第27話 首謀者と躍動
◇◇◇
――高級酒場「夜蝶」
ドサッ……
サーシャは、アルトが羽織っていたローブで包み込まれたまま意識を失っている魔族をゴミのように床に投げた。
――回収しておけ。情報は“こちら”で吸い上げる。
ローブの中に隠れていたサーシャ。
久しぶりに見たアルトの戦闘に“喉が渇いて”仕方がなかった。
それは久しぶりに蝙蝠(コウモリ)になった事も影響しているのだろうが、アルトがローブ内で魔力を解放した事が主な原因だ。
「アルト様は?」
オーウェンからの問いかけにサーシャ、「んー。少し待ってね?」と妖艶に微笑み、疼きを堪えるのに必死だ。
「……“どちら”に?」
万全の準備でアルトを迎えたいオーウェンの言葉は、アルトの所在を確認する物では無い。わざわざ半殺しとなって弱体化させられている“魔族”を、サーシャかマリュー……、
“どちらが眷属に堕とすのか?”
という意味である。
「……アル様には特にお聞きしてないわ。それよりも、魔力に当てられて私は立てないの……。マリューでいいのではないかしら?」
「……ご主人様の血は上げないからね、サーシャ」
「あら。つれないわね、レイラ」
「ご主人様に“快楽”を提供するのはレイラなの。サーシャはそこの魔族の血でも啜っていればいいと思う」
「……久しぶりに喉が渇いたわ……。この疼きはアル様でしか……、レイラでもいいわよ? 少しくれない? まだ処女なのでしょう……?」
「……オーウェンのでも啜れば?」
「いやよ。年老いたジジイなんて……。どうせなら良質な血を飲みたいわ」
「じゃあ、ハイルに頼めばいいでしょ? レイラの全てはご主人様のものなんだから」
「……ふふっ、変わらないわね」
サーシャは「はぁ〜……」と息を吐きながらドサッとソファに腰掛け、「アル様……」と小さく呟いて、ポーッと頬を染めた。
アルトの強大な魔力による擬似的な死の予感。
吸血鬼であるサーシャは生存本能により、約4年ぶりに生き血を求める。
良質な血では、若返りの効果を得る。
悪質な血では、老化を与えられる。
半永久的な不老不死。
吸血行為は相手に快楽を与え、魔力の増強を得るものであり、生存本能により魔力増強を求めるのは吸血鬼の性質なのだ。
「……マリューのペットにするかも! なんだか強そうだし、色々使えるかも!」
「そうだな。おそらくアルト様もマリューの護衛としての働きも考慮してのものだろう」
「オーウェン様! 早速始めるかも!」
「ああ。マリューの場合、ハイルかアルト様の無属性魔法で補助して頂きたいが……ふふっ、おそらくはここまで見通してのこの“ローブ”……」
「……? オーウェン様?」
「……さすがです! アルト様ぁあ!! なんてスマートな……っ! おそらくこの者は魔王軍四天王の1人、“破壊のアーグ”! 頭の悪さは魔王軍一! こちらで飼うなら、魔王陣営の内部情報が湯水のごとくっ!!」
「……」
「あぁ。アルト様は本当に世界を……!! くぅっ!! ハイルめ!! クソ! クソ!! アイツの事だ……もうすでにミーガン公の人心掌握は済んでいる。本当に私共だけで王国簒奪を……っ!」
「……さっさと《隷属の契約》を済ますかも」
「こうしてはおれん!! 私も……、私が遅れを取るわけにはいかない! ……なにがベストだ? 今、アルト様は“世界統一後の人選”を始められている。身分や力を隠し……うむ。表に出るのはまだ先の話……。となると担ぎ上げる傀儡は……。一度、皆で情報の共有をせねば。帝国や法国のパイプは作っているのだろうな……? それに、身分に関係なく隠れた才を持つ者を見つけるようにとは言っているが……――」
アルトの行動を深読みし、嬉々としてブツブツと思考を垂れ流すオーウェンにマリューは苦笑し、「こうはなりたくないかも……」と呟くと、床に転がっているアーグの元へと歩みを進める。
