〜2章〜
第35話 初めての異国
◇◇◇◇◇
――ルズマルン帝国 南西領「カッゼルー」
「ここに魔境大陸への転移陣があるの。ここで諸々の準備を整えてから出発になるわ」
安定の地味聖女は、相変わらずのビン底眼鏡で顔を隠したまま呟いた。
「なんだよ、あの美人……」
「なんて綺麗な女だ……」
「女神だ。彼女は女神と呼ぶに相応しい……」
ガヤガヤと騒ぎ立てるヤツらを無視してカッゼルーの街を歩く俺たち。
どちらかと言えば、“レイラの方が聖女なのでは?”と思ってしまうほど視線を集めているが、「あれ?」や「ん?」とレイラを見失ったらしい住人たちは口々にため息を吐く。
それと同時に、
「……聖女だ」
「なんだ、いたのかよ……」
「相変わらず、地味なヤツ……」
エリスへの視線と影口が始まる。
おそらくはレイラの嫌がらせだ。
エリス単体なら気づかれもしないだろうが、今は聖女のローブを羽織っている。
つまりは視線誘導(ミスディレクション)の格好の的。
周囲に視線を散らしていた俺ほどの技術はなくとも、世界に一つしかないローブともなれば容易な事だ。
転移陣はかなり厳重に警備と審査を要するらしく、聖女の象徴とも呼べるローブは必須らしかった。目立つ事を良しとしないエリスにとって、レイラからの嫌がらせは眉を顰めるものになる。
「……アルト君……? 何かしたの?」
「俺はなにもしてないぞ?」
「変だわ。普段は私なんて見向きもされないのに」
「だからってなんで俺のせいになるんだよ……」
「不自然でしょ? レイラさんの横にいるアナタに嫉妬の声や視線がないのよ? 私を利用していると思うのが自然だわ」
「はぁ〜……。俺に視線が集まらないのは【視線誘導(ミスディレクション)】を使っているからだ。聖女と歩きながら美女を連れてる男なんて、バカが寄ってくるだろ?」
「……」
「揉め事なんてごめんだろ? 多少の視線くらい勘弁してくれ」
レイラまで視線誘導を使えるとエリスに知られるのはなかなか厄介になる。あくまで俺のスキルが【視線誘導】なのであって、技術次第で誰でも使えれるというのは隠さなきゃいけないのだ。
「……確かに変な人に絡まれるのは厄介ね。……別行動をしたいところではあるけど、そうも言ってられないの」
「どういう意味だ?」
「……本来なら王宮で色んな人に挨拶をして、アルト君たちの装備を見繕うつもりだったの」
「別にこのままでも構わんが……?」
「確かにそうなのでしょうけど……。厄介なのよ……本当に。あのバカな勇者という男は……」
「ふぅーん……」
「せめてAランク程度の冒険者に見えるくらいには装備を整えてもらうわ」
「……ふっ、こんな“ド平民”の姿で行けば、即刻、剣を抜いてくるようなヤツって事だな?」
「……話が早くて助かるわ」
少し笑っているかのように軽やかな声色に、俺が「ふっ」と笑うと、服の裾をちょこんと摘んで後ろをついて来ているレイラはクイッと引っ張ってくる。
「……ご主人様。もう今すぐに魔王を屠りに行きましょう。2人で世界を回りたいです……」
ムッとした顔で拗ねているレイラに苦笑する。
コイツら……。どれだけ相性が悪いんだよ……。
エリスと合流してからというもの、レイラは口を一切開かなかった。
口を開いたかと思えばバカみたいな提案……いや、レイラも俺がそんな事をするはずがないのはわかっているが、この状況が嫌で嫌で仕方がないのだろう。
「レイラ……とりあえず、視線誘導をやめろ」
「……ジロジロと見られるのは不快です。レイラを視姦していいのはご主人様だけなのに……」
「……じゃあ、他に“散らせ”」
「……レイラはご主人様のように完璧に使えるわけではないので、それはできません」
「んじゃ、ローブを羽織れ……。顔を隠してバレないように……」
「……その女を庇うのですか……?」
「……ガキみたいな嫌がらせをするな。エリスとも仲良く……いや、まあ、仲良くはしなくていいから普通にしろ。……あんまりひどいようなら帰らせるぞ?」
エリスに「依存している」と言われた時の事を思い返し、コイツらが仲良くなるのはありえないと俺自身もわかっている。
だが、エリスはどこか割り切ったようにレイラに歩み寄ろうとしている。それなのに、ガキみたいに無視して、あげく嫌がらせまで始めた。
「ご主人……様……」
ジワジワと溜まっていく涙も自業自得だ。
(そんな瞳で見つめて来ても無駄だぞ……?)
