第26話 〜蚊帳の外〜




   ◇◇◇【side:エリス】




「待たせたか? 悪いな」



 空には竜種。


 眼前には、まるでデートに遅刻したかのように困った笑みを貼り付ける男性。


 音響もドゴンドゴンッと結界をノックする黒竜が突進してくる音なのに、キュンッと高鳴る心臓が憎くて、




「……いいえ。レイラさんはどうしたのかしら?」




 自分の言葉が浮気女のような事に気づき、何やら複雑な気分になる。



「レイラは酒場にいる。心配しなくていい」


「……そう」


 言葉を返しながら「ふぅ」と小さく息を吐く。


 アルト君が魔道具を作れるのは本当なのだろう……。彼が羽織っているローブは魔力を遮断しており、誰がどう見ても普通の住人にしか見えない。


 冒険者ですらない一般人……いえ、そういうわけでもないわね……。



 魔力を完全に遮断しているのは黒いローブ。

 でも、魔力のない人間なんていないし、不自然でしかないのだけど……いざ、こうして目の当たりにしないと、私の“聖眼”でも魔力を感知できない。


 それは、つまりはマーリン様にも……。


 魔力を見える人が稀有なのはわかってはいるけど、この不自然が逆に目立つようにも感じてしまう。


 とは言え、普通の人から見れば、トコトン“普通”なわけで……。



 ねぇ……あなたはなぜここまで徹底的に実力を……姿を隠しているの?



 私の疑問は声にならない。

 ただ不可解な男が更に不可解になっていくだけ。


 こんな状況下でも“2人きり”で嬉しいと思ってしまうバカな聖女がいるだけ……。


 とんだ笑い話だ……。



「にしても、黒竜(ブラックドラゴン)とはな。これまた、出所がわかりづらく、個体ごとで全く能力が違う竜を用意できたものだ……」


 あっけらかんとアルト君は苦笑する。



「……黒竜の背に魔族が、」


「ああ、アレは“竜人”か“鬼人”だな。完璧に黒竜を手懐けている」


「……“アーグ”……かしら」


「……?」


「魔王軍の四天王の1人よ」


「へぇ〜……」



 アルト君は「ふっ」と鼻で笑うと、ただでさえ目つきの悪い顔にニヤリと口角を吊り上げる。悪巧みをしているのは確実なのに、私は眼鏡をかけ直して熱くなってしまった頬を隠した。



「エリス……。目を閉じて3秒数えたら、あのどデカい竜種を派手に屠れ」


「……何を言っているの? 全く意味がわからないのだけど? 何をするつもり、」


「……なぁに。ちょっとばかし四天王の一角を落としていいところを見せようと思ってな」


「……笑えないわ。自殺志願者だったのかしら? それとも私がいるから死ぬことはないとタカを括っているの?」


「いや、言葉の通りだ。俺が力を示せたなら、護衛騎士の挨拶はミーガン公だけにして欲しい」


「……」


「本来の闘い方をする。お前が知らない“便利な魔道具”を手足のように操り、【視線誘導】で隙を作り、仕留める……。ただの口だけの男でないと証明するには四天王という肩書きは魅力的なんだよ」



 アルト君は困ったように笑うと、



「……誰にも見せた事はないが……。正直、“聖女様”に判断してもらいたいとも思ってて……」



 恥ずかしそうに頬をポリポリとする。


 (目つきが悪いくせに……)


 なんて心の中で悪態を吐きながら、可愛らしいと思ってしまう自分が情けない。



 もし、本当に魔王軍四天王の“アーグ”なのだとしたら自殺行為だ。そう、頭ではわかっているのに、アルト君にはどうにかしてしまいそうな「何か」を感じる。



 見てみたい……。

 この不可解な男の自信の根拠を……。



 むしろ、口だけの男だと幻滅させて欲しい。

 そうすれば、この胸の痛みからも息苦しさからも解放されるような気がする。


 私はチラリと上空の黒竜に視線を向ける。



「……いいわ。死なない程度に《治癒》しながら、激痛に興奮するような変態に嘲笑をプレゼントしてあげる……」



 口にしながら視線を戻すと、アルト君の両手の指には色とりどりの水晶が8つ……。


 「えっ?」と小首を傾げた私に「目を閉じて?」とイタズラに笑ったアルト君は、



 バチバチバチッ……パリンッ……!!