グジュッ……バチッ……グジュッ……バチッ……
再生しては【黒雷】の残滓に焼かれ、再生しては崩れを繰り返している首なしアーグ。
アーグの内に眠る膨大な魔力は、内側に無数の魔法陣を付与しているローブで完璧に遮断されており、“竜の背に乗っていた魔族は消滅した”と思われるのは必定だ。
マリューは幼女らしからぬ悍ましい笑みを浮かべると、ブワッと魔力を解放し、「本来の姿」に戻る。
背丈にこそ変化はない。
しかし、その髪は吸血鬼のサラサラの白髪に実父である人間の紅い髪が所々に散りばめられる。様々な色を混ぜ合わせたような黒の左瞳と、右には吸血鬼の象徴とも呼べる黒に塗りつぶされた目に紅の瞳孔……。
久しぶりの本来の姿に操作を誤り、背にはコウモリの翼が添えられ、可愛らしい洋服はビリビリに破け去った。
「……あなたはマリューの子になるの。いい子にしてたらたまにご褒美をあげるかも……」
マリューは立派な牙で自らの親指をガリッと傷をつけると、血の滴る親指を未だ再生できないでいる顔のない首の上に置き、ポタッと垂らす。
「《隷属》……。“主となるはマリュー・ロビンソン。この者の意思決定の全てを剥奪し、血肉全てを主のものとする”……」
ポワァアッ……
赤黒い魔法陣がアーグを包み込んだ。
それと同時に、ローブの内側が白く発光。
ズズズッ……
みるみる再生していく魔王軍四天王の顔は先程アルトに植え付けられた恐怖に滲んでいる。
鬼人特有の2本の黒角に、竜人特有の竜の瞳。
真っ赤な髪に銀眼。少し尖った耳。
褐色の顔には赤の3本線。
鬼姫と炎竜王の両親を持つサラブレッド。
自己欲求の限りを尽くしてきたアーグは、目の前の幼子を視界に捉えた瞬間に心臓部をギリギリと握り潰されるような圧迫感に、苦悶の表情を浮かべる。
「……あなたがなぜ王都に来たか知りたいかも!」
目の前で無邪気に微笑む幼女に、アーグは否応なしに口を開く。
「“勇者”を殺さない代わりに“庭”を貰っ……いました」
※※※※※
――王宮 「権威の塔」最上部
「……あなたには選択肢があります。ヴァルカン様の功績を自分の物とし、正義の名の元に国王並びに王族を斬り伏せ英雄となるか……」
「……」
「生涯の沈黙を約束し、第3王子殿下に席を用意するか……」
「……」
「今、この場で私に跪くか……です」
大規模な魔法を展開して竜種を消した、ハイル・ミュラーは無表情で首を傾げる。
まさに一瞬の竜種討伐に唖然としていたミーガン公は、得体の知れない無表情の少女に冷や汗を吹き出した。
その様子に、即座に「器ではない」と判断したハイルは、もう1人に視線を向ける。
「“アルバート殿下”。より良い国を作りましょう……。多種族国家の悲願……大いにけっこうです。“全ての垣根”を無くしましょうね?」
「亜種王子」ことハーフエルフの第3王子、アルバート・フォン・ディエイラはゴクリと息を呑んでから口を開く。
「……“お前たち”は何者なのだ?」
「……残念です。アナタも器ではないですね」
ハイルの抑揚の無い声に2人は、ただただその場に立ち尽くす事しかできない。
ハイルはしばし沈黙した後、クルンクルンと指を回しながら、「遅ぇよ! バカハイル!」などと叫んでいる放置中だったヴァルカンの足場を作り始める。
「やはり、アナタしかいないようですけど? どうしますか?」
「……アハッ、アハハハハハッ!! 面白いねぇ、本当ッ! ますます興味深いよ〜、“アルト・エン・カーティスト”!!」
笑い声と共に姿を見せたのは、魔法で姿を消していたマーリン。ハイルはクルンクルンと指を動かしながら、無表情に怒気を滲ませた。
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