俺は割と本気だ。
この状況が続くのであれば帰らせる。
俺としてもディエイラ王国を離れたのは初めてであり、他国や他大陸については文献での知識しかない。
それなのにレイラの機嫌をとり、エリスを護衛し、勇者パーティーをいなし……などと面倒な事はしたくないのだ。
「レイラ……。成り行きでこうなったとはいえ、どうせならいろんな事に触れ、いろんな経験をして、楽しみながら世界を回りたいと思っている」
「……」
「それに笑っているお前がいるのも悪くないと思って連れて来たんだ。エリスに無理を言ってな……」
「うっうぅ……。わかりました……ご主人様……」
レイラはゴソゴソとローブを取り出し顔を隠した。俺を好いている事が原因だとわかってはいても、なんだかなぁと言った具合だ。
兎にも角にも、
(……なぜこんなにもエリスを敵視する?)
これに限る。
エリスの素顔が優れていると知っていたところで、別に容姿がいいのは他の使用人たちも同じはず。ここまで敵対する理由は見当たらないんだがな……。
ったく……、やれやれ。
ポンッ……
俺はレイラの頭に手を置き、スッと手を取った。
足早に歩みを進め数メートル先で待っていたエリスは、繋いでいる手を一瞥してから、
「時間は有限なのだけど……?」
などと憎まれ口を叩く。
「悪いな。もう大丈夫だ……と思う。それより、どんな装備を用意してくれるんだ?」
「……レイラさんに選んで貰えばいいわ。心配しなくても資金はあるし」
「いや、別に自分の装備くらいは自分たちの金で用意するぞ?」
「いいえ。こちらの事情だもの。気にしなくていいわ」
「……そ、そうか」
エリスは振り返る事なくピンと背筋を伸ばして歩みを進めるが、キュッとローブを摘んでいる指先に気づかない俺ではない。
(はぁ〜……こっちもこっちで頑固だなぁ……)
俺は心の中で深く深く息を吐いた。
正直、心が折れかかっていたのは認める。
「……装備に関してはエリスさんに任せます。レイラは勇者なんて知らないし、基準の線引きも曖昧なので……。後になって迷惑をかける事になっては本末転倒ですし……」
ポツリと呟いたレイラの声を聞くまでは……。
エリスはクルッと振り返り沈黙する。
俺もあまりに急な事にレイラへと視線を向けたが、レイラはローブの中からエリスを見つめている。
「……なんですか?」
「……そ、そう……ね。では、そうさせて貰うわ」
「……はい」
エリスはキュッと唇を結び、また歩き始めた。
なんて事はない2、3の会話。
「……あと少しで着くわ」
そういったエリスの声色は少し弾んでいる。
俺と同じようにエリスもレイラとの関係に困惑や不安を感じていたのだな……とホッと胸を撫で下ろした。
ガヤガヤと騒がしい異国の地。
ディエイラ王国とは違うカラッとした空気。
照りつける太陽の高さに、土壁の建物。
俺はやっと周囲の景色に目を向けられた。
※※※※※【あとがき】※※※※※
今話から2章開幕となります!
少しでも「頑張れ!」、「更新楽しみ」と思って頂けましたら、コメントや☆で応援してくれれば励みにになります!
今後とも何卒よろしくです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます