第36話 〜『悪友』がいるだけで〜




  ◇◇◇【side:エリス】



 ――カッゼルー「へファイス」



 カランカランッ……



 行きつけの武具屋……いや、“何でも屋”の扉を開き、足を踏み入れる。武具はもちろん、魔道具の品揃えも豊富で、魔境大陸に向かう前には必ず足を運んでいるお店だ。



「おや! エリスじゃないか! 元気かい?」



 相変わらず、小柄な“ルーさん”。

 彼女は魔境大陸からの転移陣で、“こちら”に飛んで来たドワーフ族。その腕で全てを捩じ伏せ、店と居住権を勝ち取った職人だ。



「お久しぶりです。“ルーさん”」


「いやいや、エリスはたくさん買ってくれるから大歓迎さ! 今回もたぁくさん買っておくれ? たぁくさんサービスするからさぁ!! ……ん?」


「今日はこの2人の装備と、消耗品の補充に来ました」


「おぉー……? 勇者パーティーの人ではないよね? エリスが人を連れてくるなんて初めてじゃないかい?」


「そうですね。男性の方は私の護衛騎士。女性の方は……」


 私はレイラさんの説明の仕方がわからずアルト君に視線を向ける。


 “妹”、“妻”、“恋人”、“メイド”……?


 私はもう何がなんだかわからない。

 初めこそ妹と紹介されても、今は妹ではないと明確に知っているのだ。


(そう言えば、ここの打ち合わせはしていなかっ、)



「妻で、」


「初めまして。ルーさん? 俺はアルト・ルソー。こっちは、俺の“連れ”のレイラリーゼだ。ここに並んでいる品々はどれも一級品……職人の仕事に出会わせてくれて感謝するぞ、エリス……」



 私の心の声を遮ったレイラさんの言葉を遮った、アルト君にため息を吐く。


 自身を「魔道具マスター」と謳っているアルト君にとって、この場所がどのように見えているのかはわからない。でも、この何気ない一言で私の顔を立ててくれた事は嫌でもわかる。



 アルト君の「力」について、“本当に魔道具なのか?”と言う疑問……というより、疑念。


 この世界を創造した女神に『雷神の加護』と言わしめたアルト君が魔道具に頼って『雷系』の攻撃をしたとは思っていない。


 私は未だにアルト君の力量を図りかねている。


 でも……手段なんてどうでもいい。

 事実としてアルト君が私よりも強いと知っている。


 それが何よりも重要だ。


 本来、上等な装備なんて必要ない。

 このままの姿でも充分。……それなのに、私の意向を大切にしてくれている事の方が私には重要なのだ。


 レイラさんとの間柄を明確にしない事で私を気遣ってくれているという事を理解できる事の方が大切なのだ。



「ふぅ〜ん……。まあ、いいや! 好きに選んでおくれ? ワッチはお金さえ貰えりゃ文句はないからね!」



 ルーさんはニッコリと笑顔を浮かべて行動を促した。フードに隠しきれてないレイラさんの膨れた頬。同性の私から見ても可愛らしくて頬が緩んでしまいそう。



「うんうん。……ところで、ルーさん。一つ、商談があるんだが?」



 見た事もない愛想のいい笑顔にゾッとくるものがある。


(き、気持ち悪い……!)


 びっくりするような“好青年”の笑顔。ニヤリと口角を吊り上げて悪い顔をしている方がよっぽど“らしい”と思ってしまう。



 キョトンと首を傾げるルーさん。


 ……それも当然だ。

 広大な帝国でも5本の指に入る職人。

 「商談」なんて無意味なことをするはずがない。



「……んん? なにかな? “商談”? ワッチは何も買わないよ? ワッチはなんでも生み出せる。この腕で全てを可能にして来たのさっ!!」


「ええ。素晴らしい品揃えですし“ハズレ”はひとつもない。ただの魔道具でも“付与武具”でもない。ちゃんと使用者を意識し、考え抜かれた作品の数々……。うん。世界はやはり広い……」


「……あ、ありがとう?」


「面白い。“魔石”に頼ってばかりの俺とは考え方がまるで違う。……ここの品は確かに一級品だ。ドワーフの種族スキルである【鍛治】で《付与》できるのは最高で3つ? “過程”で《付与》できるのは鍛治師の……ドワーフの特権……? いや、うん……。“やり方”か……。だが、魔法陣が崩れれば無意味……。違う……。“変形”すらも計算できれば……」


「……エ、エリス。この子、大丈夫?」


「え、いや、」


「あっ! ハハッ! すみません。大丈夫ですよ? ただ、“もったいない”と思いまして……」


「……へぇ〜……どういう意味さ?」


「“後乗せ”で『無属性魔法』を加えれば、アナタの創造品は最上級品になりますよ? それも一つの魔法陣を覚えるだけで……」


「…… はぁ? 話にならないよ。ワッチは魔力がほとんどないんだよ? 魔法って魔力が、」


「必要ですね。でも、あなたは全くないわけでもない」


「……えっ?」


「俺が創(つく)る『魔法陣』を買いませんか?」


「……はっ?」


「ゆっくり、丁寧に……。これほど美しい品を作れるんだ。向いてますよ、『無属性魔法』……」


「……」



 押し黙ったルーさんの真剣な表情とアルト君の胡散臭い笑顔……いや、初対面であれば“完璧な笑顔”。


 こ、この男は急に何を言い出したのかしら……?


