろんだ。その時は、美味しい食材を狩るのを、また手伝ってくれよな」

「俺で良ければ、いつでも力になるよ」


俺達は食事を楽しんだ。

もう、体の痛みは無くなった。




──────────




翌日。


「本当に良いのか?」

「あぁ。別に、俺はただ囮になっただけだからな。倒したのはミッシェルだよ」

「だが、私一人の手柄では無いぜ」

「......実を言うと、人前に出るのが恥ずかしくて。前に話しただろ?俺が、勇者パーティーを追い出された話」

「にゃは......分かった。そこまで言うのなら」


ミッシェルが、昨日狩ったボロスディアの頭を、ギルドへ納品しに行こうと言うのだ。

そしてそれを断った所。俺は人前に顔を出せないのだ。

だって、追い出された奴だと言われて笑われるだけだから。


「行ってらっしゃい。気をつけて」

「行ってくるぜ」


ミッシェルを見送った後、俺は裏庭へと出た。

いつも通り、特訓するためだ。

しかし。


「ん......?」


ふと、いつも使っている木に違和感を感じた。

よく見ると、違和感の正体はすぐに分かった。


「傷が......無い......?」


まだこの訓練を始めてから一本目の木だ。

他の木には触ってすらいない。

それなのに、綺麗なのだ。

まるでダメージを受けていない。傷一つ見当たらない木が、そこに立っていた。

俺がこの場所に来た時、何度も確認している。

傷付いていない木など、一本も無かった。

それなのにこの木は、まるで最初からそうであったかのようにそこに生えていて、俺の記憶違いかのように聳え立っていた。


「俺が、やったのか......?」


いや、そんなはずは無い。

確かに昨日、傷があるのを見ていた。


「......」


近づいて、見回してみる。

すると、背伸びをすれば手の届くような場所にに、何か丸みを帯びた物があった。


「なんだ......これ」

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