 右手の指に挟まれている水晶を一つ割るとともに、姿が消えた。



 私は目を閉じる暇もなく、視線を上げるが、




 ギュォオオオンッ!!




 そこには、“黒い糸状の雷”に縛り上げられながら苦しそうに咆哮をあげる黒竜の姿しかない。




 スタッ……



「エリス? 3秒だぞ? 結界に穴を開けてるから早く屠れ。あっ!! 派手にな?」



 

 アルト君の声にハッとまた地上に視線を向ける。




 ドロォ……



 そこには、竜人と鬼人のハーフにして魔族のサラブレッドと危険視されている“アーグ”の生首を持ったアルト君がニヤリと口角を吊り上げている姿があった。


「……な、にを……?」


「今回は特別性の魔道具を使った。必殺ではあるが、在庫切れ……。と言っても、まだ手札はかなりあるがな?」


「…………」



 私はただただ沈黙した。

 唯一、屠り方を決めきれなかった四天王の一角。その圧倒的な魔力量と近接最強の魔族。


 平民である私……。

 勇者や賢者に花を持たせながら討伐するためには、アーグは1番厄介な存在だったのだ。



「……? 早く黒竜を屠らないのか? 王都に被害が出……、ふっ。出ないか……」




 ボゥワッ!!!!




 眉を顰めていたアルト君が「ふっ」と笑うと、『赤と黒の炎』が黒竜に着火し、



「クハハハッ!!!! 今日の酒のつまみはドラゴンステーキだぁああ!!」




 グザンッ!!!!



 

 下品な叫び声と共に、猛々しく空に伸びた青い炎剣が黒竜の首を刎ねとばした。



「……ふっ、黒コゲじゃねぇか」



 頭上を見上げて頬を緩めるアルト君の薄紫の瞳はとても穏やかで、私はその笑顔にドクンッと胸を打たれてゴクリと息を呑む。




 ポワァア……ッ!!!!




 王都に堕ちてくる黒竜の下に巨大な魔法陣が浮かび上がると、まるで吸い込まれるように黒竜はその魔法陣の中に消えて行く。



「……ふっ」



 今回のアルト君は小さく笑っただけ。

 言葉を続けるような事はしない。


 でもここ数日、眼鏡の奥から見つめ続けていたアルト君の横顔には、感じるものがある。



 それも……、さっきの笑顔も……、それはレイラさんだけに向けられる笑顔のはずじゃないの……?




 『王都急襲』



 それはわずか15分足らずで全てを終えた。


 なんて事はない。


 驚嘆することしかできない地味な聖女がいただけ。


 3秒で魔王軍四天王を屠り、生首を片手に微笑んでいる得体の知れない男がいるだけ……。


 不可解な男が更に不可解になり、その笑顔を私にも向けて欲しいなんて……、素直にもなれないくせに願ってしまったバカな女がいただけ。



「……アルト君、ローブはどうしたの?」


「ハハッ……【視線誘導】の発動条件に必要だったから」



 何か喋らなければと核心を避けた疑問を口走り、それすらも嘘くさい笑顔ではぐらかされ、更に哀れになった地味な女がいただけだった。








  ーーー【あとがき】ーーー


leffeさん、レビュー感謝です!!

もう頑張るしか無い状況を作ってくださって……ww 本業トラブルからの、アニメに現実逃避しようとしていた作者を引き止めて下さいましたw


もちろん、☆、フォローしてくださっている皆様方の応援もありがたいッ!! 読み進めて頂いている皆様方も本当に感謝です。


★読者★さんのありがたいコメントで、お優しい読者様方が応援してくださっているのですね。じわじわ伸びが止まらない=エタれないww


やっと週末。明日も余裕で出勤ですが、書けるだけ書いて、更新できるように頑張りますので、何卒よろしくお願い致します!

 

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