 私の顔は引き攣るばかりだ。

 完璧な武具や魔道具の数々。ルーさんの仕事にケチをつけるなんてありえない。



 まったく!! “魔道具マスター”だなんて言って、何をしてくれてるのよ……。



 チラリとレイラさんに視線を向けても、フードの隙間に頬を緩めている口元が見えるだけ。


 わ、私ただ装備と消耗品を……。

 私の馴染みの店だと配慮してくれたんじゃ……?



「……ちょ、ちょっとアルト君!? 失礼よ? ルーさんは私たちが生まれる前からずっと、」


「いや、だからこそさ。本当にいい仕事をしてるんだ。“伸び悩んでる”なら、可能性を売らないといけないだろ?」


「なっ、なにを、」


「ルーさんは足掻いてるのさ。必死に挑んでるのさ。あらゆる素材を組み合わせ、無数のパターンを研究しながら……。わざわざ、大陸を超えてまでな」


「……」


「本人にとっては“粗悪品”で食い繋ぎながら……」



 アルト君はニヤリと口角を吊り上げる。


 全てを見透かしたように……。

 心のうちを丸裸に……、優しい手つきで一枚一枚、服を脱がしていくかのように。


 まるで悪魔のようだ。

 人智を超えたところにいるかのようだ。



 ポロッ……



 ググッと唇を噛み締めるルーさんは、瞳に大粒の涙を流しながら、口から血を流す。


 まるでアルト君の言葉が真実であるかのような反応だ。いや、実際、事実なのだろうと納得すらしてしまう。


 これだけの物を創造できても、更に上を目指している。いつもおどけたような笑顔の裏に苦悩を感じていた私は、その“答え”に息を呑む。



「エリスの買い物のお代で手を打たせて貰えないか?」



 アルト君はカツカツと足音を立てながら剣が並べられている場所に歩いて行くと、“込められている魔力が薄い”一本の剣を手に取った。


 そして、何も言わずにスッと指先に魔力を集めクルンクルンッと指を回す。



「うん。これだな……」



 ポツリと呟き、もう一本の剣を……魔力が濃い剣を手に取る。



「さて、実証しよう……」



 アルト君は両手に剣を握り手を前に突き出す。


 そして2つを剣の切先を床に向けると、



 パッ……



 二つを同時に手放した。



 グザッグザンッ……



 剣の根元まで刺さった剣と中腹で止まった剣。


 アルト君は小首を傾げてルーさんを見つめる。

 根元まで深く突き刺さったのはアルト君が手を加えた物。見るからに高級な剣は中腹で止まった。



「すまない。もちろん両方買い取らせて貰うよ? 床の修理代もエリスが出してくれるさ」



 アルト君が「ハハっ」と笑うと、ルーさんはニヤァと口元を緩め、「アハっ、アハハハハッ!!」と大笑いし始めた。



「……ル、ルーさん? すみません! 変な男を、」


「エリス!! 面白い! 面白いね、この子!! 今日はワッチのサービスだよ! 好きなの持っていってくれればいいからさ!!」


「えっ、いや、」


「全く!! ワッチもまだまだ!! アハッ! 本当に面白い!」


「……ルーさん?」


「ワッチは職人さ。……この子はしたたかで賢い人間(ヒューマン)だよ。ワッチが魔法陣を買わないのもわかってる。……ワッチにまた可能性を見せたんだ。“まだまだ先がある”と道を示したのさ……」



 ルーさんはアルト君を見つめる。

 その瞳にはメラメラと光が燃えている。


「アハッ! 生意気な人間(ヒューマン)だ」


「いや、俺はどちらでもよかったんだ。俺が目指したのは、ここのお代を無料にさせる事だけ……。まぁ、『楽しみ』を奪う事はしないさ」


「アハッ! 君も“探究者”なのかい?」


「ふっ……。俺は“間に合わなかった無能”だよ」


「……君は……『薬師』かい? いや、ごめんごめん! いいさ! 気にしないでおくれ! とにかく、今日は気分がいい。生まれ変わった気分さ」


「……ルーさん。俺はまたこの店を訪れるのが楽しみになったよ」


「アハハッ! 贔屓にしておくれ? エリス! いい子を見つけたねぇ?」



 ルーさんは潤んだ瞳で見た目通りの無邪気な笑顔を浮かべる。



 私は全てがわかったわけではない。

 でも、全てがわからないわけでもない。



「ふっ、儲けたな? エリス……。さあ、値段が高いのを持てるだけ持って帰って転売するぞ?」



 勝ち誇ったように笑うアルト君。



「なっ!! ダメだぞ! じ、自分たちで使う物だけだからな!?」



 慌てるルーさんもどこか楽しそうだ。



 なんだか不思議な感覚だ。



 勇者パーティーの雑用の一環……。

 いつもなら、“あのパーティー”に参加する事を納得させるためだけの時間。これからの憂鬱な日々に覚悟するためだけの時間……。


 『悪友』が1人いるだけで私の景色は変わり、「憂鬱」は簡単に「幸福」へと姿を変える。



「……本当に掴めない人」



 私はポツリと呟き、自分の頬が緩んでいる事に気がついた。



 

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